俺の個性は、他人を救けなきゃ四肢が爆発するらしい   作:おっちょめん

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初投稿です。駄文ではありますが温かい目で見守っていただけると幸いです。


第1話 日色救雄:オリジン

俺の名前は──轟 隼人(とどろき はやと)だった。

 

 もう死んじまった人間の名前にどれだけの意味があるかなんて、そんなことは俺にもわからない。

 

 けどまあ、せっかくだ。

 俺がこのふざけた“ヒーローの世界”にぶち込まれる前、どんなクソみたいな人生を送ってたか

 その記録ぐらいは残してやるよ。

 

 そうだな。

 これはある意味、俺の“自叙伝”だ。

 ただし、読む価値はねぇ。

 中身は薄い。倫理もゼロ。後味も悪い。

 だが、だからこそ語る価値がある。

 俺が、俺でなくなるまでの話だ。

 

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 

 俺はクズだ。

 それ以上でも以下でもねぇ。

 “他人の不幸はメシウマ”が座右の銘で、“バカは搾取する側になれ”が信条。

 他人に肩入れしたことなんて一度もねぇし、「困ってる人を見たら助けよう」なんて思った瞬間も一度たりともなかった。

 俺が助けるのは、自分だけ。

 命も、金も、プライドも──全部、自分のためにある。

 それが俺の世界だった。

 

 

 生まれは東京の湾岸のはずれ。最寄駅は名前すら覚えてねぇ。

 

 親は捨てたのか死んだのか知らねぇが、施設育ちってだけで人生のスタート地点は-10ってやつだ。

 保護施設っつっても、要するに孤児院の劣化版みてぇなとこだ。

 

 スタッフはいつも足りてなかったし、支援物資は途中で消えてたし、クリスマスのプレゼントは「申し訳ありません」って貼り紙だけだった。

 

 最初に覚えた言葉は「返せ」だ。

 おもちゃを取られて、泣いて、取り返しに行って、殴られて、また泣いて、

 それでも次の日には同じことを繰り返す。

 

 俺はその頃から気づいてた。

 “奪う方が強い”ってことに。

 だから奪った。

 

 飯も、服も、立場も、居場所も。

 誰かの手にあるものは、全部、先に奪った奴のもんだって。

 

「はい、これお前の分だよ」って言われて受け取るモノは、

 “施し”じゃねぇ。“罠”だ。

 恩を着せて、後から言うんだ。

「人に助けてもらったことを忘れるなよ」ってな。

 だから俺は、最初から最後まで、誰にも借りは作らなかった。

 

 学校に通うようになってからも、それは変わらなかった。

 教師? 信用してねぇ。

 クラスメイト? 利用するためのパーツだ。

 “友達”って言葉は、俺にとってはただの交渉ツールでしかなかった。

 

 面倒事は避けて、バレない程度にカンニングして、

 テストで中の上くらいの点を取ってれば、教師は勝手に“問題児ではない”ってラベルを貼る。

 そうやって適当に生きてりゃ、誰も俺の中身なんか見ようとしねぇ。

 それが、ちょうどいい。

 

 中学を出たあたりから、俺は“社会の外”に片足を突っ込み始めた。

 夜の街にうろつくようになって、タバコを吸い、酒を飲み、先輩に「お前、口が立つな」と言われて闇バイトを回され、

 いつの間にか“トドロー”ってあだ名がついてた。

 トドロー。轟だからってだけの安直な名前だが、呼ばれるたびに自分の本名を思い出すのが嫌で、逆に定着した。要は嫌がらせ。

 

 “仲間”って呼ばれるやつらとつるむようになってから、俺の人生はどんどん“人間じゃなくなっていく”ような感覚があった。

 でも、それでよかった。

 俺は最初から、人間として産まれちゃいねぇ。

 そう思い込んだ方が、楽だったからな。

 

 

 “生きる”ってのは、“逃げ切る”ってことだ。

 そんな哲学を抱くようになったのは、たぶん俺が十五、六の頃だ。

 昼間のコンビニで万引きして、それを咎めてきた同級生を殴って、逆に警察に突き出されかけたときに、俺は初めて“泣いた”。

 嘘泣きだったけどな。

 

「ごめんなさい……僕、ちゃんと反省してます……」って、

 ばかみてぇに泣きわめいたら、案の定、大人たちはコロッと態度を変えやがった。

 そのとき思ったんだよ。

 人間なんて、どうせ“表面”しか見ねぇ。

 中身の腐った俺を見ずに、泣いてるってだけで“可哀想”のスタンプを押すような奴らに、

 俺が本気で何かを信じると思ったか? 

