増員がなされた椿小隊の中で先任として生存していた浅美達六名は、上層部からの命令を受けて椿小隊と百合小隊を率いる教導役を行っていた。
「始めろ」
海外での任務が多い彼女達はリコリスでの権限を無効化され、一切の記録が抹消された逃亡兵である。
「っ!」
漆黒の制服、そこに縫い付けられた首が花となった兵士の徽章。
穴を開けられた耳に通したイヤリングはオシャレを意識したようなデザインの椿や百合の花弁を模したもの。任務先の都合で服装や髪型に自由が与えられ、その際にIFFを見極めるための印。安いイヤリングに見え、強奪された場合でもすぐに破壊されるように設計されていた。その中には超小型のラジアータが判別可能な電波受信機が埋め込まれていた。
用意された教育施設で彼らはドライバーを手に握って投げつける。すると投げつけられたドライバーはまっすぐ標的の心臓や肩の部分に深く突き刺さって命中した。
「ヒッ…」
別では頭上を実弾を発砲する機関銃の真下で少年少女達が支給された
ズボンとシャツに地下足袋を履いた彼らは、
本来、暗殺を主任務とする元リコリスはハニートラップ、元リリベルにも同様の訓練を行い、ヒューミントやシギント、イミントなどの任務に必要な訓練も行う。それと並行してSERE訓練も施していく。
証拠隠滅用に自分でも操作可能なチョーカー型の自爆装置を任務中は装備しているが、それが作動しなかった場合の対処法も訓練されていた。
そして向こうで自活するためのサバイバル術や技術を習得していた。
「うん。よし、良いわね」
はんだごてを使って電装設備の復旧や食品加工の業務、重機の操縦などの訓練を施される彼ら。
脱走を企てたりしていたリコリスやリリベルは、この死ぬ可能性すらある訓練を前に浅美達に畏敬をしていく。
「大丈夫なの?」
「別に気にするほどでもないわよ」
訓練の最中、一切の補給を受けずにサバイバルを終えた隊員はそこでようやくまともな食事にありつけていた。
「はぁ…ゲホッ」
一気に水を飲んでしまって失敗してむせてしまった一人。次に彼女は水を細かく、舌で転がすように飲んでいく。こうすることで喉の渇きをまともに、水の消費を抑えて生活することができた。それは過酷な十年を過ごしてきた浅美達が戦地で体得した技術だった。
それと同じ状況を短期間で作り出し、彼らに経験させていた。
「まさか逃げ出した先でここに配属されるなんて…」
「だから懲罰部隊なんて言われるのよ。
彼らは全員が首にチョーカーを装着し、許可なく外すと自動的に起爆する装置を付けられていた。脱走したと判断された際に遠隔で起爆することも可能で、開示コードを発する電波が切れると自動的に時限式に爆発する仕組みであった。
「お疲れ」
「はい。何とか五体満足で帰還できました」
そこで百合小隊の隊長と軽く話す浅美。彼らはメキシコでの任務を終えて帰国した際に浅美達から盛大に祝われた後であった。
「んじゃあ、後の教育は任せたよ」
「了解しました」
浅美は三条に残りの訓練を一任すると、訓練を行なっていた射撃場を出る。
「他に何人か人寄越してくれる?」
「分かりました。物品取りに行くんですか?」
「そうそう。できれば増員の子の方ね」
「分かりました」
そこで彼女は頷くと、浅美は先に施設を出て階段を登る。
ここは都内に整備された射撃場付きの施設。以前、新しい武器を与えられた時にも使用したこの訓練施設は、無数に広がる東京の地下網に繋がっていた。この時の設計図は一切残っておらず、戦後復興の最中の東京の地下網整備の最中に作られた施設であった。
「(リリベルね…)」
そこで彼女は内心嘯く。十年前の電波塔事件で全滅したリリベル部隊に変わって解決した千束・浅美のペア。あの事件で大きく戦力を減らしたリリベルは、組織内で大きな勢力拡大をしたリコリスに対して敵対心を抱き続けていた。
「えっと、半蔵門線半蔵門線…」
地下道を私服姿で歩きながら浅美は錦糸町に向かう地下鉄に乗り込むと、その車内で彼女はかけていたサングラスから情報収集を行っていた。
『最近、外国人の逮捕多くね?』
『良いんだよ。もっとやってやりゃ良いんだ』
『畑泥に制裁を!慈悲はいらん!!(怒)』
それはニュースのコメント欄。ユーチューブに切り抜きで上げられていた動画に彼らはそんなコメントをあげていた。
最近は畑泥棒や不法滞在者絡みのニュースが連日多く報道されており、それを前に国民は何かしらの危機感を感じている様子でコメントを残していた。
『今回捕まったの、技能実習生として日本に入国してきた奴だって』
『それどこ情報?』
『ファクトチェックプリーズ』
SNS上でそんなコメントを見ると、即座に優秀な特定班が個人情報を晒していた。まあ実名報道されているので特定も容易だっただろう。
『みんな気をつけろよ。六本木とかで軽トラックで走り回って売ってるのとか、だいたい盗品の食べ物らしいし』
『えー怖。この前それうちの近くで見たりしてたわ』
『↑通報しろよ」
彼らは口々にコメントをあげていると、多くこんなコメントが上がっていた。
『なんか最近外国人の犯罪多くね?』
