メダリストはエゴイスト   作:モリブデン42

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ここからキャラ崩壊注意かも


ギャンブラー

 開会式がつつがなく終わり、滑走順の抽選を行った。

 

「私は最後か」

 

 唯の順番は第二グループの最後、そしていのりの直後でもある。

 一番は安定のりんなが引いていた。

 

「りんなまた安定の一番?」

 

 まばらな拍手の中、唯がりんなに話しかける。

 この申川りんなという選手は何の因果かどの大会でも一番滑走をひいてしまうという宿命の持ち主なのだ。もはやこの同世代ではりんなの泣きべそが風物詩になっているくらいだ。

 勿論フィギュアスケートという競技は審査基準が厳正に定められていて、一番滑走だから審査員の心象的に点が上がりにくいなどということはない。しかし一番滑走というのは様々な面で不利になる。

 まず、一番滑走は滑走前の練習時間を全て使うことが出来ない。フィギュアスケートではグループの滑走前に6分間の練習時間がある。練習時間と侮るなかれ、この6分間というのがとても重要なのだ。その日の調子、氷の感覚。この6分間練習の出来次第で構成を変えることもなくはない。

 一番滑走の選手は練習後そのまま演技に映るため、この6分間練習の内に精神統一まで済ませなければならない。作戦会議や確認の時間もごくわずかになってしまう。このシンプルに不利なポイントが一点。

 そして、もう一つ何より単純なデメリット。

 一番滑走は緊張する。

 絶対がないこの氷上でその緊張は命取りになりかねない。

 誰もが回避したく、引いた者には拍手すら送られる。それがこの一番滑走だ。

 かくいう、引いてしまった申川りんなも・・・

 

「うん」

 

 獰猛な眼差しで

 

「うん」

 

 挑発的に唯を見つめるのだった。

 

 

 

 全日本ノービスA中部ブロックが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 申川りんなはあらゆる大会で一番滑走をひいてしまうそんな宿命の持ち主だ。

 

「なんで、またぁ~~~」

 

 分かっていても毎回、声に出して嘆く。

 

 一番滑走が嫌いだ。緊張するし、家族は間に合わないことが多い。何よりかわいそうだみたいな眼差しが腹立たしくてしょうがない。

 

「お前はクソ度胸あるくせになんで毎回泣いてんだよ」

 

 雉多輝也は呆れたように言っていた。

 

「分かっていても嫌なものは嫌なんです」

 

 本当は分かっていた。一番滑走が良くないものだと頭では理解していたから、良くないものを引いたという事実が嫌だっただけだ。

 でも唯と過ごしてそれは変わった。

 

 

 

 ある日突然、唯の様子が変わった。

 光とあれほど仲が良かったのになぜか唯が目の敵にするようになっていた。

 

(唯ちゃん、光ちゃんと喧嘩したのかな)

 

 喧嘩とも少し違う気がする。そしてそれに自分が踏み込んでいいものかも少し分からない。

 

「りんな」

 

 様子は変わったが自分に対してはそこまで対応は変わらなかった。ただ唯の一つ変わった所と言えば

 

「りんなは結構ギャンブル構成するよね?なんか理由があるの?」

 

 こういう質問が多くなったのだ。しかも自分だけじゃなく、他の面々にも。生徒だけじゃなく、先生にまで遠慮なく質問するようになっていった。

 無遠慮とも言えるが、成長に対して貪欲になっていったという印象の方が強い。

 それがなんだか眩しかった。

 

「普通に点とれるからかなぁ?一番滑走だし、ちょっとでも周囲にプレッシャーかけたいっていうのはあるかも」

「そうなんだ?そういえば、りんなって変なポカするくせに難しいジャンプはミスらないよね」

「うっ」

 

 確かに難しいジャンプは跳べたりするのに普段ミスらないジャンプで点を落とすことはやりがちだった。

 

(確かになんでだろう?)

 

「これは単なる勘なんだけどさ」

 

 唯のアドバイスともいえない何か。

 

「多分りんなはもっとぶっ跳べるよ」

 

 自分の中の知らない何かをきっと彼女は見ていた。

 

「りんなはもっと自分に正直になればいいと思う」

 

 唯の演技を見てると、心がざわつく。光に勝つために全てを賭けたその演技は見る者に熱を伝える。事情や背景など知らなくても、きっと胸が熱くなる。

 

(もし全霊をかけても勝てなかったら)

 

 変な妄想をした。

 唯の異様なまでの取り組みに浮かされて、彼女と自分を置き換えて考える。

 全てを賭けて、ただ一つの勝利すらつかめなかったら彼女には何が残るのだろうか。喪失感と無力感と絶望と。

 

(それってなんだかとっても)

 

