メダリストはエゴイスト   作:モリブデン42

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金の卵

「久しぶり、美玖。一番滑走だってね」

「唯ちゃん・・・長野合宿以来だね」

 

 唯は美玖に話しかける。長野合宿でしか会ったことはないが一応見知った仲だ。

 それに彼女の事情についても唯は聞いていた。

 

「ほんとに今回でやめるの?」

「うん・・・全日本ジュニアの推薦貰ったら一か月長くなるけど、多分そこまでかな・・・」

 

 そう語る美玖は寂しくもどこか割り切ったような表情をしていた。

 

 もったいない、唯は素直にそう思う。

 彼女の滑りは知っている。才能は勿論あるがそれ以上に磨け挙げられた高度なスケーティングは彼女の努力を伺わせる。スケートが好きで、努力を苦とも思わず積み上げてきたことがすぐに分かった。

 

「・・・」

 

 しかし唯から言葉は出てこなかった。

 やめる気が微塵もない、環境に恵まれている自分にはスケートをやめることなど想像できない。やめていく人間にかける言葉が見つからなかった。

 

「美玖は今どんな気持ちで演技に挑むの?」

 

 だからこれは単なる興味本位だった。

 勝っても負けてもすぐそばの未来でやめることが確定している。そんな状態で一体何を目的に勝負に挑むのか。

 

「そうだね・・・私はスケートが好きだし、今でも好き」

 

 美玖はぷつぽつと話す。

 

「何より洸平くんやジュナ、『チームあひる』で戦った証をここに残して・・・最後までやり切りたいの」

 

 唯はもし自分が美玖の立場であったならと考える。最後になるかもしれない演技。いつまでも戦ってはいられない。いずれそういう時は来る。年齢であったり、怪我であったり、心境であったり、理由は様々だ。でも、最後の演技だというのなら。

 

「そっか、美玖は満足したいんだね」

「うん、そうかも。最後までやりきって・・・いい結果を残して私のスケート人生を幸せなものにしたい」

 

 唯は納得した。美玖が何をしたいのか、ほんの少し分かった気がする。

 

「ま、私には関係ないけど。どんな事情があろうが負ける気はないし」

「はは、唯らしいや」

 

 そう言って美玖はリンクに向かって行った。

 唯にはそんな美玖はどこか寂しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 6分間練習は少し心が浮ついていたかもしれない。

 最後になるかもしれない。この光景に惜しむ気持ちがあったからだ。

 

「美玖」

「洸平くん・・・」

 

 この作戦会議も最後になるかもしれない。

 

「準備はいい?」

「うん、大丈夫だよ。緊張はあるし、高揚感もある。でもこの感情も今私のかけがえのない思い出のひとつになる」

 

 一番滑走になったことで、心の準備を余儀なくされた。でもむしろ良かったかもしれない。間が空けばあくほど最後の演技が名残惜しくて集中できなかっただろうから。

 

「もしジュニアの推薦が貰えなかったらこれが最後の演技になる」

 

 そう思うのも仕方ないほど、今この会場は猛者が集まっている。

 

「なら今ここに全てを賭けるべきだと思うんだ」

 

 万が一にも思い残しがないように、そんな心境だった。

 

「行ってくるね・・・この会場に『チームあひる』を刻んでくるから」

「うん!行っておいで!」

 

 美玖の名前が呼ばれ、リンクへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 位置に着くと、体の強張りが解けていく。しかしそれに反して心臓の鼓動はうるさかった。

 音楽が始まる。演技が始まる。

 

『楽曲 白鳥の湖』

 

 スタートを取り逃がさずに、滑り始める。

 バレエ音楽に合わせた雄大な滑り。壮大な世界表現。

 ジュナが作ってくれた大切な振り付け。それが今美玖を通して会場に伝わる。

 

(ひとつひとつ丁寧に・・・)

 

 この演技が最後の演技なら、下手な振り付けを見せればそれが事実になってしまう。弁明の機会はもう与えられない。

 何があっても取りこぼさない。

 

 銀盤の上を孤を描くように滑走する。

 

(洸平くんが教えてくれたスケーティング・・・)

 

 あの時間の一つ一つがかけがえのない自分の思い出だ。

 自分が真面目に取り組むと、みんなそれに応じて期待してくれる。それが嬉しかった。だから頑張れた。

 

(私の滑りは私一人のものじゃない、皆の想いと頑張りが詰まったかけがえのない宝物なんだ)

 

 さあ完遂しよう。

 

 最初のジャンプがやってくる。

 まずは3回転ルッツ+3回転トウループ。

 決して簡単なジャンプではない。難しいルッツジャンプにコンビネーションをつける。しかも回転数を落とさないで。

 

(何度も何度も練習した)

 

 洸平が何度もフォームを確認してくれた。ジュナが跳ぶ前の振り付けを考えてくれた。

 

 まずは3回転ルッツ、後ろ向きに滑って右足でトウを突かなければならない。跳びづらいインエッジでも勢いが死なないように流れに合わせて。

 音楽に合わせて、タイミングを合わせて。

 

 ()()()()()()()

 

(あれ?私何やってるの?)

