『潔唯さんの点数 102.71』
全日本ノービス予選中部ブロックは潔唯の蹂躙劇によって幕を閉じた。
1位 潔唯 102.71
2位 結束いのり 95.51
3位 申川りんな 94.02
4位 八木夕凪 93.96
5位 炉場愛花 72.62
表彰式を終えると、金と銀のメダルを持ち帰ってきた唯といのりを司が迎える。
「いのりさん、本当に素晴らしい演技だった!唯さん、金メダルおめでとう!」
司はどちらも褒める、銀メダルにおめでとうとも言わないし、悔しいとも言わない。
唯の躍進を喜ぶと同時に、いのりに金メダルを取らせられなかったとも思う。相反する思いを、二つ同時に司は本気で抱えていた。
「別に無理に明るく振る舞うありませんよ」
そんな司の心情を察してか唯は言葉をかける。
「言ったでしょう、
「なんで・・・そんなこと言うの・・・?」
唯の言葉に司はショックという心情を隠さず顔に出す。
「唯さん、確かにいのりさんに金メダルを取らせられなかったことは悔しいけど、それと同時に唯さんが金メダルをとったことがこの上なく嬉しいんだ」
「そうだよ、唯ちゃん。私に遠慮してるならそんな必要はないよ」
いのりは不服そうに言う。
「私の悔しさは私が噛み締めていればそれでいい。誰がどんなに思っても、結局一番は自分が感じなきゃ意味がないんだから」
(俺が知らない間にいのりさんが立派になってる・・・!)
「それにさっき唯ちゃんがキスクラに座ってる裏で叫び散らしてきたから」
よく見ると今にも爆発しそうな勢いだった。
しかしいのりの言葉を聞いて、唯は安堵するように息をつく。
「そうだね、俺の喜びが足りなかったね」
「え?あ、ちょ」
そう言うと、司は唯を持ち上げリフトし始める。喜びのGOE+5ハッピーリフトだ。
「え、あははははは」
あまりの急展開に唯は驚きながらも、その馬鹿馬鹿しさに柄にもなく声をあげて笑う。
満面の笑みを浮かべる勝者の姿がそこにはあった。
「りんなちゃん、銅メダルおめでと」
「夕凪ちゃん・・・」
共にしのぎを削りあったライバル同士、しかしそこには敵意などみじんもなく純粋に入賞を祝う言葉と態度があった。
「悔しいけどしょうがないよね、今回は私がまだ未熟だっただけの話だから」
「うん」
「うんて」
自分では分かっていながらも、いざあっさり肯定されるとくるものがある。否定されてもそれはそれで嫌味っぽいため意地悪な発言ではあったが。
「次は私が勝つから」
「負けないよ、夕凪ちゃん」
そう言って、互いに平手を交わしあった。
「くっ・・・」
「愛花・・・」
炉場愛花は歯を食いしばりながら、拳を握っていた。
意気消沈の愛花に五理が声をかける。
コーチの気遣いを感じつつも、愛花は顔を上げれないでいた。
(今日の演技、私は出来るだけのことをしたつもりだった)
その成果は出た。5位、つまり全日本ノービスへの出場権の獲得。
(でも・・・)
今日の大会、自分の演技を記憶に残している者が一体何人いるだろうか。
踏みつぶされて、端に追いやられた。
(私は彼女たちの物語の脇役だった・・・!)
自分の事を歯牙にもかけない。眼中にもなかっただろう。
(変わらなきゃ・・・私も!ただの凡人で終わってたまるか!)
