私とホワイトルームを罰する方法(旧題:君のことをもっと教えて)   作:花音ゆず

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第3話

 須藤が喧嘩した現場をひと通り見て周り、その後オレは、嬉野に連れられて彼女の部屋にお邪魔した。

 いかに相手がホワイトルームの関係者であっても、異性の、それも可愛い女の子の部屋に入るというのは少し緊張が伴う。だがそれは玄関を跨ぐまでのこと。実際に部屋に入るとそんな緊張感はたやすく霧散し、代わりに、研ぎ澄まされた圧迫感にオレは襲われる。

 

 最初に目を奪われたのは、女子らしからぬ殺風景な部屋。ここだけ入学初日のままのようだった。

 

「……意外と物が少ないんだな」

「部屋って、生活の充実さを反映するから。小物が多ければそれだけで豊かな生活してるのかなって思う。だからそういうのを、これまで苦しい人生を送ってきた元ホワイトルーム生に見せながらカウンセリングするだなんて、御法度だと思うんだよね」

 

 少しでも相手の神経を逆撫でする可能性があるから、排除しているのか。オレは思わず感心した。

 

「なるほど。徹底してやっているんだな」

「だって私がやりたくてやってることだもん。……ところで、はいこれ」オレはタオルを手渡される。

「汗かいてるだろうから。良かったら使ってね」

 

 オレはそれを受け取り、特に汗ばんだ首元から拭っていく。その間に嬉野はオレに断ってから洗面台へと再度向かい、部屋着に着替えてから戻ってきた。

 

「これもその一環。もちろん相手によるんだけどね。相手次第では、制服を着てるだけで恨めしく思われちゃうかもしれないじゃない? そういうのがあると心を開いてもらうのに余計な時間がかかるからさ」

 

 そう言うと、嬉野は慣れた手つきでパソコンを起動し、アプリを立ち上げ、音声の確認を行っていく。

 それから準備がひと通り終わった様子で、オレに近づくよう言った。オレは少し躊躇しつつも身を寄せ、すると柔軟剤の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。それを気にしないよう平静を装いながらパソコンを覗くと

 

「ここに纏めてあるのが、みんな分のカルテみたいなものかな。正式には書式とかも全然違うから、便宜上、私が勝手にそう呼んでるだけなんだけど」

「……ずいぶんと多いな。この人数を1人で?」

「そうだね。ただまあ、ここに纏めてるのはこれまでの7,8年分のだから、今受け持ってる人数はこれより少なくて、全員で54人をサイクルで回してるんだ」

 

 このファイルに纏められたファイルは合計すると126人分。つまり、差し引きした72人は―――

 

「72人はもうみんな精神状態も良好で、それぞれ自分の道を進んでる。政府の要請で仕事に従事してる子もいれば、養子になって、あるいは家族として、普通に学生生活を楽しんでる子も結構いる感じかな」

 

 その子たちとはたまに連絡を取り合う程度で、全員、自分の人生を歩んでいると嬉野は誇らしげに語った。

 だが一転して、すぐにその表情は曇っていく。

 

「……でも、全部が順調なんてことはなくてね。ホワイトルームができた当初の、1期生とか2期生の子たちは、そもそも全体の人数が少なかったし。お姉ちゃんの代の3期生と綾小路くんの代の4期生だって決して全体の人数は多くなかったのは知ってるかな?」

 

 オレはおもむろに首を縦に振った。

 ホワイトルームは、基本的には、どこからか身寄りのない子どもを集めて教育を行っている。施設が設立してすぐの時点では、伝手も少なく、十分な子どもが集まらなかったというのは容易に想像がつく。

 

「それで、でもこれからホワイトルームが存続してくと仮定するなら、規模は徐々に大きくなるよね。そうなってくると私1人じゃとても手が回らない」

「嬉野の他にはやはり人手がいないのか?」

「うん。そもそもホワイトルーム自体が秘匿されてるのもあって、その時点で、この問題に関われる人なんて限られてくるわけで。その上で現状をどうにかしようと積極的な人なんて数えるほどしかいないもん」

 

 更に嬉野のような類稀な才能がある人物なんて、本人を除いているかどうか―――というところだろうか。そこに思い至ったオレを見て、嬉野は頷く。

 

「だから割り切るしかないんだろうね。どんなに頑張っても、私は1人しかいない。1人でできる分の仕事しかできない。私は全員を助けることはできない」

「そうだな。そういう割り切り方は大事だろう」

「……まあ、長く色々語ったけど、これが私の現状。順調なところもあればそうじゃないところもある」

 

 そう締め括り、嬉野は一度、開いたフォルダーを閉じる。その後新たに別のファイルを開いた。

 そこには名前以外がまだ白紙のカルテと、履歴書のようなものが添付されている。後者にはホワイトルームに入ってから脱落するまでが事細かに記されていて、オレは吸い込まれるようにその文章を読む。

 

「これは―――」

「さて、ここからが本題。今日は最初にこの子のカウンセリングがあるわけだけど、実はこの子は今日が初めてでさ。履歴書風のPDF文書にも書いてあるけど、まだホワイトルームを脱落してから日が浅いんだ」

