私とホワイトルームを罰する方法(旧題:君のことをもっと教えて)   作:花音ゆず

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第5話

「須藤くんがCクラスの3人と喧嘩した。そのせいでクラスポイントが下がるかもしれないことに不満を抱いている子は多いだろうけど、その話をする前に、さっき私が感情的になっちゃったのを謝らせて欲しい」

 

 みんなの前に立つと、私はそう前置きして、ごめんなさいと伝えながら深々と頭を下げた。

 ほとんどの子は気にしていないように見えるけど、一部の気の弱い子は、さっきの私の剣幕を見て怯えてしまった節がある。まずはその印象を多少でも払拭しておかないと、スムーズに話を進めていけない。

 

「そ、そんなに謝ることないよっ。茶柱先生が言いすぎだって私も思ったもん。みんなもそう思うよねっ」

 

 真っ先に反応してくれたのは井の頭さん。

 あまり積極的に発言する子ではないながらも、私のためを思って、必死にみんなに訴えかける。私はその姿を目の当たりにして胸の奧がじんと温かくなる。

 

「ま、そうだよな。いくら須藤が怒りっぽいからってあの言い方はないわ〜って感じ」

「本当だよね。教師失格だと思うんだけど」

「まあまあ、茶柱先生もなんか最後はバツ悪そうにだったし文句は一旦後にしておこうぜ。それより早く本題に入らないか? どうすんだよ、この状況」

 

 私を味方する、応援する声に混じって、1人の男子生徒がそんな疑問を投げかける。それに呼応するように須藤くんの行動によるクラスポイントへの影響を不安がる声が増え、すぐに私に期待の視線が集まった。

 私は身の引き締まる思いでそれを受け止める。

 

「……それなんだけど、まず状況を整理したい」

 

 そう言って、私は茶柱先生から伝えられた事件の概要を、みんなの前で復唱する。みんなは黙ってそれを聞いてくれたけど、あまり芳しくない事態であることは明らかで、目に見えて不安な表情を浮かべる。

 

「ただ実は、私はさっき先生がこの説明をするより前に、この件で須藤くんから相談を受けてたの。その時に須藤くん側から、事情説明をされてたんだ」

「ならその内容を教えて欲しいわね。須藤くんが暴力を振るったことが事実でも、他の事情によってはある程度、罰則を緩和できるかもしれないわ。私たちはまだ一面的な状況しか把握できてない状態だもの」

 

 堀北さんは少し焦った様子でそう言った。

 

「その通りだね。でもそう急かさないで。これについては須藤くんから話して欲しいんだ。いいかな?」

 

 どれほど煽られたとしても、殴ったのは悪い。みんなからの心象は悪いだろうと思う。それを払拭するためには、自ら話をして誠意を見せる必要がある。

 そんな意図で送った真剣な眼差しを受けて、須藤くんもまた、真剣な表情で頷いた後に立ち上がった。

 

 その後の説明は私が受けたのと似たようなもの。須藤は言葉を濁し、3人が私を中傷したと説明する。

 それに対するみんなの反応は綺麗に2つに別れた。

 須藤くんの私への好意を察している子は「ああ……」という表情で頷き、知らない子は首を傾げる。今、手を挙げて立った幸村くんは後者だった。

 

「友達を貶されてキレた。ここまでは分かる。だが本当にそれが理由で相手を殴るまでしたのか?」

「幸村くん。それは……!」

 

 とっさに釈明をしようとした私だったけど、須藤くんの真剣な目に言葉が止まる。

 ―――話させてくれ。

 そんな強い意志を感じて、私はそっと口を閉じた。

 

「……結局、俺はそういう奴なんだよ。さっきだってムカついて、センコー殴りそうになって……ひまりが止めてくれなきゃ、俺は多分、やってただろうぜ」

 

 どこか諦念を帯びた、そんな語り口調。

 私はぎゅっと胸が締め付けられる思いに駆られる。

 入学初日の、自己紹介のときに須藤くんが反発したことは、もちろん今でも覚えている。その根本的な原因は全く分からなかったけど、この言葉の節々から感じ取れる感情はそこに繋がってるのかもしれない。

 

