ゆらゆらしないで布瑠部ちゃん! 作:柚李白
ジャージを求めて、二人はショッピングモールの中にあるスポーツ専門店に入店した。目的は、透のトレーニングの為だ。彼女は雄英高校を目指すのだから、当然体を鍛えておいた方が良い。その為に、学校の運動着ではない別の運動着が必要だからこそ放課後に足を運んだ。
平日の夕方前の時間ではあるが、店内はそれなりに人が居る。店員は勿論、スポーツ用品を求めるお客もだ。当然、透と由良もお客の一人。
色々なトレーニング器具が置かれた棚に沿って少し狭い通路を二人で通り抜けると、店の隅にスポーツウェアコーナーが有った。春のセールということで幾らか値引きされているようで、まだ自分でお金を稼げない学生としては有り難い。
「色々有るけど、どれにしよっかなー! どれが良いかなっ?」
「透は何でも似合うけど」
「そりゃ全部見えてないからね! 何着ても一緒!」
「まぁそうだけど」
葉隠透は透明人間なので、どんな服を着たところで似合う似合わないの話にはならなかったりする。服を買う際に考えるのは、上下の組み合わせと色合いぐらいのものだ。あまり奇抜な組み合わせを選んでしまうと、何かおかしな現象が起きているのではないかと何も知らない通行人に通報されかねない。実際、小学生の頃に女児服が怪しげに浮いていると警察に通報されてしまったことがあるぐらいだ。
とは言え。やはり可愛い服を着るとテンションが上がるのが年頃の女の子だ。まぁ由良の場合、服選びは着たまま寝れることが第一条件なので私服はシャツとスウェットになりがちなのだが。それでも幾つかはちゃんとした服を持っているのだが、実はお洒落に無頓着な由良に痺れを切らした透が選んだものである。
「どれも動きやすそうだけど、こっちは除外かなー」
「何で? 似合うよ?」
「体のラインが出るのは恥ずかしいじゃん!」
「……そう?」
「これだからスレンダー美人は……。その細さを分けて欲しいなぁ!?」
ガッシリ。と、透が由良の腰回りを両手で掴んだ。こうして触れてみると、やはり細いと改めて思わざるを得ない。普段から寝てばかりなのにこうも細いのは、中々に恨めしい。
「……分けてもその分太くなるだけじゃない?
これから鍛えるんだし、透も細くなるよ」
ちょっと残念だけどね。と、由良は透の体を凝視した。彼女のことだ、透が細くなると抱き枕にした際の抱き心地が悪くなるとでも考えているのだろう。そんな邪な考えを察知した透は、由良の顔に袖をぶつけて視界を遮った。
「布瑠部ちゃんのえっち!」
「透の体付きが悪い」
「ぐぬぬ〜〜〜っ! ついでに痩せてやる〜〜っ!!」
「鍛えたら太くなると思うけど」
「じゃあ詰みじゃん!?」
と、透と騒がしいやり取りをしつつ。由良も陳列しているスポーツウェアに目を向ける。目に入るものはどれも機能性を重視しているので、デザインは似たり寄ったりだ。選ぶ要素が有るとしたら、サイズと色ぐらいのもの。
「これは?」
「あ、それも良いね。でも、こっちと悩むなー」
「両方買えば? 予備も要るでしょ?」
「それだとちょぉっと予算オーバー!」
「出すよ?」
「それは駄目ー! 自分で買わなきゃ!」
「別に良いのに。お小遣い使わないし……」
実際のところ。由良は自室で寝ていることが多い。どうしてそんなに寝れるのかと思えるぐらいには、よく寝る。だから、月始めに貰えるお小遣いはだいたい手付かずになる事が多い。お金を使うのは、透と二人で出掛けた時ぐらいのものだ。由良自身が無気力なこともあって、二人で遊びに出掛けることはそんなに多くない。遊ぶとしても、どちらかの部屋で事足りてしまう事が多かったりするのだ。
「後で梟カフェにも行くんだし、今日は一着だけっ。どっちが良いかなっ?」
由良の提案を却下しつつ、透は両手で色違いのジャージを幼馴染みの前に突き出した。右はピンクで、左はオレンジ。どちらを着ても動き易そうで、貼られている値札はどちらも変わらない。