「コーチ帰ろう!」
「え、切り替え早ぁ」
各々が思いを胸に秘め、本選へと向かっていく。
「唯ちゃん、まずは予選優勝おめでとー!」
その日潔家では、祝勝会が開かれていた。
「・・・ありがと」
緩い家族の雰囲気とバチバチだった大会の時とでギャップに違和感を覚えながらも、その温かなひと時にほっと息をつく。
「いや~すごかったな~唯の演技」
「ほんと、スケートの事はよくわかんないけど唯ちゃんが一番凄いジャンプ跳んでたわ~」
父も母もスケートのことはあまりよく知らない。というかほとんど興味もない。今日はたまたま休みが被ったが地方大会も、全日本ノービスも同じテンションで把握しているだろう。だからこそ、素直な気持ちで唯を応援している。それが分かるからこそ、唯も安心してスケートに取り組めるのだ。
「うん、でもまだまだだよ。打倒女王、狼嵜光。まずはあいつに勝たなきゃ」
メラメラと闘志を燃やす。まだまだ自分に納得していないという執着ともいえる何か。普通の人から見たら異様に見えるであろうそれすら、両親は温かい目で見守っている。
「でも実際すげーよ唯。俺も見てたけどまじで熱かった。唯の点数も他のブロックでも100点台なんてなかなかでねーのに」
「お兄ちゃん・・・」
「安定してないって言ってた3回転ルッツループもアクセルもめっちゃ綺麗に跳んでたし、まじで万全の演技だったろ」
ニコニコと自分を褒める兄、世一。自分の演技を見て、褒めてくれるのは嬉しいが内心複雑な心境だった。
唯は兄が好きだ。勿論、兄妹として。
兄はサッカー以外興味ないだろうに自分を応援するためにスケートのルールもしっかり理解してくれている。邪魔にならないように口にはしてこないが、自分の出てない大会までなぜか分析してることを唯は知っている。
それに自分の大会はスケジュールを空けて毎度見に来てくれる。
唯にとって世一は憧れだ。
サッカーをやっている時、誰よりも輝いていた。
世界一を常に意識して、自覚は無いだろうがあらゆる行動を成長のために最適化していた。
そんな貪欲な姿を見ていたからこそ、今の自分はある。
中学では地元で敵なし。自分が勝つために、自分が輝くために全てを賭けていたストライカーだった。
(高校に入ってから変わっちゃったなぁ)
何があったかは知らない。だが兄の牙は高校で抜かれた。
自分のために使っていた能力をチームのために使い、
(世界一のストライカーになるって夢はもう捨てちゃったの?)
そんなはずはないと思う。兄のあの想いはそんな簡単になくなるものではない。だが先日全国に行き損ねたというのにけろっとしている姿を見るとそれも疑わしいかもしれない。
(お兄ちゃんは今でも好きだけど・・・)
一抹の寂しさを覚えるとともに、兄をこんな風にした環境に怒りを覚える。
「ま、見てなよ。まずは全日本ノービスで優勝!それでジュニアも蹂躙して、私は昇っていく!お兄ちゃんは一番近くで私が世界一になっていく姿を見届ける義務があるんだからね」
切り替えて兄に宣言すると、兄は気まずそうに目をそらした。
「どうしたの?」
「それなんだけど・・・ごめん!唯の全日本ノービス見れないかもしれないんだ!」
「えっ」
結構深刻そうにショックを受ける唯。そんな唯を見て、世一はさらに気まずそうになる。
「実は・・・」
「見てよこれ!世っちゃん、強化指定選手に選ばれたんだよ!」
「え!?」
「母さん、間違ってないけどその言い方だと唯が勘違いするから!」
母が持ってきたプリント見るとそこには強化指定選手の選ばれた旨が書いてあった。確かに、大分長期間の日程をとる示唆があり、自分の全日本ノービスは観に来れないかもしれない。
だが、そんなことはどうでも良かった。
この強化指定選手は恐らくフィギュアスケートにおけるそれとは大きく異なる。それでも誰かが兄の事を見て、凄い選手だと認めた事実に変わりはない。
唯は誇らしかった。
同時にまたかつての兄の姿がみられるかもしれない。そんな予感がしていた。
「頑張ってね・・・お兄ちゃん」
「唯・・・」
どこか真剣そうな唯に世一は気負される。
「世界一・・・その第一歩でしょ・・・」
唯は拳を突き出す。
「唯!・・・お前・・・」
世一は自覚する。こんな自分が、負けてどうすれば良いのかわからない現状にいる自分が世界一になると、唯は本気で信じている。
「応!」
拳を合わせる。
唯と世一、各々が戦いに身を投じていく。
今度こそ間が空きそう