「ふん、自分が悪い自覚があるようで何よりだな。それで具体的に何を言われたんだ?」

「……いや、それは…………」

「言えないのか? つまり嘘なのか?」

「……そうじゃねえ。そうじゃねえんだ。あいつらがひまりを貶しやがったのは紛れもない事実だぜ」

「なら、なぜ隠す必要がある」

 

 須藤くんは黙り、前のように、私に気遣いの視線を向けた。それだけ酷いことを言われたのだと私には分かる。でもそれだと、みんなには伝わらない。

 

「いいよ。言っていいよ。須藤くん」

「けどよ……」

「どんな内容であっても私は受け止める。心配する必要はないよ。友達を馬鹿にされたらさっきみたいにキレるけど、自分が馬鹿にされるのはどうでもいい」

「……本当か? 本当に傷付かないか?」

 

 私が頷くと、須藤くんは観念して項垂れる。

 

「あいつらが言ったのは―――」

 

 そうして話し始めた。Cクラスの3人が、どのように煽ってきたのか。それは頭に強烈に残っているのか、まるで、彼が言われたことそのままみたいだった。

 その話を聞き終えた私たちは思わず絶句した。

 

「酷え話だろ。なあ?」

 

 須藤くんは弱々しくみんなに問う。

 それにすぐに応えたのは、またもや井の頭さん。

 

「酷いよ! そんなの、怒って当然だと思う!」

 

 珍しく苛立ちに顔を顰めている。

 そんな彼女を見ると、嬉しい気持ちの反面、私はこれまでの行いを猛省する。彼女から向けられる好意をなくしたかったとは言え、こんな純粋な気持ちに、私はなんて雑な対応をしてしまったんだろう―――。

 

「……そう、だな。それは酷い話だ」

 

 幸村くんも嫌悪感を露わにそう言った。

 二の句が告げない、そんな様子だった。

 みんなの表情を見てもおおよそそんなところだ。

 

 Cクラスの3人が私に向けた悪口は、まあ……とにかく、低レベルなもの。根拠のない中傷というか、まあ下品というか、そういった類いのもので、けれど友達にそんな言葉を吐かれたら私だって怒ると思う。

 そんな悪口の数々を声に出しただけでも嫌になるみたく、須藤くんは苛立った様子で喉元を掻きむしる。

 

 その状況で声を発せられるのは一握りの生徒。

 その内のひとりである堀北さんは、顔を顰めたままの須藤くんを一瞥して、容赦なく言葉を浴びせる。

 

「それでも暴力を振るったこと自体は悪いことで、その悪癖は、すぐにでも直さないといけないわ」

「……そうかもしれねえ。けどよ」

「けどじゃないわ。反論したくなるのは分かるけれど、まずは気持ちを抑えなさい。別に意地悪したいわけじゃないのよ。けれどクラスのためを考えたら、もし仮に今回、この現状を打破できたとしても、今後同じ轍は踏まないのでないと全く意味がないのよ」

 

 それはそうだ。須藤くんが暴力を振るうことをどうにか我慢しないと、問題の先延ばしでしかない。

 私はつい庇いたくなる気持ちをぐっと堪えて、返答を待つ。須藤くんはしばらく黙り込んでいた。長い沈黙だった。―――やがて、伏せていた顔を上げた須藤くんの視線が、堀北さんの視線と静かに交錯する。

 

「……だな。ひとまず今は我慢するつもりだぜ」

「嘘でも二度とやらないとは言わないのね」

「んなの、誠実じゃねえだろ。テキトーな気持ちで言えることじゃねえよ」

「……そうね。いいわ、今後、須藤くんにはどこかでその悪癖を改めてもらわないといけないけど、嘘はついていないみたいだし協力しましょう。みんなも不満はあるかもしれないけれど、一度飲み込むのね」

 

 反論の声はなかった。

 堀北さんがリーダーシップを発揮したことに驚きはない。詳しい事情は知らないけど、あの会長の妹ならと思うと、まとめ役の資質がありそうだ。

 

「―――さて、じゃあここから本題なんだけど、みんなには現状を打破するために案出しをして欲しい」

「3人寄れば文殊の知恵って言うもんねっ」

「うん。40人いれば解決方法だってきっと見つかるさ。大変かもしれないけど、みんな頑張ろう!」

 

