『蓮華茶FSC 紅熊寧々子さん 119.21 総合得点 186.42 現在の順位は2位です』
世界は『才能』を目撃した。烏羽ダリアもまた、その一人だった。
リンクサイドで準備しながらも、横目で寧々子の演技を見ていた。可憐で、自由で、キラキラした演技だと思う。
誰もが進化していくその姿を見て、彼女が何も感じずにいられるはずはなかった。
ダリアは、演技に勝敗は関係なく、ただ自分がすべき演技をするだけだと常々言及している。しかし、もうすでに胸の内では認めていた。いざ、他者の演技を目にしたとき、自分と比較すること。演技の最中に、どちらが勝るかと思考がよぎることを。
烏羽ダリアという少女は、自身が思っている以上に感受性が高い。他者の演技を目にして、心が躍る。しのぎを削り合う環境下で、己の精神が練磨されていくたびに、力が溢れてくる。
そうして、ダリアは静かに己の能力全体が底上げされていることを自覚していた。
「ダリアさん……迷いがありますか?」
そう問う梟木の視線は乱雑に書きなぐられた構成表に落ちていた。
「いいえ、コーチ。問題ありませんよ」
自身の強化をダリアは煩わしく思う。
今まで自身のステータスに合わせて慎重に演技をチューニングしてきた。これがいざ、気ぶりで変わってしまうのなら、演技に齟齬が生じかねない。
そっと息を吐きながら、ダリアは自身を沈める。
(感情という振れ幅のわからないものに寄りかかるわけにはいかない)
自身の胸に手を当て、鼓動を感じる。それが時間の流れと共に落ち着いていくのを感じると、安心したように肩の力を抜いた。
パフォーマンスが上がるなら、より高みを目指すべきではないか。挑戦をしてみるべきではないか。人によってはそう思う者もいるだろう。そんな思考が自身を巡った時、ダリアはそれを唾棄した。
ダリアが求めるものは常に『完璧』な演技。いっそ、狂気じみた『美学』への信仰はダリアの演技を隔絶した次元へと押し上げていた。
(それになにより……)
ダリアの演技には改変の余地がない。過不足のいずれもノイズとなるほどに洗練されていたからだ。
梟木もまた、それに頷いた。
先ほど、ダリアに問いかけたのはダリアの迷いを消すためのものだった。例えダリアがなんと答えようと、演技構成には改変の余地がない。
それほどまでに『完成』された構成を前に、梟木ですらその演技がどこに向かって行くのか分からなかった。
――――――
リンクの上では、世界の全てが彼女を照らすように煌めいていた。いや、煌めいていたのはダリア自身だろうか。それに呼応するように、その周りの全てが輝いてい見える錯覚。佇まい一つに、気品と『美』が詰め込まれていた。
大会を通して、多くの選手がしのぎを削り、同時に互いに影響し合いながら演技をしてきた。
ダリアは、その中で最も揺るがぬ演技基準を持っている人間だ。
練習の内にあらゆる、成功と失敗を経験し、極限まで練磨した演技を今ここに持ってきている。故に、誰かの成功や失敗に左右されることのない絶対的なパフォーマンスを引き出すことが出来る。
(大会は好きですよ……たくさんのキラキラとしたスケートが見られるので)
しかし、ダリアは大会というものに肯定的だ。周りと競えば競う程、自身の演技が研ぎ澄まされていくのを感じる。その感覚自体は好きなのだ。
(その全てが私のスケートを磨くためのやすりにすぎない)
強者も弱者も、平等に自身のスケートを高めるための材料にする。傲慢ながらも、『天才』的な思考だった。
息を吐きながら、忠実に演技に入る。氷を蹴って、音楽に合わせて。
『きらきら星変奏曲』
「あ、この曲知ってる」
「こんな曲も使われるんだね」
聞きなじみのある音楽に観客も少し、姿勢が軽くなる。音楽を知っているという要素はそれだけ相手を世界観に引き込みやすいということでもある。
その上で、ダリアはいくつもの工夫を凝らしている。
点数をとるという、絶対的『価値基準』のための工夫。
きらきら星のメロディーに合わせて、最初は小さくまとまった動きだった。4拍子に合わせて、小刻みにターンを取り入れ、リズムを意識させながら、星のイメージを形作る。
煌びやかな衣装が、その角度を変えるたびに、ライトの光を反射して星のように輝く。
繰り返されるフレーズにターンを織り交ぜながら脚色していくことで、リズムと同期しながら、加点を高めていく。
スピンから、そのまま片足でツイズルを刻む。
光の軌跡を伴いながら、上手く足を組み替えつつ、音が谷底から上がるタイミングにジャンプをドンピシャで合わせる。
