メダリストはエゴイスト   作:モリブデン42

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スケート全く分からないので、技術とか点数とか適当です。


俺を信じてほしい

「移籍ですか」

「うん、理凰君を預かるのに合わせて名港ウィンドから来たいって子がいるしいの、そっちは移籍も視野に入れて」

 

 銀メダリスト、鴗鳥慎一郎に出会った興奮も冷めやらず、明浦路司は高峰瞳の話を聞いていた。

 

「同じ名古屋エリアですけど、親の転勤とかですか?」

「そういう訳でなく、本人の強い希望らしくって」

 

 へえ、司は嘆息する。名港ウィンドといえばスケート界隈では皆が知る名門クラブだ。選手層の厚さやスタッフの数、何よりかの銀メダリスト鴗鳥慎一郎がヘッドコーチを務めている。ルクス東山も決して悪い場所ではないが、名港ウィンドと比べると少し劣るだろう。

 

「なぜでしょうか、アイスダンスに転向するとか?」

 

 可能性は低いがそんなこともなくはないのかもしれない。当クラブのヘッドコーチ高峰瞳と言えばアイスダンスでは全日本に出場、それ以前にも様々な功績を打ち立てている。

 

「それがね」

 

 瞳は言葉を区切って、司をじっと見つめた。

 司がきょとんと不思議そうに首をかしげる。

 

「その子は司君を希望しているらしいの」

「はぁ!?なんで?」

 

 場所も憚らず、司は叫んでしまった。だがそれほどにおかしいことだ。だって司には

 

「なんで・・・ほとんど実績が無い俺に・・・」

 

 アイスダンスで瞳とともに全日本に出た。それはとても素晴らしい実績だがシングルを志す選手に対してそれがどれほどの説得力になるだろうか。司の演技を見たのでもなければ、アイスショーでも門前払いを喰らう。それが司の実績だ。

 

「しかもそれが潔唯さんだっていうのだから驚きよね」

 

 そう言って、瞳は一枚のプリントを手渡す。そこには潔唯のプロフィールが書かれていた。

 

「潔唯って、前年の全日本ノービスBの2位の選手じゃないですか!?」

 

 恐らく名港ウィンドでもトップ層に食い込む実力者、司自身もその滑りを見て感嘆した記憶がある。加えて言えば、自分が指導する結束いのりと同年代である。

 

「いのりさんとかち合う」

 

 コーチをしていれば、教え子を何人も見るようになるだろう。そこには同世代を何人も見ることはそう珍しくはない。つまり自身の生徒同士がメダルを取り合う事象が発生するのだ。勿論どちらにも手は抜かない。どちらも応援する。しかしその心の奥底でその折り合いを付けられているのか。贔屓目はないのか。司には自信がなかった。

 

「まあ、まだ移籍が決まったわけではないし、とりあえず今度理凰君と一緒に来ることになるからよろしくね」

 

 そんな司に気づいているのか、瞳は一言添えて後にした。

 

 

 

 

 そんなこんなで当日、理凰、唯両名が東山ルクスへと訪れる日が来た。

 

「潔唯です。よろしくお願いします」

 

 そそくさと犬飼総太へと話しかけにいった理凰を横目に唯は司への挨拶へ向かった。第一印象は礼儀正しい子と言ったところだろうか。

 

「うん、こちらこそよろしく」

 

 これに司も笑顔で答える。自然な素振りで司が右手を差し出し、唯がその手を掴む。

 そして両者の瞳が交差する。

 礼儀正しくて、物腰が落ち着いていて。しかしその瞳に秘めた何かを感じたのか、司は思わず手を放しそうになり、寸前で掴みなおした。

 

「ええ、本当に。お願いします」

 

 そのおかしな挙動に唯はきっと気づいている。しかし何も気にしないかのように手を強く握り放した。

 

 

 恙なく、練習は始まった。

 

