オリ主とキャストリスが互いに恋に落ちることはありません。
キャストリスに脳を焼かれてます。あと、オンパロスの結構なネタバレがあります。
「
彼女は無表情でありながら、どこか悲しげな眼差しで遠くを見つめる。紫色の手袋で隠された指先が、空で舞い踊り、決して落ちることのなく世界を照らし続ける太陽に向けて差し伸べた。
手袋を外しているところはあまり見たことないが、手袋の下は白魚のように長くしなやかな指であったのを覚えている。その指先に、その手に触れたらきっと柔らかいんだろうなと思ったことがあった。
「ただ、彩られた〝命〟を奪うことしかできません」
彼女は俯く。いつまでも暗い表情で、生気の無い声色が風に流されて霧散する。吹き抜けた風は肌寒い。だが、そんなことはさほど気にはならなかった。
風になびく漆黒のローブ。彼女の目元辺りまで隠していたフードが風に攫われ、その内側に隠れていた長い髪がその彩りを覗かせる。ようやく彼女の顔を拝めた。
「今日は、風が強いですね……」
彼女は髪になびく髪を耳に掛けて、空を見上げた。
その容姿はいつ見ても、さながら人形のようだ。
エルフのように尖った耳。頭頂部の辺りは白く、毛先に行くにつれて紫色に染まっている髪。それは後頭部の辺りで二つに結わえられて膝の辺りまで伸びては艷やかに舞い踊っている。髪の下には、まるで宝石──もっと深く言うなら、パープルサファイアを嵌め込んだような魅惑的な双眸がある。だがしかし、宝石のようなその瞳に輝きは宿っていない。
「少し、冷えますね。移動しましょうか」
彼女はそう言って、その少女のような矮躯を起こす。その立ち上がる動作だけでも、まるで絵になるような美貌だ。
透明感のある柔肌にはシミ一つすらなく、恐ろしいほどの純白さを誇っている。また、その顔立ちも目を見張るほど精緻に整っていた。ツンと高い鼻筋に宝石のような丸く大きな瞳、形の整った細い柳眉、僅かに青白くも瑞々しい唇。どこからなにを見ても欠点一つとしてない顔のパーツが、それぞれ完璧な黄金比で、彼女の顔に配置されている。これだけの美しさを持ち得ながら、彼女は
「どうかしましたか……?」
彼女を見上げたまま一向に立ち上がらない僕を見て、彼女が心配げな眼差しで首を傾げる。そんな彼女も、また綺麗だ。すれ違った十人の男が、十人全員振り返るような美貌を持っているのだから、もっと自信を持てばいいものを。彼女にはそんなことなど一切考えていない。
「いや。なんでもないよ」
立ち上がって、彼女を見下ろす。明確な身長差は分からないが、僕が立ち上がると彼女は、僕の顔を見る為に少し見上げなければならない。彼女は僕の顔を見つめて、なぜか固まっていた。
時折、彼女がなにを考えているのか分からなくなる。元から感情の起伏が静かなのも原因の一つだろう。笑えば、多少なりとも周りの目も変わるだろうに。
「どうかしたの?」
僕が首を傾げると、彼女は「あ、すいません……」と小さな声で謝罪を呟く。そして視線を泳がせてから、崖下の集落へと向ける。そんな彼女の様子を見て、僕は思わず溜め息をついた。
「キャス
「私の考えが、分かるのですか?」
「いや、姐さんは何か言えないことがある時に、目を泳がせて遠くを眺める癖があるから」
僕の言葉にキャス姐は「あっ」と僅かに目を見開く。彼女は決して感情を失っているわけではない。単に起伏が大人しいだけで、笑う時は笑うし悲しむ時は悲しむ。ちゃんとした感情がある。まあ、ほとんど見せないけど。
「ほら、隠してないで言って。今度はいくつのぬいぐるみを作って寝たの?」
僕の言葉に、キャス姐は僅かに頬を赤くする。おどおどとした様子で「あ、いや、そういうことでは……」とかなり戸惑った様子で呟いてから、彼女は恥ずかしさを呑み込んで僕を見上げた。
「そんなことまで、分かるのですか?」
「冗談で言ったんだけど……」
「あっ……」
沈黙が流れる。手芸が趣味である彼女は、時折自身で作ったぬいぐるみを抱き締めて眠っている。それは別に構わないのだが、何か良いことがあったりすると常に作っているため旅の荷物になる。一昨日も、処分するぬいぐるみを決めかねて半日以上も悩んでいた。
