『ルクス東山 結束いのりさん 131.60 現在の順位は1位です』
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
そのアナウンスを聞いて唯の喉から言葉にならない声が出てきた。
崩れ落ちて地面に膝をつく。
悔しさを噛み締めながら、拳を強く握る。
(負けた・・・負けた!)
いのりに負けた。その事実をまずは受け入れる。
(なぜ負けたんだ?)
負けるはずが無かった。負ける道理が無かった。
(私のスペックはいのりよりも上だったはず!表現力や技術力も勝っていた。その私が実力をフルで出せれば、いのりに負ける道理が無い。そのフルスペックを実現したのが、
しかし、事実として負けた。そこには運や偶然ではない。明確な差があるはずだ。
(私の能力の上限を、いのりの成長が追い抜いたってこと!?)
それが『天才』ゆえの覚醒だとするなら、自分が勝つも負けるも『天才』の気分次第になってしまう。
そんな理不尽が許されていいものだろうか。
「唯ちゃん」
膝を突き沈む唯にキスクラから出てきたいのりが声をかける。
「なんのよう?いのり・・・」
「さっきの話の続きだけど、結局私が言いたいことは唯ちゃんは感情を捨てた演技で全力を出せたのかってこと」
「全力だよ・・・全力だったよ!その結果、私は光に勝てた!その私をいのりが追い抜いた!なら考えるべきは私が負けた原因じゃない!いのりが勝つに至った理由の方だ!」
唯が珍しく声を荒げる。いのりは乱れた髪を搔き上げて唯を見つめる。
「私はそうは思わない」
「は?」
「唯ちゃんは多分自分を過小評価してるんだと思う。あの演技をしたことで唯ちゃんが実力を発揮できたのは事実。でも私はあれに闘志が乗ってればもっと熱い演技だったと思うな」
「それは理屈に合わないでしょ?感情を排する演技に感情を乗せるなんて」
「私は感情を捨てたことを一切評価はしてないよ。私は余計なものを捨てて何をしてでもっていう負けん気が良いと思っただけ・・・まあ何が言いたいのかって言うと、唯ちゃんの演技はある意味では正しい。でも唯ちゃんには合ってないと思うっていう私の所感かな」
唯は何も言い返せなかった。たとえそれが間違っていたとしても今この場での勝者はいのりだ。自分が何を主張しても敗者の弁論にしかなり得ない。
「それはアドバイスのつもり?敵に塩を送るだなんて随分と余裕だね?私に負けた時に後悔するよ」
「そう、それだよ」
「何が?」
「今日演技をして分かった。私の『エゴ』は何も『出来ない』自分がこのスケートを通して『出来る』自分になることにある。スケートをしてない自分なんて死んでるも同然・・・スケートっていうのはこの氷の上を生きるための権利を奪い合うものだと考えて・・・私は私だけがこの感覚を持って演技をしてればいいと思ってた」
膝を突く唯を見下ろすようにその瞳を覗き込む。
「でも私の『出来る』はもっと成長する。その成長のためには私を殺しに来る
いのりの言葉は次第に強くなっていく。
「だから・・・本気で私を殺しに来て欲しい・・・!唯ちゃんやみんなと全力で闘って・・・殺しあって・・・その先にある勝利が欲しいんだ!」
いのりはこの大会で新しい感覚に目覚めた。
勝利そのものだけだなく、その勝利が持つ意味も考えるようになった。
ただ勝つだけでなく、相手と全力で闘って勝ちたいという欲望。それは『出来る』自分の価値を上げるというまさしくエゴイストな一面だった。
「上等だよ・・・」
唯はいのりを真っ直ぐ見つめ返す。立ち上がって、触れそうなほど顔を近づける。
「殺してあげるよ・・・次・・・負けて吠え面かくのはいのりの方だ」
そこには真っ直ぐ瞳を交わすライバルがいた。
いのりと別れ、会場をさまよう。
(ずっと考えてはいた)
本当は疑念を持っていた。でもその答えが見つからなくて無意識に目をそらしていたのだ。
(なぜ私が
夜鷹純や光から導き出した
(私は見切りをつけて、新しい武器を探すことを考えた)
その結果、空間把握能力に生来の五感の良さを結び付けて演技や技を『感覚』として把握する技術である
(でも・・・結局のところ私が
(そうだ、インプット技術。これは世界型・・・『秀才』の技術なのに・・・なぜ私は習得できない)
自分に才能がないとは思わない。しかしこの現状をどう分析するべきか。
ふと、いのりの言葉を思い出す。
『私は感情を捨てたことを一切評価はしてないよ。私は余計なものを捨てて何をしてでもっていう負けん気が良いと思っただけ・・・まあ何が言いたいのかって言うと、唯ちゃんの演技はある意味では正しい。でも唯ちゃんには合ってないと思うっていう私の所感かな』
(合ってない?)
