ミカとトキと合流し、百花繚乱紛争調停委員会へ向かうこと数十分。
向かう間特に問題もなく、私たちは百花繚乱の門前まで来ていた。
「こちらが百花繚乱の本部ですか。なかなか大きい場所ですね旦那様」
「えー…そう?普通ぐらいじゃない?」
「流石ミカ様。平民とは異なる視野をお持ちのようだ」
百花繚乱紛争調停委員会。
昔、百鬼夜行がまだ各自治区だった頃、預言者クズノハが設立したとされる組織。
百鬼夜行の治安の維持を担っており、有事においてその力を施行する存在。
ゲヘナでの風紀委員。トリニティでの正義実現委員会のようなものだ。
本部は先ほどトキが言っていたように大きく、敷地を広く使った平屋構造の木造日本家屋。
部屋数も多く、仕事をする調停室はもちろん、広々とした修練場もある。
「やっぱりいいなぁ和風建築……。老後はこういう家に住みたいかも」
「そうですか。では早速百花繚乱の方々を呼び出しましょう」ピンポーン
私の老後の思いを無視して、門の横のインターフォンを風情なく鳴らすトキ。
私の感傷わい。
「……あれ、出ないね?留守なのかな?」
「百花繚乱の本部は広いからね……。こっち来るまで割とかかるのよね」
「…………」ピンポーン
「ちょっとトキ!?もういいって!?」
私の説明を聞いてなかったのか再度トキがインターフォンを鳴らす。
「旦那様、キヴォトスにはこんな言葉があります。……時は金なり、と」ピンポーン
「だからって催促しないのトキ!そんな急いでないから!!」
「いえ、旦那様に無駄な時間を取らせるなどあってはいけません」ピンポン、ピンポン、ピンポン
「あ、こら!止めなさいトキ!」
「メッだよ!トキちゃん!」
「離してください。私はチャイムを……ボタンを押さなければならないのです……!」
インターフォンを連続で押すトキを二人がかりで抑え、トキを門から離す。
「ボタン…押さずにはいられない……!!」
「なにこの子……ボタンへの執着すごすぎない?」
そういえば以前、非常ベルを鳴らしてエイミに怒られていたような……。
ボタンが好きなのかな?
「まったく……悪いけどミカ、トキを抑えといて」
「おっけー☆」
「くっ!離してくださいミカ!」
トキはボタンを押そうと暴れたがミカにを難なく捕まると、襟首を持たれ宙に浮かされてしまう。
本日2回目の光景だな。
「トキ!むやみに人んちのインターフォンを鳴らしてはいけませんってヒマリに教わらなかったの?」
「教わっていません。むしろ私の心の中のヒマリ部長は『やれ』と囁いていました」
「なんて教育だ……。後で特異現象捜査部に抗議文を送らなくちゃ」
「いやこれヒマリちゃんとばっちりじゃない?」
「とにかくもうしちゃダメだよトキ!」
「…………善処します」
「絶対またやるやつじゃん……。トキちゃんこうゆうキャラだったの?」
「………」
「………」
「………」
「………えいや!ハイランダー直伝インターフォン16連射押し!!」ピポピポピポ……!!
