俺の個性は、他人を救けなきゃ四肢が爆発するらしい   作:おっちょめん

3 / 7





第3話 ヴィラン遭遇

その日は、誰も困らなかった。

本当に、ただそれだけのことだった。

 

朝、母親は何事もなく朝食を作り、

父親は新聞を読んで、口数少なく「いってきます」と言い残して出て行った。

空は雲一つなく晴れ渡り、風は涼しくて心地よい。

近所の子どもたちは元気に登校していき、

犬の散歩をしている爺さんも、買い物帰りの主婦も、

誰一人として、トラブルに遭っていなかった。

ガキも、先生も、元気に「おはよう」と笑っていた。

 

ゴミも落ちていない。

車もスムーズに流れている。

信号も全部、きちんと動いていた。

 

トラブルなんて、どこにもなかった。

泣いている子もいなければ、怪我をする子もいない。

砂場の取り合いもなくて、鬼ごっこも、誰一人転ばずに終わった。

 

……地獄だった。

 

俺にとっては、まごうことなき――地獄だった。

 

朝の7時から、何一つ“助ける案件”が発生していない。

俺の“延命カウンター”は、容赦なく削られていっている。

誰も困ってなかった?

それは“いい日”じゃねぇんだよ。

 

俺にとっては、余命宣告そのものだ。

 

「誰か……誰か倒れねぇかな」

「転んでくれ、泣いてくれ、誰でもいい、トラブル起これ……」

 

誰か、困れ。

今すぐ、転べよ。泣けよ。怪我しろよ。

 

そんなことを切に願いながら、俺は園庭を彷徨っていた。

 

________________________________________

11時すぎ。

最初の発作が、じわじわと来始めた。

喉の奥が渇く。

胸の奥に、鉛玉を押し込まれたような重さがのしかかる。

手が冷たく、足がむずむずと騒ぎ出す。

 

「……まだ午前中だろ……嘘だろ、もうかよ……」

 

昼食の時間。

苦しくて、味なんかしなかった。

味噌汁を飲んだ瞬間、胃が逆流しそうになって、吐きかけた。

 

「すくおくん、大丈夫? 具合悪い?」

 

「……全然! ピンピンしてるよ、ほらこの通り!」

 

身体を大きく動かして、“僕は元気です”アピールをする。

笑顔も絶やさないように、頬を引きつらせてでも笑ってみせる。

 

ヒーローは、そんなことでは倒れてはいけない。

俺の個性が、それを許してはくれない。

そんなことで時間をロスするわけにはいかない。

困ってる奴を探す時間を失うわけにはいかない。

 

……でも中身は、既に死にかけだった。

 

________________________________________

15時。

視界が歪み始める。

まぶしい。頭が痛い。

幼稚園の壁が、ぐにゃぐにゃと揺れて見える。

音が遠い。

遠くて、近くて、耳鳴りがしてる。

 

「たすけて……」

 

――幻聴だ。

そんな声、どこにもないのに。

俺の脳が勝手に作り出してる。

助けろ、助けろ、助けろ、って。

 

「……やばい、マジで……まずい……」

 

このままじゃ、爆ぜる。

四肢が、本当に爆発する。

 

前にやらかしかけた時、病院に運ばれた。

原因不明の筋肉破裂って診断されたけど、

んなもん個性が原因に決まってんだろ。

 

「くそ……くそ……誰か……! 困ってるやつはいないのかよ……!」

 

呻くような声を漏らしたそのとき――

幼稚園の塀の向こうから、“何かが落ちる音”がした。

 

ドサッ、という鈍い音。

すぐに聞こえた叫び声。

 

「た、た、助けてぇ! 誰か!」

 

――来た。

その叫び声に、俺は思わず感謝した。

だって、もう死がそこまで迫ってたんだ。

ありがてぇ。

ありがてぇ……!

