第1話
⚪︎×年⚪︎月×日
お姉ちゃんはホワイトルームのせいで自殺を図った。
お父さんからそう聞いた。
絶対に許さない。
*
4月1日。東京都、高度育成高等学校の校門脇に並んだ桜の木は、ちょうど満開を迎えていた。
天気予報によると、今日は1日中、雲ひとつない快晴らしい。幸先のいいスタートにわずかに心を躍らせながら、私は学校の敷地内に足を踏み入れる。
辺りを見渡してみると、まだ早い時間なこともあってか人はまばらだ。私と同じ、新入生と思しき子たちは、緊張を顔に滲ませながら校舎へと向かっている。
私はそれを横目に微笑ましい気持ちになる。
(……青春って感じだね。私は仕事のために入学しただけだから、ちょっと羨ましいかも)
なんてことを思いながら下駄箱にローファーを入れ、学校指定の上履きを履くと、入学案内のパンフレットを見ながら2階に上がる。それから前もって指定されたクラスへと向かい、念のため教室前に張り出しされた学籍番号と名簿を確認してから中に入る。
黒板には座席表が描かれていて、どうやら私は、廊下側から2列目前から4番目の席らしい。両隣は須藤健くんと幸村輝彦くん、前の席は佐倉愛里さん。
ちなみに私は1番乗りで着席した。やっぱり早く来すぎたかもしれない。どうやって時間を潰そうか迷うけど、本の一冊も持ってきてないし、スマートフォンなどの通信機器は外部からの持ち込みが原則禁止されている。だからこんな場所では不用意に使うことができない。そういうわけで、結局どうしようもなくなった私は目を瞑り、顔を腕にうずめる。
しばらくすると教室内が騒がしくなり始め、私が体を起こして周囲の席の子たちと自己紹介をしていると、ようやく先生と思しき女性がスーツに身を包んでやって来る。
そして全員が席に着いているのを確認するや否や、入学初日の、朝のホームルームはすぐに始まった。
「新入生諸君、私はこのクラスの担任となった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。当校では卒業までの3年間クラス替えがない。そのためこれから3年間、私たちは苦楽を共にすることになるだろう」
そう言って、茶柱先生は最前列の生徒に紙を渡していく。簡易的な学校説明用資料のようだ。高校のホームページにも載っているものだけど、目を通していない生徒もいるのかもしれない。先生は最後列まで資料が行き渡ったことを確認して、説明を始める。
まずこの学校は全寮制であること。そして在学中、特例を除き外部との連絡一切を禁ずること。
それだけでは不便だと感じるだろうけど、この学校の広大な敷地内にはコンビニや薬局があるため生活必需品には困らない。また、ケヤキモールと呼ばれる敷地内のショッピングモールには、飲食店や服飾店、娯楽施設といった、3年間敷地内で過ごすにあたって必要なものが揃っている。加えて学校による審査を通れば、通販での購入も許されるとのことだった。
では、買うためのお金はどうするのか?
その疑問に答えるのがポイント制度の導入だ。
「今から配布する学生証には、硬貨や紙幣の代替となるポイントが振り込まれている。お前たちはそのポイントを消費することで、敷地内のものであれば大半のものは購入可能となっている」
つまり学生証がないと何もできないということ。再発行も可能だが紛失には気をつけろと先生は言う。
「それからポイントについてだが、基本的には毎月1日に振り込まれることとなっている。今現在、お前たちの学生証には10万ポイントの振り込みがあるはずだ。1ポイント1円換算。つまりは、10万円分だな」
その説明には驚きの声があがった。これは資料には書かれていなかったことだから、私も少しびっくりする。浪費癖がつかないよう気をつけないとね。
「驚くのも無理はない。だが当校の入試を突破した今のお前たちには、それだけの価値があるということだ。当校は実力で生徒を測るからな」
その後も説明が続くけど、お金に気を取られたほとんどの生徒は、正直あんまり聞いていなかったように思う。私はというと物欲がないほうなので、ひとまず初日ということもあって最後まで聞いた。
*
ホームルームが終わり、先生は教室を出ていく。
このあとはまた体育館で、先輩方による部活動および生徒会の紹介があるとのことだ。ただその参加は任意で、今日はもうこれから自由時間だと先生は言ってたので、ケヤキモールに行って遊ぶこともできる。
