唯は言われた通り、すずの演技を見ていた。
「それが私へのすずの答えってこと?」
ライバル発言かと思ったら、実際に演技で見せてきたのは闘志よりも自己表現を誇張した芸術的演技。
スケートは競争か、芸術か。別にどちらも間違いではない。どちらも正しい。
(まあ別にどっちでもいい)
芸術かどうか、唯はそこまで重要だと思わなかった。魅せることを競う。結局本質は変わらない。
(けど、参考になるものはあった)
すずの魅せるための演技を見て考えいていた。
(すずは演技をする自分を見せたいのか、自分のした演技を見てほしいのか)
恐らく前者。すずは演技をする自分という基準でスケートをしている。
(これもまた2つの区分に分けることが出来る。自分を見せたい型と自分の演技を見てほしい型)
なんてことない差だが、それは当人の資質やモチベーションに大きく関わる。
(自分を見せたい型・・・自分型エゴを持つものは己の中にある価値基準を絶対とする。それが結果的に観客を魅了する演技に繋がる。対して演技を見てほしい型・・・世界型エゴを持つ方は観客に求められる演技をしたいと考える。勿論そこには自分の意思も含まれているが、世界に対してある程度理屈の通った演技でないと納得できないって質かな)
自分型と世界型。新たな分析が唯の中に生まれる。
(すずは圧倒的前者。自分型だ。自分の可愛いを見せることを何よりも大事にしている。ああいうタイプは一貫して自分の演技が出来るから強いな・・・)
すずというスケーターを詳細に分析できる。
分析すれば、相手の長所も見つかる。
(すずの演技表現のセンスは真似できるものじゃない。だけど音楽に合わせるその意識は取り入れることができそうだな)
今まで漠然とやってきた曲に合わせるということを、今なら意識して出来る。すずの真似は無理でも、それによって演技の質が上がるならやるべきだろう。
(大丈夫、理解可能!すずは喰える!)
すずの点数が提示される。
『蓮華茶FSC 鹿本すずさん 118.22 現在の順位は1位です』
玉座を巡った椅子取りゲームはまだ始まったばかり。
獣たちは、その座を奪わんと牙を研いでいる。
全日本ノービス予選中部ブロックを経て、夕凪は考えていた。
意味不明のりんな、最高を引き出す唯、猛獣のいのり。
自分に勝った彼女たちは、言い方を悪くすれば狂っていた。
スケートに身を捧げ、それが返ってきたかのように彼女たちは躍動する。
自分にはできないと、そう思った。
きっと彼女らを真似て身を捧げても、神様は自分を見向きもしない。
なら意味がないんじゃないか。何のために頑張るのか。
答えなら決まっているじゃないか。
純粋にスケートが好きだからだ。
好きな人への憧れも、ライバルへの闘争心もある。
でも、そんな大層な理由に当てはめる必要があるだろうか。
好きなことに、全てを捧げたいっていう感覚は覚えがあった。
(なら、私もやってみよう)
単なる彼女たちの真似じゃない。自分だからこそできる全霊の演技。
(捧げる、全部)
「夕凪さん、大丈夫ですか?」
もう出番が来ているというのに考えに耽っている自分に慎一郎先生が声をかけてくれる。
(ああ、そうだ。慎一郎先生)
自分には彼がいた。
ずっと憧れていた。
あんな風になりたい。あんな演技がしたい。
だから彼が好きなんだ。
彼の1番の教え子でありたい。そのためにスケートが頑張れる。自分の演技で弟子であることを証明する。その先に自分の『最高』はあるはずだから。
問いかけてくれたのだから何か答えないといけない。大丈夫かと言われれば無論大丈夫だが、なんだか言葉が出てこない。
今から大一番に向かう自分の言葉を彼は待っている。きっと何を言っても、自分を肯定する言葉が返ってくるだろう。
そうだ、慎一郎先生はどんな自分も優しく迎えてくれる。だから安心して滑ることが出来る。
(でもそんなのただの甘えだよね)
きっと自分は彼への想いを胸にもったまま、リンクに上がってしまう。それでは全てを捧げることにはならない。
「慎一郎先生」
気づけば口にしていた。ずっと蓋にしているはずだった想いを。
「好きです」
答えは聞かなかった。
必要、なかった。
(あーあなんで言っちゃんだろう)
リンクの真ん中にいながら、夕凪の頭の中はそんな思考がよぎっていた。
羞恥心と、寂寥感で頭の中がぐちゃぐちゃだ。
(ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃだけどなんだかスッキリしたな)
先ほどの告白、夕凪は無意識だった。
しかしその無意識の中で彼女は確かに選択したのだ。自分がこれから行う挑戦に必要な事を。
(ま、やっちゃったことはしょうがない)
思いのほかあっさりと切り替えることができた。それは決して彼への想いが軽かったという訳ではない。
(この恋は始まった時から失恋していた)
最初から分かり切っていたから。結局のところ、想いを口にしようとしまいと何も変わらないのだ。
(でもこれで、ようやくスタートラインに立つことが出来るんだ)
慎一郎先生が好きだ。好きなままだ。それはきっとこの先も変わらない。
(でも、好きでいるだけではなせないことがある)
音楽とともに滑り始める。
滑り始めれば、頭がより洗練されていく。
(小さくまとまるな。小手先の技術じゃなく、全身で表現しろ)
夕凪が理想とする演技。それは鴗鳥慎一郎の
(中部ブロック大会が終わってからずっと見てきた)
その才能に気づいたのはある練習中の事だった。
慎一郎に見られている状況下で、自分がどんな風に見られているかという可愛い乙女の雑念がきっかけだった。
(なぜか芽生えたこの『視界』)
なぜか見えたのだ、自分がどんな風に映るのか。
きっと前兆はあったのだろう。思えば小さい頃、それこそスケートを始めたての頃にシングルアクセルを見ただけで習得した。思えば慎一郎先生に褒められたのはあれが一番最初だ。
きっかけはどうあれ、第三者が見ているかのように自分の動きが認識できる。新しい『視界』。
自分の演技の拙さが見て取れるようだった。だから修正するのは容易だった。
(今なら、出来る!)
