黎明に〝死〟を。薄暮に〝生〟を。   作:渚 龍騎

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長夜月、めちゃめちゃなのか大好きでびっくりです。




 

 

「僕……なんとなくだけど、あのライコスって奴すっごい胡散臭く感じるんだよなあ……」

 

 

 宿のベッドで胡座をかきながら、腕を組んだアイネがそう呟く。それに対してキャストリスは作業机の椅子で、大地獣のぬいぐるみを抱きながら「そうでしょうか……?」と首を傾げた。

 

 

「いや、なんとなくだけどね」

「あまり人を見かけだけで判断してはいけませんよ」

「それは……分かってるけど……」

 

 

 キャストリスに優しく注意されて、アイネはベッドに寝転がる。木造建ての天井を見上げながら、キャストリスの方を一瞥した。

 彼女はぬいぐるみを膝の上に置いて、習慣でもある日記を書いている。そこには一日の出来事やアイネとのやり取りが事細かに記されているのを、アイネは幼少期に頃にこっそりと見たのを覚えていた。

 

 

「アンチ虫歯人って本当にいるの?」

「アンティキシラ人のことでしょうか?」

「あっ、そうそうそれそれ」

 

 

 キャストリスは日記を書く手を止めてから「ええ、ちゃんといますよ」と答えた。

 生粋の読書好きであるキャストリスの知識量は目を見張るものがある。ほんわかした口調と穏やかな性格から忘れがちだが、彼女は生きる書庫みたいなものだ。

 

 

「見た目もあんな感じ?」

「実際に見たことがあるわけではありませんが、私が見た書物のものとある程度は似ていましたよ」

「そっか、なんなんだろうなあ、この違和感……」

 

 

 明晰の刻──今日の昼頃に見たあの議論が脳裏に過る。理知的でありながら、どこか相手を探るような物言い。表情こそ分からない見た目をしているが、あの余裕ある振る舞いや鷹揚とした立ち方にどこか違和感を感じていた。

 

 

「気のせいか……キャス姐はさ、オクヘイマに行ったらどうするの? 他の黄金裔みたいに戦うの?」

「私は…………この呪いが人々の役に立てるのなら、私は戦います」

 

 

 赤毛の少女が告げた神託──それによりオンパロス中の黄金裔をオクヘイマに集結させる。キャストリスもその一人であり、今現在オクヘイマに向かっている理由でもあった。

 キャストリスは日記を閉じてから、目の前の窓から空を見上げる。隠匿の刻の景色は、明晰の刻と比べて暗闇に満ちていた。

 

 

「そしてこの呪いの意味を求めて、暗澹たる手──『死』のタイタン(タナトス)を探してみます」

「暗黒の潮が現れてから、姿を消しちゃったんだっけ?」

「はい。タナトスが姿を消してから、ステュクスの流れは恐らく止まってしまっています。きっと、そこに何か答えがあるのかもしれません」

 

 

 災厄の三タイタンの一柱であるタナトス。キャストリスが死の呪いをその身に宿しているのも、恐らくはタナトスが絡んでいる。というより、他のタイタンでは考えられない。

 

 

「僕は黄金裔じゃないけど、キャス姐がオクヘイマに行くならついて行くし、タナトスを探すなら僕も一緒に探すよ。一人で探すより、二人で探した方が早いでしょ?」

 

 

 アイネの言葉に、キャストリスは僅かに目を見開いてから微笑む。その微笑みを見てアイネは心が洗われるような感覚があった。

 一緒に旅を始めた頃は、一切笑いを見せなかったキャストリスがこうして笑うようになると嬉しいものだった。

 キャストリスの笑顔を見て微笑んでいると、彼女は少しだけ頬を赤くして「そんなに、笑うようなことでしたか……?」と恥ずかしがっていた。

 

 

「いや、最近キャス姐がたくさん笑うようになって、嬉しいなって思っただけだよ」

「笑うように……ですか? あまり実感はないのですが、そうだとしたら、きっとアイネのおかげですね」

「えー、照れちゃうなあ」

 

 

 二つ並んだベッドの一つで大の字になりながら、アイネは欠伸を漏らす。そして枕を抱き締めてキャストリスの横顔をじっくりと眺めた。

 やはり綺麗だ。儚さと幼さが重なり合って、数百年も生きているとは思えないほどに。

 

 

「やっぱりさ、数百年も生きてると数年とかは短く感じるものなの?」

 

 

 アイネの言葉にキャストリスは思考を巡らせる。一分ほどの沈黙が流れた後、彼女はゆっくりと口を開いて「そうですね」と答えた。

 だが、その言葉の後に「ですが」と続け、隣のベッドに腰を下ろしてからキャストリスは続けた。

 

 

「アイネといる日々は、毎日が新鮮です」

「それは悪い意味じゃないよね?」

「ええ、もちろんです。少しだけ大変な時もありますが、それも良い思い出ですよ」

「えっ、なに大変な時って」

 

 

