私とホワイトルームを罰する方法(旧題:君のことをもっと教えて)   作:花音ゆず

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第10話

 軽くショッピングと昼食を終えた私たちは、午後になるとひとまずカフェで腰を落ち着かせた。

 店内は木を基調としたモダンな雰囲気で統一され、若者向けに流行りの音楽が流れている。ここはタピオカの流行と同時に店舗数を増やしていったお店であり、注文時に自分好みのカスタムができることや、映えを目的として学生からの人気が厚い。同じような業務形態をとっているカフェは他にもあるけれど、このお店にしたのは、ドリンクの甘さも選べるためだ。

 

 私や櫛田さん、それに須藤くんたちも注文方法には慣れたもので、お店に入るとすぐに店員さんにドリンクとカスタム内容を伝え、学生証での料金の支払いと引き換えにドリンク受け渡し用のレシートを貰う。

 ただ問題なのは綾小路くんだった。これまでの生涯をホワイトルームで送ってきた彼には、当然こうした知識はない。それは入店前に私には分かってたことで、案の定、彼は固まってメニューを眺めていた。

 

「綾小路くん。注文の仕方、分かる?」

「……いや、恥ずかしながら何を頼めばいいのかさっぱりだ。地方ではこういうお店はなかったんだ」

 

 綾小路くんに上京組という新たな属性が加わった。

 ちなみに、ホワイトルームは都内某所にある。綾小路くんが上京してきたという事実はないです。

 

「う〜ん、そうだね。綾小路くんって紅茶好きだったりする? それならおすすめがあるんだけど」

「ああ、紅茶なら世界中のありとあらゆる品種について語れるぞ。それについてはオレに任せてくれ」

 

 ……ホワイトルームには、嗜好品の類いはなかったはずだけど。知識としては備わっているということだろうか。いやそれとも、彼なりのユーモアなのだろうか。ここは笑ってあげた方がいいかもしれない。

 

「あはは、それなら良かった。ここのミルクティーは絶品でね。最近になってミルクをアーモンドミルクに変更できるようになって、それもおすすめだよ。あとカスタムでタピオカパールを追加するのもあり」

「なるほど、じゃあそれでお願いします」

「かしこまりました。甘さはどうされますか?」

「甘さも選べるのか―――、奥が深いな―――」

 

 カフェで甘さを選べるのは綾小路くんにとって奥が深いものらしい。その言葉選びにくすっとしながら、綾小路くんがちゃんと自分好みの甘さを伝えられたのを見て、私はドリンク受け取りの列に並び直す。

 なんだか雛鳥がはじめて羽ばたくのを見た親鳥の気持ちが分かったかもしれない。ほっこりとしていると、私の後ろに、お会計を済ませた彼がやって来る。

 

「助かった、嬉野。おかげで飲み物を買えたぞ」

「良かったね。なんだか私も嬉しいよ。私のドリンクはもうできたみたいだから、先に席に着いてるね」

 

 そう言ってドリンクを受け取ると、私は店内を見回す。櫛田さんたちはとっくにドリンクの受け取りを済ませ、端っこの席をとってくれてたみたいだ。

 私は待たせた申し訳なさで少し早歩きになる。

 

「遅いよ〜嬉野さん」

「ごめんごめん、綾小路くんが注文のやり方とか慣れてなかったみたいでさ。ちょっと教えてたんだ」

「それは見てたから知ってるぜ。全く綾小路のやつ、このカフェに来たことないなんて……。ちょっと可哀想になってきたな。友達とかいなかったのか」

「どうなんだろう。でも綾小路くん、なんだかんだ喋るよね。自分からはあまり話題振らないけど、受け答えははっきりしてるからコミュニケーションがめちゃくちゃ苦手ってわけでもないんだろうし……」

 

 う〜んと、櫛田さんは可愛く唸った。

 喋ろうと思えば喋れるから、友達も作ろうと思えば簡単に作れる。見た感じは綾小路くんは友達を不要としている節があるわけでもない。なのに自分からはあまり喋ることがない。そのホワイトルーム生特有のチグハグさは、普通の人には奇妙に映るんだろう。

