『福岡パークスFSC 高井原麒乃さん 121.57 総合得点 185.89 現在の順位は2位です』
麒乃の革命的な演技を経て、会場は大いに盛り上がっていた。
どよめきと歓声が広がる中、寧々子は呆然とリンクの中を見つめていた。
「寧々子、どうした?」
亀金谷はそんな寧々子の様子を見て、思わず声をかけていた。寧々子がその声にハッとして我に返る。
「あー、いやなんか、ちょっと色々考えちゃって」
「お前がか?」
「どういう意味なん!?」
亀金谷は自信なさげな態度をとる寧々子に驚きを覚えていた。寧々子といえば、根っからの天才肌。スケートにおいてはとにかく楽しく、闘争ではなく自己追及の面に重きをおく質だ。
自信の無さとは、他者との比較から生まれるものだ。スケートに楽しさ以外のものを見出さない寧々子は抱きえない感情だ。
「詳しく、話してみろ。とにかく言葉にするんや」
本番が迫っている今そんなことをしている暇はないかもしれない。それでも、亀金谷はそれを追求することを選んだ。
強面の顔が真剣に向き合って来るのを見て、寧々子は口をモズモズと動かしながら、話し出す。
「んー、ほらさっきの麒乃の演技見てな、めっちゃ凄いと思った。長く強く、ずっと練磨されてきた技術の結晶。自身に向き合って向き合って、戦ってきた『経験』が為せる演技だった。それはとても美しくて、綺麗で……うちにはきっとできないこと」
それは初めて寧々子からこぼれた弱音だった。寧々子には才能があり、センスがあり、そして努力もしてきた。しかし、こと競うという点について意識したことは少ない。
「麒乃は覚醒した。それは、今まで苦労して培った技術がかみ合って出来たもので……だからこそ、今の演技には説得力があった」
麒乃の演技を見た。ある意味、自身とは対極である麒乃の躍進を目撃したことで、己との比較を余儀なくされる。自分は、どうすれば殻を破れるのかと。
「うちはなんでも出来た。勿論努力はしたけど、麒乃みたいに何度も壁にぶつかってきたわけじゃない。そんな『経験』がないうちは、どうやって成長すればいい?」
胸に手を当てながら、葛藤に顔を歪ませる。スケートを前にして、楽しみ以外の感情を初めて抱いたことで、寧々子自身言い知れないコンディションに陥っていた。
亀金谷は顎をさすりながら、寧々子の言葉をかみ砕いていた。
「なぜ、急にそう思ったんや?寧々子は競うことに重きはおいてなかったやろ?」
「なんでかな?麒乃の演技を見てたらなんか遠いところに行った気がして、腹の底が疼いた」
亀金谷は静かに確信する、寧々子の変身を。
暗雲とした表情とは裏腹に、その瞳には炎が灯っている。ぐつぐつと煮えたぎった胸の内は、はたから見ているだけでもあきらかだった。ライバルである同世代の勇姿を見て、闘争心を覚えたのだ。
「寧々子、お前は……」
彼女に言葉をかけようとして、それを呑みこむ。答えを言いそうになってしまったからだ。
(これは、寧々子が自分で気づかんとあかん。答えを言えば、彼女の『才能』を殺しかねない)
類まれなるセンスを持つ寧々子のことだ、答えを告げればきっと寧々子は解決する。解決してしまうのだ。壁にぶつかる、という成長のチャンスを捨てて。
言いたかった。きっと今の寧々子は亀金谷の指示1つでいかようにも進化する。その瞬間は、きっと指導者としてこれ以上ない喜びが生まれるだろう。
しかし、それでは意味がない。
もしかしたら、手痛い失敗をするかもしれない。成績を落とすかもしれない。しかし、今この何気ない瞬間は寧々子の未来を左右する重要な分水嶺なのだ。
(呑みこめ、言うべきことはヒントだけ。答えは、自分で……)
「お前は……『天才』や。それを忘れるな」
「コーチ?」
絞り出した言葉は案の定、寧々子の心には届いていない。急な言葉に困惑し、首を傾げるばかりだ。しかし、亀金谷の目は迷うことなく寧々子を収めていた。自身の成長を疑うことなく、ならばそれで十分であった。
迷いはある。ならば、それは全て氷上にぶつけてみよう。
「行ってきます!」
――――――
紅熊寧々子という選手は、ジュニアにしてシングルとペアの両方をこなす才色兼備のスケーターだ。
きっかけは、蓮華茶のリンクにて傍らで練習をしているペアの選手を目撃したことだ。今までの自身の常識からさらに一段上を行くジャンプだった。
吊り上げる役となる男性が、勢いとバランスを保ちながら女性を持ち上げる。女性は鳥のように宙へと放たれた。大迫力、しかし同時に女性には軽やかさと優雅さが健在している。
――――――うちもやりたい!あんなに高く跳んでみたい!
