第1話
5月末日。
昼休み、ご飯を食べ終わったあとの私は、堀北会長に教わりながら生徒会の仕事を進めていた。
「……こういうのって普通、学校側が処理する問題じゃないんですか? 生徒には荷が重い気がします」
目の前に積まれに積まれた書類の山を見て、ちょっとだけ不満を募らせながら、私は疑問を口にする。
生徒会は相談箱というものを設置している。それは読んで字の如く、生徒たちの相談が寄せられる場所。時代の流れからか相談自体はオンライン上で送ることができ、それを印刷したものが目の前のものだった。
「この学校は、生徒同士のコンフリクトには基本的に不干渉を貫いている。それは決して楽をしたいからではなく、生徒に最大限の裁量を与えるためだ」
「……それは確かに大事かもですけど」
「だがそれでは、生徒の拠り所となれる場所がない。そこで、俺たち生徒会は相談箱を設置し、常に学校中の問題に目を光らせる必要がある。もし大きな争いが発生した場合に、迅速に仲裁するためにな」
そのため、この仕事には決まった手順がある。
まず第一に相談内容の分類。ここでは私的な相談、2人以上が絡んでくる相談に分け、後者についてをより具体的に、重要度を指標にして5段階に分類する。
次に前者の私的な相談については、まあ普通に返答していくだけ。問題は後者だ。2人以上が絡んでる問題なのに相談者は1人。ということは相談内容に偏りがある可能性があるから、中立を保つ生徒会としては、無闇に返答するのではなく調査をする必要性がある。
ここが私の普段の仕事と全然違うところだ。
私みたいな端くれ含めて、基本的にカウンセラーはクライアントの味方。仮に何らかの諍いがあってクライアントが悪い場合であっても、なるべく事を荒立てないようにクライアントに寄り添うこともある。
そのような勝手の違いに苦戦していた。
「……ふむ、嬉野は少し相談者に親身になりすぎだな。中立の視点で話すのには慣れが必要になってくるかもしれん。その分、個人的な相談は得意に見える」
「すみません、足手纏いになってしまって」
「謝ることはない。人には得意不得意があるものだ。だからこそ俺たちは相談内容を分類している。各生徒会役員が得意な分野で動くほうが効率的だからな。もちろん、いずれは全てをできて欲しいとは思うが」
そう言いながら、堀北会長は私の2倍、3倍のペースで仕事を進める。私はそれが不満で唇を尖らせた。
「生徒会の仕事は大変に感じるかもしれないが、それに見合ったメリットもある。この学校の生徒会に所属していたというだけで就活するときにはアドバンテージが与えられる。生徒会長にまでなれば尚更だ」
「それはまあ、魅力的かもしれないですね」
その後も私と堀北会長は書類の山を崩していく。
それが半ばに差し掛かってくると私も慣れてきたのか、最初よりは良さげなペースで手が動いている。
そんな時だった。
生徒会のドアがノックされ、1人の人物が中に入ってくる。その生徒はマッシュヘアーを金髪に染め上げ、軽薄な笑みを浮かべて、確かに私に視線を向けた。
「おー、やってるやってる。この時期恒例の仕事っすね会長。春休み分の相談の数々、それから、4月を経た1年坊からの学校に対する文句が多いのなんの」
やれやれと、金髪の生徒は肩を竦める。
「何をしに来た、南雲」
それに対して堀北会長は、珍しく険しい目で突然の来訪者を見遣る。歓迎してないのが明らかだった。
「相変わらずつれないっスね。一応これでも副会長っスよ? 可愛い後輩が生徒会に入ってきてくれたなんて知ったら、会いに行かない選択肢はないっしょ」
「本当にそれだけの目的なら良いんだが」
「嫌だなあ、さすがの俺も会長のお気に入りに手出しはしませんよ。しっぺ返しが怖いっスからね」
言葉とは反対に、南雲副会長は私に近付いて、馴れ馴れしく肩に手を置いてくる。
堀北会長はますます険しい表情になる。
「それにしても、会長にしては大人しい子を選んだんスね。もっと気の強いタイプを選ぶと思っていましたよ。それこそ、例えば会長の妹さんとかね」
妹さん?堀北会長に妹さんがいるのは知らなかった。それも南雲副会長の口振りからすると、この学校の生徒で、そして私と同じ新入生。
もしかして……。私が1人の人物に思い至ったところで、会長はついに私から南雲副会長を引き剥がす。
「無駄話をしに来たなら帰ってもらおうか」
「仕事の邪魔でしたか。ああ、それなら堀北会長の代わりに俺がその子に教えてやってもいいっスよ」
「くどいぞ南雲。二度も言わせるな」
私の困惑を他所に、2人の先輩は火花を散らす。
(……これ、私で争わないで!ってやつ?)
