私とホワイトルームを罰する方法(旧題:君のことをもっと教えて)   作:花音ゆず

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諸事情につき、タイトルを変更いたしました。
ご理解いただけますと幸いです。


第12話

 時が経つのは早いもので、それからあっという間に1ヶ月が過ぎて、5月になった。私は入学前ほどではないけど相変わらず仕事に追われる日々で、最低限は人付き合いとして遊びに行くことがあっても、あれ以降はカウンセリング業務に毎日欠かさず従事している。

 

 そのせいもあってか、軽井沢さんが平田くんと付き合い始めるなどみんなの関係性はどんどん深まっていく中で、私だけがずっと初期位置から変わっていない。とは言え最初にある程度は距離を縮めてたおかげか、クラスで浮いているということもなく、普通に友達がいる程度の絶妙なポジションに収まっている。

 

 今日は少しだけ寝起きが悪く、私はいつもより慌ただしく準備を済ませて部屋を出た。そのままエレベーターで降り、ロビーに出ると、何やら少し空気がざわついている。それを怪訝に思ったその時だった。

 

「え、まじで? ポイントが減ってるって?」

「まじだって。お前も確認してみろよ」

 

 聞き耳を立てていたわけじゃないけど、そんな会話が聞こえてくる。私は思わずスカートのポケットをまさぐってスマホを取り出した。アプリを見てみると、残高欄には83,852ポイントと表示されている。

 

 先生の話では、ポイントは月初に振り込まれる。

 先月末、つまり昨日時点でのポイントがどれだけあったかは正確には覚えていないけど、この感じだとまだポイントが振り込まれていないか、あるいは振り込まれた額がゼロに近いか、そのどちらかになる。

 でもさっきの男子生徒の会話では、ポイントの振込額が減ってるとのこと。その言葉通りなら前者である線は薄い。けど振り込まれるポイントが減ったというのは少し不可解で、私はまずシステム障害を疑った。

 

 システム障害なら、未受け取り分のポイントは、復旧次第の受け取りになる。私は普段から節制を重ねていたからそこまで重大な問題ではないけど……。

 でもそれは楽観視のしすぎだと私は直感する。

 根拠はないけど、私は先月時点で胸騒ぎを覚えていた。それが今日になって更に重苦しいものに変わる。

 

(……でも、これ以上は考えても仕方ないね。事情の説明は朝のホームルームで茶柱先生がしてくれるだろうし、ひとまずは状況把握を最優先に動こう)

 

 勉強と違って、こういう、なんていうか推理力、思考力はそこそこ自信があるけど、さすがに現時点では明らかになっている情報が少なすぎる。私はそれを確保するため、足を早めながらも視野を広げた。

 

 

 

 

 

 

 登校中に抱いた違和感がある。それは、ポイントが増えてないことに動揺、あるいは困惑、不審がる生徒の割合はそこまで多く見えなかったことだ。

 これには、大きく分けて理由が2つ考えられる。

 1つ目としてはまだ多くの生徒はこの事態に気がついていないということ。そして2つ目としては、すでに事情を把握している生徒がそれなりにいた、あるいはこの事態に陥っているのが一部の生徒だということ。

 

 そのどちらが私が抱いた違和感に大きく結びついている要因なのかは、校内に入り、1年生の教室がある2階に足を踏み入れた時点でもはや明らかだった。

 

(……さっきより、空気がざわついてる)

 

 それが指し示すのは、ポイントの振込額が減っているという状況について既に理解している生徒がそれなりにいて、あるいはこの事態に陥ってない生徒がそれなりにいて、その生徒は上級生であるということ。

 

 学年に関係なく登校時間は一緒だから、登下校だと母数には各学年がある程度均等に紛れ込む。一方で1年生の教室がある階にいるのは基本的に1年生のみと考えられる。つまり母数の属性が違っていた。そしてここでも普段と変わらずにいる生徒が、まだ事態に気付いていないのだと結論付けるのが妥当だと私は思う。

 

 現時点で分かるのはそれまでだ。

 それ以上は推測が多分に混じることになるから、私は教室に着くや否や、井の頭さんに話しかけた。

 

「おはよう、井の頭さん。突然で悪いんだけどちょっと気になることがあって、教えてもらえる?」

「おはよう嬉野さん! えっと、気になることってもしかして……ポイントのことだったりするかな?」

「うん。その様子だとやっぱり―――」

 

 井の頭さんは不安そうに頷いた。

 どうやらポイントを使いすぎちゃったらしい。スマホを見せてもらうと、残りはだいたい4万円ほど。すぐにはお金が必要にならないとは思うけど、足りなくなったらある程度貸せるよと私は伝えた。

 

「え、嬉野さんはポイントどのくらいなの?」

「なんと8万は残ってるよ。最初に靴を買ったのと、たまに遊びに行くとき以外では使ってないし」

 

 そんなことを言うと、絶句が返ってくる。

 

「……た、確かに嬉野さん毎日食堂行くって言ってたけど、もしかして毎日山菜定食だったの……?!」

 

