「……ちょっと待って。どういうこと?」
私の言葉に、誰かが疑問を投げかける。
それも当然の反応だ。
私たちはついさっきまで、満場一致特別試験という1つの試験に取り組んでいた。それなのに実は、他にも試験が同時に行われていたなんて言われても、すぐには理解できないだろう。
だけど、ここから先にはちゃんと理屈がある。
「順番に説明するよ。まず、私たちは一週間前に特別試験の開催を知らされた。その時は、詳細は当日説明するっていう話だったよね」
「……ええ、そうね」
「そして実際、今日の試験前に茶柱先生から満場一致特別試験の説明を受けた。だから私たちは、一週間前に告知された試験と同一視した」
ここまでは誰も疑問に思わないはずだ。
私自身、少し前までそう考えていた。
「でも、そこで思い込みがあったんだよ」
みんなの顔を見渡しながら、私は続ける。
「一週間前に告知された特別試験と、今日説明された満場一致特別試験が、同じものだとは言われてない」
「……それは、少し強引じゃないかしら」
堀北さんが眉を寄せる。
「普通は同じものだと考えるでしょう。別の試験があるなら、その説明があって然るべきよ」
「うん、私もそう思うしこれ単体ならこじつけだよ」
もし何の前提もなくこれだけを聞かされたら、私だって揚げ足取りだと思う。でも私は、これだけを根拠にして試験を放棄したわけじゃない。
「ただ、そう考えると繋がってくることがあったの。茶柱先生、お願いなのですが、試験開始時の説明を再度読み上げていただけませんか?」
「……説明を?」
「はい。最初に読んでいた原稿が、まだありますよね」
みんなの視線が、先生が手に持ったままの紙に吸い寄せられる。
試験開始前、先生はあれを見ながら説明していた。
「……構わないが、既に試験は終わっているぞ」
「分かっています。確認したいだけなので」
先生は少し不思議そうな顔をしながらも口を開く。
私はその一言一句を聞き逃さないよう、耳を澄ませた。
試験のルール。満場一致の条件。
制限時間。クラスポイントの加減算。
内容そのものは、既に知っていることばかりだ。
だけど、今の私が確認したいのは内容じゃない。
言葉の選び方。
先生が読み終えたところで、私はまた頭を下げる。
「ありがとうございます。すみません、今度は私が指定するところだけ読んでもらっていいですか?」
「……今度はなんだ」
「最初の一文をお願いします」
先生は小さく息を吐き、原稿に視線を落とした。
「これより満場一致特別試験の説明を始める」
「ありがとうございます。次は、終了条件のところを」
「終了条件? ……ここか、満場一致を4又は5回繰り返すか、時間切れによって特別試験を終了とする」
「次は、クラスポイントについての説明を」
「満場一致特別試験を無事に通過すれば100クラスポイントの加算を、逆に満場一致にならず、時間切れになった場合には100クラスポイントの減算を課す」
「最後に、説明が終わった直後の一文をお願いします」
「……ではこれより、特別試験を開始する」
……うん、やっぱり記憶違いじゃない。
先生が原稿を読み終えると私は教室を見渡す。
「みんな、今の説明で気づいたことはない?」
返事はない。
何人かが首を傾げ、隣の子と顔を見合わせている。
そこに解説を添えるように言葉を続ける。
「満場一致特別試験の説明を始める。満場一致特別試験を無事に通過すれば。でも、試験を始める時には特別試験を開始するって言ってるよね」
「名称が違う……?」
誰かがぽつりと呟いた。
「そう。満場一致特別試験と、ただの特別試験。この二つの言葉が、説明の中で使い分けられてるんだよ」
ざわり、と教室が揺れる。
だけどこれまた、単体じゃ根拠として弱い。
「それって、単なる言い換えじゃないの?」
篠原さんが口を開いた。
「毎回正式な名前で呼ぶ必要なんてないし、別におかしくないと思うけど」
「うん。その点は篠原さんの言う通り」
私が頷くと、篠原さんは少し意外そうな顔をする。
篠原さんの根底にはたぶん無力感があった。私に何か言っても無駄だと、否定されると、そう思ってる。
その要因は私が高円寺くんの言葉を否定しなかったからだろうけど、私も好きでそうしたんじゃない。肯定すべきところを否定するはずもない。
「普通なら言葉の綾で済ませると思う。私も最初は気にしてなかった。でも、茶柱先生は原稿を読んでいた」
私は教卓の紙を指差す。
「先生がその場で考えて喋った言葉じゃなくて、あらかじめ用意されていた文章なんだよ。だったら、少なくともこの言葉の違いは、文章を作った人が選んだものだってことになる」
「……確かに、原稿にはそう書かれている」
茶柱先生が答える。
この言い方だと、原稿を用意したのは先生じゃない。
月城理事長代理本人か、そうでなくともこの試験を仕組んだ側の人間。その属性はお役人に限定される。
お役所は言葉1つひとつを慎重に扱う。
学生なら文字数を稼ぐためにやりがちな主語のズレにも、明確な意図が存在する可能性が極めて高い。
1週間前の告知も、1つひとつは小さな違和感。
でも全てが束になれば証拠力は強くなる。
「この段階ではまだ疑惑止まり。だから私は、意図的に単語を使い分けていたんだとしたら?って考えた」
私は少しだけ間を置く。
それは少しでも理解しやすくするのに必要な間。
そしてみんなの表情を見ながら、説明を再開する。
「満場一致特別試験は、私たちが投票していた試験の名前。だけど特別試験はそれ以外も含めた呼び方だったとしたら、説明の意味が変わる」
これより満場一致特別試験の説明を始める。
ではこれより、特別試験を開始する。
