君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第17話

 教室に戻ると、私は平田くんに櫛田さん、2人にだけ情報を共有した。試験の点数はポイントで買えること。そのために無利子でポイントを借りたこと。1年生1学期の中間考査は、例年、同じ問題であること。

 もちろんそれらは、すぐにはみんなに明かさないことも説明済みだ。誰にも話さないでもよかったことだけど、2人はクラスの中心人物というだけあって仲間想いな性格。中間考査に向けて気を揉むことが多いだろうから、少しでも心労を減らすための行動だった。

 

 そうして放課後になり、初日の勉強会が始まる。

 と言っても、教室で全員で勉強するというわけにはいかない。クラスには賑やかだと集中できない、そもそも大人数が苦手な子と、そうじゃない子がいる。

 

 そのため必然的に、勉強会は2つのグループに別れて行われた。1つは平田くんと櫛田さん、他何人かを教師役として教室に残ったグループだ。こちらは大人数で行われていて須藤くんたちと一緒に綾小路くんも参加予定だ。もう1つは幸村くんとみーちゃんを教師役とした少数グループ。井の頭さんに誘われたので私はこっちで、図書室で静かに勉強することになった。

 

 ところで、私は勉強ができない。

 少人数での勉強会は、まずみんなの実力を図るという趣旨で幸村くんが参考書からコピーしたテストを解くことから始まったけど、その結果は散々だった。

 

「……なんだ、意外だな。教師役に立候補しなかったときは意外に思ったが今ならその理由は分かる」

「うう……どうせ、どうせ私は馬鹿ですよ……」

「馬鹿というか、基礎がなっていないな。特に英語と数学は。逆に国語と社会は悪くない。理科も暗記系はできている。これは積み重ねができてない証拠だ」

 

 事実陳列が私の心臓にクリティカルヒットした。

 

「……つまり?」

「今日からみっちり基礎を詰め込む」

「うへえ……」

 

 なんだか帰りたくなってきたかもしれない。

 今日からは勉強会の時間を考慮して、お父さんに相談してカウンセリングの予定をずらしてもらっている。だから寮に帰ってもしばらくはやることがないんだけど、私は勉強を早くも嫌いになりかけていた。

 

 

 

 

 

 

 それからおよそ1週間が過ぎた。

 表面上はなにか問題があるわけでもなく、どちらのグループも勉強会はつつがなく進行している。けどここで、1つだけ問題が浮上した。須藤くん、池くん、山内くんの3人の勉強の出来があまり良くないらしい。

 

「……それで、堀北さんを勉強会に誘うって?」

「ああ。オレはそれが1番だと思う」

 

 ある日の放課後。勉強会の前に、私はそんな提案を綾小路くんから受ける。高円寺くんを除けば彼女だけが勉強会に参加してないというか、そもそも友達も全然いなくて、クラスから浮いちゃっている。

 ただどうやら、勉強は得意そうだと綾小路くんは言う。彼から見てそう思ったならそうなんだろうけど

 

(……別に、綾小路くんが教えたらいいのに)

 

 私はちょっとだけ不満に思う。

 ホワイトルーム生の綾小路くんなら、3人に勉強を教えるくらいできるだろう。でも見た感じその様子はない。そもそも勉強に限らず、体育の授業とかも、目立ちたくないのか本気を出していないようだった。

 

 これが一般生徒なら話は違ったけど、綾小路くんはホワイトルーム生。たぶん今だけは普通の学生として過ごしたいんだろうなと分かるから何も言えない。

 

「でもなんで私が? 櫛田さんに頼ってよ」

「櫛田と平田からはすでに堀北にお願いしたようなんだ。その上でどうやら、突っぱねられたらしい」

「……それで私に白羽の矢が立ったんだね」

「長い目で見ても、クラスメイトであるなら早いうちに仲良くしておきたい。頭が良いなら尚更な。学力試験は今後も3年間にわたって実施されるだろう」

 

 言いたいことは分かるんだけどね。

 

「もしかして、入学してすぐの頃のこと意外と根に持っていたりするか? 堀北の態度悪かったからな」

「……すごい上から目線だったよね」

「そうだな。だが嬉野なら分かるはずだ。あの手の優等生タイプはプライドが高い。だがDクラスに配属された。そこを突いてやれば鼻をへし折れるぞ」

 