本番でも相変わらずその視点は健在だ。
外側から自分の動きを隈なく察知できる。
完璧なように見えて、改善点がいくつもあったあのジャンプ。
前より、軸を安定させる。タイミングを全身でそろえる。首と胴体と脚の向きに注意。
トウのつき方、角度。
(コンプリート!)
3回転ルッツ+3回転ループ 着氷
女王の高難易度ジャンプ、ここに再臨。
降りただけでも十分凄いが、今回のジャンプに関してはその完成度も高い。
そして、降りた後一切集中力を切らさない余裕があった。
練習するなかで一人でに直していくことが出来る『視界』を身に着けたことが大きな要因だ。
彼女の『視界』がもたらしたのは単なる大技だけじゃない。
(最強最高のスケーター、鴗鳥慎一郎を自分の身に降ろすんだ!)
イメージするのはいつだってあの人。自分の想い人、かつて憧れたスケート。
今まで何度だって見てきた。この1か月はさらに意識して映像を見返した。
その動きの全体像を掴み自分の体にフィードバックする。
(この1か月間、あらゆる選手を観察した!)
名港ウィンドは層が厚い。見るべき選手はいっぱいいた。
りんなや光、理依奈を見る中で取り入れるものは取り入れてきた。
それでもやはり一番にイメージするのは鴗鳥慎一郎だ。
(慎一郎先生が一番しっくりくる。でも・・・)
それでも何か足りなかった。
夕凪は外側だけ真似したい訳ではない。慎一郎の演技を憑依ともいえるほど、完全に模倣したいのだ。
足りないその何かを練習の中で掴むことは出来なかった。
(でも、今分かった)
今日の選手たちを見て、その熱に浮かされてその『何か』の正体を掴んだのだ。
(私は慎一郎先生に憧れた!だからあの人の演技を自分のものにしたいと思っていた!でもダメなんだ!私の成長を阻害したのはその『憧れ』そのものだ!)
いかに『視界』を手に入れようとも、それを受け取る自分の目が曇っていれば模倣には至らない。
『憧れ』と『理想』は似ているようで違う。『理想』は自分の中の演技だが、『憧れ』というのは結局他者の演技でしかないのだ。
『憧れ』を持っている状態では決して自分の物には出来ない。なぜなら、『憧れ』は自分には届かないから『憧れ』なのだ。
夕凪は慎一郎に憧れた。しかし奇しくもその『憧れ』こそが夕凪の目を曇らせていたのだ。
(憧れているうちは決してそこにたどり着けない。『憧れ』を自分の中で『理想』に変えなければいけないんだ!)
夕凪の慎一郎への『憧れ』は、本人と接することでいつしか『恋』へと変わっていた。
恋するのも、憧れるのも自分で捨てられるものではない。
(でも、リンクの上に立つためには一度外に置いて行かないとダメなんだ)
夕凪の告白はそんな意思の表れだった。
『恋』も『憧れ』も自分の中でごちゃごちゃに絡み合って、分けることは出来ない。
だから、全部リンクの外に置いていくために告白をした。自分の『想い』に決着をつけた。
(私の『想い』は変わらない。きっとまだ『憧れ』も『恋』も捨てることは出来ない。でもリンクの上には持ってくるな!今は全てスケートに捧げろ!)
