メダリストはエゴイスト   作:モリブデン42

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遅くなりました


進化の欠片

 全日本ジュニア SP

1位 狼嵜光    名港ウィンドFSC   75.21

2位 岡崎いるか  愛西ライドFSC  72.22

3位 潔唯     ルクス東山FSC  69.12

4位 烏羽ダリア  岡山ティナFSC  68.32

5位 紅熊寧々子  蓮華茶FSC    67.21

6位 高井原麒乃  福岡パークスFSC 64.32

7位 申川りんな  名港ウィンドFSC   62.21

 

 これが現在の結果だ。

 点数差はそこまで大きくなく、点数の大きいFSの結果の如何では誰が金メダルでもおかしくない現状。

 各々が思いを胸に秘めながら1日目は終わった。

 

 

「唯ちゃん!」

「え、光?」

 

 会場を後にしようとする唯を光が声をかけながらすり寄ってきた。

 唯はその行動を意外だと感じていた。

 自分の記憶では、かの夜鷹純のせいで恨みに近い感情を自身に抱いていたはずなのだ。

 

「脳みそ、貸してよ」

「は?」

 

 駆け寄ってきた光は雄々しく笑いながら、突拍子もないことを言ってきた。

 

「何を言ってんの?」

「ああ、ごめんごめん。ちゃんと説明するね」

 

 そう言うと光は興奮冷めやらぬ様子で嬉しそうに説明を始めた。

 

「さっきの演技だけど、私は理論的に自分が今必要だと思う演技を取り入れた。それはいのりちゃんの成功前提の演技だったり、りんなちゃんの挑戦への精神性だったりしたけど、どうしてそれが上手くかみ合ったのかは自分でも分からない」

 

 『適応』したことで、りんなやいのりの演技の要素を手にした光。そのスタイルは今までの夜鷹純の模倣とは大きく異なるものだった。

 

「結果的には上手くいった。でもなぜあのハチャメチャな演技が上手く言ったのかは言語化できない」

 

 秀才たる光にとっては、不確定要素を多分に含む演技を肯定することはできない。

 勿論、自分でも分析したが何か言葉に出来ない重大な要素があると思った。

 

「いのりちゃんやりんなちゃんの行動を私なりに論理づけて言語化した。それでもその内側にある『感覚』的な部分が私には分からなかった。多分今回上手くいったのは正誤に関わらず、その言語化した答えが私にとって合っていたから。でもこの分からないという問題点を放置したままじゃいずれ誤った答えを導くことになる」

 

 図らずも光は『天才』の特異性を自分なりにカスタマイズすることに成功していた。

 しかし、その内訳を明かさないことにはその手法を他の『適応』に活かすことができない。

 

「だから唯ちゃんの脳みそが欲しい。『天才』性のある『感覚』はそのままに、それを言語化して戦ってきた唯ちゃんならその謎を解き明かすことができる!」

 

 『感覚』を重視する『天才』の枠組みでありながら、論理的な思考を以って演技をしてきた唯なら『天才』達の本質を解き明かすことができる。発言は突飛だが、合理的なものだった。

 

「なんで、私がそんなことしなくちゃいけないわけ」

「あはは、確かに!でもちょっと付き合ってよ」

 

 演技を終えてしばらくたっているというのに、まだハイになっているようだった。

 

「『天才』と『秀才』。その区分に分けて何となく演技に『適応』する上でのコツは分かってきた。『天才』には荒唐無稽に見えて本人の中には筋の通った論理がある。個々人のパーソナリティを分析するしかないと思ったけど、そのためには超越した前提条件が必要になる。その『感覚』が唯ちゃんなら言葉に出来るんじゃないかなって」

 

 その言葉を聞いて唯は少し考え込んだ。コツコツと額を叩くように言葉を絞り出す。

 

「まあ、その言ったままだと思うけど。『天才』・・・私は『自分型』って呼んでるけどそのタイプは世界の基準よりも大事なルールがある。それを優先するから独創的に見えるんだと思う」

 

 さらに思考を展開させていく。

 

「多分視座が違うんだ。『秀才』・・・世界型は自分が勝つために必要な演技を逆算して割り出す。でも自分型は絶対に譲れない何かを念頭におくという前提がある。こう言うと悪く聞こえるけどスケートは手段に過ぎないんだ。勝つことよりも勝ち方の方がよほど大事ってことかな。最近私もその感覚が分かってきた」