その瞬間、唯の顔が青ざめる。
(私はとんでもない勘違いをしていたかもしれない)
唯がいのりに負けたのはいのりの成長に加えて唯の方にも原因があったのかもしれない。
自分が編み出した理論。
世界型=インプット型=秀才
自分型=アウトプット型=天才
この区分を以って、自身に合う進化の筋道を立てた。その先にいるのが夜鷹純の『犠牲』の理論であり、その結果の自我を捨てた演技だった。
(恐らく私のこの分析は間違っていない)
自分が勘違いしていたことはもっと根本的な事だ。
(もし
思い返せば、思い当たる節はあった。
インプットを高める演技構築の技術である
(私は自覚していなかっただけ!?私の
唯は今まで数多の選手を分析してきた。そのため無意識の内に自分がインプットを得意とすると勘違いしていた。
(そうだ『感覚』だ!私はいつも理論や理屈をたてていたけど・・・最終的にそれを『感覚』として処理していた!)
あやふやな状態でも自分の事であれば分かる。自分だけの何かという類を見ない特徴。
ずっと唯の演技を支えていた『感覚』。思い返せば、いつだって理論をたてながらも、演技の最中は『感覚』任せな面があった。
(私はインプット型ではなくアウトプット型・・・自分型の人間、つまりは『天才』側の人間かもしれない)
自分の中には大層なものはない。他者の輝きから活かせるものを盗む。
唯の心の中にある卑屈な精神が色眼鏡になっていた。
(自分型のエゴにとって大事なのは・・・この自分だけにしかない『感覚』で・・・だから私はこの『感覚』以外のものを捨てたことで結果的にパフォーマンスが上がった)
唯は常に『秀才』としての立ち回りをしてきた。才能の使い方を間違えていた。
それでも唯がここまでの結果を見せてきたのは、唯の中にある『五感』という才能が無意識の内に『天才』としての振る舞いをさせてきたからだ。
『感覚』によってジャンプを構築する
もし唯が『秀才』であれば、彼女は今回の演技でさらに結果を伸ばせてかもしれない。だが『天才』である唯が自身の自我すらも手放したことで、最後の最後で魅力を落としてしまった。
(自我を残したいのりと捨てた私・・・それが勝敗を分けた理由)
唯は愕然とした。
(私の中の『才能』はずっと私を導いてくれていたのに!私にはとびぬけた可能性はないと決めつけて、自我まで捨て去り、最後まで『才能』を裏切り続けた!それが私の敗因!)
唯が自分のこだわりやプライドを捨てて、最高の演技に没頭したのは何も悪いことじゃない。
それによって『感覚』をより冴えわたらせることができた。
だが唯は最後まで捨て続け、執着や自我まで捨てた。
唯の演技を高める要因すら手放したことがこのいのりに追い抜かれる猶予を与えた。
唯は100点を出したかもしれない。しかしいのりは120点どころかもっと上を目指した。
『天才』に求められるのは正解ではなく、誰も見たことない答えだ。
それを見つけない限り、『天才』は死ぬ。
(なら私の中にもあるはずだ・・・いのりやりんなのようなぶっ飛んだ何かが!)
唯は次を見据える。
己の『才能』を自覚したことで新しい扉を見つけた。
(探すんだ!一度原点に立ち返って!私だけのスケートを!)
