――あっ、もしかして、そこのベージュのコートを来た奥さん、私の熱烈なファンでしょ?奥さんぐらいの世代じゃないと、私の若い頃の事を知っている人なんていないですよぉ』
TVカメラの向きが、俳優の田上から観客席の方へと移り、しどろもどろするスタジオの観客の姿に、田上も司会者も他の観客も、笑いの渦に大きく巻き込まれた。
「やぁね〜、私だって、そんな事、知らないわよぉ。面白いわね、この人」
手を叩きながら、TV画面の中で笑う、田上と、おせんべいをかじりながら笑う良子。
その二人を見て、雅美は、なぜか、あるものが共通していると思った。
それは、顔つきや喋り方といった外見上のものでも、考え方や感性といった中身の問題でもなく、――そう、確実な「老い」だった。
年を取った人が笑うと、顔にシワが出来る。そのシワから、今、雅美は一言では言い表せない、その人の人生の苦しみや、やがては訪れる「死」が感じ取れたのだ。
『――はい、それでは一旦CMに入ります――』
「あー、本当に愉快な人ね。もっとドラマ、見ておけば良かったわ。それに――」
「――ねぇ、母さん」
「何よ、雅美。急に改まったような顔して」
「その、――何か、老けたね」
前もって連絡なしにいきなりマンションに訪れて、高級なおせんべいをバリバリと遠慮無しに口へと運ぶ母を見て、本来ならもっと気遣う言葉でも掛ければ良かったのかもしれないが、いつも穏やかな母とは違う「何か」を見た気がして、そんな、やるせない声の掛け方になった。
「やぁねぇ〜、今更。雅美に小学生の息子と娘がいるのだから、当たり前でしょ。むしろ母さん、『若いお婆ちゃん』なんて呼ばれているのよ、その二人から」
雅美は25才の時に、良子は20才の時にそれぞれ最初の子を産んでおり、良子は比較的「若いお婆ちゃん」といえた。
ところが、その明るい口調とは裏腹に、良子はすっかり、おせんべいを取る手の勢いを止めて、黙り込んでしまった。
『それにしても田上さんと言えば、ホームドラマで父親役を演じられている作品が多々ありますが、プライベートではどんな風に、ご家族と過ごしていらっしゃるんですか?』
ドラマではしっかりしていて頼れる役柄、バラエティーなどでは少しハメを外してコメントをする姿が印象的な田上は、その質問に、
『うーん、そうですねぇ……』
と、一旦言葉を止めると、
『私って、家では亭主関白で、頑固な父親だって家族によく言われますねぇ。あと潔癖症な所もありますよー』
と、家族の話題になると、彼は少し険しい表情になった。
(つづく)