 馬鹿が。

 

 それからというもの、俺は「どう逃げるか」を常に最優先に考えて生きた。

 ヤクザのシノギの下請けもやった。

 表向きは宅配便業者、でも実際は“商品”の中身が現金束だったり薬だったり。

 

「バレたらヤバいですよ、隼人さん」

 

 なんて言われても、バレないように逃げきるのが俺の“強さ”だった。

 とにかく、俺は生き延びた。

 どんなに汚くても、みっともなくても、“死ななきゃ勝ち”だって本気で信じてた。

 そして、俺はそれなりに“勝ち続けていた”。

 

 

 二十歳を過ぎた頃、俺の中で一つの変化があった。

 それは──虚しさだ。

 金はある程度手元に残るようになった。

 生活は困らない。

 女にも困らなかった。

 夜になれば呼ばれて、朝になれば帰る。

 シノギも、喧嘩も、トラブルも、すべて“慣れた”。

 

 でも、何も残らなかった。

 クラブの爆音も、ストロボの光も、甘ったるい酒も、

 全部が“耳と舌を通過して、何一つ心に残らない”。

 俺の世界は、空虚で塗り固められていた。

 その虚無を埋めるために、より危ないシノギに手を出す奴もいたが、俺は逆に“浅く浅く”逃げる道を選んだ。

 誰よりも賢く、誰よりも浅く、誰よりも空っぽに。

 それが俺の“処世術”だった。

 

「最近、冷めてんじゃね? トドロー」

 

「うるせぇよ。熱くなっても損すんだよ」

 

 裏路地で煙草をくゆらせながら、俺はいつものようにうそぶいた。

 そのときの俺は、本当にそう思っていた。

 熱くなったら負けだ。巻き込まれる。感情は毒だ。

 だから俺は、何にも関わらないように生きてきた。

 他人がどうなろうと関係ねぇ。

 女が泣いてようが、子どもが倒れてようが、知らねぇ。

 それが俺の流儀だった。

 

 

 

 

 週末の渋谷。

 ネオンはチカチカと輝き、女は酒に酔い、男は獣の目をしていた。

 俺は駅前のコンビニで缶チューハイを一本にどうでもいいバラエティ番組をスマホで流しながら、

 何も考えずに歩いていた。

 そしたら──

 

「やめてっ!! 誰か!! 助けて!!」

 

 ……聞こえた。後ろから。

 女の声だ。

 助けを求めていた。

 だけど俺は、足を止めなかった。

 むしろ、スッと早足になった。

 

「おーお、お盛んねぇ〜……」

 

 それだけ言って、缶チューハイのタブをプシュッと開けた。

 

 別に珍しいことじゃない。

 週末の渋谷で、喧嘩だの、痴話だの、痴漢だの、強姦だの、

 そんなもん日常茶飯事だ。

 

 俺が関わってどうなる? 

 正義感? 笑わせんな。

 そんなもん持ち合わせてたら、俺はとっくに死んでる。

 女の声なんて、遠ざかるうちにノイズになって消えた。

 缶チューハイの味も、カップラーメンの塩っけも、

 やっぱり今日は薄かった。

 家に帰ったあと、シャワーを浴びながら、

 ふと思い出した。

 

「あの女……まあ、顔はそこそこだったな」

 

 もしあの強姦魔と一緒くたに混ざっていたら、ワンチャンヤレたかもしれねぇな。

 まあ、トラブルに巻き込まれるリスクと釣り合わねぇけど。

 それくらいの感想だった。

 罪悪感もなけりゃ、葛藤もない。

 ただ、損得だけだ。

 

 

 その日も、いつもと同じように終わると思ってた。

 週末。深夜0時過ぎ。

 缶チューハイ片手に、渋谷から少し外れた裏通りを歩いていた。

 酔っ払いとホームレスと、誰かのゲロが舗道に点々と残ってて、どこからともなくパトカーのサイレンが遠くで鳴っていた。

 

「だりぃな……」

 

 足元の小石を蹴り飛ばしながら、ため息まじりに歩く。

 スマホの通知はゼロ。誰からも連絡が来ていない。

 LINEもSNSも、自分が発した言葉が虚空に消えるだけだった。

 でも、それでいい。

 誰にも期待しないってのは、何よりも楽だからな。

 

 どれくらい歩いただろう。

 人気のない裏道。

 酔って寝てる会社員と、通り過ぎる黒猫と、壊れた街灯の明かり。

 その先の角を曲がったとき、俺の耳に、嫌な音が飛び込んできた。

 

「……っ、うっ……や、め……て……!」

 