風を纏い、決して淀むことなく、軽やかに。
ブレードからの反発力を受けて、跳び上がった。
2回転アクセル 着氷
(今、この高ぶった状態ならもっと難易度を上げられるかもしれない)
今日、一体何人が点数のためにジャンプの難易度を上げただろうか。
ダリアは、恐らくジャンプの難易度を上げても着氷はしただろうと確信している。感情がもたらしたパフォーマンスの向上を静かに認識していた彼女だからこそ、出来ることと出来ないことの境界線を正確に引けるのだ。
(それを分かったうえで、私は変えない。それが私の『
演技は変えない。しかし、それは挑戦しないという意味でもない。
挑戦とは、無謀に挑む気概ではない。運命を乗り越える努力のことを言うのだ。
(さあ、ここからです)
ダリアが、天を仰ぐように手を掲げ、それを横に凪ぎ、振り下ろした瞬間、星が零れ落ちた。
――――――
「豊の野郎……何考えてやがるんだ」
観客席で、一人。口元の傷とその人相の悪さからぽっかりと周りの空いた席に、高峰匠はいた。
元々、夜鷹とコーチを解消された光の演技が気になって訪れた彼であったが、何かと因縁のある梟木の教え子であるダリアの演技にも注目していた。
鳶山愛、匠の失恋相手が振り付け指導として関わっている点もなおさら関心を高める要素ではあった。
匠は知っている。その振り付けや、梟木の指導。コーチと選手は違うと言えど、やはりコーチの好みというものはその教え子にも滲み出るものだ。
だからこそ、今目の前の演技は匠の知らない未知の演技だということを、その驚きが如実に示していた。
「曲の拍子が途中で変わりやがった……」
――――――
楽曲、衣装、構成、振り付け、スケートをする上で必要な要素はいくつもある。今回、ダリアはその全てを自ら手掛けた。勿論、素人がやりたいと言って出来るものでもない。
振り付けに関してもコーチの奥方である愛と話し合った。最早、親の顔よりも愛と顔を合わせる時間の方が長かったくらいだ。
そして、楽曲。好きなクラシック音楽である『きらきら星変奏曲』をスケート用にチューニングするとともに、点数を出しやすい構成にするために、より高難度に編成した。
それが、この拍子の変化だ。
通常の『きらきら星変奏曲』は4拍子。しかし、演技の中でダリアが3拍子のリズムに腕を振った瞬間、曲が変わった。
3拍子、つまりはワルツのリズムが氷の上を支配する。
4拍子のリズムから、淀みなく3拍子へと移り代わり、同時に世界観も一変する。
アクセントでのびるように氷を刻みながら、ターンとステップを順に繋げていく。
(極力、両足を氷に着けることなく、同時に動きと動きを繋ぎ続ける。優雅に星を仰ぎ見るイメージで)
軽やかなワルツを星に照らし合わせる。
円を意識しながら、3点のポイントを観客が認識でいるようにタイミングを作る。腕は楕円の軌跡を描きながら、緩やかなワルツを脳裏に刻み込む。
その統制された表現によって、ダリアの周りで輝いていた星々が躍りだす。
観客には見える。
最初に4拍子で形作られた星空、そして今度はその夜空の元で舞踏会が始まる。
カツン、と緩やかな舞の中に、また流れ星が落ちた。眩い一瞬の光を、誰も見逃しはしない。
氷の上に刻まれた星図の中を、ダリア自身が光となって駆け抜けていく。
音楽のアクセントのタイミングを逃さぬように、それと同時に跳ね上がるトウを突く。
3回転ルッツ 着氷
ジャンプも、スピンも、決して構築した世界観を崩さない極限の気配り。技を挟んでなお、途切れた感覚がなかった。星空は依然として会場を照らし続けている。
そして、また。
ダリアが腕を振るう。片足でターンを入れながら、五芒星をなぞるようなリズム。メロディーに引っ張られている観客を新たな世界へ無理やり引きずり込む。
腕が振り降ろされると同時に、空に散りばめられていた星が落ちてきた。
――――――
「5拍子……!」
匠は、その構成にまたもや驚きを隠せなかった。
4拍子から、3拍子と変わり。今度は5拍子へとリズムが変わったのだ。
「意図は理解できる。こいつはPCSを取るための構成だ」
Composition(CO)プログラム構成、Presentation(PR)表現、Skating Skills(SK)スケーティングスキル。
これらを上げるためには、音楽を理解し、振り付けを構築し、表現を広げる必要がある。