「唯さんは綺麗なジャンプを跳ぶんだね、着氷する瞬間もしっかり軸が安定している」

「ありがとうございます」

 

 それが唯を見た司から初めて出た感想だった。そしてこれこそが彼女の特性なのかとも思う。

 安定した軸が生み出す、綺麗なジャンプ。加点に加えて、コンビネーションをかけ合わせれば無尽蔵の可能性が生まれる。

 

「加えて、既に3回転を6種類全て納めている。正直言って非の打ちどころがないね」

 

 高難易度ジャンプに加えて、安定した軸と着氷。名港ウィンドの特徴である高難易ジャンプを正確に跳ぶという性質を体現したような選手だ。

 だからこそ思う。なぜ彼女はその完璧な環境を抜け出してまでルクス東山へと移籍しようとしているのか。

 

「すごいね唯ちゃん、3回転ルッツも3回転アクセルも出来るんだ」

「・・・どうかな。正直、3回転アクセルはまだ安定していない」

「そうなの?」

 

 いのりには軽々跳んでるように見えたため、目を丸くする。

 

「跳べるときは綺麗なんだけどね、まだまだ再現性の無い発展途上のジャンプだよ」

「それでも3回転アクセル降りてるだけでも、凄いよ」

「・・・いのりちゃんもすぐできるよ」

 

 感心しているいのりに唯は予言めいたことを言う。いのりは疑問符をあげるが唯は気にしない。

 

「聞いたよ、スケート習い始めてまだ1年とちょっとだって、それでそこまで滑れているのは尋常じゃないことだと思う。3回転コツを掴めば降りるのに2年もあればできるんじゃなかな」

「2年・・・」

 

 唯がさり気なく示した2年という数字、本来ならその速い上達速度を褒めたものだがいのりは思ってしまった、遅いと。

 

(光ちゃんと戦えるようになるまで2年も待ってはいられない)

 

 本来なら今すぐにでも、成功させたいと思う。しかし、自分には一つずつこなしていくしかない。

 

(まずは2回転アクセル、絶対6級うからなきゃ)

 

 

 

 唯といのりがリンクサイドに行くと、司と理鳳が話していた。

 

(話しているというより、司先生が一方的にほめたたえてる感じか)

 

「理鳳さんはきっといい選手になるよ!」

 

 前向きな理鳳を肯定する言葉、しかしそれが理鳳の琴線に触れたのか、途端に態度が悪くなる。

 

「良い選手になる?無責任なこと言わないでください。楽観しすぎ、俺の年で6級とってるやつが一体どれだけいると思ってるんですか。先生全然わかってないよ、絶対」

 

 言うだけ言うとさよなら、と会話を終わらせ帰っていき、それをいのりが追いかける。

 

 

 

 

 唯は二人の会話を盗み聞きしていた。

 最初は理鳳の司先生への不審から始まった。

 司先生が何をしていた人か、自分自身2Aが跳べるのか、本当に上を目指す気があるなら、先生を変えた方が良いと。

 それを聞いて激怒したのがいのりだ。

 

「私は夜鷹純が教えてる光ちゃんに勝つ!」

「なんでっ、お前それ・・・、出来ないんだよ!」

「勝つ!」

「私は2Aを降りてノービスAで光ちゃんに勝つ」

「お前ノービスのレベル分かってんのか6級受かりますくらいのレベルじゃ・・・」

「勝つもん!!」

 

 根拠も何もない。しかし結束いのりは言ってのけた。あの理解の外側にいる獣を打ち倒すと。

 

「理鳳君の先生、お父さんなんでしょ、だったら鴗鳥先生の理鳳君より司先生の私が先に3回転+2回転を跳んで、司先生がすごいって証明する!」

 

 騒ぎに気付いた司が二人を仲裁しようとする。

「ちょっと何を喧嘩してーーー」

「いいじゃん」

 

 話に割って入ったのは唯だ。

 

