私とホワイトルームを罰する方法(旧題:君のことをもっと教えて)   作:花音ゆず

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第18話

 次の日の朝、目覚めは最悪だった。

 

 寝る前にあんな電話をしたからだ。私は一瞬、お父さんを恨めしく思ったけど、すぐにお門違いだと思い直す。気分が悪いのは変わらないけど、自業自得なのに悲劇のヒロインぶるほど私は自惚れてない。

 少なくともクラスのみんなの前では決して弱い姿を見せはしない。私の事情に巻き込んではいけない。

 

(……はあ、相変わらず拗れてるよね私って)

 

 だけど1人でいるときだけは、ナイーブな気持ちになるのを許してほしい。誰にも迷惑かけてないんだから。誰に向けてか、私は心の中で言い訳をこぼす。

 

 

 

 

 

 

 思い立ったが吉日ということわざがある。

 それは、何かを始めようと思ったときは、すぐに実行に移したほうが良いという意味で主に使われていて、私もそれに倣ってすぐに行動を始めたい。

 

 というのは昨日、綾小路くんからお願いされた堀北さんの件だ。昨日は堀北さんがすでに帰ったあとだったけど、今日なら彼女が帰る前に話しかけられる。

 だから私は、6限後のホームルームが終わると堀北さんの席に近付く。すると不審な目を彼女は向けた。

 

「堀北さん、お願いがあるんだけど」

「須藤くんたちの話かしら? それならもう櫛田さんと平田くんから聞いた上で断ったわよ」

「……そこをどうにかならないかな?」

「鬱陶しいわね。彼ら3人に教えろというなら、メリットを提示するべきよ。そのくらい分かるでしょう」

「メリットならあの日に伝えたよね。幸村くんの質問に対して答える形で。感情論は抜きで。私としては理路整然と話したつもりだったけど違ったかな?」

 

 私が確認すると堀北さんはそれを鼻で笑う。

 

「―――あれがメリット? 冗談でしょう?」

 

 嘲るような言葉に、私はむっと言い返す。

 

「……どういうことかな」

「考えれば分かる話よ。赤点をとった生徒が退学するなんて、願ったり叶ったりな話じゃない。彼らのために点数を調整する? 勉強会を開く? 冗談じゃないわ。無能な生徒を切り捨てた方が今後のためよ」

 

 その言葉は、放課後になって少し騒がしい教室内にさえよく通った。楽しげに喋っていた誰も彼もがそれを聞いて口を閉じる。教室中から非難に似た視線が殺到するけど、堀北さんは気にした様子を見せない。

 

「……おい、黙って聞いてりゃテメェ」

 

 無能だと遠回しに言われた須藤くんが憤慨の声をあげ、近付いて堀北さんの胸倉を掴み上げる。

 これにはさすがに隣席の綾小路くんが腰を上げ、私もいつでも止めれるよう心構えを作ったけど、どうやら須藤くんはすんでのところで思い止まっている。

 堀北さんはそれを見て侮蔑の表情をした。

 

「反論できないから暴力を振るうのね。いいんじゃないかしら? 無能にお似合いな振る舞いよ」

「ンだとテメェ……!」

「待って待って。須藤くん暴力はだめ」

「止めんなひまり! こういう奴は1発殴ってやんねえと身の程が分かんねえんだよ、ああ?!」

 

 どんどんヒートアップする須藤くん。

 堀北さんのクラスでの立場を悪くするためにちょっと黙っていたけど、そろそろ止めないと。

 

「私も同じ気持ちだよ。でも今は大人しくして」

「……泣き寝入りしろって言うのかよ」

「文句があるなら後でいっぱい言えばいいよ。でも今は私が話してる。ちょっと邪魔しないでくれる?」

 

 そう言って、私は初めて、須藤くんの前で怒りを見せる。友達を無能と貶されたんだから当然だ。もちろんそれは制御できる程度の感情だけど、今だけはあえてそれを全面に出して、逆に彼を冷静にさせる。

 

「堀北さんってさ、視野が狭いよね」

「藪から棒に何かしら? 挑発のつもり?」

「ううん事実を言ってるだけ。だってそうじゃない? 無能な生徒を切り捨てた方が今後のためって簡単に言うけど、私たちはクラスから退学者が出たときどんなデメリットがあるか先生から聞かされてないよね」

