メダリストはエゴイスト   作:モリブデン42

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書きたいところまで飛ばしていくんで、展開早めです。


エゴ

今日からルクス東山で合宿が始まる。

 

「おはよう!唯さん!」

「司先生、おはようございます・・・」

 

 元気いっぱいの司、少し照れたように唯が応える。そんな唯を見て司がうんうんと頷く。

 

「はえ?」

 

 それを見て変な声をあげたのはいのりだ。一体何があれば自分の居ぬ間にここまで仲が進展したのか、司の一番弟子を自負する自身の立場の危機的状況。

 

「司先生!おはようございます!」

「え?うん、さっき聞いたよ」

 

 ブンブン、と腕を振りながら唯と司の間に割り込む。

 司と唯がきょとんとした顔をし、急に我に返ったのか顔を赤くするいのり。

 

「何やってんだ、ブスエビフライ」

「な、何を~~~」

 

 通りがかった理鳳の暴言にすかさず反応するいのり、その姿を見れば意外と両者の息は合うのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 潔唯は考えていた。合宿での目標達成シート、その内容を。

 

(今の私を適切な挑戦に導く目標、この合宿中に狼嵜光に勝ちうる武器を身に着けるためには必要なのはきっと新しいジャンプやスピンじゃない。もっと根本的なスケーティング技術)

 

 明浦路司というこれ以上ない手本がある。コーチという立場でどれほど滑ってくれるかは定かではないが彼からその技術の根幹をなすヒントを得ること。

 

(いずれ直接聞くにしても今は意識していない状態で観察したい)

 

 スケーティング技術の向上、そう書き連ねて提出する。

 

「唯さんはスケーティング技術の向上か!」

「はい、せっかく司先生の元にいるんですからまずはそこですね」

 

 唯は狼嵜光に追いつこうとする果敢なる努力により、多くのジャンプを身に着けた。この合宿で新たにジャンプを武器とするのは難しい。ならば新しい環境でこそできる自身の技術のマイナーチェンジを図る。

 

 

 

 

 

 

 唯はいのりがジャンプ練習するところを眺めていた。

 いのりが今挑戦しているのは2回転アクセル、6級合格に必要な要素である。そしてノービスで戦うための最低限の武器と言い換えてもいい。

 跳んで失敗し、跳んで転ぶ、しかしいのりは一度も立ち止まることなく何度も跳び続ける。

 

「待って、いのりちゃん」

 

 それに待ったをかけたのが唯だった。

 

「確かにジャンプの練習は必要不可欠だけど今のいのりちゃんは何にも考えずにがむしゃらにやってるように見える」

「うっ」

 

 いのりは否定できなかった。司に何度も指摘されて治そうとしても一向に成功しない。故に焦り、早く次をと考えてしまう。

 

「どんなに頑張りたくても一日でできる練習量には限りがある。特にジャンプなんかはその身を大きく削る。だからジャンプ練習は一回たりとも無駄にしないで。練習の内は成功も失敗も等しく己の分析要素にすぎないの」

 

 いのりの強みは一つのことにリソースを注ぎ込む異様なまでの集中力だ。そのいのりの強みがここまでの急成長をもたらした。今回のように視野が狭くなる欠点は司がフォローする。

 対して、唯の強みはその分析力にある。周囲から、自身の変動から何が必要かを合理的に判断し、無駄を省く。効率的な成長が完成度の高い唯の滑りを実現させる。

 

「そうだね、確かに考えなしに跳んでたかも・・・ありがと」

 

 いのりの返事を聞いた唯はひらひらと手を振って、練習に戻る。

 今度はそんな唯をいのりが観察していた。

 綺麗な姿勢、ぶれない滑り。

 右足を重点に体を捻るように回転しながら進む、ターンからそのまま足を組み替えてジャンプ。2回転アクセルだ。

 

「え!?」

 