 私たちがそんな風に疑問に思っていることなんて知る由もなく、綾小路くんは遅れて私の隣に座る。

 

「悪い、待たせたな」

「気にしないでこのくらい。あ、でも待って綾小路くんまだ飲まないで。写真撮るから」

「写真?」

「うん、投稿用の写真」

 

 この学校で支給されたスマホは、普及しているSNSへのアカウント登録ができない仕様になっている。

 代わりに普段使いのメッセージアプリで写真や動画の投稿ができ、掲示板の機能を使えば匿名で会話することも可能らしい。後者は私たちには不要だけど、映えを求める女子にとって前者は必須級と言っていい。

 

 それを説明すると、綾小路くんは感心したようにメッセージアプリを開き、画面をぺたぺたと触る。

 

「だから写真撮るけどいい? 綾小路くん」

「映えというのは飲み物を映すものじゃないのか?」

「あ、これは投稿用じゃなくて私のアルバム用ね。私はこういうのはモノとして残しときたいんだ」

「なるほど。オレは別に構わないぞ」

 

 その返事を聞くや否や、私は3枚の写真を撮る。1枚はドリンクを映したものだ。他の2枚、アルバム用のうち1つはみんなで写真を撮り、最後に綾小路くんとのツーショットをスマホにおさめる。

 

「なるほど、みんなこの機能は使ってるのか」

「当たり前だろ綾小路。友達多いやつはだいたい始めてるぜ。やってねーのはお前くらいだ」

 

 池くんはそう言うけど、綾小路くんの隣席の堀北さんとか、私の前の席の佐倉さんとか、まだやってない子はそこそこいる。

 ただ、確かに少数派であることには違いない。

 

「……死にたくなってきたな」

「まあまあ、綾小路くんはこれからだよ。まだ入学して間もないんだし仕方ないよねこういうのは。でも今日で友達いっぱいできたし、始めてみない?」

「そうしてみるか。嬉野には本当に頭が下がる」

「もっと褒めてくれて良いんだよ〜、なんてね。それにしても、話は全然変わるんだけどこの学校って奇妙だよね。このメッセージアプリだってそうだけど」

 

 スマホに入っているアプリのほとんどは、たぶんこの学校が独自に用意したものだ。入学前は多用していたSNSは利用できない。また、いわゆるソシャゲといった類いのゲームもダウンロードできない。現実面で言えば、基本的には3年間、敷地外に出られない。それらからは徹底された情報統制を感じざるを得ない。

 

 それと入学してから1週間経ったから分かったことだけど、敷地内には0円で売られているものが多くある。

 食堂では私が食べた山菜定食が、自販機ではお水が、コンビニでは歯ブラシなどのアメニティの類いが。月初には10万円相当のポイントが振り込まれるというのに、ポイントがなくても生活自体は成り立ってしまうほどに、至れり尽くせりな環境が整っている。

 

「確かに。なんか入学前はもっとお堅い学校をイメージしてたけど、普通の学校より断然緩いよね。授業中に私語とか居眠りしてても怒られないし」

「そういやそうだな。須藤なんて授業中イビキかいてんぜ。俺とか池は普通にゲームしてるしな」

「いやまじで最高だわこの環境。働かなくてもめっちゃ小遣い貰えるし、敷地内はなんでも揃ってるし、うるさい親もいない。こんなん卒業したくないよな」

 

 割と多くの人はそう思ってそうだ。

 でも私は少し怖い。いくら何でも学生に甘すぎる。授業だって別に普通だ。なのに進学率、就職率100%。理事長が坂柳さんだから疑いたくはないけど、それでも何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなる。

 

(……考えすぎ、だったらいいんだけどね)

 

 胸騒ぎは収まりそうにない。

 こういう悪い予感は、往々にして当たるものだ。

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