「勝つことよりも勝ち方の方が・・・確かに私にはできない取り組み方だね」

 

 光が納得したように呟く。すると今度は唯が疑問を投げ掛けた。

 

「今度はこっちが聞くけど、光は今回の演技どうだったのさ」

「どうって?」

「今までの夜鷹純という型とは打って変わって『自由』な演技。けど確かにパフォーマンスは上がっていたように見えた。それがいったい何に由縁するのか」

 

 光の演技を思い出す。

 まるでキメラのように要素を取り込み、それを上手く調和させていた。

 自分でやりたいこと、やるべきことを設定する。それが光に元来備わっていた力なのだろうか。

 

「夜鷹純は言っていたよ。『僕という存在は彼女を縛る『不自由』でしかなかった。でも彼女はもっと『自由』に演技をするべきだ』って。これはきっと夜鷹純の哲学なんだと思う」

「コーチがそんなことを」

 

 夜鷹と光のコンビが解消されたあの日、夜鷹が言っていた言葉の意味を光の演技を目にしてようやく理解した。

 

「スケート選手にはきっと『自由』に演技をした方がパフォーマンスを発揮するタイプと抑圧や決まりごとに則った『不自由』な環境下で力を発揮するタイプがいるんだ。夜鷹純と言う型にはまっていた光はいわば『不自由』に演技をしていた。でも光の本質が『自由』にこそある、とあの男は見抜いたんだ。そしてその答えは光が示した」

「そうだね、私はきっと演技を自由に構成する方が上手くいくと思う」

 

 納得を示す光だが、その表情はどこか寂しそうに影を帯びている。

 

「けど、そんなの関係ないくらいコーチと一緒に戦いたかった」

「え?」

 

 光のその言葉に唯は衝撃を受けていた。

 スケートに全てを捧げ強くなるために全てを犠牲にしてきた光が、己の成長よりも夜鷹純という先導者を望んだ。その言葉が出せるようになったのは果たして成長と言えるのだろうか。

 

「光らしくない言葉だね」

「そうかもね」

「でも、ようやく光の心の内が見えた気がするよ」

 

 

 

 

 

 

 唯がいのりの元を訪れたのはほんの気まぐれだった。

 今いるのは元々取っていた宿泊施設の一室だ。

 

「いのり、思ったより元気そうだね」

「そう見えるかな・・・」

 

 病院から帰ってきた司といのりは少し重い顔をしていた。

 

「ひびが入ってたから、しばらく安静にって」

「そりゃいいことだ、いのりには丁度いい薬になるんじゃない?」

 

 唯の言葉にびくりと肩を震わせる。

 

「唯ちゃんもそう思うのかな?」

「うん?」

 

 少しいのりの言葉は重たそうだった。

 

「罰が当たったのかなって、私がやったことに後悔はないけど、皆を傷つけたことには変わりない。自分が情けなくて、皆に申し訳なくて、それでも私は今の自分を変える気は無くて、意味わからなくなってきたんだ」

 

 よほど転倒が腹に据えかねたのだろうか、いのりは自罰的にごちる。

 

「答えは出てるし、司先生が肯定してくれた。それでも私は『何か』を失った気がしてならない。私は本当にこのままでいいのかなって、そんな思考が腹の底を掠めてるの」

 

 掴みかけていた『何か』、今はもう分からなくなってしまった。代わりに原初の想いを取り戻した。

 前に進んで、一歩下がって、周りを見渡すと選択肢は無数にある。何をすればいいのか、わからなくなってきた。

 

「このままでいいのかって、そんなわけないでしょ?」

 

 呆れたような唯の言葉にいのりの顔が跳ね上がる。

 

「いのりが仮に今回の演技を成功させてたとして、それで完成だって言って止まる気だったの?」

「何が」

 

 そう言われて、いのりは思い直す。確かにそうだ、自分は常に進化し続けて勝利を手にするためにあの演技をしていたに過ぎない。あの演技に拘りを持ってはいたが、言ってしまえばその演技すらただの手段に過ぎない。

 

「でも私に足りない何かがあったから演技は失敗したんじゃないの?光ちゃんの演技を見ても、私と何が違うのか分からなかった。私の演技を取り入れたのに、私は失敗して、光ちゃんは成功した!その理由が分からないと、どうしようもないでしょ!」

