椿小隊はリコリスから派遣される対外工作部隊、百合小隊はリリベルから派遣される対外工作部隊である。
「ただいま帰還しました」
「お疲れ様」
そこで敬礼をするのは、黒い戦闘服を纏ったサングラスを付けた少年。特別任務を終えて帰国した百合小隊の面々である。
アメリカとメキシコとの国境沿いで軍事衝突の火蓋を切ってきた彼らは、全員が無傷で帰還していた。
十年前の電波塔事件以降、国内に他国の諜報機関にリソースを割かせないために創設された上層部直轄のこの部隊は、督戦隊や懲罰部隊の意味合いも込められていた。こんな創設経緯から、浅美は上層部ともリリベルとも、ファーストリコリス以上に深い交流関係にあった。
「君達に新しい仕事だ」
新しい命令書を携えて話しかけてきたのは、毎度お馴染みの上官…というよりは連絡役のスーツを着ている男。表向きは防衛省の関東補給処の物品管理を担っているとか言う話の自衛官だ。
「また所属変更ですか?」
「一年のうちに何度も悪いとは思っているよ」
命令書を受け取った浅美はやや半眼になって目の前のいつもヘラりと笑っている連絡員に嫌味の一つでもぶつけると、彼は申し訳なさそうに頭をかくだけで終わる。
「…なるほど」
「君たちは暫く教導隊として施設で訓練を行なってくれ。施設自体はこちらで用意した施設を自由に使ってくれて構わない」
「分かりました」
新たな辞令書には関東支部に預けていた椿小隊の指揮権を再び上層部に移管する旨が伝えられていた。
「しかし教導隊ですか…」
「ああ、この前増員を行なっただろう?」
「…ほぼほぼ脱走兵じゃないですか」
そこで彼女は背後を見ると、そこでは自分たちと同じ漆黒の制服を纏う元リコリス達の姿があった。全員が首にあのチョーカーをつけ、色の濃いサングラス…と言っても目を保護するために使用される色を変えられるサングラスだ。軍用ゴーグル並に頑丈でAR機能を備えた優れものだ。この装備は、任務中に全員が装備することが求められていた。
「だからこそさ。命を粗末に扱っちゃあいけません」
「…まあ、良い人材育成にはなりそうですね」
浅美はそう言い、やや強張っている様子の彼女達を前にため息を漏らす。
リコリスやリリベルからの脱走を企てたりしていた人員を送り込んでくる事を果たして増員と呼んで良いのだろうかとも思ったが…。
「君たちの仕事は上層部の命令に従う。そうだろう?」
「ええ、そのためにはラジアータも欺かなければならないのが面倒ですがね…」
初期の頃の創設意図から離れつつないか?と疑問に思ったが、彼女達は上層部が外部組織から受注した依頼をこなすのが任務の一環であることはこの十年の歳月を経て否応にも理解していた。
「そこら辺任せたまえ。我々が完璧なバックアップを君達に提供してあげるよ」
自信を持ってその連絡係は胸を張ると、このやや子供らしさを出している雰囲気が浅美は気に食わなかった。
「ええ、まああまり命令が出されない事を祈っておきます」
「あー、それはごめん。無理」
そう言い連絡役はまた別で封筒を渡してくる。
「君達に教導しながらできる簡単な仕事を与えるよ」
「…」
そう言われながら渡された任務は、確かに驚くほど今までの任務から比べれば簡単な内容であった。
「…あの子達に経験を積ませるんですね?」
「そう思ってもいいよ。もう訓練はしていると聞いているからね」
「…分かりました」
浅美は了承すると、振り返って自分の新しい部下となった少年少女達に言う。
「行くぞ」
「「「「「はい」」」」」
まるで軍隊のように彼女達は頷くと、昇格して上層部の懲罰部隊の部隊長となった浅美は、他の隊員を引き連れて空港を後にした。
その頃、都心の明かりに照らされたビルの中の一つのオフィスで、吉松は出されたディナーに舌鼓を打った。
「ありがとう。美味しかったよ、
彼はそう褒めたのは、左目にある泣き黒子が特徴的な女性。
「調理の道を選んでいたら、機関は支援しましたか?」
「選ぶ?」
そこで冗談混じりに彼女は吉松に尋ねると、嘲笑にも似た返答を受けた。
「機関が支援する才能は神のギフトだ」
吉松は姫蒲が注いだワインを揺らし、香りを楽しみながら告げる。
「選ぶ事などできない。生まれながらに役割が示されている」
「…人生の意味を探す必要はありませんね」
「そうだ。幸福なことだ……」
一見すれば、一部の人間が猛り狂ってしまいそうな意見ではあるが、彼にとってみればそれが真理であった。
アラン機関の一員として、その理念を超えたことをしようとしている事を彼は認知していた。それほどまでに彼が千束に注いだ愛情は大きくなりすぎていた。
姫蒲はそこでオフィス併設のワインセラーに収納していた鞄を取り出して準備を行う。彼女はナイフや変装用の小道具を用意しており、
「千束の扱いは丁重にな」
「…状況次第です。お約束はできません」
姫蒲は答えると、吉松は部下に全幅の信頼を置いている様子で話しかける。
「できるよ、君なら」
敬愛する上司からの言葉に、彼女は一枚の写真を置く。その写真はマンションから出てくる千束を写した写真であった。
「……はい」
彼女は確実な遂行を行えるための算段を立てながら鞄を閉じる。
「あんなところでいつまでも
吉松は都会の夜景には目もくれず、ただ静かに夜空を見上げる。
「千束…キミの才能は…」
彼はそう嘯くと、何か思い立った様子で多額の資金を用意した。
某日 山梨県内 某農道。
その場所で路肩に停車していた一台の乗用車から数人の人影が降りて真夜中の農道を走っていた。
彼らたニッパーやペンチを持って柵やワイヤーを切ってある農園に侵入を試みていた。
「急げ!」
日本語以外の言語を使って彼らは農園で育てられていた果実を盗もうとしていた。
「防犯カメラがある」
「壊しちまえ」
彼らは急いで農園への侵入をするために設置されていた監視カメラを破壊しようとしていた。
「っ!?」
その瞬間、彼らは真夜中で夜目に慣れ切っていたはずなのに口元を押さえ込まれると、首元に何か押し当てられ、直後に地面に泡を吹いて倒れる。
ッ!ッ!
