私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第15話

「改めて、今朝はありがとう。嬉野さん」

「ん? 私何かしたっけ?」

「もう! 忘れちゃったの? 朝のホームルームで、茶柱先生の説明を、現実を受け止めきれなかったみんなを、前向きな気持ちにさせてくれたでしょ?」

 

 廊下に出ると、櫛田さんはそんなことを言った。

 

「櫛田さんたちの協力があってこそだよ。でもあくまで対症療法でしかないけどね。今は私や櫛田さん、平田くんの呼びかけに感化されて前向きになれているけど、やっぱりどこかで不満は再燃すると思うよ」

「それはそうかも。でもすごいよっ。私だったらあの状況からみんなを元気付けれそうにないかな」

「ありがとう。でも櫛田さんだってそんなに卑下をすることないと思うな。平田くんと同じですぐに私の意図を汲んでくれたし。それに私は、櫛田さんなら違うやり方であの場の空気を変えれたと思うよ?」

 

 私は今後を見据えて、悲観はなくしつつも、なるべく楽観的なムードを作らないでいたい。だからこそ感情論だけじゃなくて理屈ベースでも話をした。

 でも後先を考えなければ、ある程度耳障りの良い言葉を並べるのでも一旦場を落ち着ける効果はある。

 

「そうかな?」

「そうだよ。この1ヶ月の間に、櫛田さんはクラスの誰よりもみんなの信頼を得ているんだからね」

 

 そうじゃなかったら、誰も櫛田さんに相談なんてしない。私に好意を抱いてくれた井の頭さんや須藤くんだってその想いをまだ胸の内に秘めていただろうし、対応に困った私が相談を持ちかけることもなかった。

 それほどまでに信頼されているというのは、私にもない大きな武器。それにしても友達関係をそこそこに留めておいて良かったと私は思う。私が普通に学生生活していたら、その武器さえも奪うことになるから。

 

「……うん。うん、そうだね。やっぱり嬉野さんって不思議だよね。なんだか言葉に底知れない重さがあるっていうか。実は年齢詐称してたりする?」

「してないしてない。私は正真正銘15歳だよ」

 

 まあ、普通ではないかもしれないけど。

 

「あはは、そうだよね。そんな嬉野さんはこれから生徒会長になにを聞くつもりなの?」

「ん〜。実際に会ってからのお楽しみかな」

 

 

 

 

 

 

 突然だけど、生徒会長は当然のように3年Aクラスだ。それはその人の確かな実力を裏付けている。実際にこれからどのような試験が私たちを待ち受けていて、それによってどのくらいクラスの評価が変動するかは今の段階では分からないけど、結果的にAクラスであるなら一定程度はキレ者に違いないと私は思う。

 だから3年生の教室がある本校舎の4階まで上がると、私は櫛田さんの横で、意識的に気を引き締めた。

 

「……突然すみません、1年Dクラスの嬉野ひまりと櫛田桔梗です。堀北会長はいらっしゃいますか?」

 

 教室後方からノックをしてドアを横に引くと、すぐ近くの席にいた先輩に私は話しかける。

 その先輩は少し驚いた様子で私たちを見た。

 

「ああ、学だったら―――」

「どうかしたか? ……見ない顔だな。新入生か?」

 

 生徒会長の下の名前は学というらしい。

 その先輩がちょうど会長の所在を教えてくれようとしたところ、1人の男子生徒が私たちの前に現れる。

 私はすぐにさっきと同じように名を名乗った。

 

「今日はいきなり教室に来てしまってすみません。先輩が生徒会長……ということで合っていますか?」

「ああ、3年Aクラスの堀北学だ。アポイントについては気にすることはない。今日がその日だということ、こちらも事情は把握している。話があるなら早速してもらいたいところだが、2人にとってこの場はアウェイで少し居心地が悪いだろう。まずは場所を移るか」

「お気遣いありがとうございます。恥ずかしながらまだ右も左も分からないものですから、会長がよろしければ案内いただいてもよろしいでしょうか……?」

「構わん。尤も、ここからさして遠くはないがな」

 

 そう言うと、クラスの先輩方と二,三言葉を交わし、教室を出る。私と櫛田さんはそれに続いた。

 アポイントをとる時間の余裕はなかったからどうなるものかと思ったけど、まずすぐに会うことができたのは僥倖だ。私はほっとしつつも姿勢も正し、やがて同じく4階にある生徒会室に会長の先導で入る。

