メダリストはエゴイスト   作:モリブデン42

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暴走と迷子

 全日本ジュニアに向けた各々の活動が始まった。

 全日本ノービスの成績から推薦者を選任し、全日本ジュニアへの出場が可能となるものが4名。

 結束いのり、潔唯、狼嵜光、申川りんな。

 全日本ノービスにおいて多大な功績を残した彼女たちだが、全日本ジュニアでもその調子のままという訳にはいかない。

 全日本ノービスから全日本ジュニアまで1か月もない。

 その1か月の間に彼女たちはある概念を理解しなければならない。

 それがショートプログラムとコレオシークエンスだ。

 ジュニアにて新たに出てくるこの要素を上手くこなさなければ好成績は出ない。

 

 その最中であった。

 

「いのりさん」

「どうかしましたか?司先生」

「いや、なんで4回転跳んでるの?」

「全日本ジュニアまで時間がないんです!私の一番の武器を磨くって話したじゃないですか!だから4回転を練習してるんです!」

「いや・・・いのりさん・・・」

 

 反射的に返そうとした言葉を司は飲み込んだ。

 今いのりに必要なのは正論ではなく、彼女に寄り添った説得だ。

 

「いのりさん、どうして焦ってるの?」

「焦ってる?私がですか?」

「君は全日本ノービスで優勝した。もっと自信を持っていい。4回転は君の体に負担がかかりすぎるからある程度制限したいんだ」

「司先生!私なら大丈夫ですよ!焦ってません!」

 

 そう言っていのりは自分を元気いっぱいだとアピールする。

 いのりのその態度には悪気など微塵もなさそうだった。

 

「焦ってないなら、調子に乗ってるんだよ」

 

 その話に割り込んだのは唯だった。

 

「唯ちゃん・・・どういうこと?」

 

 心外そうにいのりは尋ねる。

 

「どういうことも何も話聞いてたら4回転なんて跳ぶわけないでしょ?調子に乗ってるから司先生の話をちゃんと聞いてないんでしょ」

「どうして?聞いてたから4回転練習してるんでしょ?自分の一番の武器を」

「これは()()()()()()()()()の練習だよ?いのりの一番の武器って言うのはスケーティング技術の事でしょ?司先生もちゃんとそこまで説明していた。聞いてなかったの?」

「え?」

 

 衝撃を受けたようにいのりは司の方を向く。実際その通りなので司は否定することは出来ない。

 

「俺の言い方が良くなかったね!ジュニアで勝つためにはショートプラグラムで好成績を残すことが大前提!そしてショートプログラムにはいくつか技に制限があるからいのりさんの大きな武器であるスケーティング技術をさらに伸ばそうってことでだよ!」

「ご、ごめんなさい!勝手に違う練習してて」

「大丈夫!ひとつひとつ積み上げていこう!いのりさん!」

 

 そう言った司だが、胸中は穏やかではなかった。

 なぜいのりは自分の話を聞いていなかったのか、その問題が解決していない。

 

 

 練習が終わる。

 今日はいのりの体の負担を考えて軽めに上がる予定だった。

 

「いのりさん?もう終わりだよ?」

「あの!まだリンク使えますよね?もうちょっと練習させてください」

「いのりさん・・・」

 

 いのりの気持ちはよくわかる。しかしそれを許可するわけにはいかない。

 

「いのりさん・・・明らかなオーバーワークだよ。練習はし過ぎてもよくないっていのりさんも分かってるでしょ?」

 

 いつかの名港杯、シンスプリントを経験したいのりならそんなことは重々承知のはずだ。

 

「分かってるんです、分かってるんですけど・・・」

 

 いのりは俯きながらぽつぽつと呟く。

 

「私全日本ノービス終わってからすごく調子が良くて・・・最高の感覚なんです!このまま行ったら全日本ジュニアで新しい自分を掴めるような・・・だからこの感覚を絶対忘れたくない」

 

 いのりの瞳には闘志が宿っていた。

 

「今は多少無理してでもこの感覚をものにしたいとダメなんです!みんなより遅れてる私は立ち止まってる暇なんてない」

 

 そのころになっていのりを迎えに来たのぞみと実叶が顔を出してきた。

 