元々高いところ好きだった寧々子は、ふんすと興奮しながらコーチに詰め寄っていた。
そこでペアの相手役として抜擢されたのが、当時身長が伸びたことでジャンプに苦労していた犀川良篤であった。すらりと長く伸びた上背と、決して不安を与えない筋肉。
同時にその人柄もよかった。他人思いで世話焼き、いつも周囲に目を配り、みんなから慕われている。
そんな彼だからこそ、相手を視て、息を合わせるペアにはぴったりであった。
「コーチ、それに寧々子にも感謝しているんです」
「確かになぁ。あれから、色々安定してたもんな」
午前中で、プログラムを終え、寧々子の演技を見に来た彼は蛇崩にそう語る。
「彼女は俺にペアという新しい世界を教えてくれました。そして、何より『才能』の使い方を目の前で教えてくれた。彼女の動きに合わせることで、新しいスケート技術を覚えることが出来た」
「『天才』の技術をペアの中で学んだってことか、それって凄いことやと思うで」
寧々子とのペアという経験は、犀川の停滞していた時間を進めるのに十分な刺激だった。寧々子の『天才』的なスケート技術を吸収することで、己の動きを洗練し、最適化していった。高身長故のジャンプのやりづらさも、その動きという一点に向き合うことで解消できた。
「何より、楽しそうにスケートをする寧々子といるとこっちも楽しくなってくるんです」
「なるほどなぁ」
言うまでもなくスケートは好きだが、それでも辛さや苦しさから目を逸らすことはできない。そんな中でも、努力を努力と思わずただひたすら楽しむ彼女が犀川には輝いて見えた。
「『才能』がありすぎて苦労知らず?とんでもない、寧々子はただそんな苦労も楽しんでいるだけです。苦労なんてのは『自覚』の問題ですよ」
眼下には悩みを抱えたままリンクに現れた寧々子がいる。表情の淀みにはすぐに気づいた。同時にその目には今までにない闘志が宿っていることも。
――――――
体が音楽に乗って躍動する。自身のインスピレーションをそのまま相手に伝える妙技はそのままに、氷を蹴りながら、さらに演技を洗練させていく。相も変わらず、華やかな演技であった。寧々子の『才能』を贅沢に使った至極の演技。
そんな演技が始まってなお、寧々子は『
(麒乃の覚醒の正体、それは麒乃が培った『経験』による『説得力』!)
演技とはこうあるべし、と説明されなくても見ただけで直感できる。困難の度に工夫と努力を重ねてきたことで得た蓄積が芽吹いたことでそれが生まれたのだ。
しかし、自分には『努力』の経験は多くあれど、『困難』への経験は乏しい。故に達成の過程で生まれる工夫や理解も少ない。
『成長』への足掛かりが、掴めないのだ。
(ないものねだりをしても仕方ないっしょ!麒乃にはなくて、私にはある『経験』を使って『成長』したらいい!)