 声だ。

 若い。たぶんガキ。

 必死に声を押し殺してる感じが、やけにリアルだった。

 見れば、路地の奥で誰かがしゃがみこんでいる。

 小さな影。

 制服姿の、小学生くらいの少年だった。

 足元に何かを落として、うずくまって、

 その向かい側には、明らかにヤベェ雰囲気の男が立っていた。

 スーツ姿に見えたが、胸元は乱れ、顔は真っ赤。

 目は見開いていて、呼吸が荒い。

 左手には……ナイフ。

 薄い刃に、街灯の光が一瞬だけ反射して光った。

 あーあ。

 完全に“ホンモノ”じゃねぇか。

 

 俺は一瞬、立ち止まった。

 だがそれは反射だった。

「助けなきゃ」なんて考えじゃない。

 単に、“巻き込まれないように確認した”だけだった。

 

「関わるな。スルーだ」

 

 その判断が、頭の中を占めるのに一秒もかからなかった。

 足を止めたまま、ほんの少しだけ身を引いた。

 そのとき──

 

「たすけ……て……」

 

 ガキが、こっちを見た。

 目が合った。

 今にして思えばその眼にやられたんだと思う。

 まるで魔性の瞳だった。俺は催眠にかけられた。

 

 なんだこれ。

 やけに心臓がうるせぇ。

 視界の隅がチカチカして、足が、少しだけ、勝手に前に出た。

 

「おい……おい、待てよ」

 

 心の中で自分に言い聞かせる。

 行くな。

 行く意味ねぇだろ。

 どうせ俺じゃ勝てねぇ。

 刺される。死ぬ。

 だったら、逃げろ。

 そう思った。確かに、そう思ってた。

 なのに──

 

「……チッ、クソが……!」

 

 気づけば、俺の足は駆け出していた。

 

 自分でも何やってるかわからなかった。

 ただ、体が勝手に動いた。

 ヤベェ男に向かって突っ込み、

 ナイフの軌道を避けるように滑り込み、

 しゃがみ込んでるガキを掴んで、思いっきり突き飛ばした。

 

「逃げろっ!!」

 

 俺の喉から、そんな声が出たことに自分で驚いた。

 直後──

 ズブッ

 重たい感触が、俺の脇腹に走った。

 何かが、入ってくる。

 鋭くて、冷たくて、でも一瞬だけ“温かく”感じた。

 目を伏せれば、そこにはナイフが刺さっていた。

 根本まで、深く。

 

「……マジかよ……」

 

 その言葉を最後に、膝が砕けた。

 

「……あは、あは、あはははははははは!!!」

 

 ヤベェ男はザクザクと俺の体を穴だらけにしていった。

 

 遠くで、子どもの泣き声が響いていた。

 逃げてくれたらしい。

 よかった。たぶん、助かった。

 ……あれ? 

 “よかった”って、俺、いまなんて思った? 

 おい、待て。

 俺、マジで何やってんだ? 

 ふざけんなよ。

 逃げろって言ってただろ。

 なに勝手に動いてんだよ、俺の身体……! 

 でももう、遅かった。

 意識が、どんどん遠のいていく。

 

「あーあ逃げときゃ良かった」

 

 クッ、と笑ったその瞬間、

 視界が真っ暗になった。

 それが──俺の、最期だった。

 

 

──────────────────────────────────────

 

 

 目を開けた瞬間、そこは──真っ白な世界だった。

 地面も、空も、壁もない。

 上も下もわからない、何もない空間。

 感触もない。風も吹かない。音も反響しない。

 なのに、不快感はなかった。

 ただ、静かだった。静かすぎて、逆に腹が立つ。

 

「……あ?」

 

 自分の声が、空気のない空間に染み込んでいった。

 叫んでもないのに、鼓膜の内側が震えた。

 生きてる感じがしない。

 かといって、死んでる実感もない。

 ──いや、そうか。

 死んだんだ、俺。

 

 刺された感触はまだ脇腹に残ってる。

 あれは幻覚でも夢でもない。

 ガキを庇って、ナイフで刺されて、俺はそのまま──

 

「うん、死んだよ。確実に」

 

 その声は、唐突に、唐突すぎるほど自然に降ってきた。

 思わず振り返る。

 そこにいたのは──人だった。たぶん。

 性別も年齢もわからない。

 スーツにスニーカー、サングラスにロングコートという、

 季節も状況も無視したどうしようもない格好をした男。女? いや、どっちだ? 

