「……では、今回の特別試験の結果を発表する」
茶柱先生の言葉に、教室が静まり返った。
同時に行われていたもう片方の特別試験。
こちらは先生の説明によると、それぞれの課題に独立した報酬とペナルティが設定されていたみたいだ。
1つ目の個人課題は、設問の偽装。
成功すれば50クラスポイントが加算され、失敗すれば50クラスポイントが減算される。
2つ目は設問4の満場一致を阻止すること。
こちらも成功すれば50クラスポイントが加算されるけど、失敗した場合には、課題を与えられた生徒にペナルティが科される。
その内容は、次回特別試験においてのみ、プライベートポイントもしくはリザーブポイントによって救済される権利を喪失し、同時に退学リスクが倍化するというものだった。
……要は私が設問2で背負ったものと、同じもの。
ただちに退学するようなペナルティじゃない。
だからこそこのような難易度の高い試験が成立したのだと思うけど、それでも相当の自信がないと、不安に陥るのは避けられない。
私はまず最悪の事態を避けられてほっと一息つく。
失ったものは大きいけど、まだ取り戻せる。
人はいなくなったらもう取り戻せないんだから。
だから……もちろん、全てを喜ぶことはできない。
「まずはAクラスだが、満場一致特別試験を突破し100cpを獲得。個人課題の1つ目にも成功しているため、更に50cpが上乗せされる」
それは逆に言えば、2つ目の課題失敗を意味する。
「一方で、戸塚弥彦が先ほど説明したペナルティを踏んでいる。次にBクラスだが―――」
茶柱先生による被害報告は淡々と続いていく。
Bクラスは満場一致の成功によりプラス100cp、ただし1つ目の個人課題の失敗によりマイナス50cp。設問の偽装を避けた生徒がいたということになる。
また2つ目の個人課題も同様に失敗。
白波千尋さんが前述のペナルティを負った。
そしてCクラスはAクラスと同じ結果。
ペナルティを負ったのは小宮叶吾くんだった。
その報告を、私は歯を食い縛りながら聞いていた。
「最後にお前らDクラスは、満場一致の失敗によりマイナス100cp。一方で個人課題を両方成功したことによりプラス100cp、つまりクラスポイントの変動は無く、ペナルティも無い。以上を反映した現時点におけるクラスポイントはこのようになった」
先生は分かりやすいよう、チョークを手にとる。
Aクラス 1,331cp Bクラス 970cp
Cクラス 802cp Dクラス 395cp
「お前たちは4クラスの中で唯一、ペナルティを回避している。だがこれが吉と出るか凶と出るかは、次の特別試験の内容次第になるだろう」
次の試験における退学リスクが小さいものであれば、今回わざわざペナルティを避けた意味は薄くなる。
私を脅す意味で月城理事長代理がそんな甘いことをしてくるとは思えないけど、長い目で見てみれば、Dクラス内の不満を表出させるためにあえて次回試験の難易度を低くさせる可能性も否めない。
なんとかペナルティを避けたとしても、私はまだ敵の手のひらの上にいるということだった。
「さて、最後に1つ連絡事項だ。設問3でお前らには次回特別試験の対戦相手を選んでもらったが、設問にもあったようにあれは確定ではない。この後リーダーには別室へ来てもらい、平等にくじで決める運びになっている。疲れているところ嬉野には悪いが少し付いてきてくれ」
「分かりました。……そういうことらしいから、私は行くね。みんな今日はお疲れ様。色々言いたいことはあるだろうけど先に帰ってくれても大丈夫だから」
それだけ言い残すと、私は茶柱先生の案内で廊下に出る。
時間的にはまだ昼休みに入る少し前。
他クラスはとっくに試験が終わっているし、他の学年もまだ授業中だから他には誰も見当たらなかった。
私が静かにしていると、先生が口を開く。
「今回の試験は見事だった。必ずしも正解とは言えないかもしれないが、お前は特別試験の存在に気付き、リーダーシップを発揮してペナルティを無いものにした。これは他クラスのリーダーたちにはできなかったことだ」
褒め言葉に対し、私は咄嗟に言葉を返せない。
確かにDクラスはペナルティを免れた。
だけど私のせいで他3名の退学リスクが高まったという現実は変わらず、当然に喜べるものじゃない。
私が黙ったことで、廊下はまた静寂に包まれる。
先生はそれ以上何も言わず、前を向いて歩き続けた。
けれど、いつもより少しだけ歩調が遅い気がする。
「……先生?」
「ん? ああ、なんだ」
「いえ、何か言いたいことがあるのかなって」
私がそう尋ねると、先生は一瞬だけこちらを振り返った。
「……お前は、今回の判断を後悔していないのか?」
思いがけない質問だった。
「後悔、ですか?」