 

 新規のクライアントということか。

 

「こういうことは頻繁にあるのか?」

「さすがに、そこまで頻繁にじゃないよ。ともかくそういうわけだから、私の仕事振りを見るにしても、それを踏まえた上でちゃんと見てくれると嬉しいな」

 

 もちろんそのつもりだ。

 すでに相手の素性は頭にインプットしている。

 そして、オレなら相手にどのようなアプローチをかけるか―――それを想像しながら、相手から見える画面に映らないよう、オレは少し距離をとった。

 

 

 

 

 

 

 その後の1時間は濃密のひと言だった。

 まずは嬉野が挨拶をし、それに対する返答がないと見るや、身振り手振りを交えながら雑談を始める。それは無難に天気の話から入り、次にちょっとした失敗談。そこから少しずつ、嬉野は自己開示を進めた。

 

 相手のホワイトルーム生は心ここに在らずといった印象で、その話を聞いているかも分からない。少なくとも興味を抱いてはいなかっただろうとオレは思う。

 

 だがそれでも、根気強く、嬉野は話し続ける。

 それは相手に反応してもらうためのものではなく、相手に自分が危険な存在ではないと伝えるため。だがその言葉のひとつひとつは相手に向けたものと言うよりかは、2人だけの空間の外から吟遊詩人のうた声が響いているかのようで、そのうた声は軽やかだった。

 

 そうして、あっという間に1時間が過ぎる。

 オレはそれを本当に一瞬のように感じたが、嬉野が相手をしている子どもはどう感じただろうか。

 今のところは、大した反応が見られないが……

 

「さて、そろそろ終わりの時間だね。今日は付き合ってくれてありがとう。また一緒にいれたら嬉しいな」

 

 最後にそう締めくくると、ほんの一瞬、虚ろだった目が焦点を取り戻したように嬉野に向けられる。

 それがこの時間で最大の成果だった。

 やがて画面がブラックアウトし、嬉野は背もたれに身体を預ける。それから眉間を摘んで唸った。

 

 少しでも接し方を間違えてはいけない―――、そんな、綱渡りじみた気遣いを1時間も続ける。それによる精神的疲労がどれほどかオレには想像もつかない。

 

「……とりあえず、最初としては及第点だったと思う。最後にちゃんと私を見てくれて良かった」

 

 嬉野は安堵の息を漏らす。

 それから伸びをして、オレに身体を向けた。

 

「とりあえず、仕事はだいたいこんな感じ。今日は休日だからまだまだあるけど、どうする?」

「オレはまだここにいてもいいと思っている」

「そう? ……それなら良いけど。途中、帰りたくなったらいつでも帰ってくれて良いからね。ただ、音だけはなるべく立てないようにして欲しいかな」

 

 そうして10分の休憩を挟み、また次のカウンセリングが始まる。その繰り返しだ。そして夕方の6時を過ぎた辺りで、嬉野は疲れを滲ませながら立ち上がる。

 さすがにオレも心配になってきたな、これは。

 理事長が嬉野の体調を案ずるのも頷ける。

 

「ふう……。これで仕事は終わり、って言いたいところだけど、夜ご飯食べたらまた次のカウンセリングがあるんだよね。9時までに3件を済ます感じかな」

「労働基準監督署も真っ青な労働環境だな」

「あはは、言えてる。自分でも、好きでここまでやってるだなんてどうかしてるとは思うんだけどね」

 

 そう言いながら嬉野は冷凍庫を開け、1枚の食パンをトースターで焼き始める。それ以外になにか用意する素振りはなく、オレは怪訝な気持ちで問いかける。

 

「まさか食パン1枚だけなのか?」

「……毎日じゃないけど、今日は疲れちゃったから。夜ご飯なんかに労力割きたくないもん」

「気持ちは分かるが、それならオレが何か買ってくるぞ。栄養失調になっては仕事の効率が下がるだろう」

 

 特に脳を酷使する場合、ブドウ糖は言わずもがなだが、それ以外にもドコサヘキサエン酸やビタミンBが必要不可欠だ。それは嬉野自身も分かっていないわけではないと思うが、返ってきた言葉は拒絶だった。

 

「大丈夫だよ。今日は時間もあんまないし」

「夜ご飯を食べる時間さえ確保してないのか?」

「なるべく、あの子たちのために時間を使ってあげたいんだ。そのためには色々削らなきゃいけない」

「どこかでちゃんと自分を労わるんだぞ」

 

 これ以上は注意しても無駄だろう。そう思ったオレは、忠告だけ残して帰る準備をする。

 個人的にはまだ仕事の様子を見るのも悪くない。

 だがこの学校では、風紀上の理由から、夜間における男女の交流を制限している。これに関しては破ったところで特に罰則があるわけではないようで、形ばかりの規則に過ぎないが、誤解されたら困るからな。

 

「お気遣いありがとう。それで、どうだった? 私の仕事は。綾小路くんの興味を満たせたかな?」

「ああ。見学させてくれてこちらこそ感謝する」

 

 見送りは不要だと言ってオレは外に出た。




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