だけど私たちはまだ、お互いの名前を知らない。もちろん私のように近くの席の生徒との自己紹介を済ませた者もいるだろうけど、そうでない者がほとんど。
今日はこれから自由時間だからこそ、そう考えた生徒の多くはすぐさま立つのを躊躇う。
そこで、先んじて、1人の男子生徒が席を立った。
「みんな、ちょっと良いかな?」
人の良さそうな生徒だ。そこで、これから何が始まるかを察したみんなは、続く言葉を待つ。
「茶柱先生の説明にもあったように、僕たちはこれから3年間同じクラスで過ごすことになる。だから一刻も早く友達になるために自己紹介をしたいと思うんだけど良いかな? もちろんこれは強制じゃないよ」
「さんせ〜! 私たち、まだお互いの名前すら知らないしね。遊びにいくにしても友達欲しいもん」
近くの席にいた女子生徒が賛同する。
他の生徒は声こそあげなかったけど、見える範囲で顔を見てみるに、反対の様子はない。
「じゃあ、まずは僕から。僕の名前は平田洋介。中学の頃も洋介って呼ばれてたから、みんなも気軽に下の名前で呼んでくれると嬉しいな。趣味はスポーツ全般だけど特にサッカーが好きでやっていて、この学校でもサッカー部に入る予定だ。3年間よろしく」
ぱちぱちぱちと盛大な拍手が室内に響いた。
コミュニケーション力も高く、甘いマスクで、サッカー部。人気者になるだろうと予想された。
それから、彼の提案で端の席にいる生徒から順番に自己紹介をすることに。突然指名されちゃった最初の女の子は緊張した面持ちで立ち上がり、小動物のように周囲を見渡した。気まずい沈黙が流れた。
……私は見かねて、誰よりも早く声を発する。
「大丈夫だよ」
縮こまってた女の子も含めて、みんなの視線が私に向いた。それはつまり、彼女に殺到していた視線が逸れたということ。それだけで負担は軽くなる。
こういう場面で、緊張してる子に余計な言葉を投げかける必要はない。自己紹介を代わってあげる必要もない。必要なのは、不安な気持ちを解消してあげること。それにはもはや、言葉なんて必要がない。
安心させるように、ふっと柔らかく微笑む。
少なくとも私は味方だよと、そう伝わったなら、緊張は解消しなくても大抵は勇気を振り絞れる。
「……えっと、私は……井の頭心です」
そう言うと、再度、視線が彼女に向く。
そこでまた井の頭さんはぐっと言葉を詰まらせたけど、思い出し、私を見た。私は励ますように頷く。
「趣味、は……裁縫とか、やってます。あの、こんな私ですけど、……よ、よろしくお願いします!」
「自己紹介ありがとう。よろしくね井の頭さん」
私はまた、誰よりも先にそう言った。
こういう場では自ら主導権を握るのが肝要だ。
誰が何を言うか分からない、つまり言い換えれば、不確定要素が大きい状況には任せられない。
私の言葉に続いて、クラス中から温かい言葉が飛び交う。それにほっとした様子で井の頭さんは腰を下ろした。その後も自己紹介は続いていく。
「俺の名前は山内春樹。小学校じゃ卓球で全国に、中学は野球部のエースで背番号4番だった。けどインターハイで怪我をして今はリハビリ中だ。よろしくう」
お調子者っぽい生徒だ。
クラスの一部から笑いと拍手が起こった。
「私は櫛田桔梗と言います。中学校からの友達は1人もこの学校に進学していないので1人ぼっちです。だから早くみんなの顔と名前を覚えて、友達になりたいと思っています! 3年間よろしくお願いします!」
次は、明るい栗色の髪を、ミディアムボブにまとめた女子生徒。性格も良さそうで、容姿も優れている。男子の人気者になりそうだなと私は思った。
そんな時だった。私のすぐ隣からガタンと大きな音が響き、遅れて、私は隣の男子生徒が立ち上がったのだと認識する。顔を上げてみると、なぜだか、私の隣人の須藤くんは苛立った様子を浮かべていた。
「……須藤くん?」
私は小さい声で名前を呼んだ。反応はない。どうやら聞こえてないみたい。私が困惑していると、須藤くんは短く、けれども強烈な舌打ちをした。
「―――みんなで自己紹介とか、俺らはガキかよ。こんな茶番に付き合ってる暇なんてねえんだよ」
重く、苛立ちのこもったその言葉。
どうやら、入学初日から修羅場らしかった。
氏名 嬉野ひまり
クラス 1年D組
学力 C+
知性 B+
判断力 A
身体能力 A
協調性 A