視界が霞んでる。足の裏が地面をちゃんと踏んでる感じがしねぇ。

 

頭が割れそうに痛い。視界の端が赤黒く滲んでいる。

耳鳴りのようなノイズが頭の奥で暴れてる。

胸の内側がギリギリと締め付けられ、背中を汗が伝う。

けどそれでも、一歩ずつ、足が前に前にと進ませる。

 

もう時間がない。

“四肢爆発のカウントダウン”が、皮膚のすぐ下まで迫ってる。

 

フラつく足を引きずって、裏門の方へ向かう。

幼稚園のフェンスの影、倉庫の奥、人気のない通路。

 

そこで――俺は、悪を見た。見ちまった。

 

女の子が一人。

制服は乱れ、両手は後ろで縛られ、口はガムテープで塞がれていた。

無抵抗のまま、男の肩に担がれていた。

 

女の子の小さな体は、力が抜けてぶら下がっていた。

両足にはロープが巻かれ、ピクリとも動かない。

 

その男は痩せた体に包帯とサングラス、

マスクをつけ、肩からは無数のロープを垂らしている。

一歩ずつ、ゆっくりと路地の奥へ歩いていた。

周囲を警戒しながらも、口元だけがだらしなく笑っていた。

 

「ッ……」

 

息が詰まった。

 

……最悪だ。

 

マジで最悪だ。

 

前世で――ああいう手合いを見たことはある。

街の裏手、スラムの薄暗い路地で、誰かが泣き叫んでいた。

自分には関係ないと、俺は目を背けたが。

 

でも今世では初めてだった。

自分の目の前で、少女が“連れ去られようとしている”光景を、

これほどの近さで、こんなにもはっきりと見せつけられたのは。

 

「マジかよ……」

 

つぶやく声が、自分でも驚くほど震えていた。

体は前に出ようとする。

でも心が止めようとする。

 

――行くな。やめとけ。死ぬぞ。

 

 

最悪なシチュエーションに出会っちまった。もっと簡単なピンチを寄こせ。

今日はもう、最悪を更新し続ける日だ。

 

男のサングラスの奥の眼は――腐ってた。

濁って、乾いて、感情なんてものはどこにもなかった。

 

まるで、昔の俺を見ているようだった。

人の痛みなんか知ったこっちゃねぇ。

死にそうな人間を見ても、「だから何だ」と思ってた頃の、あの腐った自分の記憶が、

目の前のこいつと重なった。誰かの弱さに快楽を見出して、

他人の苦しみを“遊び”と呼んで、

罪悪感なんて一度も持ったことがない、そういう“人間のクズ”。

 

 

 

間違いねぇ。

 

こいつは――ヴィランだ。

 

 

俺は立ち尽くしていた。

足が動かない。体が危険信号を発し続けている。

喉も、詰まって声が出ない。

  

男が俺に気づいた。

 

「……あ? なんだ、ガキか」

 

ゆっくりと立ち止まり、女の子を肩に担いだまま、顔だけをこちらに向ける。

 

「見世物じゃねぇぞ。アッチ行ってろ。お兄さん、今からお仕事なんだよ」

 

足を一歩でも動かそうとすれば、

俺の内臓が引き裂かれそうな痛みを発する。

体が、完全に限界だった。

 

男は口元を笑わせながら続けた。

 

「それと、今見たことについては――黙ってろ。

 悪いコトにはしねぇ。な? 約束だ。ガキには優しくする主義でな」

 

俺の体が言うことを利かない

喉が焼けつくように熱くなって、息が漏れる。

 

「……その子を、離せ!」

 

声になった。

それだけで精一杯だった。

 

男が肩をすくめて、鼻で笑う。

 

「あーあ。いきなり約束破るか。

 近頃のガキは、ほんとしつけがなってねぇな」

 

次の瞬間。

男の背中から、肩から、腕から――

無数のロープがウネウネと広がった。

 

まるで生きてるみたいに、空気を這い、獲物を探すように震えてる。

 

今までにない緊張感が全身に走った。

脳が、肺が、心臓が、叫んでる。

 

――ここで逃げたら、俺は死ぬ。

 

だから俺は、叫ばざるえなくなった。

 

「――ッ、その子を助けるのが、俺の使命だ!!」

 

