俺の個性は、他人を救けなきゃ四肢が爆発するらしい 作:おっちょめん
教室の窓から差し込む西陽が、机の縁を黄金色に染めていた。ざわつく放課後の雑踏の中、やけに馴れ馴れしい声が俺の耳を叩いた。
「やっぱ日色って、雄英志望なん?」
突然の問いに、思わず顔を向けると、そいつはいつものように気安い笑みを浮かべて俺を見ていた。――爪切回(つめきり・かい)。俺にとって唯一無二の友達……いや、数少ない“普通”を共有できる存在だ。
「ん、まあ……そうだな」
別に隠すことじゃない。でも口に出すと、どこか気恥ずかしさがこみ上げてくる。まるで「オレってばヒーローになります!」って、白昼堂々と叫んでるような気分だ。
「かーっ、やっぱりかー。容姿端麗、頭脳明晰、質実剛健。そんでもって増強型の強個性だろ? いいなぁ~マジで。お前の個性、俺のと交換してくんね? この、“爪が回転するだけ”のクソ個性とよ」
そう言いながら、そいつは自分の人差し指を器用に回して見せた。滑稽なくらい、全力で回っている。
「……あげられるもんならあげてるわ。頼むから誰か引き取ってくれよ、このクソ個性」
俺はため息交じりにそう返したけれど、内心では少しだけ笑っていた。くだらなくて、しょうもない。でも、こういう馬鹿なやり取りができるのは、こいつくらいしかいない。
「ま、お前が受かんなきゃ誰が受かるって話だよな」
軽口のようでいて、そこには信頼が滲んでいた。俺の実力も努力も、一番近くで見てきたこいつだからこその言葉。
「そういうお前はどうなんだよ、爪切。受けんの? 雄英。」
俺が問い返すと、爪切は肩をすくめて笑った。どこか、最初から答えが決まっていたような口ぶりで。
「んあ? 受けねーよ。俺には俺のやりたいことがあるんでね。ヒーローなんてガラじゃねぇし、何よりお前みたいに頭良くねーしな。俺が受かるくらいなら、雄英のブランド価値が下がるってもんよ」
そう言って、自分の額を人差し指でトントンと叩く。その仕草は、昔から変わらない。
「それにさ、俺がもしヒーローになったら大問題だぞ?」
冗談っぽく笑う爪切。俺はその続きを予想しながら、なんとなく訊いてしまう。
「なんで?」
「ほら、ヴィラン捕まえるときにさ。俺の必殺技が“爪クルクル”なわけ。相手笑いすぎて失神すんぞ?」
そう言って、またあの意味不明な回転を見せてくる。アホらしさに、思わず口元が緩んだ。
「……それはそれで強いんじゃねーか?」
「いやもう、攻撃力ゼロどころか情けで逃がしてもらうレベルだろ。ヒーロー名、“ネイルガン”で売り出そうかと思ったけど、クラスの女子に秒で却下されたわ」
「却下で正解だよ。ネイルガンはねぇわ。せめて“回転爪(ローテイル)”とか、ちょっとはカッコつけとけよ」
つい本気でアドバイスしてしまうあたり、俺も毒されてきた気がする。
「お、それいいな! 採用! 俺、今からそれで売ってくわ!命名センスもいっちょ前とかさっすがヒーロー」
その瞬間、体の奥底で何かがきしんだ。笑顔のまま、心だけが軋んでいく。
「だからそのあだ名やめろって。お前に言われるとなんかぞわぞわするんだよ」
いつからか俺は――“ヒーロー”と呼ばれてる。
困ってる人間がいるとき、どこからともなく現れて助ける。まるで、物語に出てくる理想のヒーローそのものみたいだって、誰かが言い始めた。それ以来、そのあだ名が俺についた。
他人から言われるのは、もう慣れた。慣れるしかなかった。自分を殺してでも、助けなきゃならない。それが俺の“個性”だから。
でも――
こいつにだけには、言われたくない。
唯一、俺の中の“普通”を共有してると思ってた、こいつに。こいつには演技をせずありのままの自分でいられるんだ。
俺のことを、ヒーローだなんて、思ってほしくなかった。そんなもの、称号でもなんでもない。俺にとっては、ただの呪いだ。
虫唾が走る。
「“ぞわぞわ”ってなんだよ。“キュン”とかじゃねぇの?」
「ねぇよ!」
「えー? 俺の中じゃ、もう“日色救雄の隠し属性・ツンデレ”が確定したんだけど」
「勝手に属性増やすな。あと、次ツンデレって言ったら背骨折るぞ?」
「増強型怖ッ!」
馬鹿だな、こいつは。
でも、そういう馬鹿が――今の俺には、救いなのかもしれない。
――――――――――――――――――――
「そういえば、あの噂聞いたか?」
「あの噂?」
思わず問い返すと、爪切は椅子の背にもたれかかりながら、ぽつりと呟くように続けた。
「近頃、ここいらで殺傷事件が多発してるって話。犯人はまだ捕まっていないって」