「それならオレンジの方。透っぽい」
「分かった! 買ってくるね!」
「こっちは戻しとく」
ピンクのジャージを受け取って、由良はそれを商品棚に戻す。その後で、先に小走りでレジへと向かっていく透を歩いて追い掛ける。途中、由良はぴたりと足を止めた。眠たげな目に映るのは、透の向こう側に立っていた男性店員だった。透越しではあるが、たまたま目が合ってしまった。由良は直ぐに目を逸らして、それでも透を追い掛ける。男性不信故に、見知らぬ男性と目が合ってしまったことは彼女にとって不快だった。
◇
「おぉ……梟だ……」
ギョロッとした黒くて大きな瞳に、少し不気味な白い顔。顔や身体は白いのに、翼は茶色い。そんな面梟を前に、由良は身体をゆらゆらさせる。駅前に新しく出来た梟カフェにやって来て、彼女はご機嫌だ。止まり木の枝を掴んだままの面梟は、そんな人間を見て首を傾げる。不気味な顔も相まって、結構不気味だ。もっとも、由良は目を輝かせて楽しそうにしているが。
「うっわ、近くで見るとますます不気味だ……!」
「そう? 可愛い可愛い」
「えぇ〜〜? 不気味じゃない……? 私はこっちの方が可愛い!」
「そっちも可愛い」
梟カフェの中は、梟でいっぱいだ。不気味な面梟に、可愛らしい白梟。穴掘梟までいる。広々とした室内で、それぞれが好きなようにのんびりとしている。中には羽ばたく梟も居て、その姿は可愛らしくとも猛禽類なのだと思わせる。そんな梟達を眺めて、由良はご機嫌だ。ゆらゆらと身体を左右に動かして、楽しそうに笑う。由良と見詰め合っていた面梟が、首を回した。その姿はやはり不気味なのだが、由良の目には可愛く見えている。彼女はすっかり面梟に夢中になってしまっているようだ。
透はと言うと、白梟に目を奪われている。が、白梟の方は不思議そうだ。見慣れた人間が目の前に居るはずなのに、匂いが染み付いた服が有るだけ。しかも動く。もし梟の思考を知ることが出来たとしたら、この白梟はきっと透のことを不思議に思っているかも知れない。
「良いなぁ……飼いたいなぁ……」
「はいはい。そう言って結局飼わないんだから言わないの。猫ちゃんの時もそうだったじゃん」
「もう調伏したよ? 名前は幽猫」
「ちょうぶ、……ゆうびょ……? えっ、猫飼ってたの!?」
「うん。ほら」
会話の流れで、由良が猫の手影絵を作った。すると彼女の影の中から、二股の尾を持つ黒猫が現れた。元気良く飛び出したその式神は、由良の頭に乗ってから溶け消えた。その出来事に驚いたのか、店内の梟達が一斉に羽ばたく。その上、一箇所に集まり、一点を凝視した。梟達の目線が集中するのは、由良だった。
「な、なるほど……。新しく作ったんだ……!?」
「まぁね。大変だった」
「ていうか、あんまり外で個性使っちゃ駄目だよ? 他の人に見られたら怒られちゃうから。特にお巡りさんとかに」
「怒られたことは無いけどね」
「梟ちゃんをびっくりさせないの!」
「それはごめん」
私有地の外で個性を使うことは、原則厳禁の時代だ。公衆の面前で個性を扱うには、それなりの資格が要る。が、個性にも様々な種類が有り、ある程度は黙認されていたりする。もっとも、発動型に類する個性を使えば警察やヒーローのお世話になってしまうのだが。
透に謝った後、由良は眉間に皺を寄せて後ろを振り返った。彼女の目が捉えたのは、外が見える窓の向こう側。様々な通行人が歩いている、広い歩道だ。
「……はぁ……」
「ん? どうかした?」
「何でもない。それより、手乗り体験がしたい」
「あ、それ良いね! でも私の手に乗ってくれるかなぁ……」
「グローブ着用だから大丈夫」
「それなら乗ってくれるね!」
そんな会話を繰り広げつつ。二人はこの後、梟の手乗り体験や餌やり体験をしたりして、大いに盛り上がった。
ただ―――。
時折窓の外を見ては顔を顰める由良の様子が、透は少し気になった。