私とホワイトルームを罰する方法(旧題:君のことをもっと教えて) 作:花音ゆず
誰も立ち上がれない、あるいは立ち上がらない。
そんな教室内で立ち上がって教壇横まで行ったものだから、私はみんなの視線を一斉に浴びる。
「……まず、状況整理をしたいと思う。私もそうだけど、まだみんな混乱してるだろうから。良いよね?」
私はまず平田くんと櫛田さんに視線を合わせた。
2人なら賛同してくれると思ったからだ。果たして―――私の意図を汲んでくれたみたいで、平田くんも櫛田さんも、努めて明るい声で私に応えてくれる。
「そうだね。僕もそれがいいと思う」
「私も賛成、かな。いきなりこんなこと言われても理解が追いつかなくて……みんなもそうだよね?」
クラスの空気は決してよくないけど、だからこそ流されるまま、賛同の声が集まったことに私は安心する。1時間目が始まるまで5分程度。あまり時間がないから、すぐに話を始められるのは不幸中の幸いだ。
「ありがとう。私がまず問題だと思うのが、授業に臨む態度が原因で、クラスとして持っていたポイントを全部失ったこと。授業態度が悪かったのは確かに私たちが悪いのかもしれないけど、先生が何も説明してくれなかったことは、やっぱり納得いかないよね」
私は先んじてみんなの気持ちを代弁する。
まずは不安というより、不満の解消からだ。
「それに、授業を真面目に受けてた子もちゃんといた。そういう子からしてみれば今回の件は巻き添えみたいで、より不満だよね。だから私から1つ提案なんだけど、授業を真面目に受けてた子がポイントに困ったら、私は優先してその子にポイントをあげたい」
心配な気持ちはそのままストレスになり、転じて、授業態度が特に悪かった人にヘイトが向けられるようになるのは想像に難くない。それで言い合いに発展でもしたら時間の無駄だし、お先真っ暗になる。
だから私はそうなる前に、授業を真面目に受けてた子たちの不満を多少なりとも和らげないといけない。
「私は先月から節約してたから、8万程度のポイントが残ってる。もちろんそんなんじゃ全員分を賄うことはできないけど、少しでも力になりたいから、困ったことがあったら躊躇せずに声をかけて欲しいな」
「もしよかったら私も協力するよっ! 嬉野さんほどにはポイント残ってないけど、でも2人いたら、その分だけ助けてあげられる子も増えると思うもん」
「僕も協力するよ。だからみんな安心して欲しい」
3人いれば、ある程度はみんなの助けになりそうだ。櫛田さんと平田くん、2人の残高をそれぞれ5万と見積もったら全部で18万。もちろんみんなにも節約をしてもらわないといけないけど、ないよりはましだ。一部の生徒が安堵の声をあげ、私は思わず微笑む。
「もちろん、授業を真面目に受けてなかったからと言って見捨てるようなことはしないよ。私がなんとかポイントを工面してみせるから待ってて欲しい。現実的なのは先輩方からポイントを借りたりだね」
後で詳しく説明するけど、同級生の、それも他クラスの生徒からはポイントを借りづらいだろう。
その点、先輩方相手なら大丈夫だ。
「次に中間テストの話。みんなには決して楽観視はして欲しくないけど、まずは過度に心配しないでいいと思う。赤点のラインなんだけどね、たぶんクラスの平均点を2で割って四捨五入で求められてる。だからクラスの平均点を下げてしまえば、勉強がめっちゃ苦手だっていう子でも退学になることはまずないと思う」
そう言って、黒板に残されたままの、去年の1年Dクラスの生徒の点数表を私は指差した。
職員室に持ち帰ることなく、わざわざ教室に残してくれたのは、40人分の点数の合算を暗算で求めるのは難しいだろうという先生の遠回りな配慮だろう。
「え、まじ? だったら楽勝じゃね?」
「そう簡単な話ではないと思うよ池くん。確かに、計算した感じでは、去年の赤点のラインはその計算で求められている。だけど今年もそうとは限らない。だからみんなで低い点数をとるのはリスキーだ」
平田くんが私の言いたいことを言ってくれた。
一瞬、楽観的すぎる空気が形成されかけた教室内が、その冷静な意見でまた引き締められる。
「平田くんの言うことはごもっとも。茶柱先生は私の聞いたことに対してヒントとしてこの紙を張り出したわけだから今年も同じように算出されると思ってるけど、100%そうとも言い切ることはできない」