私は現実逃避気味にそんなことを思った。
ピリピリした空気を和らげるために言おうとも思ったけど、白けた目を向けられる気がしてやめておく。
「少しおふざけが過ぎましたか。それじゃ、俺はここで退散しますよ。また会おうぜ、ひまり」
できればもう会いたくない。
南雲副会長が去っていくのを私は無言で見送る。
やがて生徒会のドアが閉まる音と同時に、堀北会長ため息をついた。そして申し訳なさそうに私を見る。
「……すまないな、嬉野。嫌な気分にさせた」
「いえ、私は大丈夫ですよ」
「これから、俺がいないところで南雲に話しかけられる機会があるかもしれん。そういう時は適当に愛想良くしておけば問題ない。が、後で報告をしてくれ」
「はあ……。よく分からないけど分かりました」
堀北会長と南雲副会長との間には確執があるようで、私は図らずもそこに巻き込まれたみたい。面倒くさいけど会長からのお願いならと律儀に頷く。
その後は残りの書類を2人でまた処理していく。
そうして、終わりが見えてきたとき
「……む?」
堀北会長は怪訝そうな声をあげた。
「どうされたんですか?」
私は気になって、会長の持っている紙を覗き込む。
そこにあったのは匿名からの相談。
そして、肝心の相談内容は―――
「生徒同士の暴行の現場を見かけた?」
「どうやら、久しぶりに大事件のようだ。だが困ったな。広く相談を受け入れるために匿名投稿も可で設定しているとは言え、これでは実態が掴めない」
「この相談者、目撃者も誰か分からなければ、暴行していた生徒の名前と顔も分からないですからね」
「ああ、一応学校には伝えておく。それから目立った外傷のある生徒を見かけたら俺に連絡してくれ」
確かに、それが今できる精一杯なのかな。
私は首を縦に振った。
*
その日の放課後、私のスマホには突然の着信があった。幸いにも仕事前だったから、私はすぐに端末を手にとる。そこには須藤くんの名前があった。
画面を耳に当てると焦り声が鼓膜を叩く。
『やべえ、俺やっちまったかもしれねぇ……!』
その声から、只事じゃないことを私は瞬時に把握した。ひとまず落ち着くように須藤くんに伝える。
『わりい。けどやべえんだよマジで』
「やばいのは分かったけど、何があったの?」
まずは状況把握が優先だ。
一呼吸おいてから、須藤くんは話し始める。
『今日、帰りのホームルームが終わってよ、ひまりはすぐに帰っちまったから知らねえと思うんだが、部活の準備してたらセンコーに声かけられたんだよ』
「茶柱先生に?」
『……ああ。んで、よく分かんねえまま空き教室に連れてかれてよ、もしかしたら俺停学かもって』
停学。それを聞いて、私は心臓が止まったかと思った。それと同時に猛烈な悪い予感がしてくる。
だけど、まずはこれを確認しないといけない。
「……ちなみに何をしたの?」
『同じ部活の奴と、ちと喧嘩したんだよ。そしたらあいつら被害者ぶって学校にチクったんだ』
「喧嘩、ね。相手に怪我させてない?」
『…………まあ、そんなに大した怪我じゃねえぜ」
(それはつまり怪我させたってことじゃん)
私は内心、ため息を吐きたい気持ちになる。
これはもう生徒会の相談箱に寄せられてた暴行事件のことなんじゃないだろうか。いや、まだ希望はある。私は最後の望みに縋るように質問を重ねる。
「……ちなみに、誰かに見られたりとかは?」
『それがよ、周りに誰かいたような気がしたんだよな。確認した限りでは見えなかったけどよ』
うん、確定だこれ。
とりあえず後で堀北会長には報告しようと考えながら、ひとまず、引き続き、事件の経緯を確認する。
そうして見えてきた事件の背景はこうだ。
まず相手生徒の素性だけど、1年Cクラスの生徒3人。そのうち2人が須藤くんと同じバスケ部で、もう1人は見たことないが喧嘩慣れしてそうだったと。
その3人に須藤くんは因縁をつけられ、特別棟という、理科室や多目的室のある本校舎に併設された建物に呼び出された。そこで言い合いをしてしまって、相手の挑発を無視し切れずに手を出してしまった。
『つっても、最初は俺も我慢してたんだぜ?』
「具体的にどんなことを言われたの?」
『……それはまあ、アレだ。俺は1年で唯一のバスケ部レギュラーになったからよ、そのやっかみだ』
「それでイラッとしちゃったんだね」
暴力を振るったのは良くないけど、そんなつまらないことで、多対一で因縁をつける相手も悪い。
私はそう思って須藤くんに寄り添った発言をする。
だけど返ってきた言葉は歯切れが良くない。
『…………いや、別にそれは良いんだけどよ』
「他にも何か嫌なこと言われた?」
『まあ、……いや、なんつーか、そうなんだ』
要領を得ない返答に私は眉を顰める。
「そんなに言いにくいことなの?」
『……そう、だな。具体的なことは言えねえ。ただ、ちと誤魔化して言うなら、俺が最後まで挑発に乗らないでいたら、今度はひまりにケチつけやがったんだ』
「わ、私に?」
ずいぶんと唐突な話に困惑する。口調を聞く限りでは須藤くんは嘘をついていない。でもなんで、私がそこで槍玉にあがったのか、それが分からない。
『……ああ。許せねえだろそんなん。ひまりなら俺の気持ちも分かるよな? ダチを貶されたんだぜ?』
さすがにキレるだろ、と須藤くんは言う。
「……とりあえず事情は分かった。私のために怒ってくれたんだね、須藤くんは。それで停学なんて言われても納得できないよね。私もそこは同じ気持ち」
もちろん、暴力は振るうべきじゃない。
だけど彼なりの正義感で彼は拳を振るったのが分かるから、今はそうと諌めるのを後回しにする。
「一応、これから須藤くんが停学にならないよう動いてみる。その間は大人しくしといて欲しいな」
『……分かった。迷惑かけてすまねえな』
「そうやって謝ることができるなら今は十分だよ。ひとまず、真っ先に私に教えてくれてありがとね」
また明日。そう言って私は通話を切る。
一難去ってまた一難。中間試験は無事に乗り越えたけど、今度はこの事件をどうにかしないといけない。そうしないとクラスの評価は間違いなく下がるし、良い悪いは置いといて、須藤くんは納得しないだろう。