俺の個性は、他人を救けなきゃ四肢が爆発するらしい 作:おっちょめん
そういえば、あれから──もう10年も経ったのか。
夜の路地裏、朧げな街灯の下で、ふとそんなことを思い出した。
俺は、噂になっている連続殺傷事件の手がかりを求めて、人気のない通りを歩いていた最中だった。
正直に言えば、こうして10年も生き延びていられること自体が、奇跡に近い。
むしろ、奇跡以外の何物でもない。
だって俺が背負わされたこの個性──《ヒーロー》は、そんな悠長な生存を許してくれるような代物じゃなかったからだ。
"今日、誰かを助けなきゃ死ぬ"。
言葉にすると簡単だが、その実態は、想像を絶する地獄だった。
首に縄を括られて、断崖絶壁に立たされているようなもんだ。
しかも、縄のもう片端を握っているのは、他ならぬ自分自身だという、どうしようもない悪夢。
Q. じゃあ、今日誰も困ってなかったら?
A. 俺の四肢が勝手に爆ぜる。
──そんなバカみたいなルールが、俺の命を律していた。
思えば、昔の俺だったら、そのどこかでとっくに野垂れ死んでただろう。
逃げ出すことも、諦めることもできず、ただ誰もいない世界で孤独に朽ち果てていたはずだ。
でも。
10年前──あの日だけは、違った。
少女誘拐未遂事件。
あの瞬間、あの出会いが、俺を救った。
運命の女神ってのは、たまには悪くない采配をしてくれるらしい。転生させた神? てめぇはだめだ。
俺の個性には、もう一つの顔があった。
人を助けるたびに、"報酬"として何らかの能力を与えてくれる。
ただし、それは当初、単純な身体能力の強化に過ぎないと、俺は思い込んでいた。
だが、あの日。
無我夢中で彼女を助けた俺に、予想もしなかった"進化"が訪れた。
新たに目覚めた能力──《危機察知》。
これは、俺にとっての命綱だ。
いや、もはや心臓そのものといっても過言じゃない。
半径50メートル以内。
“今まさに”危機に瀕している人間がいれば、俺の体は自動的にそれを感知する。
たとえば、階段から転げ落ちそうになっている子ども。
交差点で、車に跳ねられかけているサラリーマン。
殴りかかられそうになっているカップル。
そうした"リアルタイムの危機"だけを、ピンポイントで。
俺の奥深く、骨の芯に直接触れるようにして、警鐘を鳴らしてくれる。
この能力のおかげで、“助けるべき誰か”に困ることはほとんどなくなった。
それだけでも、俺にとっては天と地ほどの差だった。
──もう、「誰も困ってないから死ぬ」なんて、最悪のシナリオを恐れずに済む。
ほんの少し。
ほんの少しだけ、心に余裕ができた。
……けど、それは同時に、別の地獄への入り口でもあった。
"見ていなくても察知できる"ということは、言い換えれば、
"四六時中、誰かの危機と向き合い続けなければならない"ということでもあったからだ。
情報量が、あまりにも多すぎる。
寝てようが、メシを食っていようが、授業を受けていようが関係ない。
誰かのピンチが発生した瞬間、俺の体は勝手にスイッチが入る。
授業中に、突然教室を飛び出すこともしょっちゅうだった。
「先生ー、また日色くんが消えましたー!」なんて、クラスの連中にはお決まりのフレーズになった。
素行は別に悪くない。ただ、座ってじっとしていられない。
その一点だけが、担任教師たちの頭痛の種だった。
家にいる時ですら油断はできなかった。
隣家で起きた小さなトラブルを察知して、勝手にインターホンを鳴らしに行ったこともある。
「いま、何か困っていることありませんか?」なんて、
善意100%で問いかけた俺に、顔を引きつらせるお隣さんたちの顔は、今でも忘れられない。
……まあ、当然っちゃ当然だ。
どうして助けが必要なことを、こんなガキが知ってるんだ?
