ゆらゆらしないで布瑠部ちゃん!   作:柚李白

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光と影の受験生。

 

 

 

 

 

 

 頑張りたくない。ただ怠惰に眠っていたい。もう、頑張れない。布瑠部由良(禪院緋華)は、無気力に自堕落に生きていたい。……の、だけれど。現実はそんな風にしては生きていけない。そんな風に生きることを、許してくれない。平日は毎朝ちゃんと起きて(起こされて)学校に通う羽目になっているし、家に帰っても学業から逃れられるわけではない。宿題とか、中間試験や期末試験に向けた勉強とか、学生として色々やらなければならない事がある。その上、今年は受験勉強をしなければならない。それが億劫で、影の中に逃げ込みたくなる。

 

 由良は今日から中学三年生。どんなに嫌だとしても、今年は受験生として一喜一憂しなければならないのだ。

 

「布瑠部ちゃん布瑠部ちゃん、進路希望どうするの?」

 

 始業式が終わり、担任からの有り難いような有り難くないようなお言葉を聞くだけのホームルームも終わった放課後。自由を得た学生達が騒ぎ始めた教室で、由良の前の席に座っていた葉隠透が椅子ごと後ろに振り返った。今日も今日とて顔が見えない。何せ彼女は透明人間。顔どころか、全身見えない。

 

「……んー……」

 

 透の質問に、由良は悩む。彼女としては、進路希望など考えたくない。受験勉強なんてしたくない。許されるなら、毎日部屋に引きこもって寝て過ごしたい。そうだ、どうせなら寝具モニターを目指そう。何処かの寝具メーカーに就職して、日々作られていくであろう新たな寝具を試し続ける。そしたらほら、寝てるだけなのに働いた事になるし。と、考えるだけ考えて、机に突っ伏した。

 

「希望無し」

 

 自堕落な本音は口にしないで、ボソッと呟く。そんな由良を見た透は「だよねー」と苦笑い、したかのような口調で喋った。

 

「それじゃ怒られちゃうよ? ほら、手伝ったげるから考えようよ! ねっ、布瑠部ちゃんはやれば出来る子!」

「えー……?」

「じゃあまずは、やりたい事はっ? あ、寝る以外で!」

「……無い」

「将来この職に就きたい、とかはっ?」

「無い……」

「あの大学に行ってみたい、とか!?」

「……無い……」

 

 由良の進路希望は、やはり無い無い尽くしだった。そもそも寝る事以外でと先に言われてしまったら、何も思い浮かぶことなど無い。無気力で自堕落な彼女にとって、寝る以外にやりたい事は何一つ無いのである。これでは、進路希望を決めるどころではない。かと言って、進路希望無し等と教師や両親に言えばまず間違いなく叱られてしまう。やれば出来るんだからやりなさいと、口を揃えて言われてしまうだろう。

 

「じゃあ、ヒーローとかはっ!?」

「……んー……」

 

 ヒーローはどうか? その質問に、由良は少し考えた。正直言って、彼女がヒーローを目指す事は無いだろう。自堕落で無気力な由良とは遠い位置に居るのがヒーローだ。毎日街中をパトロールして、何か異変が有れば駆け付けて。時に(ヴィラン)に立ち向かって、凶悪犯罪や自然災害から街や人々を守る。そんな国家公務員を、由良が目指すとは思えない。

 

(やっぱ透は、ヒーロー科かなぁ。高校からは別々かぁ……)

 

 来年、再来年。そして、その先の未来も。布瑠部由良は、葉隠透と共に在れたらと思っている。彼女にとって、目の前の幼馴染みは大切な平穏そのもの。これを失いたいとは思えない。けれど、進路が違えばどうしても一緒には居られなくる。そうなってしまうと、これまで感じて来た平穏や日常はガラリと姿形が変わってしまう。

 

「……透は、ヒーロー?」

「うん。ヒーロー! やっぱり、なりたいんだよね!」

「そっか。……頑張って」

 

 机に突っ伏したまま、幼馴染みを力無く応援しながら由良は瞼を閉じる。進路が別々になってしまうことは悲しいけれども、だからって透の夢を邪魔したいとは思わない。寂しさを感じてしまうけれど、応援したいとも思っているのだ。

 

「うん、頑張る。だから布瑠部ちゃんも、ちゃんと進路希望見付けようよ!」

「……何もしたくない」

「もぉーー、またそんな事言って。やれば出来るのに、勿体無いじゃん」

「したくないから、しない」

 

 机に額を擦り付けて由良は口を閉じる。どころか。教室の明かりと透の制服で出来た影の中に、とぷんと逃げ込んだ。

 

「あっ、ちょっ! そうやって影に逃げるのは反則だってばーー!!」

 