前者は、満場一致特別試験について説明するという意味でしかない。そして後者は、必ずしも満場一致特別試験だけを指しているとは限らない。
「先生はさっきも特別試験を終了するって言った。私は念には念を入れて確認を挟みましたが、この言葉も用意された原稿の通りですよね?」
「……その通りだ。なるほど、これは気付かなかった」
どうやら先生にもこの仕掛けは伏せられてたらしい。
私はここから、具体的な内容に入っていく。
「じゃあ試験が他にもあったことを前提に考えを進めると、私はメールの存在に気が付いた。学校側から設問が送られてくる仕組みだったけど、考えてみればそれ以外も送れるよね。ならその試験説明はメールで送るだけでクリアされる」
「……私のところにはそんなメール来てないけど」
「うん、私にも来てないよ。でも別に全員に送る必要なんてないんだよ。例えば個人にお題を与えて、それについて解かせる。それなら別にお題を与えてない周りの人には説明しなくていい」
あくまでその試験自体は個人が対象だからだ。
篠原さんは目つきを鋭くして、教室を見回す。
「ならこの中にそれを黙ってた人がいるってこと?」
「うん、そういうことになる。でも篠原さん、試験にはルールがある。例えば満場一致特別試験では匿名を暴いてはいけなかった。じゃあもう1つの試験は? もし私たちに試験の存在を伝えてはならなかったら、当然、黙るしかないんだよ」
ルールを破れば当然ペナルティがある。
課題が送られてきた生徒は1人で抱え込むしかない。
「そしてこれが、私が試験中にみんなに説明しなかった理由。試験の存在を伝える方法って一概に言っても、声に出したり手で書いたり、表情で伝えたり。色々ある。ルールの存在自体は分かってもラインがどこに引かれてるか分からなかった」
これがこの試験の厄介なところだ。
他者が抱える事情の推察は可能でも、完全じゃない。
そうなってくると採れる選択肢は激減する。
「もし個人に課題が与えられてる可能性を説明すれば、どうしても誰が与えられてるのか探したくなる。私たちは疑いの目で周りを見始める。そしたら課題が与えられてる子は動揺するし、どこかでボロを出す可能性がある。それを危惧した」
「……そんなことまで試験中に考えてたの?」
「確証があることじゃないけどね。みんなに不信感を抱かせたのは本当に申し訳ないけど、ルールに反した場合のペナルティがどれほど大きいものかも不明だから、慎重に動くしかなかった」
私がそう伝えると、みんなは動揺を浮かべる。
「ごめん、私たち―――」
「謝る必要なんてないって。私、言ったでしょ。みんなの気持ちはクラスの一員として当然のものだって」
それに、試験の絡繰りはこれだけじゃない。
これだけなら試験を放棄する必要はなく、普通に満場一致で試験を終わらせればいい話。ならどうして私は試験の放棄をすべきと言ったのか、ここからは試験の内容を推測する必要がある。
ただ現時点で、みんなの理解がいっぱいいっぱいなのが表情からありありと見てとれた。ここにまた複数の要素を加えてもこんがらがるだけだ。
「……まあ、私が話を明かさなかったのはそういうこと。ここから更に難しい話を続けてても仕方ないですし、先生に後は任せてもいいですか?」
「構わん。だが嬉野が教卓の近くにいると私としても話しにくいのでな、一旦は席に戻ってもらおうか」
その指示に頷き、私は教卓を離れる。
先生の説明はすぐに始まった。
「嬉野の推測通り、今回は2つの特別試験が同時並行で行われている。片方は知っての通り満場一致特別試験。もう片方は……特に名称はないのだが、特定個人に課題を与えるものだ。そして今回、計2名の生徒に異なる課題を割り振っている」
先生は鞄から2枚の資料を取り出すと、黒板に貼る。
「詳しい資料は後で各自見てもらうとして、それぞれ簡単に説明する。1つ目の課題は満場一致特別試験の設問を偽れというものだ。学校側は当該生徒に3通のメールを送り、それぞれにおいて試験説明と、本来の設問、そしてクラスを欺くための偽装用のメールが与えられている」
満場一致特別試験が設問を再構成する形だったのはそういうことだ。
私たちはみんなのメールを元に設問を構築する。
その中には課題を与えられ、偽装用のメールを提示せざるを得ない生徒がいたということ。
破れば相応のペナルティがあるだろうけど、クラスに不利益を与えることの罪悪感さえ抜きにしてしまえば、課題の指示通りにするのは難しくない。
つまり月城理事長代理にとってこれはダミー。
もう片方の課題が退学に大きく関わってくる。
「次に2つ目の課題だ。ここでは、設問4の満場一致を阻止せよという簡単な指示を1人の生徒に与えている」
……やっぱりそうだ。
これが、設問4が簡単すぎる違和感へのアンサー。
課題を与えられた生徒が指示に従えば、満場一致特別試験は厳しいものに変わる。
だけど誰であってもそのクラスの生徒。
試験そのものを妨害せよという課題を受け入れられるはずなく、その子は指示に従うかクラスのために自分がペナルティを踏むかの2択に迫られる。
そしてDクラスでは、後者が選ばれた。
私と綾小路くんが違和感を覚えて賛成に票を投じたから良かったものの、それがなかったら、その子はそのままペナルティを踏んでいたはず。
月城理事長代理の本当の狙いはそこだった。
だから、試験を放棄する必要性に私は迫られた。
ただそれだけの話だった。
章の名前が満場一致特別試験編ではなく特別試験編なのも、実はそういうことだったりします。
私の頭の中ではすでに理解済みの構想があった上で書いているので、私視点だと読み直して理解ができるんじゃないかと思ったところも読者様からだと理解しにくい部分があるかもしれません。気になった箇所ございましたら遠慮なくご指摘ください。