普通なら、怖い以外の感想はないだろう。
そんな調子で、俺は1日1件どころか、3件、5件、10件と、助けを求める声に応え続けた。
トラブルは日常茶飯事。むしろ、トラブルこそが日常。
"助けなければ死ぬ"という鎖は、緩むどころか、日々強く、重く、喉元を締め上げるように食い込んでいった。
──そして。
なぜ俺が、今こんなヒーローまがいの活動をしているのか。
それについて、語っておこうと思う。
普段の救助じゃ、もう満足できなくなってしまったからだ。
薬物依存症に、近い。
救助することによる快楽への耐性が形成され、
同じような、些細な助けじゃ、俺の渇きを満たせなくなっていた。
助けるたびに、報酬のように得られる微かな幸福感。
それを何度も、何度も味わううちに、俺は知らず知らず、より強い刺激を求めるようになった。
誰かが転んだくらいじゃ、もう足りない。
財布を落としただけじゃ、もう満たされない。
命にかかわるような、ギリギリの危機。
それを、救い上げる。
その瞬間にしか得られない高揚感。
俺は、それを求めるようになってしまった。
まるで、自分の命と引き換えにしか、生を実感できないみたいに。
それが、今の俺だ。
――――――――――――――――――――
「──と、ここらへんだな」
独りごちた声は、湿った空気に吸い込まれて消えた。
ここは、昼間でもどこか陰気な商店街の裏路地。街灯もろくに届かない場所で、今は夜。人気なんてあるわけがない。
噂によれば、このあたりで連続殺傷事件が多発しているらしい。危機察知の針がピン、と弾けたのも納得の話だ。
視線を細めながら歩を進めたそのときだった。
──感じた。
痛烈なまでに、誰かの助けを求める気配が、ビリビリと肌を撫でる。
「ビンゴ、だな」
場所は合ってたらしい。
足を止めたその先、薄暗い路地の奥──そこに、いた。
ひとりの少女と、そのすぐ目の前に、得体の知れない男。
だが、男の輪郭は、妙にぼやけていた。
まるで、意図的に焦点を外されているみたいに、靄がかかっていて、はっきりと見えない。
「見ろ。見ろ。見ろ。なあ、俺を見ろよ……」
くぐもった声で、男が少女にじりじりと迫る。
震える少女は、恐怖に喉を焼かれたように、ひぅっと声にならない悲鳴を漏らしていた。
「なるほどね」
俺は小さく呟いた。
確かに噂は本当だった。
──顔が、わからない。
目撃証言が食い違っていた理由、今なら理解できる。
そもそも誰も、犯人の顔を正確に認識できていなかったのだ。おそらく奴の個性が関係しているのだろう。
俺はため息をつきながら、ポケットに手を突っ込んだ。
さて、どう出るか。
このまま不意打ちしようかと考えたが、男の位置が明確に定まらない以上、少女にけがをさせてしまう恐れがある。
だからあえて“気づかせる”方向で行くことにした。
標的を、少女から俺に。引きつけるための、ちょっとした人芝居。
わざと、コツコツと靴音を響かせながら、男に向かって歩き出す。
わずかに、男の注意が逸れたのがわかった。
──よし。
「お取込み中のとこ悪いんだけどさぁ」
俺は、できるだけ軽い声を作った。
「最近ここら辺で殺傷事件起こしてるのって、あんたであってる?」
男の顔、じゃないな。
ぼやけた“存在”が、こちらを振り返る。
「あ? 誰だてめぇ」
「俺の名前はセイバートゥルー。趣味でヒーローやってるんだ」
事もなげに名乗ると、男は一瞬だけ間抜けた顔をした──ように見えた。
「セイバートゥルー? どっかで聞いた気が……あ! てめぇ知ってるぞ。巷で話題になってるヴィジランテ!」
あーあ、バレてたか。
ま、別に隠すつもりもなかったけど。俺も有名人になったもんだ。
「俺のこと知ってるんだ! もしかしてファン? ……けどごめん。他人を傷つけるファンはいらないかな」
ふざけたように言うと、男の影がピクリと揺れた。
「あ? ざけんな。誰がてめぇなんかのファンだよ。てめぇにファンなんかいねぇ!」
「いるって。俺にもファンの一つや二つ……いや? 一人や二人? ねぇどっちが文法的に正しいんだっけ?」
「知らねえよ」
男は苛立った声を上げた。
