『ルクス東山 潔唯さん 129.51 現在の順位は1位です』
(勝った・・・勝った勝った勝った勝った)
唯はキスクラでその勝利に酔いしれていた。
「勝った・・・」
リンクを降りれば唯も感情を表出させる。
思わずガッツポーズをし、拳を思い切り握りしめてその感情を爆発させる。
「やったね、唯さん!」
「はい・・・司先生ありがとうございます」
点数を聞いた司が掛け値なしの称賛を送る。
唯もそれに応え、喜びを分かち合った。
(遂に・・・遂に・・・)
1位という順位も勿論嬉しい。ただ今唯の心を震わせているのは別の事だ。
(狼嵜光に・・・遂に勝った!)
幾度辛酸をなめただろう。どれほど悔しさを噛み締めてきただろう。でも今この大一番の舞台で光に勝つことができた。今まで積み上げたものが功を奏したのだ。喜びを露わにせずにはいられなかった。
会場も大いに揺らめいていた。
決して破られることのないと思っていた狼嵜光が遂に敗れた。そして、その演技を見ていた自分たちにもそれが理解できるほど説得力のある演技であった。
唯は少し得意げにキスクラを降りて、控室へと向かう。
その道中で待っていたのはいのりだった。
「唯ちゃん」
いのりの滑走は最後の最後だ。しかし、そろそろ準備に移らなければまずい頃あいだ。
「どうしたの?いのり・・・そろそろ準備しないとまずいんじゃない」
興奮の冷めやらない唯は少し心を落ち着かせていのりと対面した。
「唯ちゃんはさ、さっきの演技・・・何を思ってたの?」
「思い?」
思いと言われると少し難しい。
考えと言われれば積み上げた理論を話すことは出来るが、思いとは少しニュアンスが違う気がする。敢えて言うならーーー
「何も思わないこと、感情を捨てること。敢えて思いを口にするなら何もなかったというのが正しいかな」
「やっぱりそうなんだ」
いのりはぶっきらぼうにそう言った。
「それがどうかしたの?」
いのりの反応に唯は何かを否定されたような気がして少し不満げだ。
「唯ちゃんの演技を見てて、何をしたのかは何となく感じた。全てを演技に捧げて、自分の私情や感情を捨てる・・・実際凄い演技だったしちゃんと点数も取ってる」
いのりは口では唯を認める様な事を言いながらもその態度はやはり認めていないような意思が見え隠れする。
「一体何が言いたいの?」
「個人的にはちょっと残念だったなって」
「は?」
いのりは少し息を吐くと真っ直ぐ唯を見据えた。
「私は中部ブロックの時の闘志むき出しの唯ちゃんの演技の方が好きだったな」
「だから・・・その好きとか、闘志とかが演技に淀みを与えるんだよ。最高の演技のためにはあらゆる要素をその演技のためだけに費やさなくちゃいけない」
「最高の演技っていうか、最高得点の演技じゃない?」
なんとなくいのりの言いたいことは分かった。しかしそんなことは織り込み済みなのだ。
「それの何が悪いの?自分の今出せる最大出力って、つまりそういうことでしょ?」
「目指す地点の話だよ。それを目指して最高の演技が出来る人は勿論いると思う。でも唯ちゃんはそういうタイプじゃないよ」
いのりは笑うと、唯を隣をすり抜けていく。
「気づいてる?唯ちゃんが捨てたその演技の淀みは、唯ちゃん自身の魅力だったかもしれないことに」
唯の背筋に寒気が走った。
唯の理論は間違っていないはずだ。事実それによって光に勝つところまで登りつめた。
いのりの言っているのはただの理想だ。自分の演技をして、勝てるなんてのはただの理想論。勝つためにはそういった自分の何かを『犠牲』にしなければならないのだ。
「言ってなよ理想論者」
そう吐き捨てた。
しかし、寒気は止まらない。勝利の余韻は冷めてしまった。
自分は何かとんでも勘違いをしているような気がした。
「いのりさん、準備は良い?」
既に作戦会議は終えている。司はいのりにかけるべき言葉を考えていた。
光や唯の演技は鮮烈で素晴らしくて、いのりの心が怯んでしまうかもしれないと思ったからだ。
「司先生」
しかしいのりはそんな司の思考を打ち破るように強い眼差しをしていた。
「何も言わなくて大丈夫です・・・むしろ何も言わないでください」
「え?」
いのりは司の言葉を差し止める。
「私・・・今結構調子が良いんです・・・良すぎて唯ちゃんにちょっと突っ込んじゃったけど」