全日本ノービスA
1位 結束いのり ルクス東山FSC 131.60
2位 潔唯 ルクス東山FSC 129.51
3位 狼嵜光 名港ウィンドFSC 128.98
4位 申川りんな 名港ウィンドFSC 121.21
5位 鹿本すず 蓮華茶FSC 118.22
表彰式を終えて、光は青い顔で会場を後にしていた。
滑走が全員終わってから、表彰式までほとんど間もなかった上に、終えた後すぐに飛び出してきたから誰とも話さなかった。
「負けた・・・」
まさか負けると思わなかったなどとは言わない。
しかし負けないだけの自信があったし、負けてはならない立場だとも分かっていた。
初めて経験する敗北、その事実が光に重く伸し掛かる。
自分に立ち向かって来る敵を求めていた。しかし、いざ負けると気落ちするなどあまりに自分勝手な思考だと思う。
随分と暗い夜道が光の心を圧迫する。
「負け・・・」
現実にいる様な気がしない。
いずれそんな日はくるかもしれないとも思っていた。でも今はそんな心の準備も全くできていない。
「私は・・・私は・・・」
今何をするべきか分からない。
負けたということは『犠牲』が足りなかったということ。しかし一体何を『犠牲』にすればいいのかも分からない。
立ち止まり蹲る。
(違う・・・泣くのは違う)
目頭が熱くなる。しかし自分が涙を流すのを認めたくは無かった。
その時、電灯が照らす光に影が差す。
そっと振り向くとそこには彼がいた。
「コーチ・・・」
会いたくなかった。
会えば決定的な引導を渡されるから。
「来てたんですね」
「うん、そうだね」
両者言葉はない。光は夜鷹の顔を伺うがこの時ばかりは彼が何を考えているのか分からなかった。
「光」
「はい」
「今日で僕は君の指導をやめる」
光の表情に影が差す。そしてそれを否定も出来なかった。
約束だったのだ。夜の曲かけ練習で失敗しないこと、全ての大会で金メダルをとること。これが果たせなかったとき、夜鷹は光の指導をやめると。
「はい、私は負けましたから・・・何も言えません」
本当は嫌だった。
光にとって夜鷹は憧れで、自分の道を照らす唯一無二の絶対的存在だ。
彼がいたから今まで勝てた。彼の教えがここまで連れてきてくれた。
彼なくして、今後どうすればいいのか分からない。
しかし自分は負けた。約束を果たせなかった自分はどんな言い訳も許されない。
狼嵜光は夜鷹純にはなれなかった。
「何か勘違いしているようだけど・・・僕が指導をやめるのは別に負けたからじゃないよ」
「え?」
夜鷹の言葉に光は驚きの声をあげる。
光は何も言うつもりは無かった。約束を果たせなかった事実は間違いなく、それで彼がコーチをやめるというのなら止めることはできないと思ったからだ。
「じゃあ、何でですか?何で私のコーチをやめるんですか!?」
聞かずにはいれなかった。もし約束が辞める理由でないとするなら、その理由を改善すればコーチを続けてくれる可能性があると思ったからだ。
夜鷹は言葉を探すように虚空を見つめると、そっと口を開く。
「もう必要なくなったからだよ」
光の瞳から色彩が消えた。
(必要ない・・・必要ないって、もう私は必要ないってこと?)
その言葉の意味を考える。
(コーチには何か考えがあって・・・それを達成するために私をあてにしていた。でも私がその期待に沿えなかったから必要なくなったってこと?)