それが自分に出来る唯一の奉仕。
『視界』と『イメージ』が絡み合う。
総合的に優秀なパラメーターを持つ夕凪だからこそ、どんな演技もモノにできる。
(慎一郎先生の演技はジャンプとスケーティングの区切りが無いかのように自然なんだ!巨体が揺らいでいることを振り付けだと見紛うほどの美しいフォーム)
スケーティングとジャンプが一貫しているのだ。ステップと振り付けが一致しすぎていて、気を付けて見ないとそこに散りばめられた技術に気が付かない。
ステップを組み込みながら体は自然にジャンプフォームに入っている。
振り付けとそのトウを突くタイミングの間隙を縫って、上体が綺麗な前傾を作る。
見ている者が気づかぬ間にトウは突かれている。見ていたはずなのに、気づいたら空中にいる。
3回転ルッツ 着氷
観客の誰もが幻視した。夕凪を影とするように背負われている鴗鳥慎一郎の姿を。
まだ技術が至らずとも感じさせる。
雄弁な滑りと、空気を掴むその雰囲気。
少女に似つかわしくないその覇気が世界を歪ませる。
(降りてきた!私の『理想』が!鴗鳥慎一郎が!)
夕凪のその心すら捧げる必死が鴗鳥慎一郎を憑依させた。
憑依によって技術のスケールアップが起きたわけでは無い。この憑依は跳べないジャンプを急に跳ばせるような摩訶不思議な手品ではないのだ。ただイメージと技術を結びつかせることで、より洗練されたものへと進化させることは可能だ。
単なる滑り一つに魂が宿る。
誰もが認める。世界が称賛した彼の演技だ。
(スピンも単なる勢いじゃなかった!)
よく『視た』ことで気づいた。僅かな重心の取り方。腕の位置や足の組み方。
どれもに細やかな気遣いがあってこそ、あれは実現している。
レイバックスピン レベル4
アレンジも回り方も夕凪で実現可能な範疇だった。
(今は捨てきれないこの『憧れ』もいつか完全に捨てなきゃいけない)
それはとても寂しいことだ。でもそこまでしてようやく名実ともに彼に並ぶことが出来るのだろう。
(今私にそんな勇気はないけど!)
それでもその身を切って進んだのだ。
(もう進むしか道はない!)
左足の重心の置き方、右足のトウの突き方。
バランス、勢い、距離、あらゆる要素を確認。
(思考で確認してちゃ遅い!イメージを先行させてその軌跡をなぞるようにするんだ!)
『視界』はさらなる段階へと進む。自分の動きの前に理想の動きを置くことで分析の間もなく、なぞるだけで模倣を成立させる。
3回転フリップ 着氷
模倣が洗練されていく。
思い描いた『理想』をなぞるだけ、鴗鳥慎一郎の演技は目を閉じるだけで思い出せるほど脳裏に焼き付けた。
ジャンプに留まらない。ステップ、スピンも誰もがそれを見て同じ感想を口にするほど、慎一郎のものだった。
(どんなジャンプも要領は同じ!失敗する気がしない!)
遂に夕凪は思考すらしなくなっていた。
『視界』と『イメージ』と『体の動き』。あとの情報は周回遅れでついてくる。
演技は終盤に差し掛かっていた。
ステップシークエンスを順調に消化すると残すところはジャンプとスピン。ジャンプの方はコンビネーションジャンプだ。
(慎一郎先生のこのコンビネーションジャンプは見たことはないけど、余裕で想像できる!)
複雑なステップを入れながら、自然と体を前に向ける。もうアクセルを跳ぶことは誰もが分かっている。しかしその前動作すら振り付けの一環だと思わせるようにあらゆる動作に優雅なる意気を込める。
(『視える』よ。慎一郎先生・・・あなたならこうやって跳ぶんでしょ?)
翼をはためかすように、風を全面に浴びながら、そのまま空気を抱えてかき混ぜる。
エッジを氷から放す。
2回転アクセル+3回転トウループ+2回転ループ 着氷
山場は超えた。残すところはスピン。決して気を抜かずに『理想』を思い描いて。
(あれ?)
スピンを残しつつも山場を越えたことで冷静になった夕凪が気づく。
(私は完璧な演技をしたはずだ。だって鴗鳥慎一郎の
夕凪に失敗は無かった。完全に鴗鳥慎一郎を彼女はやって見せた。
(じゃあなんで私は1位に届かない?)
演技中に詳細に点数を計算したわけじゃない。ただ自分の演技を外側から見たからこそ直感的に分かってしまった。
(それどころか2位にすら・・・)
恐らく自分の演技はすずにも美玖にも及ばない。『理想』の演技をしたはずなのに。
そんな思いとは裏腹に彼女は正確に『理想』のスピンを刻む。
(私・・・全部捧げたでしょ?捨てることは出来なくても、ちゃんと決別して『想い』を外に置いて・・・)
それでもなお勝てないというのなら。
(私はもう・・・勝つことなんて・・・)
スピンを消化し、演技を終えた。完璧だった。ミスはなく、『最高』の演技だった。
しかし、彼女は分かってしまった。自分は1位たりえないと。
確かに彼女は完璧だった。完璧に鴗鳥慎一郎の
完璧、過ぎた。
LOVE PHANTOMって前奏だけならスケートの曲に使えそう