「熱い」

 

 

 

 

 

 名港ウィンドFSCアシスタントコーチ雉多輝也は語る。

 

「あの潔唯の変化によって多くの選手が岐路に立たされた」

 

 唯に迎合して進化するか、心を折られて諦めるか。

 

「彼女に影響されて辞めた選手もいれば、進化した選手もいる」

 

 絶望と希望の両輪を司る潔唯という特異点。

 

「名港ウィンドで一番潔唯の影響を受けたのは間違いなく、申川りんなだ」

 

 唯がむき出しにした申川りんなの『エゴ』が、今ここに君臨する。

 

 

 

 

 

 6分間練習のあと、そのままリンクに残る。

 これから始まる。申川りんなの演技。一番滑走、今日の大会の行く末を左右する天秤。

 

(まだ、足りないな)

 

 誰もが重圧を感じるそのポジションでりんなはまだ不満だった。

 緊張するからではない。緊張がまだ足りないという、アグレッシブな不満だ。

 

「もっと」

 

 音楽と同時に滑り始める。

 幻想的なクラシック音楽が彼女の滑りを装飾するように響く。

 会場中が集中する彼女の第一ジャンプ。

 

(私を見ろ、捉え続けろ、一挙手一投足を見逃すな)

 

 3回転ルッツ、着氷

 

 いきなりの高難易度ジャンプで会場中に緊張が走る。選手やコーチは頬が引きつり、観客はどよめく。

 

(まだ、足りない)

 

 ただ一人、りんなは満足していなかった。

 一番最初に高難易度ジャンプを跳ぶのはセオリーだ。精神的にも体力的にも消耗していない最初が一番成功率が高い。

 だが、りんなはそんな保守的な理由で構成を組んだわけでは無かった。

 この大会一番最初のジャンプ、一番緊張するはずのジャンプで高難易度ジャンプを降りたことの意味は大きい。

 

(滑るごとに、ジャンプのたびに、消耗して余裕もなくなっていく)

 

 スピン、ステップシークイエンス。

 ジャンプだけではない、むしろ繊細な集中力が継続するそれらはりんなの余裕を削っていく。

 

 それでも演技は続いていく。

 

 やはり一番負担がかかるのはジャンプだ。跳ぶごとに足に負荷をかけ、その疲労は次第に足の感覚を奪っていく。

 

 3回転サルコウ、転倒

 

 疲労が着地を狂わせる。

 普段ならこのジャンプでミスはしない。勝負のあやか、精神的な疲労が肉体にまで影響を及ぼす。

 ノーミスがなくなってしまった。

 スケーターなら誰もが万全な演技を見せたい。そんな希望がまず1つ奪われたことに誰もが影を落とす。転倒とはそういうものだ。それがさらなるストレスや焦りを呼び、悪循環に陥っていく。

 

(ああ、いい感じだ)

 

 りんなはそんな状況でほくそ笑む。

 ノーミスという加点はなくなった。優勝のためにミスがますます許されなくなる。

 

(失敗したらどうなる?)

 

 追い込まれるほど、精神的な負荷がかかっていく。

 りんなを追い詰める。

 

(そうだ)

 

「これが欲しかった」

 

 その負荷(ストレス)がりんなのパフォーマンスを上げていく。

 

 2回転アクセル、着氷

 

 ジャンプのごとに消耗は激しくなり、成功率を奪っていく。

 

 それを自覚するほどに脳の後ろでチリチリと熱い感覚が迸るのを感じていた。

 

 

 

 申川りんなという少女は必ず一番滑走を引いてしまう。本人も望んでるわけでは無く、まさしく神の悪戯ともいえる事象だ。

 毎回、緊張にさらされてきた。毎回、観客の注目を浴びてきた。

 一番滑走が嫌いだった。

 しかし、唯の滑りを見ていて彼女は自分の中のある感覚に目を向けた。

 この上なく、緊張しているのに。この上なく、追い込まれているのに。

 

 自分の中にある何かが歓喜していると。

 

 そういえばそうだ。自分はここ一番で決められる癖に何の変哲もないジャンプで失敗してしまうのだ。集中力が足りないのかもしれない。むしろ、難しいジャンプ程ミスるものかと集中してしまう、そんなこともありえると思った。

 

 でも、高難易度ジャンプを跳べるというのはそれだけで有利になる。それなら現状を変える必要はない。

 

 フィギュアスケートにおいて、リスクと点数は両輪だ。リスクが高くなるほど、点数も上がっていくという競技の本質。

 それに気づいた途端、りんなは自分という人間を理解した。

 

(私、本当は喜んでた)

 

 一番滑走という精神的負荷が彼女にとって、最高のコンディションを引き出すのだ。

 