「え!?なに!?いきなりどうしちゃったのアイちゃん!?」
「……だって今の間は絶対フリだったじゃん」
「フリじゃないよ!?常に雛壇がある世界戦で生きてるの!?」
「……旦那様!……やってくれると信じていました!」
「トキちゃんも目をキラキラさせないで!!もー早く百花繚乱の人たち出てきてー!!」
・
・
・
「で?何か言いたいことは?」
「誠にごめんなさい」
百花繚乱調停室。板張りの床の上で私たち3人は仲良く正座していた。
謝罪の後恐る恐る見上げると、こちらを見下すような目をした百花繚乱の参謀様と目が合った。
「……他の2名から謝罪の言葉が無いけど?」
「私やってないから悪くないし!!」
「私は旦那様のメイド。つまり私の責任は旦那様にあります」
2人の返答を聞いて眉間の皺が濃くなるキキョウ。
……わぁ、人ってここまで冷たい目が出来るんだ。
あの後すぐにユカリが「なにごとですの!?」と言って門を開けてくれた。
そんなユカリに事情を説明し玄関に通してもらうと、そこにはすでに鬼の顔をしたキキョウが仁王立ちで腕をくんで立っていた。
その姿を見た私たちは、あ…ヤベと思っていたが、
「よく来たわね?とりあえず……ゆ っ く り し て い き な さ い」
それが私たちの思い違いではないことを知った。
そして調停室まで案内された私たちは、誰に言われるわけでもなく正座をし、冒頭に至るというわけで。
「……はぁ。もういいわ。で、あんたたちはどこの誰?」
「キキョウ先輩!彼女たちは陰陽部の紹介の方たちらしいですわ!」
「……は?あんたたちが陰陽部が要請した新しい人?」
「……あ、話はちゃんと通ってたのね。…足痛い」
私が足を崩したのをきっかけに、ミカとトキも足を崩す。
「本当にこんな奴らが役に立つの?」
「身共にはわかりませんが、陰陽部からは実力は折り紙つきと聞いていますわ」
「ふぅん。なら少しは役に立つのかしらね」
キキョウの視線が冷たい目から、値踏みするような視線に変わったところで、各々が部屋にある大きめのちゃぶ台の周りに座る。
一応それなりの行為をしていた私たちにも、ユカリは明るく座布団と温かいお茶を出してくれた。
「粗茶ですの!身共は百花繚乱のえりーと、勘解由小路ユカリと申します!以後お見知りおきを!」
「元気でいいねぇ。私はミレニアムのアイ。こっちは……」
ユカリの元気な自己紹介に合わせ、こちらも私たちも簡単に紹介する。
「…………同じく、桐生キキョウ」
私たちの紹介後も黙っていたキキョウだったが、全員で見られると仕方なくといったように自己紹介をした。
「陰陽部の紹介ってあんたたち言っていたけど、こっちの事情はどこまで知っているの?」
「んー。だいたいおおよそ知ってるよ。下手人の正体とか、ここが2回被害にあったとかね」
「……ッ!!それを…いや陰陽部からの要請だったら知ってるのか」
「大丈夫。ここにいるミカとトキ意外には話してないから」
「そう…ならいいわ。……それにしても随分と陰陽部に信頼されてるのね」
「そうかな?」
「そうよ。あいつら腹の内はめったに晒さないもの。てっきりあんたたちも何も知らずに来たんだと思ってたわ。あんた陰陽部とどんな関係なの?」
「……スイカ割りをする関係?」
ただし向こうはスイカ役であるが。
「?、まぁいいわ。事情を知ってるなら隠し事は意味ないわね。……ユカリ、悪いけどこれからこの人たちと、作戦会議するからレンゲ呼んできて」
「了解ですわ!……ナグサ先輩はどういたしますの?」
「……ナグサ先輩は…放っておいていいわ」
ユカリはキキョウの言付けを届けに調停室を退出していく。
「さて……ユカリたちが帰ってくる前に、少し話を進めましょうか」
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「―――――ここまでが私たちが調べた内容よ。理解できた?」
「……ばっちりです」
「……何も言うことがないですね」
「……すごくわかりやすかったね」
ユカリが退出してから約5分余り。
その5分間でキキョウは、被害にあった場所、被害にあった生徒、盗まれた思い出の品、次の被害の予測と対策などなど。
あろとあらゆる情報をわかりやすく丁寧に教えてくれた。
ちゃぶ台に広がる資料も、一目見るだけでわかりやすくまとめてある。
そういえばシャーレでの当番もそうだったな。
悪態をつきながらも仕事をしっかりこなし、ため息を吐きつつこちらに気配りしてくれる世話焼き体質。
実際彼女が当番の日は、仕事の進みがすこぶるよかったのを覚えている。
「お!もう始まってるのか!」