いのりの唯に対する言葉は自分でも思わず出てしまったものだと自覚していた。普段は引っ込み思案ないのりはあんな風に相手の欠点について指摘したりしない。ただ今日の大会の熱にあてられて上がってしまったテンションがいのりにあの行動をとらせてしまった。
「何かが・・・中部ブロックの時以上に・・・何かが掴めそうな感じがするんです。だから今の私はこのままでいい」
ほんの些細な雑念もいらない。
たとえそれが自分を思ってのものだったとしても。
ただそっと司のフードの紐を握る。それだけで十分だった。
司もそれを理解した。
もう何も言わずにいのりの手に自身の手を重ね、優しく握った。
本日最後の演技、数多の選手たちが熱を残したその場にいのりは立った。
(やっぱりスケートは魂のぶつかり合いだ)
研ぎ続けた己の牙を互いにぶつけ合うのがこの場なのだ。
リンクの上の生存圏を巡る戦いをしているのだ。
しのぎを削りあう選手たちの熱に浮かされて、いのりのボルテージは今最高に高まっていた。
そして、自分も今その闘いの最中に入ろうとしている。
(そうだ、これは生存闘争だ)
リンクの上という縄張りを争う闘い。メダルはその場を手にした証だ。金メダルという証を以って、リンクの上という生存圏にいることを許される。
結果を残せなければ排斥されていく。
いのりにとってスケートは自分の唯一の希望だ。
これがなくなるなら死んでいるのと同義。
(勝つ、勝つんだ。金メダル以外の結果なんていらない・・・)
闘志をむき出しにして、いのりの演技は始まる。
(さっきは唯ちゃんにあんなこと言ったけど、一部は私も見習う所がある)
余計な思考や感情を捨てるという点、唯は全て捨てたがいのりは大事な物だけを残して全て捨てる。
(『出来る』私であること、勝ってリンクの上という場所を手に入れること。リンクは私が唯一生きていられる場所・・・だから自我だけは決して捨てない)
それ以外の雑念を排外する。唯と似ているようでそれはどこか違う。
体が軽くなる。
自分の魂だけが顕在するような『感覚』。
いのりは滑りだした。
(氷の上は私の縄張りだ!)
氷の上でなら自分はどんなことでも出来る。
そんな自分が他者に負ける道理が無い。
逆に氷の上から降りれば、何も『出来ない』人間に戻る。
中部ブロックで気づいた自分の心理。氷の上でだけ自分は生きていられる。負ければいずれ氷の上にいる権利を失う。それはいのりにとって死と同義だ。
飢えた獣がその牙をむく。
いのりは自分のやりたい演技をする。それを言葉に出来るほど器用ではないが、『感覚』的には理解しているつもりだった。
だから、自分の演技を邪魔する余計なものを排除していく。
それは奇しくも唯と同じ行動だったが、決定的に異なる点がある。
いのりは自我は決して捨てない。あくまで自分の演技をするための感情の排斥を行っていく。
自我を雑念として捨てた唯とは対照的に、自我を残すためにいのりは雑念を捨てた。
必要な情報だけが入ってくる。いのりの異様な集中力が為せる情報の取捨選択。
世界から色彩が消え、余計な音が消え、温度が消えた。
(衝撃と触覚、光とクリアな音。必要なものだけが頭の中に入ってくる)
リンクの上に上がればいのりは無条件で演技に没頭できる。
ただ自分のしたい演技のイメージとそれを為すための『感覚』。それだけがいのりの内側で反芻する。
(風を受ける感触、モノクロの中で揺れ動く世界、滑走する氷の音)
ジャンプモーションに入る直前、いのりは加速する。
「ここで加速!ってか速っ!」
本来、ジャンプのために速度を落として姿勢を保つ。
しかし極限状態のいのりは今の自分ならもっと速い速度域でもコントロールできると考え、加速させた。
いのりの前評判はみんなが理解していた。
中部ブロックからわずか一か月で4回転サルコウを持ってきた。必ず第一ジャンプは4回転サルコウだ。
そんな観客の予想すらいのりは超えていく。
光に勝つため、唯に勝つため、演技構成は自分の限界ギリギリを攻めなければならない。
例えば、4回転を2回跳ぶためのコンビネーションだとか。
いのりは跳んだ。
4回転サルコウ+2回転トウループ 着氷
会場が歓声に沸く。