 思いもよらない言葉にアイネは顔を上げる。するとキャストリスがその白魚のような指を顎に当てて、ゆっくりと語り始めた。

 

 

「たとえば、オロニクスの祈言を覚えたばかりの時に、倒れた石柱を直そうとしてより一層酷くしたことがありましたね」

「うっ」

「後は、計画的に食べなければならない食べ物を、私が寝ている時に食べていましたね」

「んぐっ」

「昨日も余所見をしていたら食材を全部台無しにして買い直したのを、私は知っていますよ」

「どうもすいませんでした」

 

 

 土下座して深々とベッドの上で頭を下げるアイネ。

 キャストリスは「それはなんですか?」と苦笑する。柔らかな布団に顔を埋めたままアイネがこもった声で答えた。

 

 

「最大級の謝罪──土下座」

「どこかの国の作法でしょうか?」

「うん、そういうことにしといて」

「頭を上げてください」

 

 

 キャストリスにそう言われて顔を上げると、彼女は柔らかな笑みを浮かべたままアイネを見つめている。宝石のような瞳が細められ、口角を僅かに上げて「ふふ」と笑っていた。

 

 

「アイネといる日々はすべて良い思い出なのです。私もアイネにはたくさん迷惑をかけていますから、アイネももっと私に迷惑をかけてください」

「ええっ、それはそれで嫌だなあ。そんなこと言うと、詭術のタイタン(ザグレウス)になって暴れちゃうよ?」

「ふふっ、構いませんよ」

 

 

 子供のように扱われるアイネは、口に手を当てて笑うキャストリスに「あー!」と声を上げて指を指した。

 

 

「じゃあキャス姐の色んなぬいぐるみ盗んで、全部僕の抱き枕にするかんね! 寂しくなって泣いても知らないよ!」

 

 

 ムキになるアイネに対してキャストリスは「ええ、泣いてしまうかもしれませんね」と子供の戯言を聞いているかのように笑う。そんな何事もない日々を噛み締めながら、二人は他愛もない会話をしてベッドに潜った。

 

 

 そして、アイネは木板が軋む音で目が覚めた。

 ふわあ、と大きく伸びをしながら欠伸を溢して起き上がる。カーテンの隙間から差し込む陽光に目を細めて、アイネは隣で静かに寝息を立てるキャストリスの顔を覗いた。

 

 旅を始めたばかりの頃に、こっそりキャストリスの顔を触ろうとして彼女が目を覚まし、怒られたことがあった。あの時の彼女の姿は忘れられない。温和というか、ほんわかしている彼女が本気で怒っているように見えた。

 

 

『お願いです。次からは絶対にしないでください……!』

 

 

 あの時の表情を見て、呪いの話は本当なんだと実感した。

 そんな昔のことを思い出に耽けていると、泊まっている部屋の扉がコン、コンと誰かに叩かれた。

 アイネは寝ぼけ眼を擦りながら「はーい」と確認もせずに扉を開ける。そしてぼやけた視界に映った彼の姿を見て、驚きで声を上げて尻餅をついた。

 

 

「──アイネっ!」

 

 

 アイネの声で起きたキャストリスが、即座に飛び起きて扉の方を見る。そしてそこに立っていた者の姿を見て「あなたは……」と声を漏らした。

 彼は立派な所作で「驚かせてしまい申し訳ありません」と軽く頭を下げた。

 

 

「私はオクヘイマの議会で議員を務めているリュクルゴスと申します。どうぞ、以降はライコスとお呼びください」

 

 

 そう名乗ったライコスに呆気に取られた二人だったが、彼に促されるがまま服を着替えてから宿の一階にあるバーへと向かった。

 テーブルにある椅子の一つに座っていたライコスが「どうぞお掛けください」と言い、二人は対面に腰を下ろした。

 ライコスはテーブルに既に置かれていた二つのコップを、アイネとキャストリスの前に出した。

 

 

「これは私からの奢りです。この街の絶品なので、どうぞご賞味ください。来たばかりで味わっていないでしょう」

 

 

 そう言われて、アイネとキャストリスは互いに顔を見合わせてから飲み物を飲んだ。

 爽やかな味わいが口内に広がり、溶けていくようにいつの間に喉を通っていた。

 美味い、そう感じた二人の様子を眺めていたライコスは丁寧な物腰で腕を組む。そして同時にキャストリスが口を開いた。

 

 

「えっと……私たちに何か用でしょうか……?」

「では、改めて自己紹介を。私はライコスと申します。先程も伝えた通り、今はオクヘイマの議会で議員を務めています」

「特に無いです、アイネです」

 

 

 簡単に名乗って、キャストリスが口を開いてその名前を言おうとした時、彼女の言葉を遮ってライコスが答えた。

 

 

()()()()()()()()()()──キャストリス殿、ですね」

 

 

