黎明に〝死〟を。薄暮に〝生〟を。   作:渚 龍騎

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投稿遅れてすいません。
ちょっと後半の辺りおかしくなってますが、ご了承ください。
因みになのですが、この物語は決してキャストリスときゃっきゃする物語でもなく、恋仲に落ちることもありません。どちらかと言えば家族のような存在なので。




 

 

 

 ボクにはもう一つの記憶があった。

 母親はいなかった。ボクが産まれた時に亡くなったらしい。父親はいたけど、仕事と酒、そして暴力ばかりで父親としての記憶はあまり残っていない。それでも3年は生きていられたのだから、ボクとしてはそんなに気にはならなかった。どうせなら捨ててくれればいいのにとも思ったが、現実はそう甘くはないらしい。

 

 前世──と呼べるのか分からない誰かの記憶のおかげで、三歳の身体でありながら大人と同じ思考を持ち、行動をすることができた。

 まさに、見た目は子供、頭脳は大人というわけだ。

 テレビという大きな映写ストーンに映った光景──記憶では番組、アニメ、と呼んでいたが、そこに映っていたアニメの少年が語っていた。どうやらこの世界には記憶にある物の大半がないらしい。

 

 まあ、今はこの話なんてどうでもよくて。もしもこの身体に宿っているのが〝僕〟の記憶だけであるなら、3年も生きることはできなかっただろう。その点で言えば〝俺〟の記憶には感謝している。知識の不足した子供では、料理も掃除もまともにできなかっただろう。

 

 そんなボクが彼女と出会ったのは第11の月。いつものように父親が仕事と称して女遊びをしている門の刻(明け方)だ。扉を一定の感覚で叩く音が聞こえて、ボクは目が覚めた。

 

 

「ん……」

 

 

 目を擦りながら、起き上がって朧気な足取りで玄関に向かう。3歳の子供にとっても早朝というのは天敵で、もう一つの記憶にある〝俺〟もよく姉に起こされていた。

 

 扉を開いた瞬間、全身の鳥肌が立った。

 僅かに開いた隙間から〝死〟の感覚が奔った。

 本能的にこれは良くないものだと脳が訴えていた。全身に寒気が走り、扉を開こうとしていた身体が固まる。脳裏に過る記憶に焼き付いた今際の刹那──それと似たような感覚だった。

 それでも、ボクは意を決して扉を開いた。思えば、全身に駆け巡る死の感覚に麻痺していたからだろう。

 

 最初に目に映り込んだのは黒いローブだ。そしてその内に潜んでいる美しいまでの紫色の装束──それはまるでドレスのようで、どこかのお姫様を思わせるような身なりだった。

 フードに深く隠れた表情を伺うことはできないが、身長の小さいボクが見上げて見えたのは、その処女雪のようの白い肌と、血色が薄くありながらも瑞々しい小さな唇だ。その口元は固く結ばれていて、そこから何が発せられるのか、ボクには分からなかった。

 

 

「初めまして。(わたくし)は、キャストリスと申します」

 

 

 キャストリス──そう名乗った彼女の声は、風に吹き飛ばされてしまいそうなほど、羽根のように淡くか細いものだった。彼女はスラリとした細い脚を曲げて、ゆっくりとボクとの視線の高さを合わせる。

 キャストリスと名乗った彼女が、手袋に纏われた白魚のように細くしなやかな指でフードを取った時、ボクはその美麗な顔立ちに目を奪われた。

 

 アニメの世界から飛び出して来たような美しい顔立ち。完璧に描かれた美しい輪郭の中にあるそれぞれのパーツは、彼女の顔に小さく備えられている。だがその中での唯一の欠点は、彼女の口元が決して緩まないことだった。

 

 美しさは罪という言葉があるが、それはまさに彼女のことを言うのだろう。死の感覚が全身の本能を篠突くように、理性は彼女の儚さに囚われていた。

 

 

「────」

「────」

 

 

 死の感覚に怯え、儚さに目を奪われているボクがキャストリスの自己紹介に黙り込んでいると、彼女もまた口をつぐんでボクを見ていた。

 僅かに黒く淀んだ紫色の宝石──アメジストのような瞳がボクを映している。その瞳に光は宿っておらず、彼女が浮かべる笑顔もどこかぎこちない。ボクが黙っいると彼女は少し困った表情を滲ませてから、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「今は、お一人ですか?」

 

 

