老いたりせども、愛は変わらず。   作:高山典子

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最終話

 その顔つき――眉間(みけん)に寄せたシワを見て、雅美は、良子に対して、あぁ、悪い発言をしてしまったと、後悔し始めた。

 それは、田上が、かつてドラマで共演した独身の美人女優と不倫関係がある、とTVや週刊誌などのマスコミが(うわさ)をし、あるイベントで、記者からその質問を受けた時の表情と同じだった。

 不愉快(ふゆかい)さと、侮辱感(ぶじょくかん)

 今、目の前にしている良子も、まさにその表情をしていた。

 雅美が中学生の(ころ)、雅美の父が単身赴任(たんしんふにん)をするか、赴任先(ふにんさき)へ家族も共に引っ越すかどうか、雅美の両親がかなり()めていた事があった。俳優の不倫騒動があったのも、偶然にも同じ時期だった。

 あの時、良子は雅美や、雅美の弟の進学先を真剣に考えていた。

 一人暮らしをした事が無い父と激しい口論を交わし、父の両親――祖父母(そふぼ)からも説得をしてもらおうと、良子が随分(ずいぶん)苦労していた姿が、当時の雅美には強烈(きょうれつ)だった。

 その記憶が、ふとTVの中の俳優の表情から思い出されるのであった。

「――ねぇ、母さん」

「……」

 口を閉ざしたままの良子に、

「お茶、()れ直してくるね」

と、雅美は()げると、キッチンへと向かった。

 自分の中では、もう大人になったのだ、親になったのだ、と自覚していても、親から見れば、自分の子供はいつまで()っても子供だ。子供が親の見ていないところで成長する事があるように、雅美の小学生の子供が立派(りっぱ)に育って社会人になっても、親も子供が見ていないところで苦労しているのだろう。そしてそれは、一生を終えるまで変わらない事なのだろう、きっと。

 雅美は来客用(らいきゃくよう)玉露(ぎょくろ)()れると、

「――ゴメンね、母さん。さっきは」

と、リビングへお茶を運んだ。

「何のことよ、雅美。――あらっ、このお茶、随分(ずいぶん)美味(おい)しい味だねぇ」

 良子は、雅美の先程(さきほど)の発言を、さして気にする様子もなく、お茶をすすった。

「母さん、――今までありがとう。これからもよろしくね」

「何よ、変な子だねぇ。『老けた』って言ったり、感謝したり……」

「ううん。何でもない。――それより、このおせんべい、私も一緒に食べても良い?」

「当たり前じゃない。――雅美、アンタ(ひと)つ、肝心な事を忘れてない?」

「えっ?」

「今日、アンタたち夫婦の結婚記念日でしょ。友弘(ともひろ)さん、おせんべい好きだし、一体どんな味が気になって自分の分も買ったのよ。そうしたら、止まらなくなっちゃってね……。あー、お茶が美味(おい)しいこと」

 リビングにあるカレンダーを見た雅美は、

「あっ、そうだ……、すっかり忘れてた……」

と、日々、自分が家事や子育て、仕事に追われている事に気付いた。

「実はね、父さんと雅美たち夫婦に何を(おく)るか話している内に、段々ケンカになっちゃってね。それで、バカらしくなって、母さん、財布(さいふ)だけ持って、家を飛び出してきたのよ」

 最終的に単身赴任(たんしんふにん)が決まって、見送った日は、雅美の両親の結婚記念日だった。

 仕事の(つか)れで、寝過ごしやすい父に、と、雅美と雅美の弟の二人で特大の目覚まし時計を(おく)ったのを、雅美は思い出した。

「母さんにとって、結婚記念日はあまり思い出したくない出来事なんだけど、せめて雅美には、と思って、海外とか温泉旅行だとか言い出したんだけど、友弘(ともひろ)さんは仕事で忙しいだろうって父さんに反対されて……。まぁ、本当は、私が父さんと二人っきりで行きたかっただけなのかも、って思ったの。おせんべいを食べてね」

 雅美は少し複雑(ふくざつ)な気持ちになったが、

「結局、いつもの和菓子屋さんまで来て、一番高いおせんべいを買ったのよ。――全く、分かんないわね、何十年夫婦やってても」

と、フフフッと軽く笑う良子を見て、やっぱり私たち、母子(おやこ)なんだなと思った。

「――ねぇ、雅美。今日の夕飯、母さんがとびっきりの料理、作ってあげる。だから一晩(ひとばん)だけ、このマンションに泊まらせてちょうだい。最近、中華料理に()ってるのよ」

「えっ、でも、父さん……」

「いいの、いいの。たまには(ひと)りで夜を過ごさせば、不器用なあの人の事だから、(さび)しがって、明日には仲直り出来る良い口実(こうじつ)になるわ」

 これから段々と老いていく母。そして自分も年を取っていくのだ。ゆっくり、確実に。

「今日は、パート休みだし……。じゃあ、お言葉に甘えて、ゆっくりさせてもらうね」

「そうこなくっちゃ。母さんも、まだまだ『母さん』って言われたいのよ」

『今日は俳優の田上悠一さんでした。映画でも、ぜひ素晴らしい演技に期待したいところです――』

 拍手(はくしゅ)でスタジオ(わき)へと見送られる彼は、満面の笑みをこぼしていた。

                      (完)

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
今回もいかがだったでしょう?
制作秘話として、当時、実際にあったお昼のトーク番組から着想を得て、構成してみました。
テーマとしては、『まあ、生きてる間、年齢によって、愛の見え方・考え方って、変わってくるものかなぁ』という、ザックリとしたもので、ソンナニソコマデ哲学的ナモノデハ無イデス。ハイ。
期待外れ〜、な展開だったかもしれませんが、やはり筆者に求められる人生の経験値って、プロット(話の構成)を作る段階から、かなり重要ですね。改めて、勉強させてもらいました。
ではでは、次回は、……時代モノ(超短編)?(江戸時代)か、またまた青春現代恋愛モノになるかと。
どうぞ、よろしくお願いします。
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