「理由なんて猿が見ても明らかでしょ」

「え?」

 

 少しずつ言葉の語気が荒くなったいのりに冷や水をかけるように唯は呟いた。

 

「『運』だよ」

「『運』?『運』って、『運』ってなに?そんな曖昧な理由で納得できるわけない!」

「スケートにおける『運』は単なる偶然じゃない。まずはそれを理解しないといのりは先に進めないよ」

 

 同様の演技をしたはずなのに、結果が大きく分かれたいのりと光。その差は『運』だと、唯は語る。

 

「氷の上に絶対なんてものはない。どんなに練習しても、そして練習通りに力を発揮しても、時に『不運』は訪れる。それは精神と環境の空回りが起こす些細な現実の齟齬だよ」

 

 唯は思い返すように言う。

 

「いのりは多分私の演技を見て、無意識の内に演技に異物が混じったんだと思う。でもそれがそのまま失敗に直結するわけじゃない。環境とミスマッチしたがためにあの転倒は起こった。それが『不運』。もし私に影響された演技が上手く調和して演技を進化させてたならそれは『幸運』になる」

「結局何が言いたいの?」

「もし上手く精神と環境が調和して最高の状態だってとき、つまり『運』が巡ってきたときに100%の演技をぶつける。いのりがやりたかったことを言語化するとしたらそういう事だと思う」

 

 少しだけいのりの顔に理解が浮かぶ。

 

「いのりには『不運』、光には『幸運』が舞い降りた。でもあの瞬間二人は同じ場所に立っていたはずなんだ」

「じゃあその『運』を掴むためにはどうすれば良いの?」

 

 唯は黙り込むと、唸るように言葉を紡いだ。

 

「知らないよ」

「ええ!?」

「結局、自分で制御できないから『運』なんだよ。私が言いたいのはいのりはこれからも失敗するだろうけど、私はそれを間違いだと思わないってことかな」

 

 いのりの演技は『運』が廻った時に迷わずその全てを費やして、全力を超えた演技をするためのものだ。

 それは同時に失敗の運命も巻き込むことになる。

 迷いながら、足掻きながら、それでも進んでいくしかない。

 

「私がこんな話をしたのは楽しみだからなんだ」

「楽しみ?」

「うん、いのりが『運』と全掛けの演技を手にしたとき、そこには奇跡が舞い降りる」

 

 唯は愉快そうに笑った。

 

「その」

 

 己の手で目に見えない何かを握りつぶすように。

 

「奇跡を」

 

 瞳を妖しく輝かせて。

 

「私の手で叩き潰したい」

 

 唯の中で何かが起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 岡崎いるかは動揺していた。

 ホテルの一室で思い返すのは今日の演技。

 自分を超越した光の演技と、伸びしろを残しながら迫ってきた唯の演技。

 このままでは二人に負ける。

 そんな意識が脳裏を掠める。

 

「はは、あんな偉そうなこと言っといてビビってんのかよ」

 

 先輩面して語っていた、しかし唯の演技を見て自分を超えるだろうと確信してしまった。

 

「落ち着け、落ち着けよクソ」

 

 一言、二言。自分に言い聞かせるたびに心は安寧を取り戻してく。

 ジュニアとしてそれなりの修羅場をくぐってきたいるかだからこそ、メンタルを落ち着かせる方法は心得ている。

 ひと眠りすれば、次の日には整っているはずだ。

 

 そう確信した次の瞬間。

 

 一通のメッセージが来たことを通知音が示す。

 よせばいいのに、もう日も遅いから寝ていたと言えば連絡を返さなかった言い訳にはなる。

 しかし何気なくいるかはそのメッセージを確認してしまった。

 

『最近調子いいらしいじゃない。今度友達と食事会があるから、もし全日本優勝したらあなたも来なさいね』

 

 母からの通知だった。

 その内容を確認した瞬間目の前が真っ赤になった。

 自己顕示欲にまみれた、いるかのことなどなんの考慮もしてないメッセージだ。

 気にするほどの事ではない。しかしいるかにとってその揺さぶりは致命的だ。

 

「クッソ」

 

 いるかはスマホ壁に投げつけて、眠りにつく。

 

 心は荒れたままだった。

 

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