寧々子特有の『経験』。すぐに浮かんだのがペアでの経験だった。最初はスロージャンプに憧れて入った世界だったが、それをこなしていく中で、合わせるスケーティングというものを学んだ。それは今まで自分の発想だけで演技をしていた寧々子に新しいインスピレーションを与えた。
寧々子は『
自分のペアに付き合ってくれた犀川が如何にして演技をしていたか。感覚だけでやっている自分にはその端々を全て理解はできない。
それでも相手と合わせる中でその配慮の素晴らしさが伝わってきた。目を合わせ、リズムを合わせて、そして演技を自分に合わせて洗練してくれていた。
(演技に『説得力』を持たせる。それなら、私がやるべきことは演技の内容のブラッシュアップだよね!)
寧々子には自分のイメージをダイレクトに演技で表現するセンスがある。その演技は観客にとって新鮮なもので、彼女の『才能』が描く世界を夢心地に楽しむことが出来る。
その上で、寧々子はそのイメージの内容について考えたことはなかった。
音楽に合わせて、本能が赴くままに体を操る。常人には及ばぬ体技が芸術として成立しているのは驚嘆するところではあるが、逆にそこには考慮の余地があった。
イメージの中身を『音楽』に合わせて、より高度なものにする。それが出来れば、あとは身体で出力するだけだ。
無論、音楽への解釈を深める経験に乏しい寧々子が即席でそんなことが出来るわけがない。しかし、ヒントはペアでの演技の中にあった。
(今、使ってる曲は『ボレロ』……この曲は良篤とペアでも使った!そして演技をすり合わせる中で、曲に対する解釈も伝わってきた)
犀川はどちらかと言うと演技の内容を『思考』して、煮詰めるタイプだ。その細やかな『思考』の背景までは伝わらないが、一緒に演技を合わせることで、その『演技』からにじみ出るイメージをくみ取ることは、寧々子のセンスを以てすれば容易いことだった。
(そういうことだよね、演技に対する『説得力』。演技の中身に、はっきりとした確信を得ること。麒乃は技術面でそれをやったんだ)
積み重ねた『経験』が確信を呼ぶ。寧々子もまた、自身の『経験』から表現面での確信を得ようとしていた。
寧々子の演技が少しずつ変わってくる。音楽から伝わるイメージを本能のままに振るっていた演技から、理屈で裏付けした演技へと。
(『ボレロ』の主題に合わせて、体の振るい方を変える。リズムも合わせて、その裏を取るように心地いい瞬間を探す。その中にステップを組み込めば……)
『
『ボレロ』は、最初から最後までリズムが一貫している曲だ。加えて、曲の主題も2つしかない。そのメロディーとリズムが繰り返される中で、楽器が次々と移り代わり、付け足され、やがて壮大なメロディーでクライマックスを迎える。
故に、寧々子は繰り返されるこの旋律に合わせて動きを足すことで、色を付けていった。
最初は小さく、少しずつ大きくして、織り交ぜるステップも増やしていく。大きな包容力、異国情緒を感じるメロディーに合わせて、それでも緩慢に見えないよう、動作に緩急を織り交ぜる。
寧々子は曲の構成について理解しているわけでは無い。しかし、犀川とのペアでの演技を通じてその端々に込められた想いをくみ取ることで演技を成立させた。即席でそんな新要素を成立させる技量は確かに寧々子の『才能』によるものと言って差し支えなかった。
そうして、寧々子は能力を十全に活用しながら
――――――演技を曇らせていった。
――――――
「違うよ、寧々子。君だけの演技に俺の要素は邪魔にしかならない」
「そうやろか?確かにぎこちないけど、慣れていけば武器になると思うんやけど」
犀川は、寧々子の演技に自身の解釈が混ざり始めたことに、即座に気づいた。それと同時に、彼の解釈が寧々子の本来の魅力を損なうということにも。
「そもそも前提が間違ってるんですよね」
「前提?」