控えるように言ったのだが、また作っていたらしい。
「い、いえ、そういうことではなくてですね……。私が感じたのは、あなたのことです」
「えっ、僕?」
はい、と彼女は手袋に包まれた手を自身の胸に置いて頷く。その表情はどこか儚げでありながら、僅かに微笑んでいた。久しぶりに見た笑顔だ。最近はかなり重いこともあったから、気に病んでいると思っていたが、元気も見えて来たようだ。
キャス姐は触れないように細心の注意を払いながら、僅かに背伸びをして僕の頭上に手を翳した。
「背が、また大きくなりましたね」
その宝石のような瞳を細め、固く結ばれた口角を僅かに緩めて微笑む。儚くて、今にも塗り潰されてしまいそうな表情だ。彼女がそんな風になってしまったのも、
「
「ふふ、それは楽しみですね」
冗談を受けて、彼女は口元を手で隠しながら上品に笑う。長い間、彼女と一緒にいるが、笑うようになったのはここ数年だ。それまでは僕の奇行に対して本気で困惑してたし、その所為で恥ずかしさのあまりに死にたくなることもあった。
キャス姐はフードを被り直してから踵を返す。僕の横を通り抜けていく際に、耳元で優しく囁いた。
「これも、毎晩摘み食いしてるからでしょうか?」
キャス姐の言葉を耳から聞き入れて、脳が理解した直後──僕の思考は停止した。
冷や汗が風に流されて頬を伝う。足を止めずに先を歩むキャス姐の横まで慌てて駆け寄り、彼女の顔を伺いながら苦笑した。
「バレてた?」
「ええ、いつも気が付いていました」
「うっわ、恥ず」
「別に恥ずかしがることでもないかと、今度からは少し量を増やしておきますよ」
キャス姐に気を使われて、少しばかり恥ずかしくなる。こうなるなら正直に言えば良かった。姐さんの作る料理が美味いのだから仕方がない。
ふと一瞥したキャス姐の表情は、いつもの冷たい感情ではなくどこか柔らかい温かなものだった。彼女が笑ってくれているのなら、これもまた良い。
「育ち盛りですから、仕方がありませんよ」
「おかげさまでこんなに大きくなったよ、
そう言いながら、キャス姐の前で両手を広げてくるりと回ってみせた。
その時、僕の言葉にキャス姐の歩みがピタリと止まる。何事かと振り返って見れば、フードから覗く彼女の淡雪のような肌が太陽に照らされて僅かに輝いて見える。そして彼女は淡い微笑みに悲しげな色を滲ませて顔を上げると、僕に向かって唱えた。
「私は、お母さんなんかじゃありません」
親が決して発してはならない台詞を、キャス姐は淡々と言い放った。彼女なりの誠意のつもりなのかは分からないが、キャス姐の表情はあまりにも暗い。
冗談が通じ難いのも、彼女の難点だ。
僕は呆れたように首を振って肩をすくめた。
「それ、言っちゃいけないセリフナンバー2」
「あっ、すいません……」
僕の指摘にキャス姐はハッと口を抑える。ようやくその重大性に気が付いたらしい。僕が普通の子供じゃなくて良かった、と言うべきか。というよりも、僕が普通の子供だったらキャス姐と出会って一週間ぐらいで死んでるし、ここまで成長できていない。
「たとえ血が繋がっていなくても、僕の面倒を見てくれたのはキャス姐だよ」
「私は、ただ頼まれたことをしただけです」
「見ず知らずの人間の頼みを、十数年も?」
痛いところを突かれたキャス姐は目を伏せる。そんな彼女の顔を覗き込んで、得意げに僕は微笑んだ。そこら辺に落ちていた枯れ枝を拾い、彼女に向けて差し出した。
「どれだけ自分は冷たいって思っても、キャス姐は繊細で優しいんだよ。ずっと見てきたから、僕はそれを知ってる」
「私はあなたの言う
僕が差し出した枯れ枝を見下ろして、キャス姐は困惑しながら伸ばした手を引っ込める。迷って、僅かに眉間にシワを寄せながら、ゆっくりと息を吐いた。外気に晒された吐息が水滴に変わり、白くたなびいていく。彼女は顔を上げた。
冷気に触れて僅かに赤く染まったキャス姐の鼻先に目が行く。寒いんだろうな、そんな端的な感想を抱きながらも、僕は触れないように気を付けて羽織っていたローブをキャス姐に掛けた。
