君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第21話

 翌日の朝。ホームルーム前の教室内は、いつもとは少し違った。近くの席の子と、あるいは席は離れていても友達と喋っていたり、スマホを触っていたり、寝不足気味のあくびをしていたり―――その辺りは普段と同じでも、なんというか、そういった日常の風景の中にそわそわとした感覚がちょっと混じっている。

 

 ちらりと教室内の掛け時計に目を遣った。

 ホームルームが始まるまであと数分。試験結果と、それからたぶん、クラスの成績についての話もある。

 

(それさえ無事に終われば……)

 

 そんなことを考えながら、目線がつい隣席の須藤くんへと向かう。須藤くんは真っ直ぐ前を見つめたまま、無意識の貧乏ゆすりが机をわずかに揺らしている。私はその様子を見てられなくて声をかけた。

 

「大丈夫だよ、須藤くん」

 

 ハッとした様子で彼の貧乏ゆすりが止まった。

 だけどすぐに、今度はさっきより控えめではあるけど、衣擦れと机が揺れる音がまた聞こえてくる。

 こういうとき言葉だけでは意味がない。

 

「落ち着いて、まず私を見てほしい。須藤くんは退学になんてならないよ。私がいるんだもん」

 

 一聞すると無責任に捉えられかねない発言。だけどそれは、互いに視線を交えるだけで、一気に安心材料へと変わった。須藤くんが私に寄せてくれている信頼が高ければ高いほど、私の真剣さが彼に伝わる。

 

「……だな」

 

 須藤くんは照れ臭そうに言った。ようやく足元が落ち着き、少し前向きな姿勢で茶柱先生を待つ。

 他にも、池くんや山内くんを中心に心ここにあらずといった子は少なくない。ただその1人1人に声をかけて回るというのも変な話なので、私はこれ以上特に何かをすることもなく、自分の気持ちを落ち着ける。

 

 やがてガラリと、前方の引き戸が開いた。

 パンプスの音を響かせ、ファイルを片手に教室に入ってくる茶柱先生。勝手に背筋が伸びるのを感じる。

 

「おはよう諸君。これから昨日伝えた通りに成績を開示するわけだが、さすがにもったいぶることはしない。単刀直入に言おう。退学者は―――ゼロ人だ」

 

 良くやったと褒められる私たち。

 瞬間、みんなの中に積もり積もっていた不安が弾け、まるで教室全体が揺れたと錯覚するほど大きな歓声があがった。中でも大声をあげたのは池くんだ。

 

「っしゃー!!! 見たか先生!!!」

「あまり喜んでいるところに水を差したくはないんだが、池の点数はクラス最下位だ。ちなみに英語の点数があと4点低ければ赤点で退学になっていたな」

「あっぶねー?! けどセーフだセーフ!」

「お前のポジティブ思考が羨ましいな。さて、次の話に移るが、今回の試験を経てポイントの変動がある。そこで具体的に各クラスのポイントを確認しよう」

 

 チョークを手に取った先生は、上から下へと4クラスを横書きし、それぞれの横にポイントを記す。

 

「見ての通り、Aクラスが1112ポイント、Bクラスが765ポイント、Cクラスが590ポイント、最後にお前らDクラスは105ポイントだ。便宜上これをクラスポイントと呼び、お前らに月初に振り込まれるものをプライベートポイントと呼ばせてもらうが、このままいければ来月には10,500ppが振り込まれることになる」

「……ってことはやっぱり、cpを増やす方法、つまりはAクラスになる方法はちゃんとあるんですよね?」

 

 結果からしてこれは間違いなくテストの成果だけど、言質をとってみんなを安心させるため、更に前向きにさせるために私はそんな質問を先生にする。

 

「なんだ、言っていなかったか? ……そう言えばお前らには詳しい話をしていなかったような気がするな。まずこの学校では様々な方法で生徒をはかる」

 

 言葉は少し違うけど、それは入学初日から聞いた話だ。この学校は実力で生徒をはかる、と。

 

「学力は言うに及ばず、身体能力、コミュニケーション力、それ以外のものを問うこともある。それらの成績次第でクラスポイントは増減し、同時に場合によってはクラスが入れ替わることもあるだろう」