「音楽を解釈し、演技を取り込む。確かに俺は『ボレロ』を自分なりに解釈して、情景を夢想し、表現を組み立てました。でも、それは別に俺の中のイメージという訳じゃないんです」
「どういう意味や?」
なぞなぞでも出されたのかと、蛇崩は首を傾げる。
「俺は寧々子の演技を理解するために、音楽を分析したに過ぎないんです。寧々子が本能的に導いたイメージを俺でも分かるように理屈をつけただけ、そうしないとペアが成立しなかったので」
寧々子は、深く考えずとも、感覚だけで演技のイメージを作り出せる。それを言葉にしろと言われても、本人には出来ないだろう。しかし、それではペアをする上で世界観に齟齬が生まれてしまう。だから、犀川は寧々子の演技を自分でも理解できるように分析した。
寧々子は音楽から『センス』だけで、世界観を構築し、表現を生み出してる。
だが、犀川はそれを分析したことで、その表現が実は理にかなった美しいものであるということに気づいた。
本人は無自覚だろう。しかし、つぶさに分析してみれば、なぜそうしたのかが理解できる。
勿論、犀川はそれを徹底的に分析した。しかし、それは『天才』である寧々子の演技を、容易く理解できるレベルのスケールへ落とし込んだにすぎなかった。
見比べてみると雲泥の差であろう。どんなに頑張っても定規では黄金比が描けないのと同じだ。感覚で生まれたものを完璧には再現できない。
「寧々子はきっと俺が凄く考えて演技を構築してると思ってるんです。それは間違ってないですけど、それで俺の演技を参考にするのは逆効果なんですよね。だって、その演技の元が寧々子の演技ですから。自分でオリジナル持ってるのに、わざわざコピーのコピー作るようなものですよ」
犀川はトントンと額を叩いた。
「寧々子がステップの前に動きを大振りにするときがあるじゃないですか。でもそれはよく見れば、音楽とステップのタイミングで動きが小さくまとまってしまうから、あえて緩急をつけることで演出にしてしまおうっていう理屈がくみ取れるんです。でも、クライマックスで停滞させるようにタタッと氷を突いたり、スピンに入るとき若干曲がって角度をずらしたり、説明できないことがいっぱいあるんです。でも、全体を通してみてみると不思議とそれがあった方がよかったりする。そういう細やかな所はくみ取れないんですよね」
『天才』から学んだ『秀才』の演技。それを『天才』が真似をしても逆効果にしかならない。
寧々子が自身の演技について、無自覚的であったが故の現象だった。寧々子が犀川の演技を理解できたのは当然のことだ。その演技は寧々子のものなのだから。ただ、寧々子の表現の内、分かりやすいものに理屈をつけて確信を以て演技をしていたがゆえに、感覚で演技をしている自分より勝ると勘違いしていたのだ。
「なるほどなぁ。でもな、決して無駄ってわけじゃないと思うで」
「なぜでしょうか?」
「本人ですら言葉に出来ない演技に理屈をつけて再現する。それって、口で言う程簡単やないし、滅茶苦茶ありがたいことなんや」
選手として、またコーチとしてもキャリアを積んできた蛇崩だからこそ、様々なタイプのスケーターを目にしてきた。その中でも、寧々子のように感覚で演技をするタイプはよく見てきた。
そういうタイプは、自身の演技について無自覚で、なぜこんな風にしたのか聞いても「なんとなく」としか答えてこない。
だが、彼らは他者の演技を感覚的に捉えることは案外得意だ。他人の演技を自身ならどうかと、感覚に落とし込む。
では、そんな彼らが自分の演技に理屈をつけてもらったとしたら。
「やり方を間違えてるだけやな。これが取っ掛かりになって、もし向き合い方に気づいたら、ごっつい化けるんとちゃうかな」
――――――
新たな演技を見につけて、演技は進み3回転ルッツ着氷した後、ようやく寧々子は自身の違和感に気づく。
(全然ダメ!しっくりこない!)
