私とホワイトルームを罰する方法(旧題:君のことをもっと教えて)   作:花音ゆず

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第19話

 堀北さんを説得した翌日からは、勉強会は3つのグループに分かれて再スタートを切った。

 須藤くんたち3人は櫛田さんや平田くんたちの元を離れ、堀北さんを教師役として図書室へ。私のいる幸村くんグループも図書室で勉強会をしてるけど、彼も堀北さんも大人数でいることは得意じゃない。だから私たちは、全く離れたテーブルにて勉強している。

 

 ちなみに綾小路くんは須藤くんたちに着いていき、私はなんか、幸村くんグループと堀北さんグループを行き来することになった。万が一、須藤くんと堀北さんがまた言い争いを始めた時のために私にはいて欲しいとのこと。要するにお目付け役ということだ。これを提案した綾小路くんにはていよく利用されているような気がしないでもないけど、頼られるのは嬉しい。

 

 それに結局は言い争いになることもなく、勉強会は順調に進んでいった。もちろん勉強ばかりしてたわけじゃない。たまには息抜きも大切だからケヤキモールなどで遊んだりもする。とは言っても退学がかかってるためか、みんなのモチベーションは比較的高く維持されたままに、1日、また1日と時間が経過していく。

 

 そうして、あの日から2週間と6日目になった。

 中間試験前日の放課後。

 帰りのホームルームを終えた茶柱先生が教室を出ると、教壇の横に立った平田くんからみんなへの激励がとぶ。決して赤点の不安が完全に払拭されたわけではないけど、みんなの表情には自信が見られた。

 

「最後に、嬉野さんから渡したいものがあるみたいなんだ。それはみんなにも必要なものだと思う」

 

 教室中から視線が殺到した。

 私は平田くんに頷き返し、通学鞄からファイルを取り出す。そこにあるのは3年分の過去問。それを教室の1番前の列に渡して、後ろの席に回してもらう。

 

「みんなにはちょっとだけ朗報がある。今配ったのは去年と一昨年、一昨々年の分の1年生1学期中間考査の過去問。ひとまずそれにひと通り目を通して欲しいんだけど、その上でなにか気付いたことはあるかな?」

 

 私が問いかけるとみんなは問題文を読み始めるけど、すぐにはリアクションは返ってこない。それでもしばらくして、誰かがポツリと、こう呟いた。

 

「……なんか、問題一緒じゃない?」それに呼応するように、他の人も奇妙な点に気付き始める。

「本当ね。嬉野さん、3年分とも問題が一緒のようだけど印刷ミスかしら? それともこれが朗報なの?」

「印刷ミスじゃないよ。なんとこれは間違いなく3年分の過去問。それは表紙の年度からも分かると思う。じゃあどういうこと?っていうと、この時期の問題は毎年、一語一句同じ問題が出されてるみたいなんだ」

 

 私の説明をみんなが理解し始めるのには、少しのタイムラグがあった。

 

「……まじで?!」

「まじまじ。私も驚いたよ。茶柱先生は私たちがこの試験を乗り切れる方法はあるって確信してるって言ってたけど、その理由がこれなんだと私は思う」

「本当に奇妙な話ね。学力試験のはずなのに、求められているのは授業内容を真面目に勉強していくことじゃないだなんて。にわかには信じがたいことよ」

「そうだね、私もこれは学校の方針に疑問かな」

 

 過去問を使うということ自体は、別に目新しい方法でもなんでもない。それをするだけで中間試験を突破できるだなんて、堀北さんの言う通り奇妙だ。

 

「けど事実は事実として受け止めたい。ただみんなにはひとつだけ言っておく。去年まで問題が同じだったからと言って、今年までもが同じ問題とは限らないんだってこと。だから慢心はしないで欲しいんだ。この問題の解答を覚えるのはいいけど、これまでやってきたことの復習も大事だよ。みんな分かったかな?」

「当ったり前だぜ! サンキューひまりちゃん!」

 

 良かった。池くんが分かってくれてるなら安心だ。それならきっと他の子たちも分かってるだろうから。

 