 ただ、唯一確かなのは、その“何でもなさすぎる”顔だった。目を離した瞬間あれアイツの顔ってどんなだっけ? って忘れるほど記憶に残らない顔。

 俺は、その顔を見た瞬間に理解した。

 

「あんた、神か……?」

 

「うん、そんな感じ。便宜上ね」

 

 はぁ? なんだよそのノリ。

 

「冗談じゃねえぞ……」

 

 俺はそいつの足元を蹴り飛ばそうとしたが、蹴れる地面が存在しなかった。

 その神と名乗る存在は、笑いながら続けた。

 

「すごいよ、君。人生で一度も誰かを助けたことなかったのに、最後の最後で庇っちゃうんだからさ」

 

「……勝手にやったわけじゃねぇよ。身体が勝手に動いたんだ。事故みたいなもんだ」

 

「そうそう。事故。でもね、君の“魂の構造”は、あの瞬間、変化したんだよ」

 

「はぁ?」

 

「だから、“転生”する価値があるって判断したわけ」

 

 “転生”。

 聞き慣れないはずなのに、やけにスッと耳に入ってきた。

 

「……異世界ってやつか?」

 

「うん。このまま消滅してもよかったんだけど、君、最後にちょっとイイことしちゃったからねぇ。

 せっかくだし、もう一回人生やってみる? って提案をしたくて、さ」

 

「はぁ」

 

「新しい人生。新しい世界。君にぴったりの“個性”もセットで付けるよ」

 

 その言葉に、俺は耳を疑った。

 

「こ、こせい……って、なんだよ何かの隠語か?」

 

「あれ? “僕のヒーローアカデミア”って知らない? “個性社会”のやつ。わかる? 

 アニメや漫画で見たことあるでしょ。超人たちが日常に溶け込んでる世界。

 あそこに君をドーンと送り込んじゃう」

 

 神はノリノリだった。

 腹立つほどテンションが軽い。

 

「じゃあ、君に与える個性を発表します! その名も──《ヒーロー》!」

 

 ……は? 

 

「“ヒーロー”? なんだよそれ、安直にも程があるだろ」

 

「中身はちゃんとしてるよ。

 この個性は、ある意味で世界でたった一つの、“強制型個性”。

 簡単に言えば──誰かを助けなければ死ぬってやつだね!」

 

「……は?」

 

「もっと詳しく言うと、君の前で“助けるべきシチュエーション”が起きたとき。

 君がそれをスルーしたり、無視したり、逃げたりすると……

 心拍数が上がり、内臓が破裂し、最終的には四肢が爆発して死にます。まだ他にもサプライズは残してるけど」

 

「いやいやいやいや、待て待て待て。なんでそんな地雷みたいなもん俺に……」

 

「だって君、最後の以外助けたことなかったじゃん。最後に助けたからと言って人間ってそうそう変われないでしょ。だって普通に考えたらゴミ人間だもん君。

 だからこそ、“助けなきゃ死ぬ”って構造を魂にインストールするのが最適だと思ってさ。

 その方がさ、面白いでしょ?」

 

 俺は拳を握った。 

 

「おい、ふざけんなよ……俺は、そんな人生望んでねぇ……!」

 

「うん、知ってる。君の意思とか、正直どうでもいいし。

 でもまあ、せっかくなんで、せいぜいヒーローやってきてよ。目指せ聖人君子ってね!」

 

「ッ……!」

 

「じゃあ、転生タイム。“死にたくなかったら、助けろ”。いいね?」

 

 神は最後にそう言い放ち、指をパチンと鳴らした。

 

 次の瞬間、世界が──裏返った。

 視界が反転し、空気が砕け、思考が千切れて、魂が引きずり出されるような感覚の中、俺はただ一言、最後に叫んだ。

 

「ふざけんなよ、クソ神がぁぁああああああああ!!!」

 

 

 

──────────────────────────────────────

 

 

 

 僕の名前は日色救雄(ひいろすくお)って言います。

 三歳です。お父さんとお母さんと、三人で暮らしています。

 毎朝起きると、お母さんがごはんを作ってくれます。

 僕はそれを全部食べてから、お父さんに「いってらっしゃい」をして、保育園に行きます。

 保育園にはマナちゃんっていうお友達がいて、マナちゃんはとても優しい子です。

 お砂場遊びも滑り台も、いつも一緒にやってくれます。

 

 最近では、ひらがなも少しずつ読めるようになってきていて、先生から「すくおくんは頭がいいですね」って言われました。

 だから僕、ちょっとだけえっへんってしたくなっちゃいます。

 

 あの日、マナちゃんが泣いていたのは、おそらく砂場のところでした。

 お気に入りの赤いバケツと黄色いスコップを、別の子に取られてしまったみたいです。

 マナちゃんは小さな声で「かえして……」って言おうとして、でも言えなくて、そのまましゃがみこんで、涙をためたまま、ただじっと耐えていました。

 