理屈は分かっている、確信はある。納得もしている。しかし、どうしても噛み合わない感じが生理的に受け付けない。
しかし、そういうジレンマを乗り越えてこそ、新たな景色が見えてくると言う事を麒乃を通じて寧々子は知った。だからこそ、今は我慢の時だと思っていた。
ズレる、ただズレるだけでなく、自分の理想のイメージから半歩遅れる様なむず痒い歪みだ。
それに気を取られると、今までこなしてきたステップや表現も砂のように零れ落ちていく。
(ダメだ……これ、全然楽しくない!)
体が重い、自分の心の高鳴りが微塵も生まれない。
それを自覚した瞬間、寧々子の忍耐は瓦解した。
結局のところ、寧々子の『エゴ』はそこにある。自分が楽しいと思えるスケートがしたい。大舞台で、自分の楽しいと思えるスケートを披露して、次はさらにもっと大きい舞台で楽しむ。
その根幹が崩れてしまっては何の意味もないのだ。
(楽しくないスケートならやっても意味がない!)
それは決して苦労をしたくないという話ではなく、むしろ楽しくスケートをするためならどんな苦労でも背負うという意味だ。
犀川の演技は間違いなく綺麗なものだった。綺麗に並べ立てられた表現には疑念の生じる余地がない。しかし、それをなぞっているはずなのに、どうしても小さく感じてしまう。だから、楽しくない。己のスケートはもっと自由で、壮大であるべきだ。
演技を並べ立てた中で、小さなこだわりを捨ててしまったような感覚。それがどうしても我慢ならない。
(より高く!より速く!より複雑に!もっと激しく!)
――――――自分を曝け出せ
3回転フリップ 着氷
先ほどまでの配慮を捨てた思うがままのジャンプだった。犀川から着想を得た演技ではなく、自分の思うがままの演技。
しかし、不思議なことにその時犀川が背中を押してくれた気がした。
跳べ、と。
未だかつないほど、寧々子は高く宙を待っていた。空に軸ごと引張り上げられるような感覚、浮遊感と同時にどこか温かい感覚がある。
その時、寧々子は理解した。
『お前は……『天才』や。それを忘れるな』
亀金谷の言葉を思い出す。あれは、単なる寧々子を褒める言葉じゃない。『天才』らしく戦えという意味だ。
(うちは……『天才』だったんか)
聞き飽きた言葉だ。多くの人がそう称え、同じくらい多くの人が妬んだ。しかし、亀金谷の言葉はそのどちらにも当てはまらない。素晴らしい素質だと褒めた訳じゃない、苦労知らずと皮肉を言ったわけでもない。ただの記号だ。
『才能』があるのだから、ちゃんと使えという意味だ。
(勿論今までだって使ってきた。でも、それは意識的に使ったわけじゃない。つまり、コーチは『才能』を自覚しろという意味で言ったんだ!)
自分の『才能』はなんだろうか。恵まれた体躯、運動センス、バランス感覚、表現力。その全てをしっかりと自覚する。
(なぜか、他人の演技に向き合っていた……でも、本当に向き合うべきだったのは自分自身の演技だったんだ!)
寧々子の『成長』するのには、それだけで十分だった。
(けど、今までと一緒ってのも味気ないし。ちょっとやり方は工夫しよっかなー)
今回、寧々子は『思考』して演技を作ろうとしたことで道を違えた。感覚の演技に、『思考』という過程が淀みとなってしまったのだ。それでもそのすべてが無駄になったわけでは無い。むしろ、自身の演技に自覚的になったことで得たこともある。
(煮詰めて、考えてっていうのは私に合わなかった。だけど、自分が何をしたいかっていうのはもっと掴んだ方が良い。だから、演技の中身をふんわりと掴んで……)
自身がすべきことを拙いながらも、言葉に落とし込む。しかし、自由さは失うぬように、本当に外殻だけだ。
(小さい音楽と、大きい音楽。音色がいっぱいのやつと、たくさんの奴。今までは無意識にやってたけど、音楽の何が違うのかをぼんやりと掴む)
無限に広がっていた寧々子の世界観を1つの箱で囲う。無限に比べたら、少しだけ狭くなったかもしれないけど、その分世界を見逃さなくなった。
もうその箱は寧々子のおもちゃ箱だ。彼女が楽しいと思う事を思うがままにいれていく。
(思い考えるんじゃない、思い描くんだ!私の世界を、私の演技を、私のスケートを!)