「いのりさん・・・気持ちは分かるけどご家族も迎えに来てるし」

「せめて4回転、4回転だけでも練習させてください」

「4回転が一番ダメだよ・・・」

 

 司は諭すようにいのりの肩に手をおいた。

 

「いのりさん、君は頑張ってる。限界ギリギリで成長してるんだ。でもそれはほんのわずかな緩みで破綻してしまう」

 

 のぞみが何となく事態を把握すると会話に入る。

 

「そうよ、いのりが頑張ってるのはお母さんもよく分かってるわ。何も焦ることなんてない」

「なんで・・・なんで・・・お母さんも先生も・・・最近、私に抑えるようなことばっかり」

 

 それはいのりの溜まった鬱憤だった。

 確かに最近の司はいのりにジャンプを抑える様な言動だったかもしれない。

 しかしそれはいのりが練習ですら、全日本ノービスの時のような危ういジャンプをしていたからに他ならない。

 あのようなジャンプを何度もやり続ければいつか破綻する。

 いのりの思いを否定したくないと同時にそんな感情を押し殺してでもいのりのために窘めることが必要なのではという行動だった。

 しかしそれは無意識の内にいのりを抑えてしまっていたのかもしれない。

 

 爆発寸前のそれは司に高度な対処を求める。

 

「みんないのりが心配なんだよ」

 

 実叶がそう言うと、いのりは少し驚くように目を見開く。

 

「心配?私が心配?今私を心配することなんて何もないよ」

 

 いのりはわなわなと体を震わせながら言う。

 

「私は今過去最高の状態だよ!今休んでたら、この感覚を裏切ったらもう二度と掴めないかもしれない」

「いのり・・・」

「そうだよ・・・私はまだ何も掴んでない。そんな私を認める必要なんてない。世界一になる、オリンピックで金メダリストになるその瞬間まで私を認めなくていい。お母さん・・・見ててほしい。私が世界一になって、その時にはもう『出来ない』子なんてどこにもいないから」

 

 その言葉はいのりの心だったかもしれない。

 実は自分が娘を追い詰めていたかもしれなという事実にのぞみの顔が青ざめる。

 

「お願いします。少しでもいいんで練習させてください」

 

 いのりの顔を見て司は止めてもきっと自分の知らないところで練習すると悟った。

 

(それならせめて俺のいる時に練習した方がいいかな・・・)

 

「わかった、でもほんの少しだからね。それと俺の知らないところで練習しないこと」

「分かりました」

 

 そう言っていのりはリンクへ戻る。

 

「我を通したか、いのり」

 

 そこで唯とすれ違う。

 

「そうだよ、唯ちゃんは休んでていいの?」

「気持ちはわかるけどね、私はいのりほど頑丈にはできていないんだ」

「何が言いたいの?」

「いや、言ったままだよ。私はいのりを否定する気はない・・・我を貫き通す、きっとその先にはいのりの言う通り新しい世界があると思うよ」

 

 唯は横目でいのりを見て、その顔を観察するように覗いた。

 

「いのりって嘘つけないでしょ」

「え」

「まるで飼い主に叱られた子犬みたいな顔をしている」

 

 唯は多くは語らなかった。

 

「とても勝者の顔には見えないな」

 

 

 

 

 

 

 司は頭を悩ませていた。

 積極性が出すぎて生き急いでいる感じがあるいのり、それとは対極に少し消極的になった唯の事も気になる。

 練習には勿論真面目に取り組んでいる。

 本気で打ち込んでいることは分かるのだが、どこか体のキレがないというか上の空なのだ。

 

「唯さん・・・何かあった?」

 

 いのりが自主練するのをしっかり見ながら、横に佇む唯に話しかける。

 唯は少し考えるようにしながら答えが出たのかポツリと話し始めた。

 

「全日本ノービスを経て気づいたんです・・・私は『天才』かもしれないって」

「え!?まあ否定はしないけど」

「ん?あ、違うんです!そう意味じゃなくて」

 

 唯は自分の思考を整理するように司に話す。

 