「えー? 気になるんだよなぁ。ヒーローたるもの、言葉遣いにも責任持たなきゃいけないって思ってるわけ、これでも」
わざとらしく肩をすくめながら、俺は続けた。
「ま、君みたいに“血”と“殺す”だけで辞書が埋まってる人には難しい話だったかな? ごめんごめん、ちょっと知的すぎたか」
案の定、男の影がビクリと震えた。
「あ?」
ほら来た。わかりやすい。
「やっぱ思った通りだ。脳筋タイプ。力でしか物事解決できないやつって、絶対こういう顔してんだよねぇ。目が据わって、語尾に“テメェ”つけないと喋れない病気っぽい」
「……殺す」
「ほらほら。またそれ。語彙が乏しいと会話もワンパターンでつまんないねぇ。もっとこう、バリエーションとか持とうよ。“成敗してくれる! ”とか、“地獄へ送ってやる! ”とか、さ」
わざと、あくびでも噛み殺すみたいな声色で挑発した。
男は黙り込んだ。
顔が見えなくてもわかる。怒りが、滲み出している。
「──あれれ? 今度はだんまり? とうとう会話までできなくなっちゃった? かわいそうに」
その瞬間だった。
「……もういい、黙れ。よし決めた。お前から殺す」
ボソリと、男が吐き捨てる。
同時に、少女を無造作に後ろへ突き飛ばし、靄でわからないがナイフらしきものを構えた。
標的が、完全に俺に切り替わった。
──よし。狙い通りだ。
やっとかよ。内心、肩の力を抜きたくなる。
この調子でふざけた口調を続けるの、けっこう疲れるんだよ。
「おーおー、やっとやる気になってくれた? 遅いなぁ、待ちくたびれたよ」
煽るのもここまで。
そろそろ切り替えるタイミングだ。
「でさ、ちゃんと“地獄へ送ってやる! ”って言ってくれる? 俺、ちょっとそれ聞いてみたかったんだよねぇ」
最後の一押し。
「……死ねェェェェッ!!」
絶叫と同時に、男の影が俺に向かって跳んできた。
一瞬、空気がピンと張りつめる。
ナイフを振り上げ、一直線に俺を狙う殺意。単調。こりゃあっさりボコれるかもな。
その軌道を、俺は冷静に、はっきりと──
……捉えられたはずだったのに。
その瞬間、男の気配が、フッと掻き消えた。
「は?」
足元を滑るような違和感に、思わず声が漏れた。
目の前にいたはずの男が、いない。
殺到していた気配も、見えていたはずの輪郭も、まるで最初から存在しなかったかのように、霧散していた。
なんで?
ついさっきまで確かに“いた”ものが、
一歩踏み出す寸前だった“死”の気配が、
すべて、霧の向こうに消えていったみたいに、虚無になった。
慌てて視線を走らせる。
右、左、上、後ろ──どこにも、いない。
まるで、俺の認識から“存在”そのものが切り取られたみたいな。
「……クソッ、そういうタイプかよ」
ようやく、事態を飲み込む。
こいつの“個性”──単なる姿のぼやけじゃない。
もっと根本的に、“存在をあやふやにする”能力だ。
俺がどれだけ目を凝らしても、意識を集中しても、
ヤツが本気で“消えた”と思えば、存在そのものが俺の脳からすっぽ抜ける。
つまり──
攻撃を認識することすらできないってわけだ。
「めんどくせぇな、オイ……」
低く吐き捨てながら、背中に汗が滲むのを感じた。
これは相当、厄介だ……「ザクッ」…な?
痛みが、遅れてやってきた。
ズキン、と鈍い衝撃。
まるで火傷でも負ったみたいに、熱が肌を焼く。
「……っ!?」
思わず脇腹に手をやる。
指先に、ヌルリと嫌な感触が絡みついた。
シャツ越しに滲む感触。
そして、指にべったりと貼り付く温かな液体。
見下ろせば、白い布地がじわじわと紅く染まっていくのが見えた。
「切られた……?」
理解が、ワンテンポ遅れて脳に到達する。
刹那、冷たい汗が背中を伝った。
オレの目は、確かにこの路地裏に“誰か”がいることを捉えているのに、そいつの動きが一切見えねぇ。
刀身が振り下ろされるモーションも、突っ込んでくる気配も、何もない。
ただ──結果だけが残る。
「……ったく、マジでめんどくせぇな」
夜に出くわすヴィランって、どうしてこうトリッキーなやつばっかりなんだよ。
もっとこう、素直に殴りかかってくるバカとかいないわけ?
