私は、運動も得意じゃなければ勉強も苦手だ。
それでもクラスの足を引っ張らないように、それと自分が退学にならないように、努力はしてきたつもり。
……でも、現実って残酷よね。
才能の差はどうしようもないほど埋まらない。
うちのリーダーを見てるとよく分かる。
スポーツはたぶん男子よりできて、勉強も苦手だって言ってたのにどんどん伸びていって。頭も良く人望もあって、おまけに顔も整っていた。
そんなの、嫉妬しない方が難しい。
それでも憎めないのが嫌だった。
外から見ていてもDクラスのために奔走してくれてるのはよく分かるし、実際にクラスポイントは順調に伸びている。
私だって何か自分にできる範囲で手伝いたい。
そう思うのは、クラスメイトとして自然だと思う。
だから設問2の選択肢を見た時、設問1で言われるがまま嬉野さんの名前を書いたことに、罪悪感があった。
この手でペナルティを背負わせてしまった感覚。
もちろん、私一人が投票したわけじゃない。あの時はそれが正しいと思っていたし、嬉野さんも望んでいた。
でも、だからって平気でいられるわけじゃなかった。
でもやってしまったことは取り消せない。
だったらせめて、リスクの倍化は支持したくない。
別に嬉野さんとはそこまで仲良くはない。
だからいなくなって悲しくなるかというと多分そこまでじゃないけど、私は私にできることをしたかった。
でもその意見は完全に無視された。
高円寺くんが言うには、私たちは足手纏いらしい。
嬉野さんもそれを否定しなかった。
そんなのって、ないじゃない?
私だって色々頑張ってるのに。
ただ生まれつきの才能の有る無しで、全部は背負わせたくないって善意まで完全に否定された気分だった。
「今だけは私に従って」
だからこの言葉も、もう全てが薄っぺらく聞こえた。
どうせ私は足手纏いなんだよね。
これがただの八つ当たりに過ぎない自覚はあったけど、嬉野さんの目の前でわざと嫌な顔をして、周りの友達とこそこそと言葉を交わし合った。
そしたら一瞬、嬉野さんの表情が引き攣る。
私はそれを気付かなかったことにした。
これなら龍園くんがリーダーのほうがまだいい。
龍園くんに対して何かしてあげたいって気になんてならないだろうし、期待もしない。ただ従えばいいだけ。
嬉野さんが相手だと、何か手伝いたくなる。
それは今だって変わらなくて、一応はクラスメイトとして、私は嬉野さんの推理を聞きながら頭を捻った。
メールの文章におかしなところはないか。
試験の説明に、何か見落としはなかったか。
自分なりに考えてみたけど、私には思いつかない。
でも嬉野さんは全てを悟ったみたいだった。
「今回の試験、やっぱり放棄しようと思う」
2回目の投票を終えて、嬉野さんはそう言った。
当然誰もすぐには納得しない。
「……どうしてそうなったのかしら?」
「みんなには言ったと思う。誰かの退学がかかってるなら、私はクラスポイントよりそっちを優先したい。それはみんなも同じ気持ちのはず」
「それは否定しないわ。私が聞きたいのはその過程よ。その言い方だと、退学者を出すことに反対すると、かえって退学者が出るようだけれど」
「違わないよ。だから試験を放棄するしかない」
要領を得ない説明に、私は顔を顰めた。
また私なりに頭の中で整理してみる。
設問4は、クラスポイントを取るか、仲間を取るかという内容だった。
私たちは仲間を選ぼうとしている。
それで満場一致すれば、誰も退学せずに試験を終えられて、クラスポイントも100増やすことができる。
なのに嬉野さんは、それをすると退学者が出ると言っている。
……全く、何を言っているのか分からない。
堀北さんも少しイラッとした表情で言い返す。
「理解に苦しむわ。何かが分かったのなら、あなた以外にもそれが分かるように説明して貰えないかしら」
「さっき分かったことをみんなに話すこと自体が、何かに抵触する可能性がある。そう言ったら伝わるかな。だから悪いんだけどまだ明かせない」
そんな言い訳で、納得できる人なんていない。
現に教室の中は重い空気で満たされていく。
ぷつり、と、頭の中で何かが切れる音がした。
「別に、いいんじゃない? また従えばいいんでしょ」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。
嬉野さんが投票しなかったら、それ以外の39人が反対に投票したとしても、満場一致には辿り着けない。
そうなれば、時間切れを待つしかない。
私たちの意思とか考えなんて何の意味もない。
無駄だって、また言われたような気がした。
「うん、従ってほしい」