「じゃあ今日の勉強会は、ひとまず答えを見ないでみんなで過去問を解いてみよう。実力試しとしてね」

 

 そうして、最後の勉強会が始まった。

 

 

 

 

 

 

 勉強会が終わり、普段の仕事も終え、ひと息ついてからの過去問の復習もして、私は伸びをした。

 

 入学してから1ヶ月半と少し。私はこれまでのことを頭の中で振り返る。初めて対等な友達ができて、初めて遊んで、初めてみんなで勉強して。それはかけがえのないほどに大切な時間。だからこそ胸がざわつく。

 

 それは怖いという感情だと私はすぐに気がつく。

 友達を失いたくない。それもある。

 だけど私は、それ以上に、もし誰かが退学だと言い渡されてしまったら……そのあとが怖かった。

 

 ぎゅっと胸の前で手を握りしめても、鼓動の激しさは収まることを知らない。だから震える手でスマホを触り、連絡先の中から綾小路くんを呼び出そうとする。話し相手が欲しかった。この震えを止めて欲しかった。だけど私は、すんでのところで思い止まる。

 

 こんなのでも、私は一応、元ホワイトルーム生のカウンセリングを仕事にしてる。そんな私がホワイトルーム生に頼るのはちっぽけな矜持が許さなかった。

 代わりに、私は画面を下にスクロールして、櫛田さんに電話をかけた。櫛田さんはすぐに出てくれる。

 

「……もしもし、夜遅くにごめん」

「嬉野さん? ううん大丈夫だよっ。せっかく過去問貰ったし、まだまだ寝るつもりなかったから」

「そっか。私はもう寝ようかなって、思ってたんだけど、ちょっと……相談があって。ううん、相談っていうか、…………ごめん。やっぱりなんでもない」

 

 やっぱり切るねと私は言う。

 衝動的に電話をかけちゃったけど、……こういう、重い内容の相談で迷惑はかけれないと思い直す。

 

「ちょ、ちょっと待って? なにか悩んでることがあるなら我慢しないで欲しいな。嬉野さんには助けられてばかりだから、今度は私の番だと思うの」

「……でも」私が渋ると櫛田さんは言葉を続ける。

「でもじゃないよ。声からして、嬉野さんがすごい苦しんでるのが伝わってくるもん。少し強引でも、やっぱりなんでもないって言われて納得はできないよ」

 

 私は沈黙を返すしかなかった。

 何をしているの?と、自分自身に問いかける。

 私は感情を取り繕えるはずなのに。そうすれば他人を心配させることなんてないのに。衝動的に動いてしまって、櫛田さんを心配させてしまっている。

 

「……嬉野さん。これから、直接会わない?」

 

 櫛田さんは私を案じてそんな提案をしてくる。

 

「迷惑、じゃないかな」

「そんなことないよ。むしろこのまま何も相談されないほうが少し困っちゃうな。嬉野さんが何かに悩んでるのは分かるのに役に立てないのは苦しいもん」

「……そうだよね。ごめん」

「謝らなくていいよ。それで、どうかな?」

 

 声音から、彼女の心配が伝わってくる。

 私はすぐに分かったと返答した。もう迷ってられなかった。櫛田さんは言葉を濁したけど、ここで相談を躊躇ったほうが迷惑なのは明らかなことだから。

 

「すぐに行くからね!」

 

 ドタバタとした動きが通話から聞こえた。

 そのまましばらく待っていると、玄関からチャイムが鳴り、櫛田さんが私の部屋にやって来る。彼女は部屋着のままで、本当に急いで来てくれたみたいだ。

 

「……来てくれてありがと、櫛田さん」

「ううん大丈夫だよっ。それで、どうしたの?」

「ちょっと怖くてさ。明日、もし誰かが退学しちゃったらどうしようって。……やることはやったつもりだけど、それでも確実じゃないから……怖いの」

 

 せめて、あんまり深刻な話じゃないんだよと伝えようとして、私は失敗する。語尾がどうしても震えた。

 