目の前が真っ暗になる。約束なら納得できた。だけど自分がもう必要ないというのは、自分に期待しなくなったというのはとてもじゃないが受け入れられることではない。
(もし私がここで縋りつけば)
みっともなく縋りついて懇願して頼み込めばコーチを続けてくれるだろうか。
今まで大人に迷惑をかけないように生きてきた。
もしここで人生初めてのわがままを通せたなら何かが変わるかもしれない。
(私にはあなたが必要だよ・・・)
ぐちゃぐちゃになった思考が光の冷静さを奪っていく。
「私は・・・」
「必要なのは潔唯や結束いのり・・・彼女たちのようなファクターだったんだ」
「は?」
頭が真っ白になる。
自分はもう必要なく、唯やいのりが必要だという言葉。
(だめだ・・・頭がぐちゃぐちゃになって追いつかない)
もう何も言えなった。
立ち去る夜鷹を止めることは出来ない。
「ああ」
夜鷹がいなくなったことで堰き止めていた涙が溢れてくる。
狼嵜光は絶望した。
一日で自分の全てを奪われた。
顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら歯を食いしばる。
自分を奮い立たせる。
「潔唯・・・結束いのりぃ・・・!」
そこには怒りや悔しさで消化しきれない感情を露わにする光の姿があった。
唯は光を探して外に出て、その場面に出くわしていた。
光と夜鷹の会話の内容もしっかり聞いていた。
やがて、夜鷹がその場を後にする。少し離れた所で唯は夜鷹に声をかけた。
「まるで負けたのは全部光の責任みたいな口ぶりでしたね」
「君は・・・」
そう声をかけると、夜鷹はゆっくりと振り向いた。
「コーチと教え子っていう観点でその関係が成り立っていたのは光が優れていたからですよ。私に・・・いやいのりに負けたんですから潔く負けを認めたらどうですか?たまたま運よく生徒に恵まれただけの3流コーチが」
唯は光を軽んじる夜鷹が許せなかった。
自分がずっと目標にしてきた光はきっとこれからも伸びる。その光をたった一度の敗北で夜鷹は見限った。
「・・・君が一体何を言いたいのかは分からないけど・・・選手の勝利も敗北は全ては当人の自己責任だよ。どこまでいってもコーチなんてものは他人に過ぎない」
「随分と無責任ですね?だから光を放りだすんですか?」
「そうだね・・・僕の唯一の責任と言えば彼女を解放することだよ」
「解放?」
珍しく饒舌な夜鷹が唯の言葉にこくりと頷く。
「結局のところ僕は光を縛る枷でしかなかった」
子供の前でも構わず夜鷹は煙草に火をつける。
唯もそれには構わず会話を続ける。
「どういう意味ですか?」
「僕は確かに彼女にスケートを教えた。ジャンプやスピンといった型を教え込み、金メダリストを願う彼女に世界一の道のりを示した」
「合理的ですね。世界一の体験を持つあなたの言葉ならきっと間違ってはいないんでしょう」
「でもそれはただ彼女の道を狭めただけだ。光は僕を目指すべきではなかったよ」
煙を吐く夜鷹は感慨深く呟く。
「僕という存在は彼女を縛る『不自由』でしかなかった。でも彼女はもっと『自由』に演技をするべきだ」
「だから、光のコーチをやめるってことですか?」
「うん、光に必要なのは僕のような『不自由』を与えるコーチじゃなく、君たちのような光を脅かす
「そんな考えがあるなら光に言ってあげればいいのに・・・」
「言ったよ?」
「はあ?」
とぼける素振りもなく淡々とそう言った夜鷹に唯は疑問符をあげる。
先ほどの光と夜鷹の会話を思い出す。
『もう必要なくなったからだよ』
『必要なのは潔唯や結束いのり・・・彼女たちのようなファクターだったんだ』
この言葉を今の話と照らし合わせると
『もう(君に僕は)必要なくなったからだよ』
『必要なのは潔唯や結束いのり・・・(君のライバルとなって高めあってくれる)彼女たちのようなファクターだったんだ』
ということになる。
「光は今後、僕なんて目じゃないほど素晴らしい選手になるよ」
「いやどんだけ・・・」
不器用という他ない。どれだけ言葉を端折ればあんなに曲解して伝えられるのだろうか。
「でも光のコーチをやめて・・・これからどうしていくんですか?」
「そうだね・・・」
夜鷹は唯を見下ろし、そして会場だったリンク場に視線を向けた。
「僕もやってみたいこと・・・やるべきことを見つけたよ」
タバコを靴に押し付け、灰皿にしまう。
「きっと君たちともまた会うだろうね」
そう言って去っていった。
日本スケート連盟より通達
全日本ノービスAの結果より、全日本ジュニアへの推薦出場者を選出。好成績につき、選出者を4名とする。
結束いのり
潔唯
狼嵜光
申川りんな
以上4名を全日本ジュニアへ推薦する。
闘いは次のステージへと向かう。
という訳で
世界型
狼嵜光 八木夕凪 亜昼美玖 黒澤美豹 夜鷹純 明浦路司
自分型
潔唯 結束いのり 申川りんな 鹿本すず
でした。
全日本ジュニアに入りますが、ちょっと間が空くかもしれません。