それを、嬉野さんはやっぱり否定しなかった。
なんだそれ、と誰かが呟く。
どこからともなく聞こえてくる舌打ち。
それが私への同意に聞こえて、私は得意になる。
でも嬉野さんを否定する言葉はそれ以上続かない。
言ったところで無駄だと思ったし、それに、心のどこかでは分かっていたから。嬉野さんだって、好きでこんなことを言ってるわけじゃない。それくらいのことは、私にだって分かる。
だから私たちは黙った。
納得したわけじゃない。
ただ、もう何を言えばいいのか分からなかった。
壁に掛けられた時計の秒針が、やけに耳障りだった。
まだ時間はそこそこ潤沢に残されている。
それを私たちは、静かなまま消費していく。
5分、10分、15分。
その間、誰も席を立たなかった。
机に伏せる人もいれば、試験用端末を弄る人もいる。
私は周りの子たちとこそこそ喋って過ごした。
こんなことをしている間にも、他のクラスはみんなが納得できる結果で、試験を終えているかもしれない。
私たちだけが何もできずに時間を潰している。
……馬鹿みたい。
そう思って、ちらりと嬉野さんを見る。
彼女は机の上で両手を組み、俯いていた。
何かを考えているのか、それともただ時間が過ぎるのを待っているのか。その表情はよく見えなかった。
「なあ、これ本当に大丈夫なのか?」
不意に、男子の声が聞こえた。
小さな声だった。
だけど静まり返った教室では、十分すぎるほどよく響いた。
「時間切れになったら、マイナス100ポイントなんだろ? 今まで頑張って稼いできた分がなくなるじゃん」
「それは……そうだけど」
答えたのは平田くんだった。
「でも嬉野さんには、確信があるんだと思う」
「それが意味分かんねえから聞いてるんだよ」
別の男子が苛立ちと焦りを混ぜて反論する。
「なんなんだよ、俺らに話したらルールに抵触するかもって。どう考えたらそういう結論になるんだよ」
「……それは」
「無理に擁護する必要ないよ平田くん」
平田くんの言葉に、今度は嬉野さん自身が声を被せる。
そのまま真剣な表情で首を横に振った。
「試験が終わったらちゃんと説明する。それまではごめんね、みんなとしては不安だろうけど我慢して欲しい」
堂々巡りなやり取りに、私たちは苛立ちを募らせる。
嬉野さんはたぶん考えを変えるつもりがない。
でもはいそうですかで済ませられるほど私たちは大人じゃなくて、教室のそこかしこで愚痴が呟かれる。
「……おい、いい加減に―――」
そんな状況に立ちあがろうとした須藤くん。
だけどその手は、隣の嬉野さんにすぐに掴まれた。
「擁護は要らないって言ったでしょ。私はリーダーとしての説明責任を果たせてない。そこに不満を抱くのは、クラスメイトとして当然だから」
「……けどよ」
「けどじゃない。気持ちは嬉しいけど今は抑えて」
その言葉で、須藤くんも座らせられる。
そんな膠着状態は、結局最後まで除かれなかった。
「……制限時間を過ぎたため、特別試験を終了とする」
無情にも、先生の声が試験の終わりを告げる。
誰かが深く溜息をついた。何も分からないまま100クラスポイントを失った。それが肩に重くのしかかる。
だけどこれでようやく、説明を聞ける。
私たちは一斉に嬉野さんを見た。
彼女もそれが分かったみたいで顔を上げた。
「茶柱先生、特別試験はちゃんと全部終わりましたか?」
私は思わず首を傾げた。
試験が終わったことなんて、今先生が言ったばかりじゃない。なのに、嬉野さんはわざわざ確認する。
それも、何かを慎重に確かめるように。
先生は意図が分かっているのかすぐに頷いた。
「……ああ。その認識で間違っていない」
「ありがとうございます。特別試験のルールは試験終了後も効力を発揮する、なんてこともないですよね?」
「もちろんだ。そうした制限はない」
「なら良かったです」
その瞬間、嬉野さんが小さく息を吐く。
それはどこか安堵したようにも見えた。
そのまま教卓の近くに移動して、私たちに向き直る。
「みんな、待たせてごめんね。約束通り説明するよ」
その言葉に、教室の空気が引き締まった。
私も思わず姿勢を正す。
苛立ちはある。
でもそれ以上に、私は早く知りたかった。
嬉野さんが、何をどう考えていたのか。
「―――もう結論から伝えるね。今回は、2つの特別試験が同時並行で行われていた。私はそう思ってる」
その告白に、Dクラスは大きくざわめいた。
嬉野さんが何を言ってるのかまだ理解できない。
……だって、そんな説明は最初に受けていない。
それでも私たちを見る嬉野さんの目は、冗談を言ってるようには見えなかった。
本日中に次話をお届けする予定です。