私がちゃぶ台の上の資料を1枚とって読み込んでると調停室の入口から燃えるような声が聞こえ、赤い尻尾の生えた生徒が入ってきた。
「……遅いわよレンゲ」
「悪いな!修練場で鍛錬しててさ、汗拭いてたりしてたら遅くなった!」
悪いと言いながら悪びれる様子もなく、入ってきたレンゲは私たちと目が合うとニカっと笑う。
「おう!ユカリから聞いたよ!陰陽部の要請で来たんだろ?アタシは百花繚乱の切り込み隊長、不破レンゲ。ヨロシクな!」
「ヨロシクねレンゲ。わた(略)」
お互いの紹介が終わるとレンゲも座布団に座り、ちゃぶ台の上の資料を手に取り読み始めていく。
「事件のあらましを説明してんのか?」
「そうよ。あんたがモタモタしてるうちに終わっちゃったけどね」
「だから悪かったって言ってるだろ!?姑みたいにネチネチと……。しかし本当によくできた資料だよな。アタシでもスラスラと頭の中に入ってくるよ。流石百花繚乱の参謀だな」
「…このくらい当り前よ。……それと姑みたいって言ったこと忘れないからね」
「そうゆうところだよ!」
レンゲが入ってきてから空気が和やかになった調停室。
レンゲの明るさのおかげもあるが、2人の気兼ねのない掛け合いも要因の1つだろう。
「ねーレンゲちゃん。この被害者名簿にレンゲちゃんの名前があるんだけど……」
2人の言い合いの中、私と同じく資料に目を通していたミカが、気になったことがあり質問する。
ちなみにだがこの時にはすでにもうトキは飽きており、資料を見るのを止め明後日の方を見ていた。
ミカの質問にキキョウは何のこともない反応だったが、レンゲはなぜか目を丸くしてミカを見る。
「あれ?なんかまずい質問だった?」
「あ……いや、ごめん。なんか…さ…」
「あー答えにくいことだったら別にいいよ?こっちも無理に聞きたいわけじゃないし」
レンゲの反応を見て私はミカのフォローに回る。
百花繚乱の治安組織に籍を置いてるとはいえ、レンゲも被害者の1人。言いづらいこともあるんだろう。
「いや……違うんだよ。……ただこんなかわいい子にレンゲちゃんって言われるの、なんか恥ずかしくて」
「アイちゃん。私この子好き」
「こらミカ、人を指さすんじゃありません」
そこかい。変に心配して損した。
「も~恥ずかしがらなくてもいいのにレンゲちゃん☆」
「そうそうせっかく可愛いんだから、自信もってレンゲちゃん」
「はい。小動物のようでかわいらしいですよ、レンゲちゃん」
私たち可愛さに自信がない子が、可愛いって言われた後照れて恥ずかしがってる姿大好き委員会。
その姿を見たいがためにここぞとばかりにレンゲちゃんを褒めちぎる。
「えへへ……そうかなぁ……へへっ」
「そうよ可愛い可愛いレンゲちゃん。ちょっと湯呑空いちゃったからお茶淹れてきてもらえる?」
「お前はアタシのこと馬鹿にしてんなキキョウ?」
さて…と、閑話休題。話を本筋に戻そう。
「えっとそれでなんだっけか?」
「だからレンゲちゃんも被害にあったんだよね?その時の様子の資料が無かったから教えて欲しいんだけど……」
確かにそれは私も思っていた。
キキョウの資料、過去の事件から最新の事件まで事細かに記されていた。
ただ1番初めの陰陽部と百花繚乱の事件を除いて。
「あーつまりは百花繚乱が盗みに入られた時の話をしてくれってことか。というかその時の資料作ってなかったのかキキョウ?」
「当然でしょ。わざわざ百花繚乱の恥部を記録になんて残さない」
「それもそうか……。でもアタシもよく話はわかってないんだよな」
「被害者本人がわからないってある?」
「だってな……アイたちはうちが2回侵入されたって知ってるだろ?どっちも侵入した犯人に気付いたのはキキョウだからな」
レンゲの話を聞いて私はそうなの?という視線をキキョウに向ける。
「それこそ言うことなんてないんだけど。……あの日、百花繚乱の見回りで私は本部担当だったんだ。しばらく周ってたら床がギシ…って鳴ったのが聞こえてね。それで泥棒に気付いたわけ」
「アタシたち他のメンバーはあの日、百鬼夜行の見回り担当だったからな。でも1人で撃退したんだろ?」
「当然。修練場まで追いつめて、何発も撃ち込んでやったわ。流石に逃げていく相手に1人で追いつけなかったけどね」
「それだけでも凄いって。謙遜すんなよ百花繚乱の参謀さん」
「…そうね。でも結局の所2回目は侵入を許しちゃったわけだし。2回目は私が気付いた時にはすでに犯行を終えて脱出するときだったわ。この私が犯行に気付かないなんて……そこまで経ってないのにあの狐大分腕をあげてたみたい」
「その時もキキョウだけ本部だったの?」
「違うけど……。その時は百花繚乱のメンバーは全員本部にいたわ」
……マジ?え?イズナ百花繚乱勢揃いの所で盗み成功させたの?