喉の奥が裂けるようだった。

声にならない声が、空気を叩いた。

張りつめた空気の中で、唯一動いたのは、男の眉間の皺だった。

 

「はぁ?」

 

あきれたような、軽く笑うような――そんな音を含んだ声だった。

 

「お前が? ガキのくせしてヒーロー気取りかよ。笑わせんな」

 

その瞬間、男の背中から飛び出した一本のロープが、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。

本能が叫ぶ。避けろ、動け、反応しろ。

けれど、体は――動かない。

足は痺れ、視界はまだぐらついたまま。

限界など、とうの昔に超えている。

助けなければ死ぬ。

だが、助けるために動けば――もっと早く死ぬ。

矛盾の地獄の中で、俺の意識は、焼け付くような速度で回転した。

 

なら……どっちみち死ぬなら最後まであがいてやろうじゃねぇの!

 

俺の足が、地を蹴った。それと同時に全身の至る所から血が滲みだす。

コードが迫る。

あの忌々しい生き物のようなロープが、蛇のようにうねって、俺の腹を狙う。

 

間に合わねぇ。

そう確信した瞬間、俺は――倒れ込んだ。

というより、自分から、地面に身を投げた。

腹にロープが巻きつく寸前、体をひねって重心を崩す。

顔を泥と砂利に打ちつけ、肘から血が噴き出す。

けれど――そのおかげで、ロープは空を切った。

スカッという風を裂く音だけを残して、

奴の攻撃は、虚しく俺の背中を通り過ぎた。

だが、それで終わりじゃない。

俺は手を伸ばした。

目の前にぶら下がっていた、小さな足。

少女の、ぐったりとした体の、その足の――靴先。

あと少し。あと、数センチ。

そして。

掴んだ。

指先が、彼女の靴のゴム底をつかんだ瞬間、

 

「うおおおおああああああッ!!」

 

咆哮と同時に、少女の体を――引っ張った。

ロープが軋む音。男の手から少女が消えた。

女の子の体が、俺の腕の中に転がり込んできた。

 

その瞬間、俺の脳の奥で、何かがはじけた。

“助けた” ――その判定が下された。

――痛みが、引いた。

肺にまともな空気が入ってくる。

脈拍が戻る。

心臓を握り潰していた誰かの手が、スッと離れた気がした。

その一瞬で、俺は叫び声をあげる余裕すら取り戻していた。

 

俺は、その小さな体を庇うように抱きかかえ、男を睨んだ。

視界の端で、奴の表情が歪むのが見えた。

「テメェ……!!」

怒りと苛立ちの混じった低い声。

そして、次のロープが飛んできた。

避ける余裕は、もうなかった。

助けを得て“動ける体”にはなったが、

すでに体はボロボロだ。

だから俺は、庇った。

女の子を、背中で。

痛みが走る。

肩を、腕を、鋭く締め付ける感覚。

でも、それだけだった。

それだけで済んだ。

――そのとき。

 

「あれ、何!? 誰か――先生呼んできて!!」

 

幼稚園のフェンス越しから、誰かの叫び声。

園児か。保育士か。誰かが、異変に気づいた。

さらに――足音。

何人もの大人の足音。

先生の怒鳴り声と、警報のような叫びが重なる。

男の顔色が変わった。

「チッ……見られたか」

ロープを引き戻しながら、舌打ち。

口元に、ねっとりとした笑みが浮かぶ。

「覚えてろよ。ガキが……」

そう吐き捨てると、男は身を翻して走り去った。路地の奥へ、おびただしいロープを引きずりながら、その姿は闇に消えていく。

俺は、その背中を見送ることもできず、腕の中の小さな温もりを感じながら、急速に意識を失っていった。視界が、ゆっくりと暗転していく。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

目が覚めたとき、天井が白かった。

 

ただそれだけのことだったのに、胸の奥がギリギリと軋んだ。

喉は焼けるように乾いていて、まぶたの裏はザラザラと重い。

点滴のチューブが腕にぶら下がり、静かな電子音だけがこの場所に“生”を告げていた。

 