「そういう大事なことは早く言ってください!」

 

 私は思わず叫んで抗議した。

 いや、想像通りの話ではあったけど、これを今月の初めに先生の口から聞けたら堀北さんはもっと早くから勉強会に参加してくれていたかもしれないし、みんなも今よりもっとやる気に満ちていただろう。

 

「悪い、すっかり失念していた。だがしかしそういうこともある。お前らは質問する癖をつけるんだな」

 

 あまりに堂々とした開き直りに私は呆れる。

 だけど指摘しても仕方ないのでそのまま聞き流す。

 

「……そしたらもうちょっと聞いていいですか?」

「構わん。答えられるとは限らないが」

「先生は、この敷地内のものなら大半のものはppで帰ると言いましたよね。なら例えば、すでに決定済みの生徒の退学をポイント取り消すことは可能ですか?」

 

 教室が少しざわついた。と同時に、面白いものを見たとでも言うように、先生は目を細める。

 

「もちろんだ。だが必要額は2,000万pp。普通にやって貯められる額じゃないのは明らかだろう」

 

 2年間かけて貯め切る計算だとして、1ヶ月あたり約83万pp。なるほど1人だと無理に思える。だけど40人みんなで1人の退学者を救済すると仮定したら?

 

「1人あたり毎月2万ppを貯めれたら、2年後にはクラスの総資産は2,000万ppに近くなります。1年後を想定すると1人につき4万ppほど。難しい話ではありますけど、実現不可能な額じゃないのは安心できます」

「もっとも、それは今からさらにクラスの評価を上げた場合の話だがな。それができなければ取らぬ狸の皮算用。まだお前らには遠い話だと言えるだろうな」

「それは否めませんが、私は、このクラスなら実現できると信じています。みんなもそう思うよね?」

 

 一拍の間があった。だけどそれは戸惑いからくるものではなくて、クラスの1人1人が、それぞれ思い思いに、言葉を探している時間だったように思う。

 

「おう、当たり前っしょ!」

「信じるっていうか……やるしかないよな」

「うん。私もちょっとだけ自信ついたかも」

「ここまで来たんだし、次も頑張ろーぜ!」

 

 あちこちから返ってくる声に、私は自然と微笑む。

 

「楽観的だ、と言いたいところだがお前に対してそれは野暮か。ちなみに他の権利、例えばAクラスに直で行くために必要な生徒1人あたりのポイントも知りたくはないか?」

「う〜ん。私は興味ないですが……」

 

 ちらりと周囲を見渡すだけで、それがどれほど、みんなにとって魅力的なものなのか私は理解する。

 これが1人で貯められる額だったら手放しでは喜べない。もちろん、みんながAクラスで卒業したいという思いも大切だ。でもみんながAクラスに行くための切符を手にするためにポイントを貯めるようになったら、クラス全体で退学者を救済する動きができなくなる。

 

 ただここで私が聞かなくても、あとで個別に、先生に聞くことは誰でもできる。

 つまり遅かれ早かれの問題でしかなかった。

 

「……一応、教えてください」

「いいだろう。この必要額も2,000万ppだ」

「あはは。それこそ無茶ですね。40人いるからこそ長期的に見れば貯めることのできる金額、それが2,000万ppです。流石に1人のAクラス行きのために協力するだなんて話は無理があります。聞くだけ無駄でした」

 

 一部、落胆の空気を感じ取りながらも、私は安堵する。それは無理だと誰もが思う金額だから。これなら諦めるしかないと誰もが思ってくれるだろうから。

 

「ああでも、これは知りたいです。……あまり考えたくない話なんですけど、もしクラスから退学者が出てしまったとき、cpはどのくらい失われますか?」

「1人あたり100cp減ることになるな」

「げえっ?! 減らしすぎだろ先生!」

「退学者を出してしまうという事態を、学校側は重く受け止めているということだ。山内はクラスに迷惑をかけないよう頑張るしかないな。今回のテストでも最下位でこそないが下から数えてすぐに名前がある」

 