4回転を跳ぶだけでも難しい。それをコンビネーションにしてくるということは2回跳ぶつもりなのだ。とてもじゃないがノービスの選手のやることではない。しかし、それを否定できないだけの前例がまさに数刻前にあったばかりだった。とんでもないことが起こる。そんな熱狂が観客の間で飛び交う。
「今の・・・なんか・・・変じゃないか?」
いのりのジャンプの異様さ。
僅かばかりの違和感を覚えたのは会場に居合わせたコーチや選手といったスケート経験者であった。
「なんか違和感っていうか、自分がもし跳ぶとすればあんな風にならないっていうか・・・」
スケート経験者は自分のジャンプの経験と照らし合わせて分析することがある。例え、跳んだことのないジャンプでもイメージして自分ならどんな風に跳ぶかと考えるのはごく自然の事だった。
違和感
それを言葉にして説明することはできない。しかし、決定的に何かがおかしいと直感していた。
いのりが次のジャンプへと挑戦する。
誰もが次のジャンプを予想している。4回転サルコウだ。
どんなふうに跳ぶか先んじてイメージが固まる。
それと照らし合わせようとして・・・
4回転サルコウ 着氷
やはり合わない。
しかし何が違うのかも分からない。
「え・・・」
「まさか、本気でそんなこと・・・」
「ありえない」
その違和感の正体に気づいたのは4回転ジャンプ跳ぶ経験を持つ、唯、光、そしてノービスBを終えてミケに連れられてきた那智だった。
その速度域でのジャンプについて分かるがゆえに理解できる。しかし理解をしたうえで、彼女たちはいのりの正気を疑っていた。
いのりの次のジャンプは3回転ルッツだ。
一度は降りた3回転ルッツ、様々な要因が重なり降りられなくなってしまった。
原因は分かっている。
(怪我することを考えて、体を開くタイミングが早くなってしまったから)
ハーネスでの練習の際、3回転ルッツが原因で司が怪我をしてしまった。その時同時に、姉がジャンプで怪我をしたことも思い出した。
今更になって気づいたのだ。ジャンプは怪我をする可能性がある危険な行いだということを。
つまりはイップスだ。
(つまり私が3回転ルッツが出来なくなった理由は怪我にビビったからってこと?)
ありえない。
(そんなことで私は自分の可能性を縛るだなんて・・・あってはならないことだ!)
4回転を2回跳んだせいで、足に疲労がたまっている。
気を抜けば、フラフラと縺れてしまいそうだ。
(関係ない!)
自分の原点を思い出す。
(私はここで勝てなきゃ死んでいく!ならもしここでジャンプに失敗して死んだって同じことでしょ!?ジャンプに臆する理由なんてどこにもないんだ!)
いのりのイップスの原因は言ってしまえば恐怖だ。
誰もが持っている当たり前の感情。
いのりはそれを
いのりにとってスケートは生存闘争だ。
そんな身を削る闘いの最中で、走馬灯のように昔の思い出が流れてくる。
本当に小さなころの、無意識ともいえるほどの記憶。
『行くよー!のんちゃんキャッチゲーム!』
姉、実叶が一緒に遊んでくれた時の記憶だ。
『木の上から落ちてくるのんちゃんをキャッチするの!』
『キャー!実叶!?何やってるの!?』
楽しかった。
下で待ってくれてる姉に向かって、自分は何も疑わずに空中に身を放り出して飛び込んでいた。
『成功!』
まだ自分が『出来る』も『出来ない』もない。それ以前の時の話だ。
『のんちゃん!』
ただ自分は何も考えずに姉との危険行為を共にしていた。
何も考えていない、何も考えていなかった。リスクとか、失敗したときとか。何一つ心配していなかった。
それは決して姉が失敗しないと信じていたからではない。
母がいなければ危険な時はいっぱいあった。姉は意外と考えなしであったのだ。
だが、もし姉が失敗して自分が死んだとしても、それならそれでいいと思っていた。
それは姉への信頼ではなく依存の類だったかもしれない。
まだ自我すら乏しい幼子の無知だ。
(そうだ、何も変わらない)
成長したことで、恐怖を覚えた。躊躇を覚えた。
でもかつての名残なのか、自分は人より恐れ知らずであった。
あの時の『感覚』をもう一度。
(下で迎えてくれるのが、お姉ちゃんじゃなくてリンクの上の自分になるだけ)
氷の上にいる自分なら信じられる。
(少し違うか。信じるんじゃなくて、身をゆだねるだけだ。もし、失敗して死んでも・・・)