しかし、この音楽を理解するという点がなかなか曲者だ。音楽の特徴を掴むことに、躍起になれば、世界観の表現が杜撰になる。逆に盛り上げることばかりを意識すれば、スケーティング技術が抑えられてしまう。
これらを全てこなすには本人が誰よりも演技構成について理解し、マルチタスクに演技をしなければならない。
だから、ダリアは全てに自分が携わった。
構成について、表現について、振り付けについて、ダリアが「分からない」ところなど一つもない。
「拍子を変えることで、音楽への理解のポイントを作る。盛り上がりのポイントを作る。かつ、それも表現に取り込んで世界観を作る。確かに合理的と言えば合理的だが、演技中に拍子を変えるなんざ普通頭ぐちゃぐちゃになるぞ」
逆に少しでも狂えば、演技は破綻する。
技の難易度を上げるよりよほど挑戦的な構成だった。
『きらきら星変奏曲』が編曲しやすい曲であるのは事実だ。しかし、構成と振り付けに結び付け、全体像を思い描きながら、曲を作り直すというのは至難の業だ。
狂気にも似た『完成度』へのこだわり。
スケートを知っていれば知っているほど、彼女の所業がいかに異常であるかが理解できた。
――――――
基本的に馴染みのある音楽は単純拍子、その中でも特に4拍子で構成されている。
5拍子というのは、所謂変拍子と言われる特殊なリズムだ。
拍子とは1小節の中に何拍あるかを示したものだ。つまり5拍子は1小節の中に5拍。そしてその正体は、3拍子と2拍子を組み合わせて構築される。
拍子を感じるコツはアクセントを掴むことにあるわけだが、5拍子では1小節の中で2回アクセントを感じるポイントがある。
5拍子を感じ取ること自体は、訓練次第で可能になり得る範囲だ。
だが、これを演技中にいきなり変える。想像も出来ない難しさだ。
メロディーラインもかなり移り変わるため、拍子の変化は誰の目から見ても明らかだ。そこに音楽の解釈の余地が生まれる。
その上で、もしもリズムを取れてないなどとなれば、PCSの減点は免れないだろう。
(音が跳ねる!キラキラが降ってくる!)
ダリアはそんな5拍子を正確に刻んでいた。
それどころか、この5拍子のタイミングでステップシークエンスに入った。
(正確にリズムを刻む……リズムに乗りながらターンとステップをはめ込むイメージで)
リンクを大きく使い、技を織り交ぜながら、S字を描いていく。
空白を決して許さない。ブレードで正確に氷を捉え、跳ねるように技と技の間を埋めていく。足元だけでなく、上半身の動きも過分に使い、5拍子という魔のリズムを描く。
多彩な技と、入り乱れたリズムが、流星群の如く観客に降り注いだ。
(私は、演技構成を決して変えない)
あらゆる可能性を考慮した上で、ダリアは改めてそう誓う。その決意の強さが、演技をより高尚なものへと押し上げていた。
自分が『絶対』である。その自負が不可能とも思える演技を可能に変える。
(だからこそ、私は『運命』に打ち勝つことが出来る!)
スケートに絶対はない。『運』という不確定要素は必ずしも存在し、悪戯に選手を弄ぶ。
だからこそ、ダリアは『絶対』を信じる。
頭が狂いそうなリズムに身を預けながら、無限に広がる宙へと跳び出す。
(『運』を掴む……!)
完璧に演技を統制したダリアだからこそ、『運』という不確定要素がどこにあるかが理解できる。
氷の感触、重心の向き、体の状態。その全てが告げる。『運』を掴んだと。
5拍子を保ったまま、エッジを倒し、ターン。
リズムを刻む。3拍子と2拍子。メロディーから、生まれる。盛り上がりのツボ。
アクセントの瞬間を逃さぬ、二段構えのジャンプ。
3回転ルッツ+3回転ループ 着氷
演技終盤の超高難易度ジャンプ。ダリアにとっては予定調和だった。
突き詰めて、突き詰めて、ダリアの精神は宝石のような輝きを放つ。その眩い輝きに目を焼かれて、世界は現実すら失った。
ただひたすらに輝かしい『星』。
そこには、苦しみも、喜びもない。ストーリーもメッセージもない『星』というただそれだけの現象。その無垢なイメージに、感動を伴うのはなぜだろうか。
烏羽ダリアの『美学』それ自体が、純粋な『芸術』として、スケートの真価を顕在化させていた。
狂気じみた『美学』でしか、成しえない純粋な感動がそこにはあった。
烏羽ダリアは自分(天才)不自由型のイメージで書いてるけど、合理性とか言い出すと秀才感が出ちゃいます。
まあ、ブルーロックで合理性とか言い出したのがノア(描写的に自分(天才)型だと思ってる)なので良いかなって。