「私が気付いてナグサ先輩とユカリがすぐに出撃してくれたんだけど、逃げられちゃったみたい」
「……?その時2人は何してたの?」
「私は盗まれたものを確認してた……だけどこの馬鹿は」
「アタシはその時風呂入ってたんだよ!?悪かったな出撃できなくて!?」
「あ~お風呂中を狙われたのね」
「全裸で行けばよかったじゃない」
「無理に決まってるだろ!!」
そっか。レンゲが盗まれたものはいつも身に着けてるリボン。
正面から襲うのは分が悪いから、リボンを身に着けてないお風呂中を狙うのはある意味正解なのか。
「もういい?あまり自分の失敗を話したくないんだけど」
「あぁごめんごめん、ありがとうね。ミカも大丈夫そう?」
「うん、大丈夫だよアイちゃん」
……ふむこれで大体各組織目線からの事件のあらましはわかった。
「だったら次の現場の予測を立てるよ」
「次の現場のあたりがもう出来てるの!?」
「当たり前でしょ……。私を誰だと思ってるの?」
「キリュウちゃん」
「……次は部室棟。これまでの事件の被害を調べた上での予測だけど、多分ここらへん」
無視!?無視ですかキリュウちゃん!?
1番傷付いたかも……。
「なんで部室棟なの?」
「ここらへんに先生と関りがあった生徒が何人かいる」
うなだれる私に気にかけてか、私の代わりに話を続けるミカ。
「………」
そして音もなく私の後ろに近づき、無言で抱きしめてくるトキ。
もしかしたらこの世界は思いやりで出来ているのかも知れない。
私はトキの温かみを感じながら今説明されてる、次の現場の資料を手に取る。
……確かに部室棟の経路図とともにリストアップされた、私と関係ある生徒には全員覚えがあった。
イズナは私と関りが深い生徒を狙っているのならばここを狙うのは定石だろう。
「現場の経路を確認したら次に敵の侵入経路を予測して」
キキョウはそう言うと、ちゃぶ台に広がった資料をまとめ端にどかすと、拡大された部室棟の経路図を広げ始めた。
「……侵入経路ねぇ。侵入しやすく、なおかつ逃走もしやすい。何かあった時も早めに対応できるなら」
ご丁寧に窓の場所や非常口などの細々とした情報も乗っている為、考えを整理しやすい。
「そうだなぁ。……これ、ミカはどう見る?」
「え、私?」
私の考えは大方まとまった為、試しにミカに投げてみる。……別に本当はまとまってないとかではなく、ミカの考えを聞いたのは、
「私が考えたのは……ここと、ここと、ここかなぁ☆」
彼女が適任だからだ。
「……驚いた。私の予想していた侵入経路とぴったり一緒なんて」
あのキキョウもミカが自分と同じ考えを、瞬時に言いあてたのに目を丸くする。
「凄いなあミカ!どうしてわかったんだ?」
そのことにレンゲも素直に感嘆し、ミカにどうしてか聞いてくる。
そんな素直に質問をされたからにはこちらも応えねば無作法というもの。
「ここでイカしたメンバーを紹介するぜ!…まずは外患誘致のミカ!!」
「あの時の経験が役に立つなんて、えへへ…照れるなぁ☆」
「次に学園規模の横領犯の腹心、トキ!」
「ピース、ピース」
「そして私、私文書偽造のアイ!」