 

 アウトエッジに載せて加速する。曲の裏拍を捉えるように、右足で滑って()()でトウをつく。

 

「まさか・・・」

 

 美玖の異変に洸平が呟く。ありえない、跳べるはずがない。今までこんなことなかった。

 

 美玖自身驚いていた。

 そんなことするつもりは無かった。でも敢えて言うとするなら、体が勝手に動いた。

 

 4回転トウループ 着氷

 

 会場中にざわめきが広がる。当然だ。公開練習どころか6分間練習でもやらなかったジャンプを跳んだ。しかも4回転。

 

(一体何してるの私!?今のどうだった!?ダウングレード?アンダーローテーション?)

 

 美玖の胸中は穏やかではなかった。着氷はしたが一体どれほどの点数がついたか定かじゃない。

 ただそれ以上に、自分のしたことに絶望していた。

 

(跳べたとか、跳べなかったとか関係ない・・・これは私一人の勝負じゃないのに・・・私とジュナと洸平くん、3人の演技だったのに)

 

 なぜかは分からない。しかし事実として自分はそのかけがえのない積み上げたものを壊した。

 4回転トウループではなく、演技の完成度で勝負する。洸平に作戦を預けて、それを賜った。

 

(私一人の勝手で)

 

 涙が出そうになる。

 

(やっちゃいけないことをした)

 

 洸平は怒るだろうか。ジュナは失望するだろうか。成功とか失敗の話じゃない。2人を裏切ったことが問題だ。

 

(なんでこんなこと・・・)

 

 誰よりも真面目な美玖だからこそ自分がしたことが信じられなった。

 大事な一戦。最後かもしれない演技。自分たちの『チーム』の功績をこの大会に残すという何よりも大切な目標があった。美玖の勝負じゃない、チームの勝負だ。勝手は許されない。

 

 4回転トウループを跳びたかったのかと言われれば間違いなく否と言える。自分は3人で戦うために戦術を作戦参謀に託した。それが自分のしたいことで4回転かどうかは関係ない。

 

 ならどうして自分は4回転トウループを跳んでしまったのか。

 

『美玖は満足したいんだね』

 

 ふと、唯の言葉を思い出す。

 自分がしたかったことは何か。自分は何をすれば満足するのか。

 

(そうだ、私の体が勝手に動いたのは4回転跳びたかったからじゃない)

 

 今回、美玖は2人を裏切った。しかしそれは予想を上回る形であったはずだ。ならそれは裏切ったのではなく裏をかいたと言える。

 

 美玖の心に黒く、それでいて色褪せない無邪気な輝きが灯る。

 

(私は満足したいんだ)

 

 何もやり残すことがないように、自分の演技を一つ一つ照らし合わせて確認していったとき気が付いてしまったのだ。

 これはまだ、亜昼美玖の全てじゃない。

 

 亜昼美玖はどんな人かと問われればみんなが口をそろえて言うだろう。

 良い子だと。

 優等生、頑張り屋さん、みんなをよく見てるお母さんみたいな人。

 勿論それは嘘じゃない。

 それも全て亜昼美玖だ。

 

(最後かもしれないなら、全部・・・曝け出したい)

 

 頭の中で次のジャンプを思考する。

 最初に跳ばなかったコンビネーションをどこに入れようかと。

 

(観客が注目してる・・・私が4回転跳んだから驚いてるなぁ)

 

 滑っているの中で洸平の様子を確認することは難しい。でも美玖は覚悟を決めた。

 

(やりたいようにやる・・・それは3人の積み上げたものを裏切るってことでもなく、自分を抑圧することでもない)

 

 滑って反転、後ろ向きに左足のインエッジに体を乗せる。体重を乗せる。体を傾ける。右足が上がる。音楽が盛り上がる。ジャンプの前段階。

 観客の中のスケート経験者、スケート選手、コーチたちがその前動作をみて反応する。

 

「ルッツだ」

 

 そのままトウを突いて勢いのまま回転する・・・

 

(と思うでしょ?)