「とある国ではね〝Cold hands, warm heart.〟って言葉があるんだ」
「聞いたことのない言葉ですね……旧世界の言葉でしょうか?」
「うーん、まあそういうことにしといて」
曖昧な返事にキャス姐は、困惑している様子で首を傾げる。そして「その言葉はどういう意味なのですか?」と興味を示して僕の顔を見つめた。
僕は得意げに腕を組んで答えた。
「──手が冷たい人は、心が温かいって意味」
「それは、私の手が冷たいのに変わりはないのでは……」
キャス姐の言葉に僕は「むっ」と目を細めて睨む。その視線を受けて、キャス姐が僅かに身を縮めた。そんな彼女に向けて枯れ枝を差し出し、僕は鼻を鳴らした。
「これは一見冷たそうに見えても実は優しい人や、他人に思いやりや優しさに溢れている人を表す格言なんだよ」
僕の言葉にキャス姐は枯れ枝を見下ろしたまま考える。そしてゆっくりと思考を巡らせてから「そういうものなのでしょうか……」とあまり響いていない様子で呟いていた。
僕はさらに前に枯れ枝を差し出す。それの端を渋々と手に取ったキャス姐に微笑んだ。
「そ、因みにこれは握手をする時によく用いられるんだ。手に汗握るって言葉があるように、人は緊張すると血行が悪くなって手が冷たくなったり汗をかくんだ」
「……なるほど」
「だから、手が冷たい人は緊張感が高い人だったりするわけ。つまりそういう意味では、手が冷たい人ほど感受性が強く他人に気を遣うわけだから心が温かいと言えるんじゃないかな」
自信満々に語る僕に対して、キャス姐はそれを否定したりするわけでもなく「あなたの知識には時々驚かされますね」と感嘆とした様子で微笑んでいた。
「ま、物は言いようだよ。さ、はやく次の街に行こ」
「はい、分かりました。あなたがいてくれて、この旅は思い出に残ることばかりです」
「なら良かったよ」
キャス姐は枯れ枝を持っている僕の方とは逆の端を持ち、二人でゆっくりと歩みだす。なぜ直接手を繋いで歩かないのか、それはキャス姐の〝呪い〟が原因だ。その〝呪い〟の影響を受けないために、昔キャス姐の友人がこの方法で手を繋いでくれたらしい。
その友人はもう亡くなってしまったらしいが、この出来事を語っている時のキャス姐はどこか悲しげで、それでいて優しい表情をしていたのを覚えている。
「いつの日か、キャス姐とはちゃんと手を繋いでみたいな」
ポツリとそんなことを呟くと、キャス姐の足が止まる。振り返って見ると彼女は一瞬だけ悲しげな表情を浮かべてから、すぐに微笑みに塗り替えた。そして歩き始めてから、キャス姐は瞳を閉じたまま答えた。
「ええ、いつの日か。その時は、あなたの頭も撫でてあげましょうか?」
「えっ、それは嬉しいなぁ。その言葉、忘れないでよ。絶対にっ! 忘れないでよ! 約束ね!」
しつこく告げる僕の言葉に、キャス姐は口元に手を当てて笑う。枯れ枝を握る手に少しだけ力を込めて、二人は同じ速度で歩き出す。キャス姐の歩幅に合わせて歩く僕を見上げ、彼女は僕の首に巻かれていた赤いマフラーを丁寧に巻き直してから頷いた。
「──ええ。約束です、
◆◆◆◆
視界が暗転する。直後に激しい衝撃が全身を襲い、耐え難い激痛が思考を埋め尽くす。世界が何度も激しく回転し続ける──そんな感覚に陥りながら、耳を劈くような決して終わることのない悲鳴の連鎖が続いた。
金属が圧し曲がり、弾ける音が周囲で響き渡る。ぐしゃりと何かが潰れる不快な音が隣から聞こえる。永遠に続くのではないか、この激しい揺れはいつ終わるのかと必死に願っていると、より強い衝撃で
ジェットコースターのような浮遊感。五臓六腑が浮き上がり、胃が捻れるような吐き気が込み上げる。落ちる、そう思ったのも束の間──重力のままに叩き付けられた車はけたたましい音を響かせた。
割れた窓の破片が皮膚に貫き、肉を引き裂く。全身に響く鈍い衝撃が、激痛の感覚を麻痺らせる。鮮血が視界で舞い上がり、頬に飛び散った。
──────ガシャンッ!!