空気が少しだけ、冷たくなった気がした。開け放たれた窓から吹き込む風のせいか、それとも話の内容のせいか――判断がつかなかった。
「犯人の容姿は判明してんのか?」
俺が眉をひそめながら訊ねると、爪切は首を横に振りながら、顔を曇らせた。
「いやそれが、どうにもハッキリしないらしいんだよ。目撃証言もバラバラで、どれも信憑性に欠けるってさ」
「目撃証言がバラバラって、どういうことだ?」
「男だって言うやつもいれば、女だったって言うやつもいるし、細身だったとか、がっしりしてたとか、言ってることが全部ちがうんだよ。てか、中には“顔がなかった”とか意味わかんねー証言もあるし」
ぞくり、と背中を冷たい指でなぞられたような感覚が走る。
「顔が……なかった?」
「ああ、目が合ったのに、顔の印象がまったく思い出せないって……まるで、そこだけ靄がかかったみたいだったってさ。……なあ日色、これって、ヤバいやつなんじゃねぇか?」
爪切の言葉は、冗談の体を取りつつも、その声音には確かな警戒が滲んでいた。こういうときのこいつは、無意識に“危機”を嗅ぎ分ける。
……いや、嗅ぎ分けるのは、俺の方か。
俺の“個性”が、わずかに疼いた。
これは、来る。
近いうちに、必ず“あれ”が来る。普通の生活に忍び寄る異常が。
「……事件のあった場所って、どの辺なんだ?」
自然と声が低くなる。爪切が目を見開いた。
「え、なんだよお前……まさか行く気じゃないよな?」
「いや、別に。確認しただけだ」
軽く笑ってごまかす。けれどその裏で、俺の思考はもう走り出していた。心臓が一拍、強く鳴る。皮膚の内側を、何か得体の知れない熱が這いずる。
ごまかし切れない。自分でもわかってる。
だって、もう――
あの“疼き”が、始まってしまったのだから。
爪切の言葉をきっかけに、俺の個性《ヒーロー》が微かに反応した。わずかでも“誰かの助けを必要とする兆候”があれば、俺の中のセンサーが勝手に作動する。理屈じゃない。本能のように、宿命のように、俺をその場所へ導こうとする。
まるで“救いを求める声”に呼ばれているみたいに。
爪切は机に両肘をつき、ため息をついた。
「ったくよ、日色。お前のその性格なんとかしないと早死にするぜ」
「わかってる」
そんなこと一番俺が知ってるし、性格どうこうの話じゃない。個性に言ってくれ。
「わりぃ、爪切。……そろそろ帰るわ」
荷物をまとめて立ち上がると、爪切が眉をひそめた。
「おい、マジで気をつけろよ。噂の範囲、商店街の裏通りらしいからな。あの辺、夜はガチで人気(ひとけ)ねぇぞ」
「了解」
手を軽く振って、教室を後にした。
廊下の窓から覗く空は、すでに茜色から瞑色へと移り変わろうとしていた。街灯のひとつが灯る音が、妙に耳に残った。
カツ、カツ、カツ――
階段を下りるたびに、靴音が乾いた音を響かせる。通い慣れた帰り道のはずなのに、今日はやけに足取りが軽かった。
待ち受ける“異常”の気配に、全身が研ぎ澄まされていくのを感じていた。
胸の内が、ざわつく。
背中を押してくるのは、《ヒーロー》という名の呪いか。それとも――
“俺自身”の渇きか。
どっちでもいい。
どうせどちらも、俺を“向かわせる”ためにあるのだから。
今日のメインディッシュはそいつだ。
そう思った瞬間、胸の内で何かが“確信”を告げた。
――今日は、血の匂いがする。
――――――――――――――――――――
俺はそのまま、何事もなく家の前にたどり着いた。
「ただいまー」
返事は――返ってこない。
「……って、いるはずねーか」
分かっていたはずなのに、つい無意識に声が出てしまった。
誰かに聞かせたいわけでもなかった。ただ、それは“習慣”だった。
昔は、当たり前のようにあったやりとり。
玄関のドアを開ければ、「おかえり」の声が返ってくる――そんな時間が、確かに存在していた。
今は、違う。
スニーカーを脱いで家に上がり込むと、無人特有の静けさが耳を刺した。
冷蔵庫の微かな駆動音と、壁掛け時計の秒針だけが、やけに大きく響く。
部屋は整然としていた。整いすぎていて、どこにも“生活の匂い”がなかった。
父も母も、もうここにはいない。
正確に言えば――俺が、ここに“取り残された”だけだ。
――昔は、こんなんじゃなかった。
重たい鞄を床に置き、ソファに身体を沈める。
目を閉じれば、思い出したくもない記憶が、勝手に脳裏をよぎった。
きっかけは、本当に小さな異変だった。
たとえば、俺が誰かを助けたときの、母の微妙な反応。