 僕は、それを見ていました。

 でも──立ち上がる理由が、見つからなかったんです。

 

 だって、先生がきっと注意してくれると思っていたから。

 僕がやらなくたって、何も困らないと思っていたから。

 

 そのときの僕には、まだ“助ける”という発想がなかったのです。

 けれど、そのとき──

 

「っ……ぐ、が、あ、ああっ……!」

 

 お腹の奥で、何かが“裂ける音”がしたような気がしました。

 胸が灼けるように熱くなり、心臓がぎゅうっと潰れていくような苦しさが一気に押し寄せてきました。

 喉が詰まり、息が吸えなくなって、視界の端がぼやけていきます。

 手足は震えて、自分の身体じゃないみたいに痺れていきました。

 

 なにこれ……なにこれ……! 

 苦しい、助けて。たすけて。

 

 でも──誰もたすけに来てくれませんでした。

 だから、僕の足が──勝手に、動き出しました。

 

 

 砂場へ向かって走っていました。

 声を出すつもりなんてなかったのに、喉が震えて、勝手に言葉が飛び出しました。

 

「かえしてよ! それ、マナちゃんの!」

 

 手のひらは汗でびっしょりでした。

 喉が焼けるように熱く、体中の鼓動が耳の奥で暴れていました。

 

 涙が、ぽろぽろとこぼれてきます。

 泣いていたのはマナちゃんじゃありません。

 ──僕でした。

 

 奪った子が少し驚いた顔をして、しばらく黙っていたあと、赤いバケツをぽんと返してきました。

 僕はスコップも取り戻して、それをマナちゃんに差し出しました。

 マナちゃんは涙をぬぐい、小さな声で「ありがとう」と言いました。

 

 その瞬間でした。

 あれほど暴れていた痛みが、スッと──引いていきました。

 熱が引き、痛みが消え、呼吸が戻り、視界がはっきりと晴れていく。

 

 それと同時に。

 

 ──記憶が。

 

 

 ……全部、戻った。

「ッ──」

 おい。

 なんだこれ。

 ……思い出しちまったじゃねぇか。

 赤い閃光。

 白い部屋。

 サングラスの男。

 あの、ふざけた笑い声。

 孤児院の錆びた窓。

 スラムの煙草の臭い。

 渋谷の裏通りで刺されたときの脇腹の感触。

 “助けなきゃ死ぬ”とかいう、あのクソみてぇなルール。

 神がにやつきながら言い放った、あのセリフ。

『死にたくなかったら、助けろ』

 

 ……そうだ。

 

 俺は──“俺”だった。

 轟 隼人。

 俺の名前は、日色救雄じゃねぇ。

 

 ……いや、違う。今は確かに、そう呼ばれてる。

 けど、俺の中に“俺”はそのまま残っていやがる。

 逃げて、嘘ついて、見て見ぬフリをして、

 それでも必死にしがみついて生きてきた、どうしようもないクズな“俺”が──

 今、このガキの身体の中で、脈打ってる。

 ふざけんなよ。

 なんでこんな身体に押し込められてんだよ。

 なんでこんな、逃げ道のないゲームを押しつけられなきゃいけねぇんだよ。

 

 ……なあ、神様よ。

 どこだ。

 どこで見てやがる。

 聞いてんだろ。

 

「ふざけんなよ……クソが……!」

 

 口の中に、鉄の味が広がったような錯覚があった。

 でもそれは、たぶん怒りだけじゃなかった。

 ……情けなさと、怖さと、諦めの混ざった“苦味”だった。

 

 マナってガキは、「ありがとう」って笑ってた。

 先生は「えらいね」って、俺の頭を撫でてきた。

 違ぇんだよ。

 俺は、優しくなんかねぇんだよ。

 俺はただ──

 “死にたくなかっただけ”だ。

 

 この世界では、俺は“誰かを助けるヒーロー”として生きるしかねぇ。

 そうしなきゃ、死ぬ。

 選択肢なんて最初からなかった。

 チンピラとして生きていた俺は、もう死んだ。

 これからは、助けなきゃ死ぬ人生だ。

 だから、この日を境に、俺は“ヒーロー”になる。

 いや、ならざるを得なくなる。

 たとえ望んでなくても。

 たとえ心のどこかで、全部を呪っていたとしても。

 それが俺に課された、呪いみてぇな宿命であり、宿業だった。

 

 

 

主人公の通っている中学校をデクたちが通っていた折寺中学校にしようか迷っていますデクたちの絡み見たいですか?

  • 中学での絡み見たい
  • 高校からでいい
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