「できる出来ないの話じゃなくてやるかやらないかだと思うけどな」

「え?」

 

 思わぬ増援にいのりが困惑の声をあげ、理鳳は表情をこわばらせる。

 

「でも狼嵜光を殺すのは私だ」

 

 声を張り上げた訳ではない。ただしその声音には先ほどのいのりの叫びよりも重く、物々しい雰囲気が漂っていた。

 

「殺すって・・・」

「ああ、殺すね、私の演技で。狼嵜光を夜鷹純を完膚なきまでに叩きのめして、私の存在証明をしてやる」

 

 礼儀正しかった唯の優等生の皮がはがれていく。

 

「はんっ、光に敵わないからここに移籍なんて話になってんだろ?あんたは光から逃げたんだ」

「逃げたんじゃない。狼嵜光を殺すために必要なピースがここにあるから、明浦路司にあるから、ここに来たんだ。目的はぶれてない。マジ殺す、クソ殺す、100殺す!」

「言い訳にしか聞こえないね、名港ウィンドがここに劣るところなんてないさ」

「言い訳ばっかはどっちだよ、出来ない理由ばかり探して自分見限ってる自意識自傷癖(リスカ)野郎に分かるわけねえだろ」

 

((口悪っ))

 

 優等生の思わぬ一面に司といのりが慄く。

 

「っ」

「別にいいさ、勝つ気がないやつに興味はない。一人で傷増やして勝手に死んでろよ」

「そこまでだよ、唯さん」

 

 暴言が止まらない唯に司が待ったをかける。

 

「今日理鳳さんの滑りを見た。勝つ気が無い人はあんな滑りは出来ないし、やる気が無い人はあんなに努力できない」

「・・・すいませんでした」

 

 真っ直ぐな司の瞳を見て唯はどこか気まずそうに謝罪を口にする。

 

「理鳳さんも憶測だけでものを言ってはいけないよ」

「・・・」

 

 理鳳もまた気まずそうだ。言葉も出ず、床を睨みつける。

 

「結局、いのりさんたちは何で喧嘩してたんだい?」

「司先生には関係ないです・・・!」

「明らかに俺の名前出てたよね!?」

「関係ないです~~~~!」

 

 そう言っていのりが更衣室に逃げ、目標を口にしたまま帰っていった。

 理鳳もまた司とは話すことは無いと司を冷たくあしらって帰る。

 残るは気まずそうに目線をそらす唯だけであった。

 

「唯さんはどうしてこっちに移籍しようと思ったんだい」

 

 沈黙を破り口を開いた司の言葉はそれだった。事実気になっていたのだ、なぜわざわざ名門の名港ウィンドからルクス東山に来たのか。

 

「それは私も気になるわね、なんで司君を名指しで希望するのかも」

 

 どこから聞いていたのか瞳も司の質問に便乗し参加してきた。

 されると分かっていた質問、唯はそっと息をのみ心を落ち着かせる。

 

「確かにそうですね、ヘッドコーチを差し置いて、アシスタントコーチを希望するなんて失礼でした」

「それは構わないわ。司君が優秀なのは私も分かってるから。ただ何か決定的な理由があなたの中にあったみたいだから」

 

 瞳、司両名の真剣なまなざしに唯も本気で向き合う。

 

「あの日私は見ちゃったんです」

 

 そう言って、少し瞳に目配せし言葉を選ぶように少しずつ話始める。

 

「司先生が狼嵜光陣営に勝つって宣言するところを」

 

 瞳のことを考慮して夜鷹純という名前は敢えて出さなかった。だが司にはそれが何を指すのか伝わったようで、あっと声をあげた。

 瞳から司へのやったのか、という視線が刺さる。

 

「あのときいのりちゃんは初級、狼嵜光に勝つなんて夢のまた夢。でもあの時、司先生はいのりちゃんのことを疑っていなかった。大言壮語でも虚勢でもなく、勝つ、勝たせる。そんな思いで向き合っていた」