「おいおい!?犯罪者のオンパレードじゃないか!?」
「他にもテロ実行犯の片棒イロハに、裏社会のアウトローカヨコもいるよ。これからヨロシクね。百花繚乱のみんな!」
「どこがイカしたメンバーなの?イカれたメンバーじゃない。ちょっと陰陽部に抗議してきていい?」
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
私が『ヒトツメ』になり、ナグサとの継承戦に敗れた後。
異能の力の反動か、代償か……今となってはどちらでもいいが、そのせいで長い間眠りこけていた私が目覚めたのは、継承戦が終わってから何ヶ月も経った日だった。
別に目覚めたかったわけじゃない。このまま何も感じず、休められたらどれだけよかっただろう。
周りからの重圧も期待も、重荷に感じること全てから解放され、何も感じずに眠る。
継承戦で敗北した私にはそれだけでよかったのに、はかなくもその願望は崩れ目が覚めてしまった。
まどろぎすら久しぶりに感じた目覚めの中で、最初にこの目に映ったものは銀色の影だった。
その正体に気付きつつも私は反射的に眉根を寄せて目を凝らしてしまう。
目を凝らすとやはり私の予想は当たったようで、心配そうな私の顔を覗き込む御稜ナグサの姿だった。
ナグサは私の反応を見ると、信じられないといった顔をしていたが、その顔に次第に涙が浮かび上がるとその涙をボロボロと流し私に抱きついてきた。
しばらくは寝起きの頭でなすがままにされていたが、頭が冴えてくるにつれだんだんとうっとおしくなる。
「……ナグサ離れて」
くっついていたナグサを引き剥がした自分の腕を見るとこの長い眠りの間、ナグサが私を献身的に看病してくれたのがわかる。
だって今久しぶりの寝起きでの不調以外、身体に目立った不調が見当たらないから。
本来なら感謝し、礼の一つでもするものなのだろう。
「……独りにして」
だがやはり私から出た言葉は『拒絶』だった。
・
・
・
あれからキキョウ、レンゲと、見舞いに来たが全員顔も見ずに追い返した。
当然だ。私が拒絶しているのは、ナグサだけじゃない。
百花繚乱、百鬼夜行。…………そして私自身もだ。
あの日継承戦に敗れた私は、全てを失った。
いや……ヒトツメとなった時点で、自ら捨てたといったほうが正しいのかも知れないが。
しかし異形となっても1つだけ捨てられなかったものがあった。
……それは百花繚乱調停委員会の委員長という肩書。
それは私にとって重荷で、重圧で、煩わしいものであったと同時に。
期待され、渇望され、認められる。
……私のたった1つの居場所でもあった。
その居場所をあの子が、奪ったから……奪ってくれたからこそ考える。
『……そこにいるだけでいいんだよ』
その言葉の意味を。
私の居場所はもう百花繚乱にはない。ナグサに言えばまた百花繚乱の一員になれるだろう。
レンゲもユカリも……キキョウだって最初はとやかく言ってくるだろうけどじきに慣れてしまう。
けど私がそれを許さない。あの子たちの隣でのうのうと生きていくなんて私はしたくない。
…………なら私はどこで生きていけばいいの?私の居場所はどこ?