 確かに、どこかで分からせてやりたいかもしれない。綾小路くんの提案で私はどうやって話しかけようか想像を巡らせ、悪い笑みを浮かべた気がする。

 

「綾小路くん。それ、いいね」

「怖い顔だな嬉野」

「は?」

「すまないこれはオレの口が悪かった。この通り謝罪するから、絶交だけは勘弁してくれ」

 

 綾小路くんが90度に頭を下げた。

 それがシュールで私は思わず笑ってしまう。

 

「ふふ、じょーだん。顔をあげて?」

「……ああ、良かったいつもの嬉野だ」

「こんなことで怒らないから安心してよ。ちょっとむかついたのは堀北さんに対してだけなんだから」

 

 感受性が高すぎるのも考えものだと私は思う。

 人との接し方が分からなくて高圧的に接してしまったのではなくて、素で見下されていたのが分かる。私だって1人の人間だ。プライドは当然あるし、ナチュラルにそんな態度で話されたら不愉快にもなる。それは剥き出しで敏感な場所に塩を塗られるようなもの。

 

「だから仕返ししてあげないとね」

「目的は勉強会に誘うことだけどな」

「あはは、安心して? それもちゃんとやる。本気で怒ってるわけじゃないからね。ちょ〜っとイラっとはしたけど、それで癇癪起こすほど子供じゃないし」

 

 反発しかけたのはご愛嬌だと思って欲しい。

 

「対等な関係を築けるようになるといいな」

「ふふん、私を誰だと思ってるの? そんなの私にとってはお茶の子さいさいだよ」

「そうなのか?」

「…………あ、うん。得意分野だからね」

 

 そういえば、まだ何も綾小路くんに伝えてないんだった。私の仕事とか、綾小路くんとの関係性とか。

 

(中間テストが終わったらちゃんと伝えよう)

 

 十分に仲が良くなれたと思う。

 綾小路くんの人となりを知れたと思う。

 だけどそろそろ、仕事のことや、私の過去のことを明かす必要がある。そしてその上で、私たちが今のまま友達の関係でいられるよう願ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 その日、勉強会を終えた私は寮に帰ると、軽く夕食をとってからすぐに本来の仕事に取り掛かった。それは夜の9時には終わり、それからお風呂で身体を休ませたあと、私はその日勉強したことの復習をする。

 

 みんなが中学生の間で固めてきた基礎。

 それをたった数ヶ月で追いつくのは無理があるけど、少しずつ分かってくると、それが楽しいということに気が付く。もちろん好き好んで勉強をするほどじゃない。だけど分からなかったことが分かるようになること、この形容し難い感覚は甘美なものだった。

 

 だから勉強している間は、意外にも時間が経つのは早い。あっという間に11時前を時計は指している。

 そろそろ寝る準備をしないといけないから、私は勉強を切り上げて、身体中の凝りを逃がすみたいに上半身をぐっと逸らす。このとき全身を駆け巡る快感というか、ぽわぽわした感じが私はちょっぴり好きだ。

 

 それから歯を磨いて電気を消す。

 そんなとき、私のスマホの着信音が響いた

 その音からして学校で支給されたものじゃなくて仕事用の端末。押し寄せてきていた眠気も一気に引き、私はちょっと緊張感を持ちながらその端末を手繰り寄せる。画面には嬉野総一郎と表示されていた。

 

「……もしもし、お父さん?」

「夜遅くにごめんなひまり。寝てたか?」

「ううん、そろそろ寝ようかなってだけだから時間は気にしなくて大丈夫だよ。それで何の用なの?」

「久しぶりにひまりの声が聞きたくなってね」

 

 穏やかな声が私の耳朶を叩く。

 私は少し呆れた。

 

「……なにそれ、別にいいけどさ」

「ひまりはお父さんの声なんて聞きたくないよな。それも仕事とは関係ないのに。……ごめんな」

「別にいいから。そんなこと言うなら切るよ」

 

 自分でも自分のものとは思えないほど、冷え切った声が私の口から発せられる。その後は気まずい沈黙が降りた。喉が渇き、心臓が早鐘を打ち始める。

 

「…………そうだよな。ひまり、学校生活は順調か? 友達はできたか? ……ちゃんと楽しめてるか?」

「順調だし友達もできたし楽しめてるよ」

「……そうか、それは良かった」

 