『だよな、この前も中国人が薬使って爺さん殺そうとしてたしな』
そんな意見を覗いてみると、案の定アンチコメントが多数上がっていた。
『政治家仕事しろよ!カス!』
『まあ無能だから動かねんじゃねえ?』
『媚中死ね!』
そんな具合で加熱する無数の議論の矛先はこれら、不法滞在者による犯罪増加と治安悪化による規制強化を議論する臨時国会に向けられていた。
「(へぇ、結構簡単に煽れるもんじゃん)」
まあ国民など所詮こんなものかと内心で思いながら彼女はナショナリズムの台頭に任務が着々と進んでいることに安堵すると、錦糸町に到着して駅に降りた。そしてそのまま見知った経路を歩いていくと、そこで彼女は見知った施設に到着する。
「失礼〜」
そこで店のドアを開けると、たきなが開口一番に言った。
「不味いです。このままでは…」
「え?」
彼女に千束は訳がわかっていない様子で首を傾げており、浅美も今来たばかりであるために全然把握できていなかった。
「どしたの?」
「あっ、浅美。いらっしゃ〜い」
そこで店の扉が開いたことで千束は浅美を認知して声をあげると、店員や常連客は一斉に浅美を見た。
とりあえず今日の業務後に全店員を招集し、休憩室でたきなはあるデータを見せる。
「見てください」
「「「「「!」」」」」
たきなの言葉に合わせるように、全員が覗き込んだ画面に驚く。
「赤字だな…」
「うわ、何でこれで営業できているの?」
そこで林檎や激怒した親父よりも真っ赤っかな経常収支。その赤字額は余裕で自己破産できる金額だった。
「依頼から得たお金を合算してもこれです。銃弾や移動にかかる経費はどうしてるんですか?」
「DAからの支援金があるのよ。千束のリコリス活動費って名目で」
「完全に足、出てますよね?」
店の経営自体は常連客が足を運んでくれていることでギリ黒字程度。しかし収支が真っ赤っかなのは主に
「いやコイツが高い弾をバカスカ撃つからよ!」
「あのパフェもな」
そこで思い出すのは時折提供されるコスパ比重視のあの『千束スペシャル』だ。とてもじゃないが並の一般人が毎日食っていたら糖尿病で人を殺してしまいそうなその内容。年寄りの常連客は尻込みしてしまうあのパフェ。少なくとも浅美はいらなかった。
「独立してると言いながらお金はDA頼ってた、と」
「うぅ…楠木さんみたいなことを…」
半眼になって見られて千束はそう答えたので、この雰囲気からして同じことを言われたのだろう。
「もっと利益考えたら?」
「そー言うお前達ははどうなんだ?」
そこでクルミが自分たち資金運用の状況を聞いてきたので、浅美は自信を持って答えた。
「電気工事とか武器輸出でボロ儲け。あと偶にDAから押収した武器とか送られてくるから、それの修理とかメンテナンスで利益出している感じかな」
「完全にアウトなやつじゃん」
「電気工事資格持ってないんじゃないのか〜?」
その利益の出し方に半眼でクルミ達は見ていると、そんな彼女達に浅美は言う。
「腕さえ良りゃあ誰だって文句言わないわよ」
「「「えぇ…」」」
まあ、本当な逃し屋とか海外での作戦行動中の莫大な資金や諸々で莫大な利益を上げているので、これ以外にも収益を出す方法はあった。
「はぁ…分かりました」
そんなクルミ達の話を聞きつつも、たきなはため息を一旦ついて宣言した。
「以後私が、リコリこの経理をします!!」
「「「「おぉ…」」」」
その頼もしい宣言に思わず他の店員達は声を漏らしていた。
その日の夜、喫茶店の前に
「こっち、気をつけて」
「了解しました」
そこでトラックから降りてきた私服姿の少年少女達。全員が眼鏡を装着しており、喫茶リコリコの地下の射撃場に積み上げていた武器の回収をしていく。
「オーラーイ、オーラーイ」
手を振って簡易クレーンで武器を収めた箱を次々と乗せていく。
「どうしたんですか?」
「ちょっと最近は売れ行きが良くてね」
千束とたきなの隣で話す浅美。制服を着ており、ぱっと見は運送業者の社員にしか見えない彼らは、手早く武器を回収していた。
「ほら、この前アメリカとメキシコで軍事衝突あったでしょ?あれでね」
「「あぁ…」」
武器市場の大幅な変動を前に二人は納得したように頷いた。
「で、あの子達は?」
「増員。ま、顔を覚えたところで無駄だろうけどね」
「ふーん…」
そこで見知らぬ雰囲気の子供達に千束は首を傾げて答えられると、あまり興味はなさそうな雰囲気で答えていた。
「新しい人員ですか?」
「そ、まあまた私たちリコリスの権限剥奪されちゃったからね。今だって、本来はリコリスが飛んでくる事態なわけだし…」
彼女はそう話すと、最後にM16を格納した武器を回収して一斉に彼らはトラックに乗り込む。
「こっちはボーイスカウトの引率で忙しいよ、全く…」
「大変なんですね…」
「まあね〜」
彼女は頷くと、トラックの荷台に乗り込む。
「じゃまた」
「おう、またな〜」
そこで千束達は全ての荷物を回収していった浅美達を見送ると、トラックは錦糸町から新木場に消えていった。
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