わかってる。ただのわがままであることも。
用意された居場所を否定して、認めて欲しいと言って拒絶して。
私は何をしたいのだと自分でも冷笑してしまう。
こんなのただの子供の癇癪だ。
私は目覚めた後は、日々そんな自嘲的に毎日を無為に過ごした。
幸いナグサがご飯などを部屋の前に置いてくれるので衣食住には困らなかったが、結果的に自分が拒絶した居場所に世話をされてしまっているのだ
とんだお笑いぐさ。お芝居だったら惨めな喜劇に他ならない。
「なにがしたいんだろ私」
誰にでも聞かせるわけでもない独り言を漏らす。
その時、自室と廊下を隔てた襖が控えめに叩かれる。
「……何?」
「……ナグサだけど、アヤメ…いる?」
「……こんな状態でどこか行けると思ってるの?」
「……あの、先生が見えたんだけど」
先生?……あぁシャーレの先生か。
あの時、百花繚乱を指揮していた……。
つい反射的に追い返そうとしたが、皮肉にも百花繚乱にいまだ世話になってる身。
少しは顔を立てておくか。
私が許可を出すと、襖が開きあの日見た先生が姿を見せる。
「おっすアヤメ。久しぶりだけど元気してる?」
「……体力だけなら有り余ってるよ」
シャーレの先生。あの場にいなければきっと私の計画は成していただろう。
ナグサとの継承戦もやらず事態を掌握していたかもしれない。
とんだ食わせ物、大人。
コイツも私は信じられない。
こんな私なんて放っておいたほうがいいのに、こうして2人で会うなんて何か裏があるんだろう。
「それで…何の用事?わざわざ私に会いに来たってことは、私になにかさせたいんでしょ?」
もうこの大人には全てばれている。なので私は仮面をつける必要はない。
…………その事実に少しホッとする。
「アヤメ。………………暇だよね?」
「は?」
なんだこの大人は。
こちとら寝込んでる(名目上)ってのに急に来てデリカシーが欠如してんの?
「……時間はあるけど」
「よし。……ゲームしようぜ」
そう言うと先生はガサガサと持っていた紙袋を広げ、四角い何かを取り出した。
・
・
・
『You Win!!』
画面に映し出される何度目かの勝利を称える文字。
だがその文字は私を称えることなく、全て先生に向けての勝利だった。
テレビに繋がれたビデオゲーム。
最初はなぜか猛烈に推してくる先生に対してなあなあでやっていたが、日々を鍛錬と人助けによって消費していた私にとって、その体験は初めてのことだった。
そもそもあまり百鬼夜行ではゲームという文化があまり発展しておらず、ビデオゲームなんて珍しい代物だったが、やってみると意外や意外、これに勝る娯楽は無いんじゃないかと思えるほど楽しいものだった。
負けた時の悔しさはもちろん、勝った時の爽快さには依存性があるのでは無いかと思うぐらい熱中した。
先生は最初の方は隣でやり方を教えてくれていたが、途中からは特に口をはさまず見守っていてくれた。しばらくはゲームに夢中だった私も、そんな先生に気付くと私だけ楽しんでいることに申しわけなくなってしまう。
「ね……ねぇ。先生も…さ、よければ一緒にやろうよ」
私はその気持ちに耐えかね、ついゲームに誘ってしまう。
先生は私の誘いに嬉しそうに乗ってくると、持ってきていた多分自分用のコントローラーを機体に繋ぐ。
……楽しいのはここまでだった。
このゲーム機は先生が持ってきた物だ。当然先生はゲームをするのだろう。
ゲーム機を持ってないのに誘うのはおかしい。
つまりはというと。
「…………………」
「……私の勝利だね」
先生はゲーム経験者、私は初心者。圧倒的に差が生まれてしまうというわけだ。
「ねぇ少しは手加減しようとは思わないの?」
「残念だったなアヤメ。私にはボードゲームからビデオゲームにかけて手加減という言葉は無いのだ」
「大人なのに子供相手に本気とか恥ずかしくないの?」
「フハハ…言いよるわ。勝負後の戯言なんて敗者の常套句。そういうのは勝ってから言うんだな」
こいっつッ!!本当に大人なの!?