 新手の詐欺か。それとも、ショタ好きの誘拐犯か。彼女から発せられる死の感覚に疑問を覚えながらも、ボクは取り敢えず首を振ってみる。

 もし誘拐されたとして、思考力が大人であれば3歳の身体で抵抗できるだろうか。相手は女性だ。勝ち目は3パーセントぐらいか。もちろんマックスは100パーセント。

 男相手なら真っ先に女の子にしてやるところだ。

 

 

「それでは、お父様はいらっしゃいますか?」

 

 

 このままでは嘘がバレてしまう──そう思って、思考を巡らせるがそれならもっと嘘を重ねてしまえばいい。

 ボクは首を振りながら、少し後退りして答えた。

 

 

「ううん、お母さんならいるけど」

 

 

 そう答えると、彼女はその僅かに降りた目蓋を上げて驚きを見せた。母親がいることでなにか不味いことでもあるのだろうか。キャストリスはゆっくりと目を伏せてから、ぎこちない笑みを浮かべた。

 

 

「私は、あなたのお母様の……友人です。あなたを引き取るように言われたので、迎えに来ました」

 

 

 その言葉に嘘の色は感じられなかった。

 母親に知り合いがいた、その事実の真意こそは分からない。だが、父親は母親の知り合いに彼女のような綺麗な人がいると一言も語ったことはない。それに母親が死んでから三年経ってなぜ今来たのだろうか。

 

 

「迎えに……? 証拠は?」

「しっかりしているのですね。では、これなら信じていただけるでしょうか」

 

 

 彼女はボクの態度に僅かな驚きを見せながらも、懐から映写ストーン──もう一つの記憶では『カメラ』と呼んでいた──を取り出して、それを地面に置いた。

 

「えっ?」

「この中の一枚にその証拠があります」

「ボクが探すの?」

 

 こく、と頷いたキャストリスはそのまま数歩だけ後退って離れる。なぜか徹底して触れることを恐れているような感覚だ。

 ボクは疑問に思いながらも映写ストーンを手に取って、その証拠を探そうと写真を流していく。

 

 

「なんで全部白黒(モノクロ)なの?」

「これは、個人的な好みで……」

 

 

 写真を流していく過程で、そこに内蔵されている写真の全てが白黒であることにボクは疑問を覚えたが、キャストリスは少し言葉を曇らせながら答える。そしてもう一つの疑問、ボクは数歩離れた位置で屈むキャストリスに近寄った。

 すると、キャストリスはボクが歩を進めた分だけ後退りした。

 

 

「なんで離れるの?」

「あ……えっと……これは私の癖のようなものでして……」

 

 

 よっぽど人に関わるのが嫌なのだろうか。なにが理由なのかはボクには全く分からなかったが、写真を見ていくにつれて彼女が美しい景色や人々の笑顔などが好きであるのは理解できた。

 そしてその中に、満面の笑顔を浮かべてピースをする黒髪の女性と、ぎこちない笑顔を見せるキャストリスの写真があった。

 

 

「あっ……これ……」

「はい、その写真です」

 

 

 遠目にいるキャストリスに画面を見せると、彼女は笑顔で頷く。その笑顔はぎこちなさから一変して、心から笑っているような笑顔だ。最初の儀礼的な笑みではなく、自然に口角が持ち上がって、硬かった表情が柔らかくなっていた。

 

 

()()()()()。それが、お母様の名前ですね」

 

 

 キャストリスの口から告げられた名前を聞き、ボクは両手を上げて降参した。そして彼女に近付き、映写ストーンを渡そうと手を伸ばした瞬間、キャストリスはその僅かに下ろしていた目蓋を見開いて、咄嗟に手を引っ込めるとボクから距離を離した。

 

 

(え……ボクに触れるのそんなに嫌なの……?)