別に構わない
勝つためにそれが必要なら、結束いのりは躊躇しない。
もう恐怖はない。
イップスになる理由もない。
いのりは空を舞うように、落ちるように、その身を氷の上に放り投げた。
3回転ルッツ 着氷
その3回転ルッツを以って、スケート経験者たちはその違和感の正体に気づいた。
どうして自分の中のイメージと一致しないのか。
いのりは決してミスをしている訳じゃない。むしろ完璧だ。一筋のぶれもなく技を遂行している。
ただ、完璧すぎるのだ。
「ジャンプってのはどうしても危険が付き纏う。どんな優秀な選手でも絶対がないのがスケートだ」
安全意識に強い五里が語る。
「だから跳んでるときによぎるはずなんだ。失敗の可能性を」
失敗を考えるから身がすくむ。筋肉が強張る。リズムが崩れる。結果的に失敗を考えることが失敗の要因となってしまう。
「でも・・・それはなくてはならない思考だよ。失敗の可能性を考えるからジャンプを降りた後、転倒してもその身を守ることができる」
思考云々という話でなく、反射的にそうなってしまうはずなのだ。
自身の生命を脅かす可能性への防衛反応。
「だが彼女は・・・結束いのりはその一切を放棄している」
例えば空中で体を開くタイミングがズレる。着氷の後、頭が下がり前傾になる。
それらは失敗の要因となり得るが、時として失敗の予兆を体が感じ取ったことによる備えるための予備動作であったりする。
その動作のせいでこけるかもしれないが、その動作や体の反射が無ければ受け身も取れず氷の上に放り投げられていたかもしれない。着地の角度がズレて足を痛めるかもしれない。
無くてはならない体の反応なのだ。
「まるで命綱なしの綱渡りでも見せられてる気分だ」
いのりのスケートにはそんな無意識の反応が一切見られない。完全に無防備な状態で跳んでいる。
それは確かにジャンプの完成度を上げるかもしれない。だが万が一失敗したとき、受け身すら取れずに体は放り出される。
足を痛めたり、骨折の可能性は大いに考えられる。
それどころかもし転倒して受け身をとれず頭を強打したりすれば、最悪・・・
ーーー死
「何を考えているんだ・・・もし失敗したりしたら・・・」
(転倒した時点で恐らく勝ち目はなくなる!なら転倒した後のことなんて考慮する必要なんてある?)
今のいのりには恐怖がない。
恐怖に打ち勝っているとか、克服しているのではない。最初から恐怖を感じていないのだ。
恐怖を捨てたことで、本来なら出てしまう反射的な生理反応を消す。結果的に技の完成度が上がり、成功率も上がる。
転倒時のリスクなど考えていなかった。
無酸素運動の連続で足が軋む。
気を抜くとエッジを踏み外しそうだ。
そんな状況でより強く氷を押して加速する。
(スピードに乗ってる方が安定する・・・考えることは足の負担を減らすことじゃなく、この状況でどうすれば滑りが安定するかだ!)
「いや速っ」
次のジャンプに入るだろうという頃合いにいのりの再加速。
速度に乗ってより安定したジャンプをするつもりだ。
勿論転倒したときの衝撃も強くなるだろうが、いのりにはリスクたりえない。
速度にのったまま、その勢いを殺さずに流れに乗ってトウを突く。
3回転フリップ 着氷
「着氷と同時にターン!?」
「着氷とターンの間に隙間が無さすぎる・・・」
「こんなの降りる前から次の動き作ってないとできない・・・」
「本気で転倒することなんて考えてないのか?どうしてここまでリスクを冒せる?」
(負けることは死ぬこと!なら危険なんて考えるだけ無駄!)
勝利のためにあらゆる危険もいとわない。
野性的で原初的な獣の本能がそこにはあった。
(みんな、スケートに
しかし今のいのりは緊張すら必要ないものとして捨てている。加えて思い出した幼少の記憶と、生存闘争をする獣の本能がいのりを過集中へと連れていく。
だからこれは無意識な生理的反応だ。
演技の中でいのりの口が半開きになる。
レロッと舌を出し、眼光が鋭くなる。
過度な緊張から体を解き放ち、肉体をリラックスさせるその行動は幼少期によくみられる行動だが、トップアスリートの中には試合の最中に舌をだして活動する人がしばしばいる。
過集中下にて、肉体の状態を最適に保つためのいのりの無意識の行動だった。
(これは魂の躍動だ!