 構成を演技中に複雑に変えることは難しい。だから、高難易度ジャンプを失敗することはそれだけ構成から大きく減点することと同義。

 失敗すれば、負ける。負けた後、自分に残るのは喪失感と無力感。何も得られない。

 

(そんな感覚が今、最高に私を熱くさせる)

 

 りんなという選手の本質は挑戦だ。

 リスクが高ければ高いほど集中力は増していき、能力を高めていく。実力を発揮していく。

 

(いつもそうだ、体力がなくなっているのに、体のキレが増していく。全能感に包まれていく)

 

 相応のリスクをはらんだ挑戦。それこそが彼女の『挑戦的集中』。

 

 

 ジャンプ、スピン、ステップを経て演技は後半へと差し掛かる。

 そこでコーチ陣はその違和感に気づく。

 

(((まだ、コンビネーションジャンプを跳んでいない!)))

 

 ジャンプの後半、中部選手権では後ろから2つのジャンプを後半として点数が1.1倍になる。

 後半に点数の高いジャンプを跳べば跳ぶほど点数が上がっていくのだ。

 しかしそれは前半の構成を簡単なジャンプにすることで体力や集中力を温存して、後半に賭けるという作戦。

 りんなは前半から高難易度ジャンプをいくつか跳んでるはずなのだ。

 単独ジャンプよりも勿論基礎点は高く、それに1.1倍されるわけだから、後半にコンビネーションジャンプを跳ぶというのは合理的だ。

 しかし、口で言う程簡単な事でもない。

 コンビネーションジャンプは2回目のジャンプで失敗すれば、1回目のジャンプが綺麗に跳べていたとしても失敗扱いになる。

 点数が1.1倍になる後半だからこそそのリスクは計り知れない。

 しかし、そんなものりんなにとっては起爆剤でしかなかった。

 

(ミスれば、終わり!降りるか転ぶかの超ギャンブル!)

 

 コンビネーションジャンプは2回しか入れることができない。その得点源を全て最後に持っていくという暴挙。

 りんなは体力が多いタイプという訳ではない。相応に消耗し、相応に疲労する。

 しかもりんなはエレメンツをジャンプ以外全て消化している。ジャンプの内の後ろ2つにボーナスがつくのだから構成上のラストはスピンでもいいのだ。しかし、りんなは正真正銘のラストにジャンプを持ってきた。そこに意味はない。ただリスクが上がっただけ、だから良い。

 

 無謀な人間だと笑われるか、勇猛果敢な戦士として称えられるか、すべては結果が決めることだ。

 

(この感覚だ!メダルも栄誉も関係ない!追い詰められた私のベストパフォーマンス!この感覚こそ私の『エゴ』!)

 

 脳が、ひりつく。

 

 失敗すれば、多分優勝はない。成功すれば勝利に大きく近づく。

 

(ぶっ跳べ!)

 

 選手たちにとってそれはいつか見た絶望に似ていた。

 申川りんなのむき出しの『エゴ』に誰もが魅了される。理屈を超越したりんなのいかれた演技。

 

 3回転ループ+3回転ループ

 

 右足が連続で氷上にて、振動する。ジンジンとした感覚が残る。

 

 まだ、足りない。

 

 3回転ルッツ+3回転トウループ

 

 エッジエラーはない

 

「は?」

 

 誰の呟きか、呆けた様な声が漏れた。

 そして、歓声が会場中に響き渡った。

 

(ああ、脳がひっくり返るこの感覚)

 

 困難の先にそれ以上の快感が待っている。

 

(この困難を乗り越えた先にあるこの感覚、これが欲しかった)

 

 3回転ループをジャンプの2回目に跳ぶのは難しい。ジャンプ後に着地したままその足でエッジジャンプをするという特性上、溜めを作る時間がほとんどないからだ。加えて、3回転ループ+3回転ループという技は確かに点数は低くないが、その難易度に点数が見合っていない。そのジャンプを敢えてとんだ。

 そして最後に圧巻の高難易度ジャンプコンビネーション。

 右足で踏み切るループジャンプを2回跳んだ直後に、右足でトウをつくルッツジャンプ。溜まり続ける右足の疲労という見てるだけではわからない失敗要素があった。

 しかし、りんなは成し遂げた。リスクの全てを糧にして、彼女は降りたのだ。

 

 全日本ノービス名古屋ブロック一番滑走、猛者の集うこの会場にて、悪魔が君臨する。

 

 りんなの熱を感じて湧き立つ観客と、青ざめる選手たち。

 

 申川りんなのぶっ壊れた滑りが会場を希望と絶望に包みこんだ。

 

 

 




メダリスト読んでスケートを知り始めたから、理論とかルールはもしかしたら違うところあるかもです
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