 ライコスの言葉にキャストリスが目を見開く。明らかに驚いている様子で、アイネもまたライコスから聞こえた名前に聞き覚えがあった。

 エイジリア──それはキャストリスが幼い頃に育った都市国家だ。

 アイネも名前こそ聞いたことあったが、深いことまでは聞いたことがなかった。それはキャストリスの中であまり聞くべきではなかったと思っていたからだ。

 

 

「驚いているようですね? いえ、私も昔あの都市には行ったことがありましてね。その際にあなたの名前を聞いたことがあったのですよ」

「そう、ですか……」

 

 

 昔──その言葉が妙に引っかかる。キャストリスがエイジリアで育ったのは数百年も前の話だ。普通の人間では決して有り得ない。しかし目の前の人物が人間でないことは一目瞭然だ。

 だが、アイネの中に奔る違和感が本能に何かを訴えていた。

 

 

「それで、ライコスさんが僕らを訪ねたのは?」

「おっと、そうでしたね。今日はあなた方に依頼があって来たのです」

「僕らはただの旅人ですよ。そんなの──」

「──いえ、これはあなたのためでもあるのですよ、キャストリス殿」

 

 

 ライコスの顔がキャストリスに向けられて、彼女はきょとんとした表情を浮かべる。ライコスが何を考えているのか、表情やその声色から意図を汲み取ることができない。

 キャストリスとアイネが困惑していると、彼は余裕の態度で口を開いた。

 

 

「この街から東にある神殿、今はもう誰も出入りしてないため荒れてはいますが……そこはかつて、エイジリアの民が『海洋』のタイタン(ファジェイナ)と暗澹たる手──『死』のタイタン(タナトス)を崇める為に建てたとされる神殿です」

 

 

 ライコスは腕を組みながら「そしてなにより」と言葉を続け────、

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()でもあります」

 

 

 その言葉にキャストリスは目を見開く。彼女の反応を見たライコスがやはりといった様子で機械のような腕を机に置き、手を組んでから淡々と語り出した。

 

 

「そこは既に、暗黒の潮の造物や二カドリーの眷属が跋扈している場所でもあります。お二人には、その神殿に迷い込んでしまった子供を救い出して頂きたいのです」

 

 

 ライコスの頼みにキャストリスとアイネは互いに目を見合わせる。アイネがライコスの顔色を見ながら座り直して「子供?」と首を傾げた。

 

 

「ええ、とある家族の両親が私のもとに頼みに来たのです。黄金裔を呼んで息子を連れだしてほしい、と。なので、こうして貴女を伺ったわけですよ、キャストリス殿」

「……アンタが行けばいいだろ」

「私はただに議員でしかありません。神礼の観衆の名のもと、誠実な市民の自己表現の権利を守るだけですよ」

「キャス姐、どうする?」

 

 

 これは自分が決めていいことではない、そう感じたアイネがキャストリスを見る。彼女は少しだけ目を伏せた。

 やがて顔を上げると、アイネに微笑んでからゆっくりと頷く。ただ一言「はい」とだけ答えて。

 

 

「本当にいいの? 危険だらけだよ?」

「ええ、だから、アイネはここに残ってください」

 

 

 キャストリスの言葉にアイネは勢いよく立ち上がって声を荒げた。

 

 

「はぁ!? なんだよそれ!」

「これは私の事情でしかありません。なので、貴方には危険な目に──」

「──ふざけんな!」

 

 

 アイネは掴みかかるような勢いでキャストリスに詰め寄る。だが、彼女は一切動揺を見せなかった。その宝石のような眼差しを真っ直ぐに向けて、アイネを見上げていた。

 アイネは自分の胸に手を置き、息がかかるほど近くで彼女に言い寄った。

 

 

「それはおれ……僕も同じだ! キャス姐を一人で行かせられるわけないでしょ!」

「アイネ……」

「僕もいく。言ったじゃん、一人で探すより、二人で探したほうがいいでしょって。長く生きたから、昨日のことなんてもう忘れちゃった?」

「そんなことは……」

 

 

 悲し気な表情をするキャストリスにアイネは呆れたような溜め息をついた。

 

 

「ちょっと、冗談だよ。だから、独りで行くなんて言わないで。キャス姐がいなくなったら、ステュクスを泳いで直接冥界に会いに行くからね」

 

 

 アイネが柔らかな笑みでそう告げると、キャストリスも緊張の糸が取れて口角が緩む。そこで二人のやり取りを見ていたライコスが軽い拍手をして「素晴らしい精神ですね」と、感情の籠っていない声色でそう言った。

 

 

「それが家族の絆というものでしょうか。見ていて実に微笑ましいものです。それでは、この依頼は受けていただけるのですね」

 

 

 二人は頷く。そして子供の容姿や、神殿の場所などライコスから詳細を聞き、二人は荷物をまとめるとすぐに神殿へと向かう。ライコスから漂う不思議な感覚、それはなんなのかはまるで分らない。

 物腰や振る舞いは紳士のようで、誠実な人物にも思えた。

 もしやすると、この悄然はなにかの勘違いなのかもしれない──そう思いながら、アイネはキャストリスの横を歩いていく。 

 

 

 

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