「……デメリット、とは何かしら?」

「さあ。私も聞いてないから知らないよ。実際にはデメリットはないかもしれない。だけどある可能性もある。なら堀北さんは無能を切り捨てれば良いって無責任に発言するより前に、それを確認すべきだよね」

 

 退学者が出ることでクラスの評価がさらに下がるかもしれない。すでに評価は0だからこれ以上に下はないと思ってしまいそうになるけど、私たちはまだこの学校の多くのことを知らない。だから私たちは常に最悪の事態を考えて行動すべきだと私は説明する。

 

「……今からでも、確認すれば良いんでしょう」

「それは勝手にしたら良いよ。でもその前に堀北さんは自覚したほうがいいかもね。堀北さんは確かに勉強が得意なんだろうし、運動神経もいいみたいだけど、さっきので分かったように視野が狭くて考えが足らないしコミュ力も低くて友達だっていないよね?」

「意味が分からないわ。私たちは学生よ? 勉強が本分で、運動神経も重要視されているはずだわ」

 

 自分の主張があまり説得力のないものだと自覚があるからか、堀北さんにはさっきまでの威勢はない。

 ただプライドだけが彼女の言葉を支えている。

 

「それが視野が狭いよね、っていう話だよ。人よりお勉強ができて人より運動ができても、堀北さんみたいに快不快がすぐに表情に出て、おまけにコミュニケーションを取ろうともしない人が社会で通用する?」

「ここは学校よ。社会とは違うわ」

「的外れなことを言わないで欲しいな。いつまで現実から目を背けているの? 納得できないかもしれないけど堀北さんはそういう部分が弱いよね。Dクラスに配属されたっていう事実をまずは受け止めたら?」

 

 理屈で話す相手には理屈で返すのがいい。

 堀北さんのようにプライドも高いと、私がいくら責めても癇癪を起こさない。一度でも感情的になっちゃったら理性的な自分像が毀損されると思うからだ。それを知ってるからこそ私は遠慮なくものを言える。

 

 ただここに至って、堀北さんはやっと反論する術を失ったらしい。これ以上は口答えする様子もなく、ただ黙り込む彼女の様子を不憫に受け取る子もいる。

 

「……嬉野。ちょっと言いすぎじゃないか?」

「気持ちは分かるけど止めないで幸村くん。これでも、私はちゃんと引き際は弁えてるつもりだよ」

 

 とは言え、もうすっかり意気消沈してしまった様子を見せられると、さすがに心が痛くはなる。

 

「…………あのね、堀北さん。それでも私たちはクラスの評価を高くするために頑張らないといけないの。長い目で見て、勉強が苦手な子の学力を伸ばさないといけないの。仲間割れしてる場合じゃないんだよ」

「Dクラスに配属された時点でもう終わりよ。それが現実だ、と言われて受け止められるはずがないわ」

「堀北さん、気持ちは分かるけど悲観的に考えすぎじゃないかな。僕たちは確かにAクラスから最も遠い位置にいるけど、3年間あればここから評価は上げられる。だからみんなで力を合わせるのが大切だと思うよ」

 

 平田くんがポジティブなことを言うけど、堀北さんは納得した様子を見せない。感情論は今の彼女に通じない。彼女の悲観をなくすためにはやっぱり理屈でないと。そのためには悲観の原因の特定が必要になる。

 

「それこそ楽観的だわ。茶柱先生の話では、実力で生徒を振り分けるのよ? 優秀な生徒はAへ。ダメな生徒はDへ。それが事実なら、どんなに私たちが頑張ったところでAクラスになれる可能性は薄いわ」

「それは……でも可能性はゼロじゃないよ」

 

 平田くんは答えが見つからずに言葉を濁す。

 クラスにも少し動揺が走った。今までポジティブな言葉に乗せられて多くの人たちはDクラスであることを重く受け止めていなかったけど、ここにきてようやく、堀北さんが言いたいことをみんな理解する。

 でもそれが悲観の原因になってるなら話は簡単。

 