そんな音だろうか、ようやく終わった衝撃と回転に思考が、脳みそごと外へ放り投げられたような感覚に陥っていた。視界が明滅し、未だにぐるぐると回って吐き気が込み上げていた。
車内で叩き付けられた激痛で身体を動かせない。視界がおかしい。左眼が見えない。どうしてなのか、分からない。思考が混乱して、今の状況を理解しようとしない。呼吸が喉から漏れているような気がした。
やっとの思いで動かせるのは、首だけだ。
辺りを見渡す。ぐしゃぐしゃに潰れた車内。車は原型を留めておらず、外の景色は鬱蒼と生える茂みしか見えない。パチパチと何かが弾ける音が聞こえる。焦げ臭い匂いが鼻をツンとつく。
────はやく、逃げないと。
思考はやっとの思いでこの車内からの逃走を判断した。左腕を伸ばして、前の座席に座っている母親の肩を掴む──そこで腕は座席を掴めずに空を切り、身体が前のめりに倒れてしまう。なんなんだよ、と苛立ちながら顔を上げて、〝俺〟は驚愕で目を見開いた。
「あっ、あぁ……っ! は、はぁっ……俺の、腕が……っ!!」
左腕の肘から先が────
左腕の消失に気が付き、理解した直後に全身を灼かれているような熱が襲い来る。傷口が熱を帯び、叫び声を上げようと口を開いた瞬間、零れ出たのは絶叫ではなく肉塊だった。
咳き込み、命の源が全身から溢れ出る。必死に助けを求めて、隣に座っているはずの姉へ目を向けた。
「ねえ、さ……ゴボッ!」
吐血しながら、見上げた眼前の光景で俺は思わず全てを吐いた。残った右腕で姉の身体を揺するが、姉は決して口を開かない。
────熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。
助手席に乗っていた母さんは?
運転していた父さんは?
せめて、生きている人はいないのか。自分が死ぬのは一瞬で理解してしまった。理解したくないのに、思考が『死』の存在を理解してしまった。
怖い、寒い、イヤだ。そんな感情が悪寒と共に熱を帯びて駆け巡る。痛みを発し始めた左眼を抑えて、自ずと左眼が見えない理由を知った。
────これ、ガラスか。
恐らくは割れた窓の破片だろうか、それがまぶたを貫いて眼球に突き刺さっていた。それなら当然左眼が見えるはずもない。こんな簡単なことすらも即座に理解できないほど、命の灯火が消えかけている。
残った右眼で助手席に視線を向ける。シートベルトを外して、なんとか移動を試みる。だがそこで座席に挟み込まれて左脚が潰れているのに気が付いた。
移動すらできない状況で、両親の所在と生死を確認しようとする。助手席に乗っていた母さんの姿が見えない。外へと目を向けて、地面に人の形をした何かが転がっている。首や手足が本来曲がらない方向へと曲がり、輝きの消えた慟哭が俺を見つめていた。
「…………かあ、さん……」
運転席を見つめる。震える声で「父、さん……」と言葉にすらならない音を喉から吹き出した。ゆっくりと運転席を見て、太い木の幹が父さんの身体と後ろに座っていた姉さんの身体を穿っていた。
全員、生きていない。それを理解するのは簡単だった。どうやら、俺の人生はここで終わるのだと理解した。その瞬間に、急速に意識が遠退き始めた。
パチパチと火が弾ける音が強くなる。炎が身体を焼き始めた。逃げることも、のたうち回ることすらもできない状況で、ただ焼かれることだけが俺に残された最悪の時間だった。
残った右眼から涙が溢れる。短い人生を振り返る間もなく、立ち昇り始めた焔が全身を焼いた。
声にならない絶叫が、耳を劈く。耐え難い苦痛が全身を焼く。終わることのない苦しみが延々と意識を焼き続けた。
────苦しい、痛い、熱い、イヤだ、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い。
業火が全身を燃やす。俺の意識が完全に途切れ、魂が消滅するまでその苦しみは終わらない。喉が涸れるほど叫び続けて、叫んで、叫んで、叫んで────叫び、続けた。
────どこかで、笑い声が聞こえる。
────ここで