ゆらゆらしないで布瑠部ちゃん! 作:柚李白
布瑠部由良と言う少女。
我ながら、こんな形での受肉は如何なものかと赤子は頭を抱えた。抱えるしかなかった。
かつての慶長時代、もしくは江戸時代。一人の呪術師が、とある胡散臭い呪術師と縛りを結んだ。その内容は、近々開催される御前試合で六眼持ちの無下限呪術師を殺す・或いはそれに等しい状態に追い込む。見返りとして魂を呪物とし、未来で受肉させること。
「君の望みを叶えるから、今だけでも私に協力してくれないかい?」と唆されて、この誘いに彼女は乗った。
彼女はもう、疲れていた。相伝の術式を持って生まれ、幸いにも呪術師としての才能が突出していた。不幸だったのは、相伝の術式を持った女であったこと。……つまりそれは、当時の男尊女卑な呪術界に置いて碌な扱われ方をしない事を示していた。一時は禪院家当主の座に座らされたりもしていたが、それもほんの短い時間だけ。御前試合前夜に急に当主として扱われ、その翌日には無下限呪術師諸共死んだ。
それが不幸だったと言うべきか、幸運だったと言うべきかは分からない。ひとつ確かなのは、胡散臭い呪術師はどうやら縛りを守ったということ。
彼女の意識と記憶は、御前試合の最中で一度途切れている。自らが呼び出した式神に胸を貫かれて殺されたからだ。そこからは意識も記憶も無い。
―――そして。それから千年も経たぬ頃。彼女は、赤子の誤飲によって受肉を果たした。呪術師赤ちゃんの爆誕である。
何故赤子の手の届くところに呪物が有ったかと言うと、これはまったくの偶然だった。新年早々の初詣に両親に連れて行かれた赤子は、境内で目に付いた石ころ……のようなものを何故か気に入った。両親は手放させようとしたが、余りにもギャン泣きするので仕方なくその石ころを持ち帰る。可愛い娘のよく分からない執着に首を傾げながらも、この石ころらしき物を握らせておくと何故かよく笑うのでそうさせていた。勿論、誤飲などしないように監視していた。……つもりだった。
赤子はしてしまったのである。誤飲を。
……こうして。呪術師赤ちゃんが爆誕した。尚、彼女は受肉による変身を行わなかった。
「何もせずに寝てられる方が良いし」と、心の中で思ったからである。
後日。神社に保管されていた宝物が何故か無くなったと世間は騒ぎになったが、その原因が呪霊に有ったことは誰も知らない。
◇
誤飲による受肉をして、早くも十五年近くの時が過ぎ去った。辟易した呪術界とは関わりのない非術師の世界を、彼女―――
受肉体であるが故、彼女は赤子の時から術式を扱えていた。十種影法術である。ただ、どういう訳か進めていた調伏はリセットされていた。実のところ、彼女が呪物となったのは死後で有る。生きたまま呪物に成り変わるのと、死後呪物に成り変わるのでは勝手が違ったのだろう。それでも受肉を果たせたのだから、胡散臭い呪術師は何とかして縛りを守り通したと言うことだ。
後にその呪術師が、平成の世の中を未曾有の呪術テロで滅茶苦茶にしていた事を彼女は知る由もないのだが。
とにかく。布瑠部由良……正しくは
無気力で自堕落。それが、布瑠部由良に対する周囲の評価だ。
「もーーっ!! ほら、起きてよ布瑠部ちゃんっ。また遅刻しちゃうよっ!?」
風は冷たいのに、陽射しは暖かい。ゆらゆらと桜が舞うと、何故か始まりを予感させてしまう。そんな穏やかな春の日の朝。布瑠部由良の部屋に、お冠な声が響いた。頭まですっぽりと布団を被っていた彼女は、渋々といった様子で顔を出す。半開きの黒い瞳に映ったのは、首無し人間。否、学生服に身を包んだ透明人間―――葉隠透である。
「……んん……。おはよ、透」
透の姿を確認すると、由良はもぞもぞと布団を被り直した。数秒と経たぬ内に、静かな寝息が聞こえ始めた。紛うことなき、見事な二度寝である。
「ちょっ、二度寝禁止ーー! ほら、起きよっ! ちゃんと学校に行かないと、また怒られちゃうから!」
「……んんん……。じゃあ起き、ふわぁ……あ……っ」
一度は二度寝を決め込もうとした由良だが、透に説得されて渋々と身体を起こす。その途中で大きな欠伸をすると、寝癖だらけの黒髪がゆらゆらと揺れる。
「うっわ、今日も寝癖ひど。これ、全部直せるかなぁ……」
「直さなくても良くない? 透だって、実はモジャモジャなんだし」
「私は見えてないから良いの!」
「わたしには見えてるよ?」
シルエットだけね。と、続けながら立ち上がりつつ兎柄でピンクなパジャマを脱ぎ捨てていく。カーテンの隙間から朝日が射し込む薄暗い部屋の中で徐々に露わになっていく由良の肌は、およそ日本人には似つかわしくない白さをしている。寝る子は育つとはよく言ったもので、寝て過ごしてばかりの由良は女子中学生としては背が高い。身長に合わせるように手足は長く細く、ウエストラインは引き締まっている。バストとヒップは慎ましいものだが、ウエストが細い分実際の数値よりは大きく見える。
つまるところ。布瑠部由良は、身長167cmのスレンダー美人だ。
「……、……今は布瑠部ちゃんにしか見えてないから良いの! はいそこっ、お行儀良く座ってて!」
「透のえっち」
「えっちなのは布瑠部ちゃんだよっ!?」
「透のおっぱいには負ける」
「それは誰かさんのせいで育ったせいっ!」
「わたしが育てました」
由良と透が話し始めると、部屋の中がどんどん騒々しくなっていく。この時間を、由良自身は好ましく思っている。いつも元気で明るくて、優しい幼馴染みとの日々が愛おしい。布瑠部由良、……禪院緋華にとって、葉隠透は初めて出来た友達だ。
こんな幼馴染みと毎日こうして過ごせるのだから、何も頑張らなくても良いとさえ思ってしまう。頑張りたくないと考えてしまう。ぺたんと床に座った彼女は、今日も透に髪を整えて貰う。大きく欠伸をしながら、目尻に涙を浮かべて。ご機嫌そうに、体をゆらゆらさせながら。
「もぅ! ゆらゆらしないで布瑠部ちゃん!」