「私の言う『天才』っていうのは才能の区分の話で・・・インプットが得意で外部から演技を取り入れて学ぶ・・・世界を基準とした演技をする人間を『秀才』、対してアウトプットが得意で自分の中にある世界を表現する・・・自分を基準とした演技をする人間を『天才』って分類してるんです」

「なるほど」

「私は今まで自分を『秀才』だと思ってました。全日本ノービスでの演技は『秀才』としての集大成で・・・でも私の才能は『天才』のそれだった。その結果『天才』としての私が伸びる部分もあったけど、その決定的な勘違いによっていのりちゃんに負けたんだと思います」

 

 唯は歯噛みすように地面を睨みつけた。

 

「『天才』っていうのは自分だけが持つ世界観、価値観を展開して他者にはない0から1を創造する存在です。例えば、いのりちゃんやりんなちゃんはそういうぶっ飛んだ何かを持ってる。対して理屈で積み立てる光や夜鷹純、それに司先生は『秀才』なんだと思います」

「夜鷹純が『秀才』・・・確かに今まで考えたことなかったかもしれない」

 

 ただ凄い人を漠然と凄いと認識しいてても何も生まれない。

 他者を知って、理解して、その先に新しいヒントが生まれる。

 

「私は今探してるんです!私だけのぶっ飛んだ何かを!あるはずのそれを見つけないと私は一生勝てない」

「それでその何かは見つかったの?」

 

 そう聞かれると唯はかぶりを振った。

 

「私が自分の可能性を信じられていないのか・・・この『五感』が鍵なのはなんとなく分かってるんです・・・でもまだ理解が及ばない、これだっていう確信がないんです」

「『五感』・・・」

 

 それはいつか司と唯が話した彼女の持つ特異性についての話だった。

 

「唯さんの『五感』は小さい頃からのものなんだよね?」

「はい、昔から兄妹ともども感覚が鋭かったんです」

「もし『五感』に鍵があるって思うなら、やっぱりその時期にヒントがあるんじゃない?例えばスケートを始めたきっかけに関係あるとか」

「私がスケートを始めたきっかけ・・・」

 

 司の問いかけは彼自身真に迫ったものだとは思っていなかった。

 一度別の思考を試すことで彼女の袋小路に穴を空ける。その程度のただの試み。

 しかし、意外にも思考のステップアップはそこに隠されていた。

 

「私は・・・私は夜鷹純の演技を見たんです・・・それで私も世界一になりたいんだって」

 

 唯は額を押さえ、記憶をひねり出すように呟く。

 

「なんで世界一に・・・」

 

(そうだ、私は世界一自体には元々興味なかったんだ)

 

「唯さん?」

「司先生、私は昔誰にも理解されない子だったんです」

 

 人より鋭敏な感覚を持っている唯は周囲から浮いていた。

 

「私が急に泣き出したり、怯えたりするからみんな私を気味悪がっていました」

 

 五感が鋭敏であるがゆえに他者とは生きる世界が違ったのだ。

 数メートル先の蚊に怯えたり、まだ降っていない雨に泣いていた。

 しかし他者に理解されないその感覚はまだ理解の浅い子供にとっては異分子で、唯自身その力を理解せず持て余していた。

 

「でも私は誰かに理解されたかった。誰かとそれを共有したかった。そんなときに見たのが夜鷹純でした」

「夜鷹選手の・・・なんで?」

「夜鷹純はオリンピックで金メダルをとっても全く笑わなかった。みんなそれを不思議がって・・・私も不思議だった。同時にこの人は他人とは違う世界で生きてる・・・そしてそれは私と同じだと思ったんです」

 

 もしかしたらそれは違ったのかもしれない。

 しかし子供のころは自分の思ったことが世界の全てだった。

 

「でもみんなはそんな夜鷹純のことを知りたがった。誰も理解できない彼の事を知りたいって・・・私とは違って、みんなに知りたいと望まれていたんです。そしてそれはきっと世界一の選手だから」

「そっか・・・だから」

「はい、私が世界一になりたいって思ったのは・・・世界一になれば私自身という存在をみんなが理解してくれると思ったのがきっかけだったはずなんです」

「はず?」

 

 唯の言葉に司がひっかかりを覚える。

 

「今は違うの?」

 

 唯は眉間に皺を寄せて頭を抱えた。

 