 今の動きにいのりも思わず固まる。唯は3回転アクセルを跳べる。だから自分より高難易度のことを達成しても不思議はない。不思議はないが、苦戦してい居る2回転アクセルをアレンジしてこうも綺麗に跳ばれると驚愕するなという方が無理がある。

 

「ツイズルから2回転アクセル、そこからすぐにまたツイズル」

「え?」

「簡単そうにしてるけど実際はそうもいかない。あいつのジャンプは着氷前も後も軸がぶれずに綺麗だから、結構簡単そうに見えるけど」

 

 珍しく理鳳が呆然としていたいのりに話しかける。

 

「最小限の力で跳んで負担を抑えて降りる。基本に忠実だからこそバリエーションの多い滑りが実現する。あいつは光に追いつくために着実に成長していってる」

 

 一瞬悔しそうに歯噛みすると、理鳳はそのままいのりの元から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 いのりが2回転アクセルを降りるのにそれほど時間はかからなかった。それどころかすぐに3回転サルコウまで降りてしまった。

 多くの人がその光景に喜びや、微笑み、あるいは反抗心を見せる中、ただ一人理鳳だけは呆然としていた。

 いの一番に曲かけ練習を終えた唯が、外でうずくまる理鳳を見つける。

 

「絶望してますって顔だな」

「潔・・・」

 

 憎々し気に潔を睨む。反抗心というよりはただの八つ当たりのように見えるそれは、唯の心を動かすことは無い。

 理鳳も自覚があったのか、すぐに目線を下げる。

 

「お前は何で戦える?」

「何の話?」

「光の事に決まってるだろ!」

 

 ぼろぼろと理鳳の瞳から涙が流れる。

 

「認めるよ、俺は光に嫉妬していた。あっという間に追い抜かれてその才能の差に絶望した」

 

 理鳳は才能がある。努力もしている。それでも届かない。近くにいるからこそ誰よりも分かっているのだ。光と自身の覆しようのない差に。

 

「でもそれ以上に」

 

 少なくとも同じクラブでそれを見たはずだ。

 

「お前が」

 

 圧倒的なまでの差に多くの者が心を折った。

 

「光を前にしてより奮起する姿を見た」

 

 他にも立ち向かうものはいた。でもそれは折れそうな心を繋ぎとめるものか、元から興味のない者たちだけだ。

 

「お前と光との間に何かがあったことを誰もが理解している。でもその何かの後、お前は着実に一つずつ積み上げて、光へと向かっていった」

 

 潔唯はその絶望に嬉々として向かっていった。一年前はようやく3回転に手が届く程度のものだったのに、気づけば光を追従するほどまでに成長していた。

 

「何よりも恐ろしいのが俺にもその理屈が理解できた。お前の成長はお前以外でもできる可能性があるような普遍的な努力の積み重ね」

 

 名港ウィンドの生徒たちの幾人が理解しているのか分からない。しかし理鳳には分かった。潔唯は常識外の人間ではない、理解の範疇で進化を繰り返す。

 

「俺には出来ないし、出来なかった。それが何よりの絶望だ」

 

 理屈が分かるから、理解が出来るから。それが必ずしも実行可能である保証にはならない。

 保身も後の憂いも何一つ考えず、可能性にベットする頭のいかれた人間の所業であった。

 

「今回、ルクス東山に移籍したのだってそうだ。お前が何がしたいかは理解できる。でも、普通とらない。細い可能性に賭けてコーチを変えるなんて出来ない」

 

 潔唯の移籍には彼女としては絶対に必要であった。だから、それをためらうことなどしない。

 理鳳もそれは理解しているが、同時に自分には出来ない決断だと思った。

 それは同時に自分の光への挑戦権の喪失を意味する。

 

「同じ土俵で戦うお前は俺なんかより光の凄さをよっぽど痛感してるはずなんだ。そんなお前が今の自分を壊し続けて進化していく様が俺は光よりよほど怖かった」

 