 櫛田さんと平田くんも発言したことで、更にクラスに一体感が生まれる。今後は堀北さんを中心に櫛田さんと平田くんが補佐する形でもやっていけそうだ。

 

 

 

 

 

 

 少し時は遡り、須藤とCクラスの3名が喧嘩した後のこと。3人はケヤキモール内のカラオケに足を運び、1人の男子生徒の前で立ちながら背筋を伸ばしていた。

 

「―――その様子を見た限りじゃあ、作戦通り上手くいったみてえだな。良い面してんじゃねえか」

 

 須藤に殴られ、赤く腫れた3人の顔面。

 それを見て嗤った男は、ひとりソファに腰を下ろし、両腕をアームの部分に預けて足を組んでいる。不遜な態度だが誰も咎める者はいない。むしろその威圧感に、Cクラスの生徒3人は動けないでいた。

 

 その男の名は龍園翔という。

 Cクラスのリーダーであり、王様でもあった。

 

「で、実際どうだったのか報告しろ」

「は、はい! 俺たちは龍園さんから言われた通りの場所に須藤を呼び出しました。それでシナリオ通りに煽ったんですけど、うまくいかなくて……」

「ほう? 挑発に乗ってこなかったのか」

「そ、そうなんです……! で、でも、あいつが喧嘩っ早いのは事実なんすよ。だから煽り方を変えたんです。あいつ、好きな人がいるって聞いたことあって」

 

 龍園に認められるためか、3人の中の1人、近藤玲音はまくし立てるように成果を話す。

 だが当の龍園が興味を抱いた様子はない。

 

「そうか。それで、相手は誰なんだ?」

「嬉野ひまりって子らしいです! それが結構可愛いんすよ。俺はその、話したことないんすけど」

 

 嬉野ひまり。その名を龍園は記憶する。

 

(須藤の好意を利用できるかもしれねぇからな)

 

 だが1つ、気にかかることがあった。

 龍園の目の前にいる近藤玲音は、交友関係の広い生徒ではない。現に彼はひまりと話したことがないと言う。では、この情報は誰から聞いたことなのか。

 

「須藤が嬉野のことを好きってのは、誰が話していたんだ? てめぇのダチか? 他クラスの人間か?」

 

 疑問に思ったことを、龍園は直球で聞いた。

 それを受けた近藤は一瞬呆け、それからすぐに慌てて、誰から聞いた話だったかと自身の記憶を遡る。

 

「……た、確か! 櫛田から聞きました!」

「櫛田? Dクラスの?」

 

 ひまりとは違い、櫛田は他クラスにもかなり顔が効く。そのために龍園も彼女のことは記憶していた。

 

「はい! それで……、作戦は成功したと思うんですけど、こんなことして大丈夫なんでしょうか……」

「ああ? 何をそんなに怯えてんだ」

「そ、それは、……学校には須藤から呼び出されて一方的に殴られたって説明するんですよね? けど俺らが被害者面してるだけだってバレたら……」

 

 最悪、退学かも……と近藤は言った。

 その発言を龍園は鼻で笑う。

 

「バレねえよ。この学校には監視カメラが多いが、特別棟のあの階層には特に設置されてねえ。それはお前らにもきちんと確認させたはずだぜ?」

「は、はい! 確かに俺は確認しました!」

「そういうことだ。監視カメラがねえ時点でバレるはずがねえんだよ。一部始終を目撃されてなければな」

 

 つーっと、3人の生徒の背中を冷や汗が伝う。

 目撃者がいたとは考えたくない。3人はその姿を目撃していない。だがなんとなくいた気がする。

 それが彼らを焦らせ、体を震わせた。

 

 そして―――龍園翔はそれを見逃す男ではない。

 

「まさか見られたのか?」

「い、いえ……そんなことは……」

「下手くそな嘘だな。目が泳ぎまくってるぜ?」

 

 龍園は立ち上がり、近藤の胸倉を掴む。そのの声は笑っているようでいて、どこか氷のように冷たい。

 それを受けた3人は懺悔するようにくずおれる。

 

「す、すみません! 俺ら……」

「言い訳は要らねえよ。もし目撃者がいたとして、俺が迷惑を被る場合は―――分かっているだろうな?」

 

 野生の、獰猛な蛇のような目が薄暗い部屋の中で光る。それを目にした3人の表情は、恐怖で歪んだ。




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