「なんで忘れてたのか・・・私はもうとっくにその願いを叶えていたんです」

「え?」

「だって・・・私にはお兄ちゃんがいたから」

 

 唯の願いは、理解されたいという思いはとっくに拭われていた。

 

「私にはお兄ちゃんがいる・・・一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に驚いて、一緒に喜んでくれる・・・私の寂しい世界で一緒に生きてくれる大好きなお兄ちゃんがいた・・・それでもう私は十分だったんです。私が目指した夢はその程度で満足できるものだった」

 

 兄が理解したことで、唯は満足してしまった。

 わざわざ世界一になる理由などとうに失われていたのだ。

 

「私の世界一っていう夢はただの子供の癇癪の搾りカスだったんです」

 

 唯は苦しそうに話す。

 唯にはもう世界一を目指す理由はなくなっていた。そんな事実に気づいたとき、ふと胸に穴が開いたような感覚に襲われる。

 

「今の私は・・・一体なんのために戦えばいいんでしょう」

 

 司はそんな唯を見て何とか言葉をひねり出した。

 

「唯さん、君の夢は確かに叶っていたかもしれない。でも俺は君がただの惰性でスケートに取り組んでいるとは思えなかった」

 

 光を倒す、いのりに勝つ。

 そんな闘志を燃やしていた唯の姿は決して嘘ではなかったように見える。

 

「君が確信を持てないなら俺が言う。君はその何かを必ず持っている。必ず見つけられる。それは自分自身の手で見つけなければならないけど、そのために俺が必要ならどんどん利用すればいい」

 

 まくしたてる司に少し驚いたような表情を唯はみせる。

 

「司先生、ありがとうございます・・・ちょっと元気出ました」

 

 全日本ジュニアまでもうあまり余裕はない。

 唯は自分だけの演技どころか、自分が戦うための『熱』すら見失ってしまった。

 

 

 

 

 

「光、オーバーワークだ。休憩しろよ」

「理鳳・・・」

 

 名港ウィンドにて、光は理鳳に窘められる。

 光は理鳳に笑いかけると、かぶりを振った。

 

「ごめん、もう少しだけもう少しだけ詰めときたいんだ」

「昨日もそう言ってずっと滑ってただろ、ホントにそろそろマズいだろ」

 

 理鳳の言葉は全て善意によるものだった。

 光もそれは分かっている、しかし光はそれを聞き入れるわけにはいかなくて、さらにそれが心苦しい。

 

「ごめん・・・理鳳が私のためにそう言ってくれてるのは分かってる。でも今私にはもっと頑張る以外やることが見つからないの」

 

 それなりに付き合いの長い理鳳だからこそ光の異変には気づいていた。

 いつもの明るい態度に余裕がない、ずっと練習している。

 何より、夜鷹純との夜間練習をしなくなったのだ。

 

「あのじじいに何言われたんだよ」

 

 理鳳は単刀直入に聞いた。

 その瞬間、光の動きが止まる。

 ブリキのようにガタガタと鈍い動きで理鳳の方を振り向いた。

 

「なんで・・・」

「見てれば分かるよ・・・何年一緒に過ごしてると思ってる」

 

 そう言われると光は諦めたように息を吐いた。

 

「そっか・・・隠せてなかったか」

 

 光は歯を食いしばる。

 

「理鳳は全日本ノービス優勝したよね?」

「ああ」

「理鳳はそのために一体何を『犠牲』にしたの?」

「『犠牲』?」

「私が負けたのは『犠牲』が足りなかったからだと思ってる」

 

 光はリンクサイドに座り込み、頭を抱えるようにうずくまった。

 

「唯ちゃんやいのりちゃんは多分言葉では表せないような『何か』を『犠牲』にして、あの演技を実現させた。私にはそれの正体がわからない。ただ唯一分かることは私が『犠牲』を払いきれなかったということだけ。だからコーチにも失望されたんだと思う」

「失望!?あのじじいが!?」

「仕方ないよ、元々一回でも金メダルを逃したら契約を破棄する約束だった。でもそれ以上にコーチは私より、いのりちゃんや唯ちゃんに関心があるようだった。それは私にないものをあの二人が持ってるっていう何よりの証拠でしょ?」

