「今だけは私に従って」
私がそう言ったとき、みんなの反応は少し割れた。
意図を測りかねている子。露骨に嫌な顔をする子。
ほとんどの男子と一部の女子は前者で、篠原さんの周りの発言力の強い子たちは後者だ。あえて強い言葉で言い直したんだからその反発も当然。だけど幸い、言い争いになることは無かった。
「ふん、勝手にしたら?」
それだけ言うと、篠原さんは視線を背ける。
すぐに周りの子たちと小声でなにか話し始めたけど、私は見なかったことにして他の子たちを見回す。
「私は、リザーブポイントが導入された時点で今後の試験の難化をほぼ確信した。これは船上試験でみんなを説得する時に話したことだったよね」
「……そうだな。俺たちもそれに納得した記憶がある」
左隣に座る幸村くんがすかさず相槌をうつ。
私もちゃんと頷き返し、話を続ける。
言えない事情は言えないにせよ、ある程度みんなに納得感ある推理を、考えながら披露しないといけない。
「そう、その割に今回の試験は簡単すぎる。……や、設問1,2は性格悪いなって思ったよ? でもそこからはスムーズだった。スムーズすぎた。その違和感があって、私はさっきの選択をした」
「うん、流れは理解できたよ。ただ……違和感と言っても漠然としすぎていて、共感しにくいな。今回は難化しなかったとは考えられないかい?」
「私はその線は十中八九ないと思ってる。ただこれは感覚的なもので、みんなが共感してくれるような説明は難しい。でも未だ解決していない疑問が実際にある。それがなんだったか覚えてる?」
少しの沈黙の後、堀北さんがぽつりと呟く。
「……設問の出し方かしら?」
「まずそれがあるよね。複数のメールに散りばめられた単語や文章を集めて、ひとつの設問にする。これ自体は簡単でスムーズにできたし設問2の内容に意識が集中してたから忘れかけていたけど、そんな形式でやる意味がまだ分かってないんだ」
一度は喉元を通りすぎた話。
だけど今になって迫り上がってきた疑問だ。
「普通に考えると、設問の再構成……国語力みたいなものが問われている、と考えたくなるけれど……」
「私も最初はそれを疑った。でもわざわざこの試験と組み合わせる意味が今度は分からなくなる。そもそもそういった力を図りたいなら、定期試験で、現代文の並び替え問題を出せばいいはず」
「確かにそうだね。なら他にどんな意図があるだろう」
平田くんは考える仕草を見せるも、すぐには浮かばない様子。それは周りの子もそうだし私も同様だ。
だけどここは、考え方を少し変えたい。
「具体的な意図は一旦横に置いておく。代わりに、何らかの重要な意図が隠されているか、あるいはこれすらも何かを隠すためのフェイクなのか。そう考えて次のステップに進みたいと私は思う」
「次のステップ?」
「うん。振り返ってみれば私たちは、それぞれのメールを直接見てない。言ってもらった単語や文章をそのまま黒板に書き留めてそのまま入れ替えただけ。だからメールに何かがあるかもだよね」
だからメールを直接確認したいと私は言う。
もちろん全てだ。設問1から4を構成する全てを確認すれば、今の私の考えが合ってるか違うかが分かる。
これについて特に反対の意見もなく、私は席を立って順番に見ていった。だけどいずれも同じ形式。私たちが目にした設問そのままの単語や文章が載せられているのみで、何の変哲もない。
「…………」
全部に目を通し終えて、私は思わず沈黙する。
手がかりが潰えるのが想像より早い。
私は壁にかけられた時計を確認する。それぞれに長い文章が綴られているわけじゃないから、かかった時間はほんの数分。それでも推理が進まず、時間を浪費したことが私を焦らせてくる。
「……何もなかったのね?」
堀北さんの確認に、私は頷きを返すしかなかった。
「でも諦めるには早い、かな。他にも解決してない問題がある。この試験が始まることを学校側は1週間前に告知したよね。その意図も分からない」
「そういや、そんなことも言ってたな。あーそれで、あん時は結局どういう結論になったんだったか……」
「試験当日に詳細が明かされてやっと意図が分かる。嬉野さんはあの時そう言ってたはずだよ須藤くんっ」
……あの時は、それはあくまで表向きの理由。
試験の告知があってから実施されるまでの1週間は、月城理事長代理が私に与えた猶予なんじゃないかなっていうのが、私の本当の考えだった。
でもそっちが私の誤解だった可能性もある。
つまり本当に、今この時だからこそ意図が分かるかもしれない。だけど今咄嗟に浮かぶ考えは無かった。
「……うん、そのことだけど、みんなにはその意図を考え直して欲しい。ごめん……私もまだ分からなくて」
違和感は確かにある。だけどピースが足りない。
考えの視点を大きく変える必要がありそうだ。
私は席に戻ると、目を瞑って頭の中を整理する。
外から見て分かる表の違和感は今の所この2つ。
そこに私の場合、裏の事情から推理することもできる。
例えば―――