たとえば、怪我をして帰った日の、父の無言。
最初は、気のせいだと思った。
心配してもらえないのは寂しかったけど、きっと俺のほうが悪かったのだろうと、自分を納得させた。
けれど、回数が増えるたびに、家の中の“変化”ははっきりと目に見えるようになっていった。
笑い声は減り、会話は途切れがちになり、
気がつけば、家の中に不自然な静けさが満ちていた。
まるで、俺が“空気”になったかのように。
――いや、違う。
あれは、“恐怖”だった。
個性《ヒーロー》が発現してから、俺という自我が戻ってきてから、
家の中で“事件”が起きなくなった。
いや、正しくは――
“起こしてはいけない空気”が、家全体に充満するようになったのだ。
誰かが困れば、俺が動いてしまう。
火傷でも、転倒でも、喧嘩でも、食事の失敗でも。
誰かが困っていれば、俺は助けに行く。
俺が誰かを助ける場面を見るのが、心底怖いらしい。
だから、家の中からあらゆる“トラブルの種”が排除された。
空気は常に凪のように、波ひとつ立たないように保たれた。
その結果、俺は――“家族”という共同体の中で、異物になっていた。
……なあ、俺の何がいけなかったんだ?
何を間違った?
俺は、間違っていたのか?
前世を含めても、家族というものを“ちゃんと”持てたのは、今世が初めてだった。
だから俺は、最初から心の底から、全力でやろうと思ってたんだ。
“理想の息子”になろうって。
反抗期らしいこともせず、口答えもせず。
家事も手伝って、勉強も手を抜かなかった。
怪我をさせないよう、困らせないように、ずっと気を配ってきた。
……なのに。
母にただ手を貸しただけで、
「ひっ……!」という怯えた声をあげられた、その瞬間。
心の奥で、何かが壊れた。音を立てて、崩れていった。
――ああ、やっぱり変わらないんだ。
どれだけ頑張っても、前世の重りは覆せないんだって。
「あ、ありがとう。……救雄」
その言葉も、“反射”だった。
目も見ず、顔も向けず、震えた声だけが空虚に響く。
まるで、知らない他人に向けた社交辞令みたいに。
本当は、問い詰めたかった。
「どうして俺を避けるの?」って。
「何がそんなに怖いの?」って。
俺は、そんなに――化け物みたいに見えるのか?
でも、できなかった。
母は、俺の一挙一動にびくついていた。
歩いただけで視線を逸らされ、
声をかければ、呼吸すら止まりそうになっていた。
もう俺は“息子”じゃない。
“得体の知れないもの”として、恐れられている。
……怖いのは、こっちの方なのに。
何もしていないのに、怖がられることほど――
怖いものなんて、他にないのに。
そして、限界が来た。
母は言った。
「もう、普通に暮らすのは無理なの。ごめんなさい」
父は言った。
「お前のことは責めない。でも、もう一緒には住めない」
家は――分かれた。
父と母は出ていき、俺だけがここに残された。
家に、ではない。ただの“箱”に。
それでも、俺は帰ってくる。
「ただいま」と、返事のない空間に向かって、声をかける。
きっとそれをやめてしまったら、また“独り”になってしまう気がして――。
……まあ感傷に浸るのはこのぐらいにしといて、夜のための“準備”しようか。
ソファーから重い腰を上げ、タンスの引き出しからフード付きパーカーと真っ黒に塗装されたオールマイトの仮面を取り出す。
これが俺のヒーローコスチューム!――なんて言ったら、おかしいよな。
だって俺は、正式なヒーローじゃない。
国家資格もなければ、後ろ盾もない。
ただの一般人の中学生。今からやることは一歩間違えればただのヴィラン行為に該当する。
鏡の前で仮面を被り、パーカーのフードを目深にかぶる。
素顔を隠すのは、正義のためじゃない。
それが、俺にとっての“呪い”から逃げるための儀式だからだ。
「あーめんどくせぇ、めんどくせぇ」
小さく呟いて玄関の扉を開けると、夜風が頬を撫でた。
今日もまた、誰かが困ってくれていることを願って。
それじゃあ、“夜”を始めよう。
爪切の個性に深い意味はないです。黄金の回転エネルギーなんて使えません。
主人公の通っている中学校をデクたちが通っていた折寺中学校にしようか迷っていますデクたちの絡み見たいですか?
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中学での絡み見たい
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高校からでいい