 教室に残されてしまった透が叫ぶ。影の中の由良は、暫くは姿を見せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 まったくもう、布瑠部ちゃんはほんとに無気力で自堕落なんだから! と、思いながら葉隠透は帰路に着いた。向かう先は自宅ではなく、布瑠部由良の自宅だ。と、言うのも。自分の制服の影の中に由良が入ってしまったからだ。このまま真っ直ぐ帰宅してしまうと、由良が透の家で姿を現して熟睡してしまう。透本人としては、自室で由良が眠って居ても何ら問題は無い。今日に至るまでの幼馴染み生活の中で、そんな場面は数え切れない程に有った。由良が無気力で自堕落なのは、布瑠部家も葉隠家も理解しているところだ。実際、由良の母親から「どうか娘をお願いします」と透は頼まれている。それは由良が、透の言う事であれば比較的聞いてくれるからだ。少なくとも影の中に逃げ込む頻度は、ぐっと減る。

 

「でも実際、やれば凄いんだよなぁ布瑠部ちゃんって」

 

 普段はあんなに無気力で自堕落だけど。と、繋げながら透は思い返す。

 

 たまに。そう、たまに。布瑠部由良が、本気を出したことがある。普段は無気力で自堕落な幼馴染みが、透の前で本気を出したのだ。もっとも記憶に新しいもので言えば、昨年度夏の期末試験前。

「期末試験の成績不良者は、夏休み返上で補習」と、教師が半ば冗談のつもりで言ったところ、冗談を真に受けた由良が珍しく本気を出した。理由は単純で、単に夏休みに透と遊ぶ予定が有ったからだ。何としても予定を邪魔されたくなかったのか、由良は全科目満点近い点数を叩き出した。普段ならギリギリ赤点にならない点数しか取れないのに、この時だけは学年トップに食い込むぐらいのガチだった。そして後日、由良は透との夏休みを満喫した。まぁ、その大体は昼寝だったのだけれども。

 もっとも古い記憶にまで遡ると、幼稚園の頃の話になる。幼稚園全体が、白い兎で埋め尽くされてしまったのだ。これはヒーローや警察まで出動する大惨事になったのだが、実際の原因は由良が昼寝をしたくて兎を影から呼び出していた。正確には、影を動物に変えるのが由良が持つ個性のひとつ。と、布瑠部由良に関わる者は思っている。実際は個性とはまったく別の力なのだけれども。

 とにかく。周囲の個性兎に囲まれて眠りこける姿は可愛らしいものだったが、如何せん兎の数が多過ぎた。幼いながらにして、個性の扱いがよく出来ていたことも、由良が「やれば出来る」と言われる要因のひとつでもある。

 

 尚、この事件はニュースで全国に報道されている。その後日、東京にある小中高一貫の都立専門学校からスカウトが来たのだが、由良は影の中に逃げ込んで絶対に出て来なかった。

 

「……十種影法術、だっけ? 自分の影を動物に変えたり、影に潜り込んだり。兎以外にも犬とか象とか蛇とかに出来て、凄いのになぁ」

 

 個性『十種影法術』。影を使役し動物に作り変えたり、影そのものに潜んだり荷物をしまえる。この力は何か特別なもののようで、大の大人が何日も説得に来るぐらいだ。今も、たまに来ることが有るらしい。

 この個性について、透は名前だけを由良に教えて貰っている。それ以外の具体的なことは、由良がたまに使っているところを目撃することで知った。

 

「もったいない、よね。もし一緒にヒーローに成れたら……なんてね。布瑠部ちゃんがヒーローやってる姿なんて思い浮かばないや!」

 

 どうせなら一緒に。と、考えて。透は直ぐ、その思考を振り払った。無気力で自堕落な幼馴染みがヒーローを目指す姿なんて、どうしても想像出来ない。幼馴染みとしては由良の将来が心配だ。だから先程は、由良の進路希望を聞き出そうとしたのだが最後は逃げられてしまった。それに、一年もしない内にやって来る受験が少し心細いからなんて理由で、一緒にヒーローになろうとは言えない。

 今は無気力で自堕落で、嫌なことから直ぐに逃げ出してしまう由良だけど。きっといつか心の底からやりたい事が出来て、頑張り始めると透は思っている。その時はしっかり応援してあげよう! とも、決めている。何だか照れ臭くて、直接伝えてはいない。

 

「よぉーし、やるぞー! 受験勉強だーー!」

 

 帰路の途中。透は大きく跳ねて決意を固める。彼女の目標は、雄英高校ヒーロー科に入ること。幼馴染みの事は心配だけれども、自分の事もしっかりとやって行かなければならない。友達は大事だけれど、自分の夢だって大事なのだから。

 

 来年からは、由良とはきっと別々の学校。そう思うと、寂しいのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

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