(月城理事長代理は、私を直接退学させるとは言わなかった)
私自身、綾小路くんほどではなくとも地頭が良いほうだという自覚は当然ある。それに運動も得意。あっちもそういった私の情報は把握してるだろうし、だから周りの人を脅しに使ってきた。
でも蓋を開けてみれば今回の試験、誰かの退学が絡むようなのは設問2と設問4のみ。
そして前者は設問2のリスクを私が考慮したことで、私自身のリスクが倍化するに留まった。だけど私の性格を把握していれば、私がその選択をするのは試験を準備する段階で明らかなはず。
それは月城理事長代理の言動と矛盾する。
周りの生徒を退学にさせると言って私の油断を誘い、私を直接退学にさせようとしている線も否定はできないけど、相手からしてみれば私の周りの子を退学にさせる方がよほど簡単だろう。
例えば学力試験は誤魔化しが効かない。
私は地頭が良かったおかげで順調に遅れを取り戻して、勉強が得意になりつつある。でも勉強が苦手な子に対してリスク倍化のペナルティを与えられたら、退学を回避するのはかなり厳しい。
そう考えると、設問2はなんだか少し変だ。
設問4も同様に意図を測りかねる。
少なくとも、Dクラスは私がいる以上これで退学者は出させない。それにもし仮に、高円寺くんとかが気まぐれで賛成し続けたとしても、退学者を出すくらいなら私は絶対に試験を放棄する。
これはきっとBクラスも同様。
龍園くんと坂柳さんの判断は読めない部分があるけど、まだ1年生の夏休み明けなのを考えると、退学者を出さない決断をする可能性が高い。
つまり設問4で退学者を出すつもりにしては生徒の判断に依存しすぎていて、確実なものとは程遠い。
私が月城理事長代理の立場だったら、ある程度、確実性のある罠を張る。わざわざ体育祭の前に捻じ込んだ試験だ。なるべく早く私に退学して欲しいはずだし、教職員や高育派の反発を考慮に入れても、中途半端なものを用意したくない。
だから、私が気付いてない何かがある。
それでいてこうした裏の事情を知らなくても、試験の正解に辿り着ける道筋が必ずある。そうじゃないと高育の試験として成立するはずがない。
「…………ぁ」
そこまで考えて、私は反射的に声を漏らす。
それは隣の席の須藤くんや幸村くんにも聞こえない、ほんの小さな息漏れ。誰も何も気付かないままに、私は自分の初歩的なミスに気がつく。
(―――そうだよ、正攻法が絶対にある)
いや、正攻法っていうとちょっと変だけど。
攻略のヒントはこれまで言葉にあった。
入学してすぐの中間試験では、退学者を出さずに乗り切れる方法があると先生は言った。赤点の算出方法は明かさず、赤点ラインの明言を避けた。
無人島試験では、リタイア時のリーダー変更という抜け穴があった。私と龍園くんはお互いに気付き、そこを突くことでお互いを陥れようとした。
他にも下船前の奇妙なアナウンスがあった。
干支試験だって同じだ。
奇妙なメールの言い回し。なぜか干支を使ってる。
そしてリザーブという英単語の意味。
今回の試験で見つかっているのは現在2つ。
なぜか分割して送られた設問と、1週間前の告知。
これだけじゃ答えには辿り着けない。けれどその2つを繋ぎ合わせるピースは、絶対に表に存在する。
今、私に必要なのは裏の意図を探ることじゃない。
これまで使われてきた言葉を全て振り返ること。
(……そういえば、試験説明のとき、先生の手には紙―――たぶん正確に説明するための原稿があった)
それが、最後のピースであると私は直感する。
頭が焼き切れそうなほど痛い。
それでも高く伸ばした手が、何かを掴んだ。
「まさか……そういうことなの?」
その声は、今度はよく教室に響いた。
再び教室中の視線が私に集まる。
これなら全てに説明がつく。
設問が分割されたことも、試験の告知の意図も。
そして月城理事長代理の方針とも合致する。
「何か分かったのかしら? 嬉野さん」
堀北さんは期待を帯びた瞳を私に向ける。
「……うん、分かった。でもその前に、もう一度投票をさせて欲しい。私以外でさっき賛成に入れてくれた人は、今回は反対に入れて欲しい。それから高円寺くんは引き続き反対に入れてね」
私はさりげなく綾小路くんに視線を向ける。
綾小路くんは一度、目を瞑った。
事前に何か特別な合図を決めていたわけではないけど、それが頷きの代わりであることは明らかだった。
一方で、目立つことを厭わない高円寺くんは高らかに宣言する。
「もちろんだよ嬉野ガール。その程度の協力は惜しまないさ」
「ありがとう。それと投票前にこれだけは言わせて。私にとっては何よりもみんなが部分に卒業できるのが一番嬉しい。……ただそれだけだけど」
堀北さんたちは私があえて付け加えた言葉に首を傾げるも、特に反対や質問となく、投票に進む。
私は念には念を入れて再度賛成を押した。
これで試験はまだ継続できる。
それからすぐに、明らかになった投票結果。
賛成2、反対38。
賛成の票数が変わらなかったのが、答えに思えた。
次回、答え合わせです。