 

 ジャンプではない。そのまま姿勢を戻して、カツカツとトウを突きながら細かくステップを踏む。

 

「トウステップ!?」

 

 すかさず加速、半円を描くようにターンしながら音楽の気持ちが良いところは外さない。

 音楽の裏拍をついて今度こそジャンプする。

 

 3回転ルッツ 着氷

 

「これは・・・どういう」

 

 洸平が呟く。

 ジャンプと見せかけてステップ、そのまま裏拍を逃さずジャンプ。

 意表をつかれた驚きと、音楽にジャンプがはまる気持ちよさ。

 未だかつて誰も見たことがない美玖の一面だった。

 

 無意識に抑え込んできた亜昼美玖の一面。

 

(みんな驚いてるかな!?洸平くんもびっくりしてるかな!?)

 

 自然と美玖は笑っていた。

 別にこれが美玖の本性というわけではない。ただ抑圧されていたがために今まで演技に出てくることなく取り残してしまった彼女の一面に過ぎない。

 見えなかっただけでずっとそばにあった彼女の二面性。

 

(驚かせるだけじゃなくて締めるとこは締めなきゃ)

 

 スピン、洸平が教えてくれたアイスダンスの要素の一つ。

 

(ちゃんと一緒に持って行ってあげるからね)

 

 ひとつも溢さない。積み上げたものも、隠れた一面も、生真面目な自分も。

 尊ぶようにスピンを行う。

 

(全部私なんだ)

 

 隠れていた美玖の悪い子(あまのじゃく)が顔を出す。

 

(本当はもっと序盤に入れなきゃ行けなかったけど)

 

 さすがにこれ以上コンビネーションジャンプは引っ張れない。

 

(さっきのが振りになる!)

 

 左足のインエッジに体重を乗せる。勢いをしっかり出すことが重要だ。そのあからさまなジャンプ体勢に観客はまた透かしてくるのではと思う。

 だからその裏の裏を突く。

 そこそこのスピードでカーブを描きながらその軌道の内側にトウを突く。

 

 3回転フリップ 着氷

 

(3回転フリップは普通に跳んで・・・)

 

 そのままもう一つのジャンプにつなげる。

 それは一つ目のジャンプのわずかな癖から多くの観客が理解していた。

 

 +3回転トウループ

 

(を跳・・・・・・ぶ!)

 

 連続ジャンプはジャンプシークエンスを除いて着地の足でそのまま跳ばなければならない。そのため、姿勢を正して勢いが落ちる前に跳んでしまいたいと思う。

 しかし美玖はその誰もが想定しうるジャンプタイミングから1テンポずらす。

 これもしっかりと曲の裏拍をとるように。不快感を与えない。

 そして審査員に目線と表情を送ってミスではないことをアピール。

 

 まるで子供が悪戯をするような演技。

 しかし、間違いなく美玖の一面であった。

 

(別に真面目が嫌だったとか、皆の面倒を見るために抑圧されていたとかそんなわけじゃない)

 

 無意識に自分が勝手に蓋をしていた。ずっと心の奥底で眠っていた無垢なままの子供心。

 皆に褒められる良い子でいたいと思った自分のわがままが目を背けさせていた。

 

(でもそれじゃだめなんだ)

 

 満足するということは全部出すという事だ。

 自分の中にはあったのだ。誰かを、世界を驚かせたいという子供のような『悪戯心(エゴ)』。

 最後かもしれないと思うと、たまらず出てきた。

 しかしこれで亜昼美玖という少女は完成する。

 

(自由を体現しろ!)

 

 金の卵が孵化する。

 中から出てくるのは醜いアヒルか、美しい白鳥か。

 

(見て驚け!)

 

 天邪鬼なブラックスワンだ。

 

(さあ行くよ!)

 

 次は3回転サルコウだ。

 

(でもまずは右足で滑りながら勢いと脚の振りで3回転ループ・・・と見せかける)

 

 右足でのエッジジャンプ。誰もが跳ぶというタイミングを透かし、ステップを入れる。

 

(チョクトーを入れて足を組み替えながらエッジを逆側にして)

 

 ステップによって足を組み替えると同時にアウトサイドエッジからインサイドエッジへと切り替える。

 

(跳ぶ!)

 

 3回転サルコウ 着氷

 

(こんな工夫も洸平くんがスケーティングをしっかり教えてくれたから成り立ってる!)

 

 演技の解釈からずれないように、振り付けを装飾する。

 

(ジュナがくれた振り付けが私にインスピレーションを与える!)