ステップシークエンスでもいのりは変わらない。
綺麗に魅せる司の教えをそのままに魂を吹き込む。
「やっぱり速い・・・こんなスピードの中でステップが出来るもんなのか?」
スピードを落とさない。
今の足の疲労を考えれば生半可なスピードでは足がもつれる可能性が高い。
どんなに危険でもスピードを上げるしか道はないのだ。
(大丈夫!この速度間の中でも私の体は着いてきてくれる!)
壁際だろうが迷わず、スピードを出しながらターンを入れる。
勢いが余ればきっと壁に激突する。そんな状況の中でいのりは冷静にターンをしていた。
そんな危険と隣り合わせの演技が、彼女の演技を昇華させて観客を魅了する。
ステップシークエンス レベル4
(次・・・連続ジャンプ)
水分が口の中で溢れる。
しかし今のいのりの集中状態ではそれに気づく余裕はない。
半開きになった口から溢れ、舌を伝って唾液が滴り糸を引く。
(連続ジャンプだけじゃない!もっと私の
ジャンプに入る前にさらに加速、超高速ターンを取り入れる。
ターンの終わり際のエッジに体重を乗せ、氷を切り裂くようにスッと足が通る感覚。
この氷の上でこの細いエッジに自分の全てを預ける。
勢いのままにジャンプを完遂する。
3回転ループ+オイラー+3回転サルコウ 着氷
そのギリギリの状態は精神を摩耗し、身体を削っていく。
しかしもう、いのりは止まらない。
(今ならきっと出来るよね・・・)
いのりはまだアクセルジャンプを跳んでいなかった。
当然の話だが2回転アクセルは3回転のジャンプに点数が及ばない。
点数が1.1倍となる最後のジャンプとして2回転アクセル単独は今の彼女には似つかわしくない。
セオリーとして考えるなら、2回転アクセルにコンビネーションをつけることだ。しかし、彼女はもうすでにコンビネーションを2回使っており、後は単独ジャンプとなる。
「まじか・・・」
導き出される答えは1つ。いのりは3回転アクセルを跳ぼうとしている。
(
今日の大会の中でいくつもの熱を感じていた。
それはむき出しでなくとも、確かに彼女たちの魂であり、
(もっと私に頂戴!みんなの熱を!魂を!生命を!)
そうすれば、どんな困難もやってやれないことはない。
でも自分はもっと上に行きたい。そのためにはもっと
その最中で自分は勝者という地位を失うかもしれない。しかし、勝利に酔うだけの人間に熱は生まれない。
(私がもっと『出来る』自分であるために!)
いのりは無意識の内に
(全員、
加速加速加速、高難易度ジャンプに挑むというのにいのりのスピードは危険域に達していた。
体がついてこなければ一発でジャンプは崩れる。
速度が制御不能になれば、ジャンプ以前の問題なのだ。
そんな速度の中、いのりはターンを入れる。
勢いは死なない。だがその技を無理にでも入れたことでいのりは速度を支配した。
(ぶつけてあげるよ!私の
そして、衝動のままにいのりは跳ぶ。
空中で軸を作り、後は体を開いて足を付けるタイミングを合わせるだけだ。
踏切のスピードのままにいのりは舞い上がり3回転半へとたどりつく。
あとは着氷、決して乱さない。
獣の本能が最適なジャンプを導き出す。後はそれに従うだけだった。
3回転アクセル 着氷
会場中の観客が
正真正銘、スケートに全てを賭けたいのりの演技。その内訳を理解できずとも脳にチリチリとした熱い感覚が見る者に迸る。
人の潜在意識にある刺激を求める心。
いのりがそんな人間の本能を呼び起こす。
会場中の誰もがそんな熱に浮かされていた。
『ルクス東山 結束いのりさん 131.60 現在の順位は1位です』
?「スケートじゃなくて殺し合いをしようぜ!」
唯の世代をミスってました。前年に光と全日本ノービスBに出てるといのりと一緒にジュニアに上がらないので、ノービスBで2位をとったのは一昨年ということにしておいて下さい。