 

 

 ボクは現実を理解したくなくて、口をポカンと開けたまま呆けてしまった。

 幼い少年にとって、綺麗なお姉さんに避けられるのがどれだけ辛いことか。君らも分かるだろ。『あ、うん、ごめんね』っていうあの気不味い感じ。

 

 

「あ、すいません……お気になさらないでください。あなたのことが嫌でしているわけではないのです。これには、少し事情があって……」

「うん……大丈夫……そうだよね……」

「大丈夫ではなさそうですが……」

 

 

 涙目になるのを堪えながら、ボクはキャストリスを見上げる。そして彼女の悲しそうな表情を見て僅かに目を見開いた。

 彼女は少しだけ考えた後に、一つの可愛らしい大地獣のぬいぐるみを取り出してボクの前に置いた。

 

 

「ウェネリスさんは、生前『子供が産まれて、数年経ったら迎えに行ってほしい』と、私と約束を交わしました。その言葉の証拠はありませんが、私のことを信用していただけるでしょうか?」

 

 

 お菓子やおもちゃで誘われても知らない人にはついていってはいけないと、かなり昔に教えられた気もするが、この人ならついていって良い気がした。

 なにより、こんな美人なお姉さんが悪い人なわけないよね。鳥肌は未だに立ちっぱなしだったけど、彼女がボクと触れようとしないのと何か関わりがあるのかもしれない。

 

 

「でも、どうしてこの写真だと少し離れてるの?」

 

 

 写真の中の二人は仲が良さそうではあるが、少しだけ離れて並んだ状態で写真を撮っている。もし本当に母と仲が良かったのなら、もっと近くに寄っているはずだ。

 キャストリスは少しだけ目を伏せてから、ゆっくりと神妙な面持ちで答えた。

 

 

「私には、呪いがかかっています」

 

 

 それはあまりにも突飛な答えだった。だが、その言葉から嘘は感じられなかった。

 誰かの記憶を持っているせいなのか、ボクは少しだけ人の嘘に敏感で、多少の嘘は見抜けるようになっていた。

 

 

「私が触れた命は、枯れてしまうのです。なので、私と彼女は少しだけ離れて写真を撮っています」

 

 

 そう語るキャストリスの表情は暗い。だが、映写ストーンを手に取って母さんとの写真を見つめている時の彼女の表情は穏やかで、その瞬間だけは死の感覚が薄れたように感じた。

 枯れる、その意味が命の終わりを表していると察するのは、そう難しいことではなかった。

 死の感覚は、恐らくその呪いから来るものなのだろう。

 

 ボクは少しだけ考えてから、キャストリスの柔らかな表情を見て覚悟を決めた。

 

 

「わかった。ボク、あなたについていくよ」

 

 

 ボクの答えを聞いて、キャストリスは僅かに驚いたように目を見開いていた。だが、やがて彼女は微笑んでからゆっくりと枝を差し出してきた。

 

 

「なにこれ?」

「昔、友人が考えてくれた──私との手の繋ぎ方です」

「あ、なるほどね」

 

 

 理解して、枝を手に取る。それから家を後にして、ボクはキャストリス──キャス姐さんとの旅に出た。

 母さんがどんな意図を持って、キャス姐さんにあんな約束を交わしたのかは分からない、けれど、今の生活よりもキャス姐さんといる方が断然良い気がした。

 

 

 だって、変な暴力親父といるよりも、綺麗で美しいお姉さんといる方が良いに決まっている。ボクの記憶がそう訴えていた。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 とある街での買い出しを終えたアイネとキャストリスは、宿に帰る途中でなにやら大勢の人が中央の広場に集まっているのを目撃した。

 

 

「なんだろうね、あれ」

「さあ……」

 

 

 「ちょっと見てみようか」とアイネが歩き出し、特にこれと言って意見もなかったキャストリスは買い物袋を胸に抱えながらその後ろをついていく。

 

 

「キャス姐はここで待ってて」

「はい、分かりました」

 

 

 流石にキャストリスを人混みに連れて行くことはできない。アイネは空いているベンチに荷物を置いてから、キャストリスに告げると、彼女は笑顔で頷いた。

 歓声が湧き上がる民衆を見つめ、アイネは人混みを掻き分けてその中心へと向かう。人混みに押し潰されそうになりながらも、頭の中でここにキャストリスが来たらと考えて思わずゾッとした。

 

 

「───、───だ!」

「違う───は、────!!」

 

 

 中心に向かうにつれて、奥から聞こえる声がより鮮明になってくる。ようやく人混みから中心の様子が見えるようになると、人々は囲うようにして集まっており、その中心で二人の男がなにやら大声で議論し合っていた。

 

 

「この街には、黄金裔が必用だ! あの空から来た小さな半神が神託を告げに来たのを聞いただろう!」

「いいや、必要ない! そんなもののどこに信憑性があるというんだ!」

 

 

 黄金裔──最近やたらと聞く名前だ。

 詳細はよく知らないが、オンパロス全体を蝕みつつある暗黒の潮からオンパロスを救う為には、黄金裔と呼ばれる英雄が必要不可欠らしい。

 