「……嬉野さん」

 

 櫛田さんはベッドに座った私に身を寄せ、手を握ってくれる。肌を通してその体温が伝わる。不思議なことに、そうすることで少し、震えは軽減された。

 

「あはは……、なんか、私この学校に来てからおかしいや。前までは簡単に自分の気持ちを誤魔化せてたのに。誰かの前で弱みを見せることなかったのに」

 

 なんでだろうと、私は疑問に思う。

 最近の私は感傷的になりすぎだ。

 

「…………無理、してたじゃないかな」

「え?」

「おかしくなったんじゃなくて、それが正常だと思うんだ。これまで誤魔化せてたのが奇跡だったんだよ」

 

 その言葉はすっと私の胸に沁みる。

 ……確かに、そういうことなら納得ができる。

 最初から不幸な暮らしをしていた―――とかならともかく、私は8歳ぐらいまでは幸せを享受していて、あくまでその後、お姉ちゃんが自殺を図ったことをきっかけに幸せを自ら捨てて生きてきたんだから。

 

 8年間もそれで支障なく過ごせていたから気にしてなかったけど、今にして思えばそれは、無理な行いだったのかもしれない。だから8年越しに綻びができた。

 これくらいの恐怖さえ、堪えられないほどに。

 

(……あはは、なにそれ。もうめちゃくちゃだよ)

 

 私は心の中で乾いた笑みをこぼす。

 

「……だとしたら、元に戻る方法ってあるかな」

 

 元に戻らないと。それが普通じゃなくても、負の感情のほとんどを誤魔化せるくらいにならないと。

 私は誰かを助ける側でいないといけないのに。

 私は助けてもらうなんて幸せはだめなのに。

 

 普通な私になんて、なんの価値も―――

 

 ふと、私は全身に軽い衝撃を受ける。

 見ると櫛田さんが私の背中に両手を回していた。

 

「……私には嬉野さんがどうしてそこまで言うのか分からない。まだ私は、嬉野さんのことを知らない。だからその気持ちを否定しちゃいけないんだと思う」

 

 櫛田さんは私の背をさすりながら言葉を紡ぐ。

 

「けどこれだけは言いたいな。……私はいつでも相談に乗るよ。いつでもこうしてあげられるよ」

 

 お互いを隔てる服なんてないみたいに、櫛田さんの体温が、体だけじゃなくて心にも浸透してくる。

 拒まないといけないはずなのに拒めない。

 そうしている内に、私は眠気を感じた。泣き疲れてしまったのかもしれない。まるで緊張していた糸がぷつっと切れたみたいに、櫛田さんに身体を預けた。

 

 

 

 

 

 

 或る日の通話記録

 

「―――そういうわけで、ひまりを高度育成学校に受け入れていただけませんか? 坂柳理事長」

 

「なるほど。ご事情は把握いたしました。嬉野先生のご息女は、元ホワイトルーム生のカウンセリングを仕事にされている。そこで今年度は綾小路くんが入学するのを利用するつもりなのでしょう。仕事のために入学して欲しい、と言えば納得はされるかと思います」

 

「あくまで建前ですよ。本心は別にあります」

 

「ええ、本心としては、ひまりさんに学生生活を謳歌して欲しい。ひと言でそんなところでしょうか」

 

「そうです。ひまりは仕事のために、長い間、自分を犠牲にしてきました。当時8歳だった子が……です。仕事は確かに大切ですが親としてはその生き方に到底賛同できない。あの子にはあの子の人生があります」

 

「僕もそう思います。ホワイトルームの負の部分は我々大人に責任があること。その責を子どもにだなんて、たとえ彼女が適任でもあり得ないことです」

 

「……はい。ですが、あの子はその辺り強情です。単に仕事を辞めてくれと伝えても聞く耳を持たない。だからこそ仕事を建前にしてあの子を入学させて欲しい。色々な経験をして欲しい。そうしていくうちに、ひまりには、普通だった頃に戻って欲しいのです」

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