 お父さんが言葉を区切ると、また静かになる。

 私は自分からは何も言えないでいた。

 学校の友達やホワイトルーム生とは、どのように接したらいいのか考えないでも分かるのに、お父さんとは何を喋るのが正解なのか、それが全然分からない。

 

「……仕事のことは気にしないでいいからな。最近は学校のことで仕事に手が回らないだろうが、それが普通なんだから。だから気にする必要はないからな」

 

 私はやっぱり言葉に窮した。

 だけどお父さんの愛おしむような声音を聞いて、なにか答えなきゃいけない気持ちに駆られる。

 

「ひまりは、学校生活を楽しんでくれたらいい。お父さんはそれ以上のことはひまりに求めないからな」

 

 お父さんはずっと私のことを気にかけてくれる。

 およそ8年前、ホワイトルームから脱落したお姉ちゃんが自殺を図ってからも、変わらずに。それだけは変えまいとするみたいに、私に優しく接してくれる。

 

 関係性を悪くしたのは私のほうだ。

 8年前、いまの仕事を始めたのと同時に、私はお父さんと幸せに暮らす人生を自分で放棄した。

 

 なのにお父さんは私を気にかけてくれている。

 私はせめて、感謝を伝えようと口を開いた。

 

「……ありがとう。お父さんは変わらないね」

「いや、ははは、最近さらに老けた気がするよ」

「そうじゃなくて。私のことをずっとずっと大切に思ってくれてありがとう、って言ってるんだよ」

 

 そう伝えると、返ってきたのは絶句だった。

 こんなに本心から感謝を伝えたのなんていつぶりだろう。昔の記憶なんてもうこれっぽっちも残ってない。だからそれは分からなかったけど、少なくとも、お父さんが驚くほどには久しぶりのことだと思う。

 

「―――良かった。本当に良かった」

 

 しばらくするとそんな声が聞こえてくる。その一音一音には喜びが滲み出ていて、私は胸が締め付けられた。私は今から最低なことをお父さんに言う。

 

「……でも、親不孝な娘でごめんね」

「気にしないでいい。いいんだ。ホワイトルームと関わった私が悪かったんだ。そのせいでひまりに苦労をさせた。全部私の責任なんだよ、ひまり」

 

 だから私を責めていいとお父さんは言う。

 

「……むしろ、むしろ私を恨んでよお父さん。悪いのは全部私。8年前も、その後も、そして今日も」

「今日も……? どういうことだ?」

 

 お父さんが困惑した表情が目に浮かぶ。

 その途端に、私の視界がぼやけた。動悸が激しい。口内が乾き切って、思わず唾を呑んだ。

 それでも言わないといけないことがある。

 

「お願いが、あるんだ」

「ひまり? どうして泣いて……」

「聞いてお父さん。もう金輪際、仕事に関係ないことは喋らないで。私なんかにもう構わないで」

 

 最低なことを言っている自覚はある。

 だけど、必要なことだ。仕事をする上で。

 

 思い出なんて要らない。幸せな生活なんて要らない。お姉ちゃんはあんなに苦しんでたのに、私だけが幸せに生きるだなんて許されるはずないと思う。

 それに、幸せに生きている人の言葉は、どん底にいる人には届かない。私は人の感情の機微を読み取るのが得意で、人と接するのも好きだけど、それでも安全圏から話しかけては相手の心に響いてくれない。

 

 だから私は進んで自らの首を締め上げる。それはこの学校に入っても変わらない、そう思っていたけど

 

「……な、何を言ってるんだ。ひまり」

「最近おかしいんだ。学校が楽しい。友達のことが好き。私なんかが幸せであっていいはずないのに、私はそう感じてて、もっと楽しみたい―――楽しいっていう非日常を日常にしていきたいと感じちゃうの」

 

 矛盾に似たそれは、早く訂正しないといけない。

 私がそう言い切ると重苦しい沈黙が返ってくる。

 お父さんは適切な返答を私のために考えてくれている。それが分かる。だから私は、逃げるように

 

「……そういうことだから、ばいばい。今までありがとう。そして親不孝な娘でごめんなさい」

 

 返答を待たないですぐに電話を切る。

 すると再度、かかってきた連絡を私は無視した。

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