風を切りながら、リンクを滑っていく。氷とブレードがこすれて僅かに伝わる振動を、少しずつ制御しながら、足元から指の先まで器用にバランスを取っていく。
(もっと暴れちゃえー!)
片足でステップを組みながら、さらに別のステップに入る。その間、両足が同時に着くことはほとんどなかった。
体重移動でスピードを維持しながら、脚を豪快に振り回し、スピンへ入る。そのまま、一度足を着き、トンと加速すると再び体を振り回す。器用に左右の足を組み替えながら、一度も両足を氷に付けることなく、体を巻き付けて、片足で踏み切る。
3回転アクセル 着氷
片足という非常にアンバランスの状態で、それを思わせないほどのパフォーマンス。そしてそのまま、技と技を繋ぎながら、ジャンプへと移行。
(出来ちゃった!)
それが即興であるという事実を、寧々子と亀金谷以外は知らない。寧々子は出来ると思った、だからやった、そしたら出来た。ならそれでいいじゃないか、と。
しかし、今までと違うのは、なぜそれが出来たのかと考えるようになったことだ。
(バランス感覚ってより、体幹かな。きっとペアでスロージャンプやってる間に身についたんだ)
ペアの醍醐味と言ってもいいスロージャンプやリフト。一見持ち上げる男性側の負担が大きいようにみえるが、案外気を張っているのは女性側だったりする。持ち上げられるというのは、人にとっては滅多にない経験で、不安定な支点の中で真っ直ぐに体勢を保つというのは、類まれなる体幹能力が要求される。
体の小さな寧々子とてそれは例外ではない。
ペアという競技を通じて、寧々子は新たな能力を手にしていたのだ。
(今なら、分かる。自分に何が出来て、自分にはどんな能力があるのか)
寧々子は、理解したのだ。『天才』たる自分に、他者の型は当てはまらない。答えはいつだって自分の中にしかないのだと。
(良篤のおかげで気づけた!私の演技の良いところをしっかりと自覚できたから、あとはそれを前面に押し出すだけでいい!)
犀川のインスピレーションを模倣した過程で、それが自身の演技をもとにしたものだと気づいた。そして、演技の中で自分がなぜそんな演技をしたのか、理由を教えてもらえた。
(良篤すっげー!私が説明できないことを外から分析したんだ!)
最初、寧々子は自分で理屈を考えて、その合理性の元で演技をしようとしていた。しかし、今は違う。感覚で導いた答えに、後追いで理由をつける。演技の中で自身の表現に確信を深めていくのが今のスタイルだ。
氷の軌跡から、彼女の彩った世界がとめどなく溢れ出してくる。
溺れるようにその世界に引き込まれる。
(ああ、楽しいな)
自分の理想を、惜しみなく形にできるという楽しさ。ジャンプへの『衝動』の、そのさらに奥の根幹に触れた様な気がした。
演技をしていた自分すら微睡むように世界に入り浸っていた。
終わりを名残惜しいと感じるほどに。
(動作の秘密は3拍子、観客にその意識を刷り込ませながら、バリエーション豊富な動きで色づけていく。ああ、私の演技ってこんな風になってたんだ)
もっと、ずっと、いつまでも滑っていたい。
筋肉が裂けようとも、神経がすり減ろうとも、血肉が絶えようとも。きっと今の自分なら全てを楽しめる。
その楽し気な姿に、観客が思わず息を呑んだ。
その飽くなきスケートへの執着を『エゴ』と呼ぶのだろう。
――――――ジュニアで一番の『天才児』、紅熊寧々子。
犀川さんに関しては情報が4コマ漫画でしかないので、ほぼ想像です。