 

 美玖の演技は3人の集大成になっていた。

 

(ああ、なんだか凄い・・・脳が冴えわたってくる)

 

 隠れていた自分を知ったからだろうか、自分の状態が良く分かるようになってくる。

 今どんな風に滑ってるか、どんな風に踊ってるか、どんな風に見えるか。

 

(まるで空から自分を見てるみたいに)

 

 自分の演技が良く分かる。

 外から自分の演技がイメージできればさらに見えてくるものがある。

 

(自分が今どんな風に動いてるのか分かるこの新感覚!)

 

 分かる。今自分がどう動いているのか。そしてどうすれば観客の意表を突けるのか。

 

 ステップシークエンスへと入る。

 

 (制御しろ!最高の滑りを作り出せ!)

 

 洸平と作り上げたステップシークエンス。アイスダンスで培った能力の全てを使ってくれた。

 

(今の私ならとれる!レベル4!)

 

 自分の動きが見える。どこに注意すればいいのか、体重の乗り方、エッジの使い方。繊細な滑りが銀盤の上に綺麗な図形を描く。

 

 ステップシークエンス レベル4

 

「ははッ」

 

(とっても楽しい!)

 

 テンションが上がる。演技によりのめり込んでいく。

 

 右足で滑りながら、左足を前に交差させる分かりやすい3回転ループの前段階。

 そして先ほども見せたチョクトーのステップによって脚とエッジを切り替える。

 先ほどと同じ、3回転ループのフェイント。

 

 と、見せかけてもう一度足を組み替える。

 

(3回転ループと見せかけて、左足のジャンプと見せかけて、3回転ループ)

 

 裏の裏をつく。観客が翻弄される。

 

(This is 天邪鬼!)

 

 子供の悪戯のような自由な演技。しかし、それは確かな技術が求められる。

 美玖の演技が、天邪鬼な一面が、演技構成点として審査員にぶっ刺さる。

 

 曲の裏に合わせる様な独創的な演技、ジャンプの前に取り入れた繊細なアレンジの技術の数々。全て加点要素だった。

 

(さあ、最後に行こうか!ジャンプコンビネーション!)

 

 最後のジャンプにしてコンビネーションが残っている。

 

 最後になるかもしれないと思うととても名残惜しい。

 

(私の最強最高の演技をぶつける!)

 

 もうさっきみたいにジャンプを振りにして別のジャンプを跳ぶことはできない。2回転アクセルを跳ぶとばれてしまっているからだ。

 必ず1回はアクセルを構成に入れなければいけないこのルール。さすがに無視しては茶目っ気で済まされない。

 

(なら!)

 

 ジュナが付けてくれた振り付けにアレンジを加えながらステップやターンをふんだんに組み込んでいく。

 曲の要所に合わせて、技を入れることでどのタイミングで何をするのかを掴ませない。

 

「もうこれ、シークエンスじゃね?」

 

 誰かが呟く。

 そんな観客の思考の合間を縫ってそれは来る。

 

(ここでしょ?)

 

 アクセルは前向きのジャンプだ。必ず前を向いて踏み切る予備動作があるため、アクセルを透かすことはできない。

 だから、その予備動作を装飾する。

 

 ツイズルで前を向いて、再び反転。後ろを向いて誰もが違うのかと思ったその瞬間を逃さない。

 すかさずモホークによって、180度角度を変えながら外側に重心を乗せる。

 

 2回転アクセル+1オイラー+3回転サルコウ 着氷

 

 ジャンプの全てを消化した。

 あとはスピンをすることで演技が終わってしまう。

 

(ああ、なんだかとても名残惜しいな)

 

 出し切ったつもりでもどこか寂しさを覚えてしまう。

 丁寧なスピン、実直な自分のあるがままのスピン。

 

(ありがとう洸平くん、ありがとうジュナ)

 

 今までの思い出が走馬灯のように流れてくる。

 

 親が帰ってくるのを一人で待ってた。良い子だねと言われても寂しいものは寂しい。そんな自分に構ってスケートを教えてくれたのが二人だ。一緒に滑って、一緒に成長して、そのどれもが色褪せない大切な宝物だ。

 

(予定とはちょっと変わっちゃったけど)

 

 二人にために今日滑りたかったのは本心だ。どうか伝わっていて欲しいと願う。

 

(ああ、でも)

 

 それを考慮しても素直に思う。

 

(最っ高に楽しかった!)

 

 最後になるかは分からない。

 しかし、そのつもりで挑んだ。

 亜昼美玖の全身全霊。

 初めての天邪鬼、初めての悪戯。今まで通りの実直。積み上げてきた技術。

 

 全部出し切った。

 

 美玖の表情はどこか寂しそうだが、同時にこれ以上なく清々しかった。

 




次回「世界一可愛い」
間が空くかもですが出来次第投稿します
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