 そういえば、女子は自炊を始める子も多くて、私は食堂で山菜定食を食べる都合上、途中からはお昼を井の頭さんたちととる機会はめっきり減っていた。

 それだから私が基本的には無料のものを活用して生活してるのを知る人は、たぶんだけど1人もいない。

 

「あはは、ばれちゃった」

「もう嬉野さんのこと私よく分からないよ……」

 

 苦笑いをしながらそんなことを言われる。

 一時は向けられていた好意も、これで冷めてくれたら、蛙化してくれたらありがたいんだけど。

 我ながら最低なことを考えてる気がする。

 

「ま、そういうわけだから、私は全然お金に余裕あるんだ。だから貸してほしいときは遠慮なく言うんだよ? 大丈夫。足りなくなったら腎臓売るから」

「いや腎臓は売っちゃだめだよ……?!」

「大丈夫だよ人間って怪我しても安静にしてたら治るもん。腎臓だって少し経てばまた生えてくるよ」

「……いや、腎臓は生えてこないだろ」

 

 冷静なツッコミに背後から襲われた。

 振り返ると、綾小路くんが登校してきたみたいだ。

 

「おはよう綾小路くん。やっぱり臓器売買でマネーロンダリングするのは無理があるよね」

「おはよう嬉野、それから井の頭も。……およそ女子高生の口から聞きたくない言葉が聞こえてきたな。ちなみにマネーロンダリングはそういう文脈で使うものじゃないぞ。基本的には犯罪で得た収益の出所を捜査機関から逃れるために誤魔化すことだからな」

 

 冷静なツッコミに私は降参の手をあげた。

 

「冗談冗談。ところで綾小路くん―――」一応、ポイントについて彼にも聞いてみようと思った矢先、綾小路くんの更に背後から情けない声が聞こえてくる。

「綾小路いいいぃぃぃ……」

「うおっ?! ど、どうした池そんな顔して」

「一生のお願いだ! 俺に金を貸してくれ!」

 

 綾小路くんは不審な目を池くんに向けた。どうやらまだ事情を把握していないようで、私がかくかくしかじか説明すると、いつぞやの私のようにスマホを取り出す。それでようやく事態が飲み込めたみたいだ。

 

「朝から少しいつもより騒がしいと思ってはいたが、そういうことか。ちなみに池、残額は?」

「聞いて驚け! もう500ポイントもねえ!」

「自慢げに言うことじゃないだろ。全く……」

 

 さすがの綾小路くんも呆れたみたいだ。

 私もおんなじ気持ち。家賃や水道光熱費などは学校負担だというのに、なにをどうしたら、そんなに綺麗さっぱり10万円が1ヶ月でなくなるのやら……。

 

「頼む綾小路! この通りだ!!」

「そんなこと言われてもな―――」

「えっと、……池くん、一旦落ち着いて。まずはそろそろ朝のホームルームが始まるから先生に事情を聞いてみよう。それから、次にポイントの振り込みがある日までは私が貸してあげれると思うからさ」

「本当か?! 恩に着るぜひまりちゃん……!」

 

 見栄もへったくりもなく縋られたら、さすがに、それを無視するというのは気が引ける。1ヶ月で10万円を使い切っちゃうような生活は見直してもらう必要があるけど、まずは安心させるのが最優先だろう。

 ちなみに多かれ少なかれではあるけど、ポイント不足に困っているのは池くんだけじゃないみたいで、教室のあちこちで似たような光景が広がっていた。

 

 そうこう騒がしくている内に、朝のホームルームの時間がやって来る。始業のベルが鳴ると同時に入ってきた先生の表情は重く、私たちは息を呑んだ。

 

「せんせー怖い顔してどうしたんすか? 生理?」

 

 空気の読めない山内くん1人を除いて。

 

「…………」茶柱先生はその発言を無視した。険しい表情で教室内を見回し、まるで事態の深刻さに気付かせるようにした後、ようやく口を開く。

「これから朝のホームルームを始める―――が、お前ら先になにか聞きたいことがあるんじゃないか?」

 

 それが何を指し示してるかは明らかだった。

 池くんが手をあげて発言する。

 

「せ、先生! 今日の朝見たらポイントの振り込みなかったんすけど、どういうことですか?!」

「それは勘違いだ。ポイントは振り込まれている」

「……い、いやいやいやいや見てくださいってこれ! 全然ポイント振り込まれてないっすよ?!」

「そんなことはない。ポイントは全学年、全クラスに振り込み済みであることを学校側は確認済みだ」

 

 沈黙がおりる。

 おそらく、この時点で、先生の発言の真意に気が付けたのはごく一部の生徒だけ。ほとんどの生徒は意図を読み取れず、お互いに顔を見合わせた。

 

 その様子に、教壇からは重いため息が届く。

 それは生徒たちに対する嘲りに満ちていた。

 

「―――本当に愚かだな。お前ら」

 

 やがて、教師のものとは思えない言葉が茶柱先生から発せられ、それを聞いた私は思わず耳を疑った。




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