 光はもうそういうものだと納得できた。夜鷹純に認められたその才能は自分とその環境を差し置いても隔絶したものであると考えられたからだ。でも潔唯は違う。全部自分で壊してきた。

 

「俺と同類だと思ってたお前が俺を置いていく。おんなじ奴は結構いるよ。正直名港ウィンドでやめた奴らは光よりもお前を見てって奴の方が多い」

 

 光がすごいのではなく、お前が足りてないだけだ。それを否定できない自分がいる。

 

「もういい、俺はもう成長なんかできっこない」

 

 鴗鳥理鳳はここで終わる。恵まれていた彼は何もなせず、ここで終わる。銀メダリストの息子だがここで終わる。言い訳が出来ないからここで終わる。

 

「そんなことない」

 

 そう言ったのは潔唯ではない。

 

「司先生」

 

 理鳳を追ってきた司がいた。どこから話を聞いていたのか、その全容が見えなくても司は理鳳の言葉を否定するだろう。

 

「少ない期間だけど理鳳さんのスケートをずっと見ていた。努力と工夫が感じられる素晴らしいスケートだった。まだまだ伸びしろだってある。だから」

「あんたに俺の何が分かるってんだよ!!」

 

 司の言葉を遮り、怒鳴りながら睨む。

 

「あんたほんとに分かってない。分かってないから軽々しくそんなことが言えるんだ!俺は誰もが羨む血筋があって、環境があって、それでもこの結果!光の影すら踏めない!こいつは・・・潔唯には出来たことが俺には出来ない!俺はこいつより恵まれているはずなのに!そこにはもう言い訳の余地もないんだよ!」

 

 結局はそこだ。潔唯には出来て鴗鳥理鳳には出来ない。その事実が自分の弱さを否定できない何よりの要因だった。

 その言葉には付き合いの薄い司には踏み込めない深い闇があった。

 

「光、光ってさっきから引き合いに出してるけど、逆にお前は光をなんだと思ってるのさ」

 

 言葉に詰まった司の合間を縫うように唯が会話に入る。

 

「何って、天才で、誰より努力して、だから誰より凄くて」

「お前にとって狼嵜光は理解の及ばない特別な何かなのか?」

「そうだよ!俺には手の届かない高みを今もさらに上り続けてる」

「私にとって狼嵜光は可能性の一つでしかないよ」

「は?」

 

 その言葉は理鳳の思考に一瞬空白を生んだ。

 狼嵜光は誰もが認める天才少女だ。その実力差に心を折り、スケートをやめたものも少なくない。

 

「狼嵜光は常識じゃ測れない才能を持っているのは事実だ。でも狼嵜光という存在、技術、思考は私にとって理屈で説明できるものだ。だから私は狼嵜光が理解の及ばない存在だとは思わない」

 

 もう、やめてくれ

 

「お前は心のどこかで理解している。狼嵜光は特別な存在じゃない」

 

 もう、わかったから 

 

「問題なのは逃げてるお前の方だ鴗鳥理鳳」

「わあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 堰き止めていた感情が決壊する。しょうがないと思っていた。狼嵜光は天才で自分とは隔絶した世界にいるのだという言い訳。

 恵まれた自分がなせないことを彼女が為すのはさらに恵まれた何かがあるからなのだと。

 目指すのが辛くて、考えるのが苦しくて、だから見ないふりをしていた。

 

「分かってんだよ!そんなこと!」

 

 鴗鳥理鳳が自己を守るためのメッキがはがれていく。

 もう目指していない、もう諦めた。

 

「俺は光から逃げた。怖かったんだ!だってそうだろ!?届かない!俺が!何をしたところで!光と夜鷹純にはかすりもしないんだ!ならもう、諦めさせてくれよ。可能性があるのは分かる!お前って実例があるんだからな!でも俺にはきっとお前と同じことは出来ない」

 