「それがどうして司君を望むことに繋がるの?」

「私は狼嵜光を殺したい。何の言い訳の余地もないくらい完膚なきまでに叩きのめして。そのために私に必要なのは舗装された2位の地位じゃなく、たとえ死にかねないとしても確かに1位に食らいつける邪道なんだ」

 

 その心の持ちようが正しいものであるかは関係ない。ただ自分がこうだと思ったのならその心自体は覆さないべきだ。

 

「本当はちょっと司先生を調べたんです。ノービスにも地方の大会にもどこにも記録は無かった。あったのはアイスダンス全日本4位という功績だけ。そこから推察できるのは司先生が遅くスケートに出会ったという事実」

 

 唯は司の闇に敢えて触れた。怒るかもしれない。馬鹿にするのか、なめられたと感じるかもしれない。ただここを避けずして話をすることは唯自身が許さなかった。

 

「だから私は司先生が欲しい。誰もが無理だと断じる可能性に細くとも一つの勝ち筋を見出せる、その道に飛び込んでいける、そんないかれた明浦路司が欲しい」

 

 唯の目に闘気が宿る。飾らない明け透けな言葉だった。

 

「司先生が迷うのも分かります。司先生といのりちゃんの絆は本物で、そこに入る私は邪魔者でしかない。でも私はあなたが、明浦路司が欲しい。だから」

 

 唯の瞳が真っ直ぐ司を見据える。

 

「これは契約です。あなたの心はいのりちゃんに置けばいい。いのりちゃんのために喜び、いのりちゃんのために悔しがればいい。あなたはただ私が勝つために必要だと思ったことをありのまま授ける。そこには喜びも悔いも必要ない。勝つためにあなたが見出した一筋を指導すればいい。その結果あなたが得るのは世界一のスケーターを育てた実績と私を育てるうえでの経験だ」

 

 右手を差し出し、淡々と希望を話す。まるで悪魔と契約するかのように、メリットを提示する。

 

「狼嵜光を殺し、その先で私が世界一になるための業務提携。私はあなたを利用する、あなたも私を利用すればいい。だからどうかあなたの力を私に貸してください」

 

 自分が邪魔ものだという自覚はあった。いのりと司の関係は眩しくて、そこに割って入ることは何人たりとも許されないことだ。司はきっと苦悩する。いのりを金メダリストするという誓いの一方でその敵を自らの手で育てることに。だからビジネスパートナーで良い。最後に勝つのは自分だが、自分を育てた経験をいのりに使えるとなれば司にもメリット足りうる。

 だがそんなものは全て、形のない白紙手形だ。だから最後には懇願するしかなかった。

 縋るように司を見上げる。祈るように地面を見下ろす。

 言葉を聞いていた司に表面上の動揺は見れない。

 

「確かに俺は迷っていた」

 

 話すほどに弱弱しくなっていく唯を見て、司も覚悟を決めた。

 

「ごめんね」

 

 慈愛を含んだ司の言葉。

 

「俺は君もいのりさんも導いてみせる。だから君こそ余計な気は使わなくていい」

 

 唯の契約は司への配慮でしかなかった。大人を必要としない生き方ではなく、大人に迎合する生き方。司の弱さが唯にそれを選ばせた。

 

「唯さん会ってまだ一日でこんなこと信じられないかもしれないけど」

 

 だから司は覚悟を決めた。唯を育てる覚悟だ。いのりへの裏切りではなく、唯の利用でもなく、本気で二人を導き、世界の舞台で戦わせるその覚悟。

 

「俺を信じてほしい」

 

 唯のような具体的な案は出さなかった。あるいは司の中にもそれを実現する方法など分からないのかもしれない。

 でも、中途半端はしない。唯をいのりに勝たせ、いのりを唯に勝たせる。

 

 明浦路司は唯の手を強く握った。

 

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