 

「……この場を借りてもよろしいのですか?」

「ダメという決まりはないが、生徒会室は基本的には生徒会の業務を行う場だ。こうした私的な交流をするのにはあまり好ましいとは言えないかもしれないが今は問題ないと言っておこう。すぐにでもこの場は話をするに相応しいものになると俺は思っている」

 

 それなら私としても否応はない。

 それから会長の勧めで、私と櫛田さんは廊下側のソファに座った。堀北会長は私たちとの間に小さなテーブルを挟んで、反対側に腰を下ろしている。

 

「早速だが本題に入ってもらおうか」

「はい。ご存知かもしれませんが、私たち1年Dクラスはこの1ヶ月でポイントを全て吐き出しました。3週間後に迫っている中間考査で赤点を下回れば退学という話も今朝聞いたものですから、多少は落ち着きを取り戻しているものの、みんな不安に思っています」

「そうだろうな。この試験を舐めた生徒の何人かが、毎年この時期に退学する。先生方は乗り切る方法があると断言するが、そう上手くいかないのが現実だ」

 

 堀北会長は変に言葉を弄することなく、事実のみを伝えてくる。櫛田さんは寂しげに目を伏せた。

 

「ですが確かに乗り切る方法はあります。まず赤点のラインはクラスの平均点を四捨五入して決められますから、点数の調整をした上で、無難に過去問を活用などして勉強を重ねていけば問題ないでしょう」

「どうだろうな。未来のことは誰にも分からない」

「そうですね。100%確実な方法はありません。ところで堀北会長―――、その様子ですと、先生だけでなく先輩方も学校に口止めをされているのですか?」

「正解だ。悪いが、俺がお前たちにしてやれることは少ないだろう。その上でお前は俺に何を求める?」

 

 堀北会長は試すような目で私を見た。

 

「変なことを言いますが、私は自分の目に自信があります。言葉をどれだけ取り繕ってもだいたいは表情から読み取ることができる。だから赤点の基準の算出方法がそうであることにも確信があります。ちなみにテストの点数はポイントで買えるらしいですね」

 

 先輩方も口止めされてる以上、これは賭けだ。

 先生に確認をとったわけでもない思い付きの発言。私の嘘八百に会長が乗ってくるかどうか―――。

 

「……随分と大胆なことをする。俺から言質を引き出すつもりだな? どれほどお前が見抜くことに長けていても、その目を持たないクラスメイトを安心させるためには客観的な根拠が必要なのだろう」

「見透かされていましたか」私は苦笑した。

「ご不快な気持ちにさせたなら謝ります。スマホも録音状態を解除したこと、これでご確認ください」

 

 端末をテーブルの上に置いた。

 堀北会長から情報を引き出し、あわよくば証拠に残る形で、録音という形でみんなを安心させるための材料にしたかったけど、上手くいかないものだね。

 

「嬉野だけか? 櫛田も持っているだろう」

 

 私を囮にした作戦も看破される。

 櫛田さんも泣く泣く自身の端末を取り出した。

 

「藁にもすがる思いでしたが、この程度の浅知恵が生徒会長に通じるはずなかったですね……」

「この場でお前がとれる選択肢は最初から少ない。俺が学校から口止めされている以上、無理矢理聞き出すのは愚策。となれば俺が口を滑らすことに期待し、ブラフを入れて話を繰り出すのがせいぜいだろう」

「……そうですね。他に有効な手立ては考えつきませんでした。でも私はまだ諦められません。申し訳ないのですが、もう少々、お時間いただけませんか?」

 

 私はなおも食い下がる。

 すると堀北会長は、ちらと櫛田さんを見た。

 

「―――構わない、が話相手は2人も不要だな」

「えっと……私、お邪魔ですか?」

「これから先は嬉野ひとりでいい。俺としては、不用意に客観的な証拠は残したくない。嬉野もそれで構わないか? それでもいいなら話を続けよう」

「櫛田さんが納得できるなら私は大丈夫です」

「……そしたら、お先に失礼します」

 

 櫛田さんは大人しく生徒会室を後にする。

 これで室内には私と会長の2人きり。しばらくは掛け時計の針の音だけが唯一響く。そうして場の緊張感が高まる中、―――私はついに、再度口を開いた。

 

「それで、私は会長のお眼鏡に適いましたか?」

 

 私の問いかけに、会長は薄く笑う。

 私はそこに確かな手応えを感じていた。

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