 声を荒げながら自然と流れる涙を止めることが出来なかった。

 唯はそんな理鳳を気遣う様子を見せず、淡々と告げる。

 

「この話に狼嵜光も夜鷹純も関係ない。私は言ったはずだよ。やるかやらないかの問題だって」

「え?」

「前はあんなこと言ったけど私はやる気がない人間にいちいち構ったりしない。私にはお前が諦めてるようには見えないから言ってるんだ。お前はそもそも出来る出来ないを論ずる段階にいないんだ」

 

 唯は鴗鳥理鳳というピースが自分の成長に必要な何かを持っていると直感した。だからわざわざ話しかけて奮起を促そうと考えている。気づきを与えること、その上で彼がどう転ぶかわは分からない。立ち上がるなら喰らい尽くし、リタイアするならそれまでのことだ。

 

「気づけよ、鴗鳥理鳳。お前はなんでスケートをやってるんだ」

「俺は父さんがスケート選手だから・・・」

「惰性で続けてたって?」

 

 理鳳の言葉が止まる。鴗鳥理鳳にとってスケートをやることは当然だった。環境があって、才能もあって、周囲に勧められて。

 

「別に何でもいいんだよ。好きだから極めたい、他人を負かすことが快楽だ、狼嵜光と対等になりたい、父親に認められたい。お前の中にスケートをやってる理由を見つければ今度は目標が決まる。目標が決まれば、課題が決まる。課題が決まれば挑戦する。挑戦すればまたさらに課題を細分化されていく」

「俺は・・・父さんが金メダルが好きだから・・・俺もそれがどんなものか知りたいって。金メダルが一番綺麗だからって」

「ならそれがお前の『エゴ』だ」

「『エゴ』・・・」

「私は世界一になりたい。世界一から見える景色ってものがどんなものか見てみたい。狼嵜光に勝つなんてのはその過程に過ぎない」

「じゃあ俺はダメなんじゃないか。俺を司るすべては他人で構成されている。そんな俺に世界で戦う理由も、覚悟も」

「理由の中身は問題じゃない。お前の中にある熱にお前自身が向き合うことだ」

 

 いきなり言われても理鳳に実感は湧かなかった。劣等感と、諦めで燻った鴗鳥理鳳の心はそうやすやすと動かない。

 とっさに答えたが自分がスケートをやる理由も本当にそれでいいのか自信がない

 

「深く考えなくていい。そうだな・・・じゃあもっと単純にお前は今何がしたい?」

「今?」

「大きな目標から細分化するようなことを言ったけど、荒療治だ。なんでもいい、ノービス優勝、三回転アクセル、誰かに勝ちたいとか」

「それなら・・・」

 

 何となくイメージできるかもしれない。

 今死んでしまった自分の心を燃やすために必要な事。自分の中にあるビジョン。いつからか諦めていた。他人の畑ばかり見て、枯れてしまった自分の心。

 自分が何をしたいのか。自分が好きだった、父が焦がれた。あの輝き。

 

「それなら俺は金メダルが欲しいっ!ノービスで優勝して、俺は初めて生まれ変わる!」

「なら、それが答えだ」

 

 少し、理鳳の瞳に輝きが灯る。その様子を見て唯が挑発的に笑う。

 そして、ずっと二人のやり取り見守っていた司の裾をグイッと引っ張って自身に寄せる。

 

「じゃあちょっと司先生に滑ってもらうか」

「え?」

 

 急に向いた矛先に司は戸惑う。司は言葉が出なくて黙っていたわけではなく、静観するべきだと思ったから会話に入らなかった。同時に唯の言葉に感心していたところであったので決して話を聞き逃していた訳でもない。

 ただ、ここでいきなり自分が滑ることになるというのは話の展開的に意味が分からなかった。

 

「何でだよ」

 

 それは理鳳も同じようで怪訝そうな顔をする。

 

「見ればわかるさ、いいですか?司先生」

「え?え?」

 

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