「ああ。お前が満場一致を阻止しなければ、DクラスはACクラス同様に150ポイントを獲得できた。結果的にペナルティを回避できたとはいえ、その選択が今後どう影響するかは分からない。……それでも、同じ状況になれば同じことをするのか?」
私は少し考えてから頷いた。
「はい。少なくとも、あの時の私には他の選択肢がありませんでしたから」
「……そうか」
先生は短く答えた。
その表情は、どこか寂しそうに見えた。
「……先生?」
「いや、すまない。少し昔のことを思い出してな」
そう言うと、先生は再び歩き始める。
私もすかさずその後を追った。
けれど、それから数歩も進まないうちに、先生は足を止めた。
「……少し、聞いてもらいたい昔話がある」
私はなんだろうと思いながら小さく頷く。
その後すぐに、先生は滔々と語り始める。
「……昔、ある生徒も満場一致特別試験を受けた。時期は3年の学年末特別試験の直前。最後の設問は、今回同様に仲間かクラスポイントを選ぶというものだった」
ひと呼吸置いて、話が続く。
「クラスの意見は割れたが、その時リーダーだった奴が退学すると言って、その恩恵にあやかろうとする声が多くなっていった。だがリーダーと付き合い始めたばかりの生徒が1人いた。その生徒は最後まで退学に反対し、……結果どうなったと思う?」
「満場一致の失敗、ですか?」
「そうだ。クラスポイントは大きく後退し、Aクラスで卒業する夢はそこで潰えた。友情には亀裂が入り、リーダーだった男は責任を感じて自棄になった。……当然、2人の交際関係は自然と解消された」
悔恨のこもった瞳が、どこか遠くを見るように窓の外に向けられる。
「誰が、間違っていたのだろうか。今でも結論が出ていないらしい。……いいや、本当は結論付けたくないのかもしれない。仲間が退学することが正しかったのだと、その現実を―――」
「それは、違うと思います」
私は先生の言葉に被せて強く言った。
「その人も、クラスのみんなも、リーダーさんも。絶対に間違ってなんかない。私はそう断言します」
「……どういうことだ?」
「間違っているのは学校です。そんな残酷な選択を子どもに強いて、人を退学にさせる。そんなのは教育ですらない。ただ人を選別してるだけです」
もちろん、その過程で成長はある。
退学という目に見える危険と隣り合わせの3年間。
まだ子どもだった心は、環境に適応するしかなくなる。今まで以上に努力が必要になって、確かに入学前とは見違えるほど逞しくなるのかもしれない。
それでも……。私は、降ろしたままの拳に力を込める。
「……私は、退学を前提にしてる今の仕組みが嫌いです。ただひたすら反吐が出る。運営してる大人たちは安全圏にいて、今回みたいに成果が渋いからって試験の難易度を釣り上げる。……そんな、子どもを実験に使うようなあり方が許されていいはずがない」
言っていて、私は胸が熱くなっていることに気がつく。
先生は驚きながらも私の目をじっと見ていた。
私は大きく息を吐き、憎しみを追い出すように頭を振る。
「その人の中では、その人自身とリーダーさんと、クラスのみんなしかいなかった。でもその中に悪い人なんていません。だから結論が出せないんです」
それぞれに、それぞれの正義があったはず。
でも外に目を向ければ絶対に悪いものがある。
「……なら、お前ならどうする? この学校が悪いのだとして、だが1人の生徒にはそれをどうすることもできない。クラス全員の将来か1人の退学、比べたくなくとも天秤に乗せるしかない」
「それ、ちょっと意地悪な質問の仕方ですよね」
「……そうだな。意地悪な2択だろう」
「違います、私は質問の仕方が意地悪だって言ったんですよ。実際には、選択肢にはもうちょっとグラデーションがあったはずじゃないですか?」
私は指を1本ずつ立てていって説明する。
「退学者を出す代わりにクラスポイントを得て学年末試験に挑む。満場一致に失敗して学年末試験を迎える前に夢を潰す。その間には、全員で揃って学年末試験に挑むっていう選択肢があったはずです」
「それは……」
「リーダーとして、みんなが望むなら私は進んで退学します。でもそれは同時に、リーダーとしての責任を放棄することにもなる。だからもし1人でも退学に反対してくれる人がいたのなら、私はみんなで学年末試験に挑んで、みんなで将来を勝ち取りたいです」
その答えに、茶柱先生はしばらく沈黙した。
「……ならもし、3つ目の選択肢がなければ―――」
「ちょっと、くどいです茶柱先生。そうならないように、選択肢が狭まってがんじがらめになる前に、どうにかする。私が言えるのはそれ以上でも以下でもないです」
近い将来、私は退学するしかなくなるかもしれない。
今回の試験を経て、私はそう思わされる。
それでもただでやられるつもりなんて毛頭無かった。
ホワイトルームも高育も、程度が違うだけで同じ穴の狢。
少なくとも主人公にとってはそうです。