 

「うーん……キャス姐も黄金裔だったよね……」

 

 

 どうやら男たちは、この街を守る黄金裔が必要か否かで揉めているようだった。

 小さな半神──アイネの記憶に過るのは、子供のような見た目をした赤毛の少女だ。その少女がオンパロス中を飛んで、神託を告げている。キャストリスとアイネがオクヘイマを目指しているのは、その少女からキャストリスが黄金裔であるのを教えられたからだ。

 

 

「なんだっけ名前……トリ、トリ……トリビアみたいな名前の……ドリトス? まあ、いいや……」

 

 

 思考を放棄して男たちの方を見ると、彼らは今にも掴み掛かりそうな勢いで口論をしている。声を荒げて、周りの市民たちもそれを煽るように歓声を上げていた。

 

 

「あの半神は偽物だ! 俺たちの街を支配するためのデタラメを言っているだけだ! 本物であるなら、その証拠を出してみせろ!」

「証拠ならあるだろ! お前らも見たはずだ! あのニカドリーが暗黒の潮に飲まれて理性を失い、眷属たちが街を破壊しているのを! この街には黄金裔が必用だ!」

「神が理性を失う? あれは半神を名乗る愚か者が神を冒涜した罰だ!」

 

 

 言っていることがしっちゃかめっちゃかだ。

 暗黒の潮の造物──旅をしている中で、そいつらと出会うこともあったが、あれはもう人の手に負えるような相手ではない。

 この議論も民衆が暗黒の潮に対して恐怖しているからのもの。恐れる理由は分かるが、これほどまで無意味な議論もないだろう。

 

 

「聞いてても無駄かな……」

 

 

 そう呟いて帰ろうとした時、雑踏の喧騒を踏み抜く足音が彼らの目を引いた。

 ────かつん、かつん、と。足音が響き渡り、アイネも人混みを掻い潜ってその先を見つめた。

 

 

「──それでは皆様、ここで議論は一度止めさせていただきましょう」

 

 

 淡々とした声が、民衆の喧騒を止める。そこにいたのは人の形を借りながらも、人ならざるものだった。

  頭部を覆う黒鉄の仮面は、眼を塞ぐように装着され、表情をうかがうことすら許さない。仮面の奥にあるはずの視線は閉ざされながらも、どこか全てを見透かすような威圧を漂わせていた。

 

 

「なんだ、あいつ……」

 

 

 ぽつりと、その姿を見たアイネが声を漏らす。

 歩いてくる姿は、まるで機械のようだった。

 長く流れる紫紺の髪が肩口へと垂れ、陽光を受けて揺らめく。首から胸元にかけては深淵のような蒼黒の装甲に覆われ、そこには夜空を思わせる星々の紋様が散りばめられている。そして胸の中心にはぽっかりと円環状の空洞が穿たれ、その先の景色が覗いていた。

 

 黄金の義肢のような紋様が交差させて胸を抱く姿は、まるで祈るかのようで、関節や甲に至るまで精緻に造られ、荘厳な意匠が施されている。それは武器というよりも、ひとつの聖遺物を思わせる輝きだった。

 

 その立ち姿は沈黙の中に威厳を宿し、仮面の奥の無表情がかえって、見る者に畏怖を刻み込む。彼はただそこに佇むだけで、神話の中から切り出された偶像のように感じられた。

 それは単なる生命体ではない。それがひと目で感じられた。

 

 

「皆様、初めまして。私はリュクルゴス──どうぞ以後は『ライコス』とお呼びください」

 

 

 ライコスは鷹揚と片手を広げて、深々と頭を下げる。彼の佇まいには誠実さの他にどこか裏があるようなそんな雰囲気が感じられた。

 

 

「今は、オクヘイマの議会に務めており『神礼の観衆』の名のもと誠実な市民の自己表現の権利を守っています」

 

 

 淡々と語るライコスの言葉に、民衆は息を呑んでその様子を見守っていた。

 オクヘイマの議会、というのを聞いたアイネは彼の正体こそ気になったが、その事実をキャストリスに伝えるべく人混みを掻き分けて彼女のもとに駆け出した。

 

 

 

 

 その背中を、ライコスは瞳無き顔で見つめていた。

 

 

 

 




ライコスの喋り方というかセリフが難しい。
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