「ほぼ0なのが現実だと思うわ」

「……ううん、堀北さん。それはやっぱり悲観しすぎじゃないかな。考えてもみて欲しいんだけど、私たちDクラスがAクラスに上がれる可能性が極小であるのなら、そもそも私たちを入学させなくていいよね」

 

 学校側の視点に立ってみるのが大事だ。

 

「私たちDクラスに限らず、完全に実力順で生徒が振り分けられてるなら、BCクラスだってAクラスにはなれっこない。そんな無駄なこと学校がする? こんなに大きな敷地にケヤキモールとか色々施設を作って、私たちの家賃や水道光熱費も負担して、私たちにポイントを与えてまでそんな無駄なことをすると思う?」

 

 堀北さんの言う通り完全に実力順で生徒が割り振られているなら、私たちDクラス、それにBCクラスも勝ち目はない。それならわざわざ敷地をここまで広大にする必要なんてない。Aクラスに相当する優秀な生徒ばかりを最初から集めちゃった方がよっぽど良い。

 

「思わないよね。じゃあ何か目的があるんだよ。ちなみに先生はこうも言っていた。登校の入試を突破した私たちにはそれだけの価値があると。それはつまり私たちは見込まれているってことだと思う。そう考えていくと勝ち目がないなんてことはないんじゃない?」

「……ただの憶測で、根拠に欠けているわ」

 

 私は思わず苦笑した。

 そこまで意地張って反論しなくていいのに。

 

「ううん私のは推測。ちなみに堀北さんのが憶測。私の説明は理に適ってたと思うけどどうかな?」

「それは……、そうかもしれないけれど」

「なら諦めるにはやっぱりまだ早い。だってまだ入学してから1ヶ月だよ? こんなところで諦めちゃったら、今後3年間を無為にしちゃうよ。それに私はみんなと別れたくないかな。もちろん堀北さんともね」

 

 あと、学校を退学になってしまったらそのショックはでかいだろう。ホワイトルームから脱落して精神を病んでしまった子たちをたくさん見てきた私からすると、みんなには、そんな不幸が訪れて欲しくない。

 この学校は理不尽だ。まるで騙しうちのようなやり方で、まだ高校生になったばかりの、つまりは中学生を卒業したばかりの子どもに酷なことをしてくる。

 でもこの学校の3年間は、間違いなく将来に響く。

 

 それなら、きつくても戦い抜くしか道はない。

 

「だから堀北さん、お願いだから今回は協力して欲しい。もちろん今回の中間考査では堀北さんに負担がかかることになるけど……でも長い目で見れば意味あることだよ。私たちはみんな等しくこの学校に認められて入学したんだもん。それはどこかで活かす機会があるはずなのに退学を許すなんてもったいないよ」

「……そう、ね。確かにその通りだと思うわ」

 

 堀北さんはようやく私の説明に納得する。

 ここまで長かったけど、ようやく一件落着かな。

 

「うん。だから私からお願いします。須藤くんたちに勉強を教えてあげてください。ほら、須藤くんも!」

「お、俺もか?」

「当たり前だよ。色々言いたいことがあるのは分かるけど、教えてもらう立場でしょ? それならちゃんと頭を下げてお願いしなくちゃ。そうじゃない?」

 

 渋った須藤くんの背筋を私はぴんと伸ばさせる。

 

「……お願いだ、堀北。俺に勉強を教えてくれ」

 

 はい良くできました。

 堀北さんにはかなり酷いことを言われてたから、文句ならその後で言えばいいと私は思う。

 

「…………分かったわ。でも明日からにさせて。今日はちょっと、悪いけれど乗り気になれないの」

「十分だよ堀北さん。私ちょっと厳しいことを言ったけど、理屈では分かっていても、感情ではDクラスに配属されたことに納得できないのはおかしくないもん。気持ちの整理が必要なのは堀北さんだけじゃないよ」

「ええ、……ありがとう。少し目が覚めた気分よ」

「ふふ、どういたしまして。じゃあ明日の放課後は待ってるからね。これからよろしくね堀北さん!」

 

 目の前に手を差し出すと、力強く握り返してくれる。これで高円寺くんを除いてはクラスは一致団結できた。厳しいことは言ったけど、勉強も運動も得意な堀北さんは、きっとこれからクラスに貢献する。

 いつかAクラスに行けるといいなと私は思う。




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