悪態を呟きながら状況を整理する。
こいつ、五感すら惑わせるタイプだ。
視覚、聴覚、触覚、全部ズレる。
存在は感じ取れるのに、行動だけが丸ごと認識できない。
見えてるのに、見えない。
当たってるのに、わからない。
攻撃動作の“経過”が、まるごと抜け落ちる。まるで映像のカット編集みたいに、「前」と「後」だけが繋がってる。
チートかよ。
「どうしたぁ! さっきまでの威勢はどこに消えちまったんだぁ?」
ぞわり、と耳の後ろで声がする。
即座に振り向くが、そこには誰もいない。
「どこ見てる、そっちに俺はいないぞ?」
また、声。
そして、今度は右腕をかすめる鋭い痛み。
反射的に身を引く。
痛みはある。血も滲んでいる。でもまだ致命傷じゃない。
……運がいいのか、悪いのか。
どのみち、このままじゃジリ貧だ。
「俺はここに居るぞぉ?」
くぐもった笑い声とともに、また一太刀。
今度は肩口をかすめた。
クソ、避けることすら許されねぇ。
ただ削られるだけのターンじゃねぇか。
「……そろそろ顔見せてよ、恥ずかしがり屋さん。不細工でも俺は気にしないよっ!」
口先だけは飄々としたまま、声が飛んできた方向に全力の蹴りを叩き込む。
だが、空振り。
手応えは、ない。
「クク……ハハッ、いいなぁ、その焦り顔」
耳元で、粘つくような声が笑う。
「お前みたいなやつを、ジリジリと嬲り殺すのが……たまんねぇんだよ」
ゾクリと、寒気が走った。
次の瞬間、刃が足首をかすめる。
「っ……!」
よろめきながら距離を取ろうとした俺の背中を、また別方向から蹴りつけるような感触が襲った。
受け身も取れず、地面に手をつく。
「おっと、こけたこけた。どうしたヒーロー気取り?」
ニタニタと嘲笑う声。
視界の端に、滲んだ靄の向こう、うごめく黒い影だけがちらつく。
「……なぁ、どんな気分だ? さっきまでと立場が逆転した気分は」
耳たぶをなぞるように、吐息混じりの声が囁く。
ぞっとするほど近いのに、振り返っても何もいない。
そしてまた、鋭い痛み。
今度は太もも。
スパッと浅く切られ、温かい血がだらりと伝う。
「助けに来たつもりが、自分が助けてもらう立場かぁ? 笑えるなぁ?」
……はぁ。
完全に遊ばれてやがる。
殺す気は、ある……だろうな。
でもすぐには殺さない。
切り刻んで、削って、壊して──
最後に、助けなんか来ないって絶望させてから、トドメを刺すつもりだ。
そんなの、目を見なくてもわかる。
殺意の形をしていない。
これは、悪意だ。
「どうしたぁ、叫ばねぇのかぁ? 泣けよ、喚けよぉ! ……もっと楽しませろやぁッ!」
バシッ、と頬を殴られる。
顔がぐらりと揺れた。
こりゃなりふり構っていられないな。手加減が許されるヴィランじゃなさそうだ。
「……仕方ないか」
肩をすくめながら、オレは心の中で舌打ちする。
本当は、できれば使いたくなかった手だ。
周囲に被害が出る。ヒーローらしくないって怒るなよ個性君。
でも……まぁ、死ぬよりマシだよな。
「嬢ちゃん、伏せて!」
少女が咄嗟に伏せたのを確認すると
次の瞬間、オレは地面に拳を叩きつけた。
ゴガアアアアン!!
アスファルトが割れ、コンクリートの破片が爆ぜるように四散する。
破片の一つが“何か”に命中するのが見えた。
そこに──いた。
ずっとぼやけていたヴィランの輪郭が、一瞬だけはっきりと浮かび上がる。
──目が合った。
その刹那。
オレは見た。見てしまった。
そいつの瞳の奥に、狂気と、そして……救いを求めるような、弱々しい光が宿っているのを。
「うわ、ハズレかよ」
思わず心の声が出てしまった。
こいつ、ただのサイコじゃない。
救いを求めてる系のハズレヴィランだ。
──めんどくせぇ。
本気で殺す覚悟もなけりゃ、手を引く勇気もない。
心のどこかで、誰かに止めてほしくて、でも素直に助けを求める度胸もない。
そのくせ、人様の人生を平気でぶっ壊して回る。
自分のことだけは“かわいそう”って思ってる、典型的なクズだ。
動揺で硬直したヴィランに向かって、一気に距離を詰める。
「そんな目で見ないでくれ。俺に期待すんな、バーカ」
そう吐き捨てながら、振り上げた拳にギリギリの加減を込めた。
殺さない。否、殺せない。だから意識だけ刈り取る。
「寝てろ」
冷たくそう言い放ってから、拳を振り抜いた。
ドガァッ!!