こんな初心者相手に本気で挑むなんてッ!!
「アヤメ、いいことを教えよう。ゲームは本気でやるから楽しいんだ」
その後も何試合か対戦したが結果は私の全敗。先生は私の部屋にゲーム1式を置いて帰っていった。
その瞬間は殺意が沸いたが、私がその言葉の真意を知るのはその日から、1ヶ月先のことだった。
その1ヶ月の間、私は先生が置いていったゲームを本気でやりつくした。
それこそ鍛錬と同じぐらいは本気で。
再び先生が百花繚乱に仕事で訪れた時、私は先生を自分の部屋に招き入れた。
「先生リベンジだよ」
「……いいよ。全力でかかっておいで」
先生にコントローラーを渡し、お互い本気でゲームの画面にかぶりつく。
あれだけ集中したのは……正直継承戦いらいかもしれない。
「……ッ!!よし!勝った!!」
だがその集中力もあってか私は、辛くも先生に勝利した。
「あーー!!負けたーー!!」
勝った私のガッツポーズと引き換えに、先生は後ろに倒れこみ床に転がる。
「くそう……まだ私の方が強いと思ってたのに……」
「初心者だと思って侮ったようね……」
「何言ってんのさアヤメ。私は全然君のことを侮ってないよ」
寝転がっていた先生は体制を整えるとこちらに身体を向ける。
「最初から本気を出してたよ私は。あくまで勝ったのはアヤメの実力」
そうだった。先生はゲームに対して……私に対していつも本気だった。
私に対して羨望も嘘も嘲笑も先入観もなく、先生という個人として私と関わってくれた。
「本気のゲームは楽しかった?」
今までゲームに熱中していたが、その熱が引いていくとだんだんその事実に気付いていく。
気付いてしまってはダメだった。
「にしても凄いねアヤメは。私も相当やりこんできたけど、こんな早く上達するなんて」
百花繚乱調停委員会の委員長ではなく、事件を起こした問題児ではなく。
「頑張ったんだね、アヤメ」
最初からただの七稜アヤメとして認めてもらえること。
そしてただ1言、乾いた心に渇望した言葉。
たったそれだけのことがこんなにも嬉しいことなのだと。
ふと頬を伝う感覚に驚き指ですくうと指先にくっつく透明な涙。
いつの間にか自分が涙を流していることに気付くと、もう自分では抑えることが出来ず、次から次へと涙が目から流れ落ちる。
「涙……止まらな……」
「いいよ、無理に止めなくても」
先生は私にハンカチを差し出してくれたので、私はハンカチを受け取ると先生に泣き顔が見られないように、顔を覆いながら涙を拭う。
先生はハンカチで目元を抑える私を見ると、まるで子供をあやすように頭を優しく撫でてくれた。
・
・
・
「不服です」
「あら、落ち着いた?」
「落ち着いたよ……ありがとう先生。でもまさか先生に私の泣き顔を見られるとは思わなかったよ。しかもあんなことで泣いちゃうなんて」
「あんなこと?」
「そう。あんなこと。まさかゲームの腕の上達を褒められて泣いちゃうなんて……。ゲームなんかより、鍛錬してたほうが立派なのに」
「何言ってるの。何かを上達するのに優劣なんか無いよ。それに私の知ってる生徒にはそれこそゲームに命かけてる子もいるしね」
「………………」
「え、なに?」
「いや…何も……。ただ、そうだね」
やりたいことはまだわからない。自分の居場所もまだ定まっていない
でも、ナグサの『そこにいるだけでいいんだよ』って言葉の意味と。
「またゲーム付き合ってよ……先生」
先生が私との会話中にも他の生徒の話をする、デリカシーがない人ってことはわかった気がした。
……やりたいことが見つかるまでは、ゲームの腕でも磨こうかな。
転生先生、嘯く 30話
5章百鬼夜行編ノ4
☆祝☆30話達成!
活動報告を更新したよ☆
皆に感謝と出陣の用意を
拙き作品ゆえよろしくお願いいたします