「警部、こちらです」
部下に連れだたれて訪れたのは遺体安置所。
自分が先週に起きた遺体遺棄事件を担当せよという辞令を受け、さっそくとばかりに状況確認をするべくこの場に赴いたのだが、この寒い場所には何度来ても慣れないものである。
「こちらが検分の報告書です」
手渡されそうになった報告書を手で制しては、今回の事件にかかわる遺体の内容を確認していく。
報告書を信じていない訳ではないが、なにかしらの見落としがある可能性もあるがために、先入観の無い状態で自分が見てみては、何かしら別の視点で得られる情報がでてくるかもしれないからだ。
そうして見て回っていると、遺体ののど元にふれた指先に医療用の手袋越しでもなにかしらに触れた感触がわずかにあり、確認をするとゴミの様な薄い膜の様なモノが一つだけ付着していた。
(これはゴミ?薄い皮膚?……どこかで付着したものか?一応、保管袋には入れておくか)
それを上着のポケットへとクセでしまい込んだ後、ふたたび作業へと戻る。
一通り確認した後、特に外傷もない"綺麗な遺体"だな?という印象をもちつつも、今度は報告書を手にとっては内容の精査を行っていく。
診てまわっていた内容と報告書との差異となる場所……特にコレといったものが見当たらなかった。
そうして、再度、報告書を読んでいくと、気になっている死因の箇所が目にとまる。
「不自然死の溺死に"?"マーク?。こんな綺麗な遺体だからか?」
実は溺死の場合、"もがく"事が多い。
その為、もがいた際に何かしらの外傷跡が残っていたりするのだが、それらしき事が無い。
つまり、そういうもがいた跡が無い場合は、薬品などで"眠らされた"状態や意識がない状況で行われたりするが……薬物の反応は一切無しとある。
他には何か思い当たる節がないか?と考えを巡らせていると、
「一応は、そういう判断がされたんですが、それがおかしいんです」
「おかしい?どこだ?見落としたか?」
「いえ、その遺体ではなく"発見現場"が、です」
「ん?」
今の遺体と状況が合わないという事なのだろうか?
「山中なんです」
「山中なら、川で溺れ死んだということだろう?」
河川での溺死という線がある。
特に川の中央が急激な深場となって足を取られて、というのはよくある話で、今回も同じだろうと言葉にしていたが、そうではないという形で首を横に振っていた。
「溺死の要因ですが、少なくとも"海水"で溺れています」
「なら、わざわざ海から運び出して山中へ遺棄という線か?」
遺体遺棄の場所を変えるというのは、事件性としてみた場合、ありえない訳でもないが、それも否定される。
「それも変なんです。死亡推定時刻から逆算すると、あまりにも短時間であり、海からわざわざ運ぶ時間が合わない、まるでその場で……」
「なら、その場で海水タンクで溺れさせたとでもいうのか?」
ならば、近くで溺死させたということになるのだが……
「そもそも衣類にはそれらの"海水に浸かった"という形跡が一切ありませんでした。なので無理やり飲ませたとでもいうか……」
「わざわざそんなことを山中でさせてたやつらがいると」
いろいろと、不思議な点があがってくる事に、嫌な感じを少しずつ感じ始める。
「それなんですが、その山中には"一人分"が入った形跡しか見つかっていません」
「それなら自分で飲んでいたと?そんなに狂うぐらいの薬物患者なのか?」
あとは、自殺という形にしかならないが、そのために海水をしこたま飲むという薬物依存者などの狂った行動ぐらいしか……
「それなんですが、そもそもそういった容器の様なものも周囲からは見つかってもいません。衣類と貴重品関連のみだけが見つかっています」
「……?」
簡単にまとめてみれば、
遺体と事件場所から読み取れる情報から、衣類には海水に使った形跡はなし。
身体がその様なことになっている事もなし。
だが、気管と胃などの内部が海水で満たされ、その要因となる海水のタンクやボトルもなし。
そして、海水による溺死だけが出ていたと。
「なるほど、"変わった遺体"という事で私が呼ばれる訳だ」
「こういった事件のスペシャリストと伺っています」
「スペシャリストねぇ……厄介な事件を常にあてがわれているともいうがな」
「その厄介な事件を解決しているの数十件もあるのは……」
そう何かを期待する眼差しでこちらを見つめてくる部下だったが、それを二本指を立てて再び静止させる。
「買いかぶりすぎだ。偶然が重なっているだけだ。それに未解決も幾つかある」
「それでも、です」
これは、何を言ってもダメだなと思い描きながら、遺体資料に再び目を向ける。
先ほどの話に合った遺体現場、その場所の地名は見覚えのあるものが出てきたのが気になった。
そこは、あの"エクソシスト"絡みの事件の舞台場所でもあったからだ。
(まさか、な……)
頭の隅に、嫌な感じがこびりつく感じがした。
こういうのを感じた時というのは、高確率で当たるジンクスも持っていた。
そのため、眉を少ししかめてしまったかもしれない。
「これは確実に面倒なことになるってことだな」
「その根拠は?」
「長年、この仕事をやってきて培ってきた感だよ。感」
そう口にしたときから、今度は嫌な予感というものをハッキリと自覚していた。