全体重を乗せた右ストレート。狙いは顎。
殴った瞬間、確かな手応え。
ヴィランの身体が浮き上がり、壁に叩きつけられて崩れ落ちる。
もう、動かない。
俺は息を吐いて、ゆっくりと肩を回した。
その瞬間──アレが、来た。
「来た来た来た来た来た来たぁ!!!」
喉が千切れんばかりに叫びたくなる衝動を、必死で噛み殺す。
全身を駆け巡る。脳を焼き尽くす。
快楽ドーパミン。
救助成功という“正解”を得た瞬間に、反射的に放出される報酬回路の暴走。
これだよ。
これが欲しかった。
このために、オレは生きてる。
いや、むしろ──このため“しか”生きてない。
「あー、たまんねぇな、おい……」
ぐしゃぐしゃになった体を引きずりながら、俺は壁に背を預けた。
脳が蕩ける。
血まみれの傷だって、今だけはまるで痛くない。
意識の奥で、じゅわりと音を立てて快楽が広がっていく。
救った。
助けた。
正義を成した。
それが、俺の脳をぶっ壊すレベルで褒めちぎってる。
クソみてぇな現実も、
痛みも、
失血も、
この一瞬だけは、全部──どうでもいい。
「──っは、あっは、は……」
漏れる笑いを止められない。
ヒーローだの、正義だの、どうでもいい理屈をこねてたけど、結局オレはこれが欲しかっただけなんだ。
賞賛も、感謝も、名誉もいらねぇ。
ただ、
誰かを助けたという“結果”が、オレを満たしてくれる。
どれだけボロボロになろうが。
どれだけ血を流そうが。
どれだけ憎まれようが。
この脳内報酬さえ得られるなら、どうでもいい。
──これが、俺の生きる理由になっちまった。
暗い路地裏で、俺はひとり、誰にも見られることなく、勝利の余韻に浸った。
……が、即座に後悔する。
切られた傷口から、ドクドクと血が溢れ出して止まらない。
「──ッたく」
思わず舌打ちを零す。
服の内側が生ぬるく濡れていく感覚が、やけにリアルだ。
身体も、既に冷たくなり始めてる。
心臓の鼓動が、やたら耳に響く。
──貧血で倒れるのも、時間の問題。
わかってる。理屈じゃとっくに理解してる。
なのに、今さらジタバタする気にもなれない。
「……バカみてぇ」
自嘲する声が喉から漏れた。
何やってんだ俺。
正義ごっこで死にかけてんじゃねぇよ。
壁に寄りかかりながら、ポケットから応急用の止血パックを取り出す。
手元が震える。指先の感覚が鈍い。
血液が足りないって、こういうことか。
「これで死んだら笑えねぇな……」
冗談めかして呟きながら、ポケットから取り出した止血パックを傷口に押し当てた。
ズキリと鋭い痛みが走る。思わず眉をひそめるが、まあ、意識が飛ぶほどじゃない。
……このまま気絶するように眠りたいところだが、まだやることが残ってんだよな。
二つも。
仕方なく、ふらふらの足取りで地面に座り込んでいる少女に近づく。
「やあ嬢ちゃん。元気してた? もう大丈夫だよ。なぜって? 俺が来た!」
軽口を叩きながら声をかけると、少女はビクリと震えた。
「ひっ」
は? 怖がられたんだけど。
なんで? 俺、今オールマイトの仮面かぶってるはずなんだが。
平和の象徴の仮面だぞ? 普通なら安心するやつだろ。
……まあ、血まみれの正体不明の男なんて、冷静に考えたら怖いか。
しゃあねえな、と溜息をつき、顔につけていた仮面をパカっと外す。
仮面の下から出てきた自分の顔を見て、少女の怯えがほんの少し和らいだ。
しかも、なんか顔が赤くなってるし。
やっぱ俺、こういう時、顔面偏差値高くて得してるよな……としみじみ思う。
ちょろくて助かるよ。
「あ、あの……血……たくさん出てますけど……大丈夫ですか?」
少女が恐る恐る声をかけてきた。
安心しろ致命傷だ。でも、余計な心配をかけるのもめんどくさい。
「ん? 大丈夫、大丈夫! 俺こう見えても頑丈だからさ。これぐらいの傷、なんてことないのよ。明日には治ってるよ」
元気アピール全開で親指を立てる。
ぶっちゃけ、明日どころか下手すりゃ数分後死んでるかもしれないけど、まあ子供には関係ない話だ。
「安全なとこまで送るよ。立てる?」
そう訊いたが、少女はうつむいたまま黙ってる。
ん? どうした?