「……でも、事実なら利用しない手はないよね。せっかく仲良くなったのに離れ離れだなんて悲しいよ」
「そうだね。僕も櫛田さんの言う通りだと思う」
「うん、だから厚かましいお願いなのは重々承知だけど、勉強ができる子だけ点数調整できないかな?」
それならリスクは最小限に抑えられる。
私の言葉が教室中に浸透し始めたのか、みんなは真剣な目を私に向けてくれる。そんなとき、1人の男子生徒が手を上げた。彼の眼鏡の奥には理知的な光が宿っていて、反対意見が来るだろうと私は身構える。
「質問だ。悪いが、それは勉強ができる奴にメリットのある話なのか? リスクがないなら協力できないこともない。だが実際にクラスの平均点がどうなるか分からない以上、安易に自分の点数は下げられない」
「意見を伝えてくれてありがとう幸村くん。まずリスクについてだけど、クラスの平均点が分からなくても赤点の算出方法がさっき説明した通りなら、50点以下にさえしなければ赤点になることはまずないよね」
「……なるほど、確かにな。点数の調整なんてしたことがないから不安は拭えないが筋は通っている」
あくまで満点が100点なら、の話だけど。
この辺は後で確認しようと思う。
「次にメリットについて。茶柱先生は直接は説明してくれなかったけど、今回もいくつかヒントをくれたんだ。まず1つにこの学校は実力で生徒を図るっていうこと。次にその指標としてクラスのポイントがあること。最後にAクラスのみが進学先や就職先を約束されるってこと。この3つを結び付けて考えたら、私たちは何らかの方法でクラスの評価を上げてAクラスになることができる。Aクラスになる必要性があるよね」
「……推測に過ぎないが、そう考えるのが妥当だろうな。だがそれがメリットの話にどう繋がるんだ?」
「この学校は実力で生徒を図る。わざわざ学力じゃなくて実力って言ったんだから、たぶん学力以外にも、身体能力とかも問われる。授業態度だってその内の1つだと思う。勉強は苦手だけど運動はできるって子いるよね。そういう子を退学にさせてしまったら、クラスとして、そして幸村くんにとっても損失じゃない?」
先生はヒントばかりで明確なことを言わないから、ほとんどは推測で話すしかない。だけど順当に考えを深めていけばそういう結論にたどり着く。クラスは一蓮托生。単純な助け合いの精神も大事だし、Aクラスを目指すなら、他者を助けることのメリットもある。
「言いたいことは分かった。不安を払拭できたわけではないが、嬉野の意見に俺は賛同する。ただやるなら徹底的にやりたい。これは俺からの提案だが、今日からできるだけ毎日、勉強会を開かないか?」
「ありがとう幸村くん! そう言ってもらえて嬉しいよ。勉強会については私も賛成。幸村くん以外で、私も教えられるよって子はいるかな? みんなの前だと声を上げづらいなら後でこっそり私に教えてくれても良いから、協力してくれると助かります……!」
その後、平田くんと櫛田さんは当然のように、それから英語が得意なみーちゃんや、他にも何人かの生徒が教師役として名乗りをあげる。一時はどうなることかと思ったけど、みんなの表情はもう暗くない。
私は安堵のあまり腰が砕けそうだった。
*
昼休みになると、隣席で真剣に授業の復習をしてる須藤くんを横目に、私は静かに席を立った。
「櫛田さん、ちょっといいかな?」
「ん? 嬉野さん? どうかしたの?」
「クラスのために、今のうちにやっておきたいことがあるんだ。そのためには櫛田さんの協力がどうしても必要で、ついてきてもらってもいいかな?」
「もちろんっ! 力になれるかは分からないけど、私でいいなら、ぜひ嬉野さんの力になりたいな」
櫛田さんならそう言ってくれると思ってた。
「ありがとう。とりあえず、今から生徒会長に会おうと思ってる。まだこの学校について分からないことばかりだからさ。茶柱先生は曖昧なことしか教えてくれなかったけど、先輩ならと思って」
「それはいい考えかもっ。この学校の生徒会長なんだもん。きっと私たちの力になってくれるよ」
「そうだといいね。ただちょっとだけここで待っててもらえる? その前にやっときたいことがあって」
そう言って、私は教室窓際の、最後列の席に近づく。そこに座っていた彼は私が近付いてきたことに気が付くと、不思議そうな視線を私に向けた。
「オレになにか用か? 嬉野」
「―――突然だけど、綾小路くんにお願いがあるの」