「いや・・・待てよ・・・ひか・・・」

「私は見つけなきゃならない。一体私に何が足りないのか。でもそれが分からないから今はこうして練習って形で『犠牲』を払うしかないの」

 

 話し出すと止まらない。

 ダムが決壊したように光の鬱屈とした感情が理鳳に流れ込んできた。

 会話のつもりだったが光には理鳳の言葉が聞こえているようにはみえない。

 だから理鳳は敢えて煽るような態度をとる。

 

「なんだそれ。『犠牲』だのなんだの言って、ただ頑張りたいってだけ?」

「何が言いたいの?」

 

 理鳳の態度に光も少しムスッとしたように言い返す。

 その時ようやく両者の目があった。

 

「いや・・・そうだな、光・・・なんかぬるくなったよ」

「はあ?」

 

 剝がれる

 

「俺には『犠牲』を言い訳にして、自分の頑張りたいって感情を優先してるようにしか見えないよ」

「でもそれは結果的に・・・」

 

 剥がれる

 

「今までの光ならそんなこと言わなかった。頑張りたいって思いを封じてでも休むべきだから休む。『犠牲』ってのはそういうことなんじゃないの?」

 

 剥がれる

 

「じゃあ・・・じゃあどうすればいいの!?」

 

 剥がれる

 

 今まで被ってきた優等生の皮が剝がれていく。

 

「そうやって私は負けた!結果を残せなかった!コーチに見放された!」

 

 ようやく自覚する。今まで勝てたのは夜鷹純が道を示してくれたから。でも負けた今、自分には信じるべき寄る辺がない。

 

「わからない、わからないの・・・私はどうやって勝てばいいのか。世界一の道を信じて歩んできたこの過程を否定されたら私はいったいどうすればいいの?」

 

 自分はこれほどまでに弱かったのか。

 自分に迫ってくれるライバルを望んでおきながら、いざ追い抜かれるとこの体たらく。

 本質的に負けないという慢心があったからあんな思考が生まれたのだ。

 

「今私に出来ることは詰めて詰めて詰めることじゃないの?私は夜鷹純になれなかった。そんな私が出来ること全てをやるために・・・無茶を通すのは当然のことで・・・」

 

「光」

 

 そんな悲痛な叫びなど今の理鳳には刺さらない。

 

「お前はお前だ」

 

 いつか自分が嫌っていた相手に言われた言葉。

 

「お前夜鷹純じゃない。ただひとりの人間、狼嵜光なんだよ」

「何が言いたいの?」

「夜鷹純の言葉がどうしたってんだ」

 

 そもそも理鳳は夜鷹を信用していない。

 

「あいつのたどった世界一の道がそのままお前にあてはまるなんて馬鹿な話があるかよ。だってお前は夜鷹純じゃないんだから」

「でも・・・」

「信じられないなら俺が信じてやる。光は夜鷹純なんかよりよっぽど凄い奴だって」

「そんなのただのおためごかしでしょ!?」

 

 そんな訳がないのだ。結果を残せなった自分と世界一の夜鷹純。どちらが正しいかなんて言うまでもない。

 

「だったら!」

 

 理鳳は光と瞳を合わせる。

 

「それを証明するために滑るんじゃないのか?そのために必要なのはただ我武者羅に練習することなのか?」

 

 理鳳は一歩離れる。

 

「俺は全日本ノービスを経て気づいた。俺にとって大事なのはスケートに関わるすべてでそれ以外のことは結構どうでもいいって」

「理鳳?」

「俺の価値観の中に成長を諦めた家畜はいらない。そのまま思考停止で漫然とスケートするだけなら・・・」

 

 

 

「置いてくぞ」

 

 

 

 いつかした約束を思い出す。ノービスになったら2人で金メダルをとろうと光と誓い合った約束。自分だけが臆して記憶から封じていた。

 

 

 理鳳はもう光を恐れない。

 劣等感で引いたりしない。

 理鳳にとって光はただの可能性に過ぎない。

 だから自分より実力が上だろうとも、引っ張り上げることに躊躇はしない。

 

「私は・・・私は・・・!」

 

 そこには光の顔を見て、挑発的に笑う理鳳の姿があった。

 




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