「どうしたの?」
重ねて声をかけると、少女は小さく震えながら答えた。
「こ、腰が抜けちゃって……立てないんです……」
……マジかよ。
内心、盛大にため息をつく。
いや、わかるよ? 怖かったよな? でもよぉ、これ以上俺に労力使わせんなって。
血もダダ漏れだし、意識もフラフラなんだけどな?
だがまあ、ここでキレたら個性になんて言われるかわかんねぇ。
我慢、我慢、と心の中で唱えて、顔だけは優しく作った。
「仕方ないな……触れちゃうけどごめんね」
そう言いながら、少女をそっとお姫様抱っこする。
「わっ……!」
顔を真っ赤に染めた少女が、慌てて両手で顔を覆った。
……やっぱり、ちょろい。
心の中で思わずニヤつきながら、俺は慎重に歩き出した。
血まみれのヒーローと、顔真っ赤な少女。
客観的に見たらシュールな絵面だな、これ。
「安全なとこまで送るよ」
そう言いながら、俺は少女を抱えたまま、夜の路地裏を歩き出す。
血の匂いがやたら鼻につく。自分の出血が原因っていうのが、なんとも情けない。
少女は大人しく抱きついている。手がぷるぷる震えてるのが、なんかくすぐったい。
……ああ、やっぱこういうの、悪くないな。
いいことした感がちょっとだけ湧いてくる。気のせいだろうけど。
「お、お兄さん……痛くないんですか?」
少女がおずおずと尋ねる。
「君が襲われて感じた恐怖に比べたらなんてことはないよ」
適当なことを言って誤魔化す。
本音を言えば、すぐにでも倒れ込みたい。
このまま気を抜いたら、普通に意識飛びそうだ。
でも、泣きそうな顔の女の子にそんな姿見せるわけにもいかないだろ。
ほんっと割に合わねぇ個性だなほんと。
しばらく歩いたところで、大通りの灯りが見えた。
人通りもそこそこある。これなら、さすがに安心できるだろ。
足を止めて、少女をそっと下ろす。
「ここまで来ればもう大丈夫。今度は寄り道せずに帰るんだよ」
少女は不安そうに俺を見上げる。
「あ、あの……お兄さんは……?」
「ん? 俺? ……ちょっと仮眠してくるだけさ」
苦笑いしながら、しゃがみ込む。
意識がガクンと落ちそうになって、あわてて踏みとどまる。
マジでやべえなこれ。思ったより出血がエグい。
「だ、大丈夫ですか……?!」
少女が焦って袖を引っ張る。
その顔を見て、思わずふっと笑った。
「嬢ちゃん、心配性だな。俺みたいな半端もん、心配するだけ無駄だよ?」
そう言って、ぽんと少女の頭を軽く撫でた。
その手も血にまみれてるっていうのが、なんとも皮肉だ。ごめんな汚して、後で洗っといてくれ。
「……でもまあ、ありがとな」
そう言い残して、俺はふらつきながら路地裏の暗がりへと消えていった。
血の跡を引きずりながら。
残念だが俺にはまだやることがある。
危機察知はデクの危機感知と違って自分に起こりうる危機に際し警鐘を鳴らすことはありません。他人の危機に対してでないと警鐘を鳴らしません。
主人公の通っている中学校をデクたちが通っていた折寺中学校にしようか迷っていますデクたちの絡み見たいですか?
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中学での絡み見たい
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高校からでいい