ここは病院だってことに気づいた。

視線を落とすと、毛布の下で腕が包帯だらけになっていた。

傷だらけの身体に、わずかに残っていた体温が、

現実を引き戻してくる。

どうやら俺は――また、延命されたらしい。

 

寝たままの視界に、カーテンが映る。

その向こうから、足音が聞こえてきた。

躊躇いの混じった、でもどこか急いでいるような足音。

 

そして、次の瞬間――

 

「……すくお……!」

 

カーテンが勢いよく開いて、母親が飛び込んできた。

 

「目、覚めたのね……ほんとに、よかった……!」

 

泣きながら俺の手を握る母。

その背後で、父が無言で立っている。表情は読み取れない。けれど拳は固く握られていた。

 

「よかった……よかった……もう……!」

 

何度も繰り返されるその言葉が、

まるで俺を“縛るロープ”のように重くのしかかってくる。

 

――ヤバい。

 

母が泣いている。

このままだと、“困ってる”判定が下りかねない。

 

“助けなきゃ”って感覚が、じわじわと皮膚の内側を這い始める。

カウントダウンの前兆だ。

まるで、時限爆弾のスイッチが母の涙で押されてしまったみたいに、

俺の胸の奥が、不穏に熱を帯び始める。

 

だから――

 

「……うん。大丈夫。ちょっと疲れただけ……」

 

笑った。

喉を引き裂くような、形だけの笑み。

唇だけを持ち上げた、表情の模倣。

 

“困っていない母親”を、演出させなければいけなかった。

母を慰めるためじゃない。

優しい息子を演じたいわけでもない。

 

 

「大丈夫だから。心配、かけてごめん」

 

笑ってみせる。

目の奥は凍りついたまま、心を殺して。

 

そうしなければ、この場で発動する。

 

 

母の顔が、ようやく少し緩んだ。

父が、「そうか」とだけ一言、小さく頷いた。

 

俺は、それを見て、

ようやくほんのわずかだけ、肺の空気を入れ替えることができた。

危ねぇ、危ねぇまた発作が来るところだった。

 

「……もう、こんなことしないで……!」

 

母の声が震えていた。

優しさと怒りが混ざった、感情の爆発だった。

涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、俺の腕を掴んで強く言った。

 

「危ないことなんて、絶対にしちゃダメ! あなたはまだ子どもなのよ!?

 誰かを助けるなんて、そんなの、ヒーローがやることなんだから……!」

 

怒っていた。

心配して、泣いて、怒っていた。

 

俺のために。

俺が、あんな目に遭わないように――心から、怒ってくれていた。

 

その時だった。

胸の奥で、“何か”がブチっと千切れる音がした。

 

――は?

 

ふざけんなよ。

 

ああそうだよ、わかってるよ。

言ってることは、正しい。

心配してるのも、ちゃんと伝わってる。

でもな――

 

俺だって、やりたくてやったんじゃねぇんだよ。

 

こちとら誰かを助けなきゃ、血を吐いて倒れる身体なんだ。

誰かが困ってるのをスルーしたら、内臓が煮えくり返って、

筋肉が破裂して、目玉が飛び出しそうな痛みに襲われるんだよ。

 

なんで俺が怒られなきゃなんねぇんだ。

 

あれは“善意”じゃねぇ。

“正義”でもねぇ。

 

“延命処置”だ。

ただの、生存条件。

俺がやったのは――“行動”じゃなくて“発作”なんだよ。

 

それを「どうしてそんなことをしたの!」って……

知らねぇよ。俺が一番知りてぇよ。

 

――でも、言えない。

 

言ったら困らせる。

泣かせる。

疑われる。

そして、たぶん、また個性が反応する。

 

だから俺は、表情を変えなかった。

 

「……ごめんね。もう、気をつけるから」

 

そう口にした。

言葉を選んで、声色を整えて、“良い子”のふりを再びした。

 

 

主人公の通っている中学校をデクたちが通っていた折寺中学校にしようか迷っていますデクたちの絡み見たいですか?

  • 中学での絡み見たい
  • 高校からでいい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。