 嘘だろ……、という呻き声が聞こえた。

 試験後の様子からしても相当な自信があったんだろうし、さっき名前が上がったのは池くんだけだったから安心していただろう分、落胆も大きそうだ。

 

「さて、他にも聞きたいことはあるのかもしれないが、今は一旦これで終わりにしよう。そろそろ1限目が始まる。きちんと準備して待つようにしてくれ」

 

 こうして、入学して最初の難関を私たちは無事に通過した。堀北会長の話ではDクラスからは例年、この段階でも退学者が出てしまう。今年はそれを0人に抑えられた。その喜びを、私は強く噛み締める。

 

(……でも、今日からまた元の生活に戻らないといけないな。遅れた分の仕事を取り戻さないと)

 

 

 

 

 

 

 昼休みになると、私は早速行動した。

 井の頭さんに話しかけられたのを遮る形で。

 

「あの、嬉野さ―――」

「綾小路くん! 今ちょっといいかな?」

 

 突然呼ばれた綾小路くんは少し驚いた表情をして、それから井の頭さんに視線を送る。

 

「いいのか? 今、井の頭が……」

「良いの良いの。ちょっと大事な話だからさ。井の頭さんもごめんね、また今度にしてくれる?」

「う、うん……忙しいのに話しかけてごめんね」

 

 しゅんとした様子で目を逸らされ、私は胸が痛んだ。勉強会では幸村くんグループで一緒にいたとは言っても、それほど接触は多くなかった。それでも寄せられる好意が色褪せないのを見ると、まずは一度突き放して、幻滅されるのに期待するしかないんだ。

 

「それならオレは構わないが……」一緒に廊下に出ると、綾小路くんは怪訝そうにして言葉を続けた。

「嬉野にしてはあいつの扱いが雑じゃないか?」

「……悪いとは思ってるよ」

「そうか。それで大事な話とは何のことだ?」

 

 綾小路くんは不思議そうに私を見た。

 

「ここじゃ人目が多くて話せない。だからまずは着いてきて欲しいな。理事長室に着いたら話すから」

「理事長室?」

 

 彼からしたら分からないことだらけだろうけど、私は半ば強引に、食堂に向かおうとする生徒たちの流れに逆らって廊下を進んでいく。理事長室があるのは1つ下の階、食堂からは職員室を挟んで真逆の場所だ。

 やがて周りからは人気がなくなり、そのまましばらくすると、目前には重厚な造りの木製のドアが現れる。ここは政府が直接運営に携わっている。だから理事長でもあり、応接室でもあるということだろう。

 

 私はひとつ深呼吸をし、ドアを3回ノックする。

 

「―――失礼します」

 

 綾小路くんも続いて室内に足を踏み入れる。

 するとすぐに、この部屋の主からの反応があった。

 

「いらっしゃい。嬉野ひまりさん、それに綾小路清隆くんも。そろそろ来る頃だと思っていたよ」

「ご無沙汰しております坂柳先生。……いえ、今は理事長とお呼びした方がよろしいでしょうか? 8年ぶりになりますね。あのパーティ以来だったと思います」

「どっちで呼んでくれても構わないよ。それにしても懐かしいね。ひまりさんも、それに綾小路くんも」

 

 この発言に綾小路くんは敏感に反応する。

 彼は生まれたその瞬間から、ホワイトルームの施設内で暮らしていた。その間、一切、その施設からは出ていない。だから彼を知っているとなると、理事長はホワイトルームの関係者だと簡単に推理ができる。

 

「……すみません、オレのことをどこで?」

「ホワイトルームでだよ。君は気付いていなかっただろうけど、マジックミラー越しに様子を見させてもらってたんだ。一応僕はあの施設の出資者の1人だったから、順調に計画が進んでいるか気になってね」

「なるほど、では彼女は?」

「それについては彼女から話したいと思うよ。でも立ち話するには少し長くなる。だからそこのソファにでも座っていなさい。ところで、2人は紅茶は好きかい? すぐに用意しておくから待っていて欲しいな」

 

 私は頷いて、綾小路くんを連れてソファに腰を下ろす。思わず気を緩めてしまいそうなほどにふかふかだけど、そうはいかない。ここからが正念場だ。

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