その次の瞬間、他の面々もどこからともなく射出されたワイヤーが体に纏わりつき、体を拘束される。
「くそっ!」
「何だ!!」
ジタバタさせて地面に倒れ込んだ彼らは、その直後に暗闇から現れたグローブのついた手からガスが噴射された。
「かっ…」
目の前で二酸化炭素ガスを噴射され、勢いよく吸引してしまった彼らは酸欠でそのまま昏倒するように白目を剥いて倒れた。
そして倒れた者達を前に暗闇に現れたその人影はハンドサインだけで足音もなく走って消える。
その直後、走ってきたのはベージュの制服を纏って走ってきたサードリコリスであった。
「こちらデルタ。只今現着」
「周囲に対象、見当たりません」
彼女達はそこで拳銃を袖の下に隠したまま周囲の確認を行うが、代わりに倒れていたのは複数の外国人であった。
「外国人が路肩に倒れています」
『周辺を捜索しろ。近くに乗用車が止まっている』
そこで無線でオペレーターの指示が行われると、彼女達は
「…対象見えません」
「車両は一台、放置されています」
サードリコリスはそこで気絶してハンドルに顔を埋めている外国人を見る。写真照合を行うと、技能実習生で日本に入国していた外国人であった。
「首元に注射痕。睡眠剤を打たれた模様」
「周辺に足跡があります」
そこで僅かに薬液が垂れている首筋を確認すると、別のサードリコリスが報告した。
『追跡しろ』
すぐにオペレーターは言うと、彼女達はフラッシュライトを使って足跡を辿っていくが、途中で鬱蒼とした草木に覆われた山にたどり着いた。
「足跡が見えなくなりました」
「追跡続行の許可を」
二人はそこで山肌に向けてライトを当てて指示を乞う。
『直ちに帰還しろ』
「…了解」
オペレーターは遭難の可能性を考慮して撤退を命令し、サードリコリスは命令を受けるとすぐに帰還して行った。
そして帰還していくサードリコリスを前に楠木は静かにその様子を観察していた。
「閑散部とはいえ、ラジアータの追跡を逃れるとはな…」
これがほんの少し前に脱走したリコリスなのかと感心する。
「大丈夫なのですか?」
「介錯人の指示だ。IFFを切った状態で任務に当たらせる…」
それはつまり、ラジアータが敵性存在として認識し、容赦ないリコリスによる追跡が行われると言う事であった。
「衛星でも彼女達の姿は捉えられていない。これ以上の追跡は無用な損耗を生む」
上層部に再び指揮権が移管された部隊からの要請に答える形で彼女達は命懸けの泥棒退治をさせられていた。
「過酷な試練だな…」
そこで負傷し、拘束された人物のデータを見ながら彼女は呟いた。
山中に帰還した人影は撤退していくサードリコリス達を尻目に山奥に入ると、そこである場所で無線に連絡が入った。
「状況終了」
「「っ!!?」」
そこで真後ろから話しかけられた彼女達は目を見開いて驚愕しながら振り返った。
「びっくりした…」
「驚かさないでください…」
彼女達は着の身着のままで片手に拘束ワイヤー射出器とスプレー缶、針なし注射器のセットを持たされて農作物泥棒をリコリスが追いかけてくる中で制圧しろという命令を受けて、その命令をこなしていた。突然現れた三条に新隊員達はそう言うと、三条は言った。
「痕跡は必ず消す事です。足跡、汗、排泄物、音、戦場では全てが証拠となり、痕跡となります」
彼女はそう話すと、足を爪先から踵にかけて歩いて斜面を歩く。
「『違和感を持たせない』これは隠密作戦において最も重要な要素です。何のためにその注射器を装備しているか、よく考える事です」
三条はそこで盗聴していたリコリスの無線から、注射痕を確認したリコリスの話を聞いており、違和感を持たれていたことに忠告を行う。
その背後では、遠くから通報を受けて駆けつける警察のパトカーの姿があった。
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