自己紹介が終わり、お互い連絡先の交換を終えると、クラスは自然といくつかのグループに別れていった。ギャルっぽい女子たちは平田くんの元へ。山内くんを始めとしたお調子者の男子たちと、一部女子は櫛田さんの元へ。単独行動の子もそれなりにいる。
私はというと、残り一部の女子と行動を共にすることになった。人と話すのは好きだけど大人数での行動は得意じゃない。というか、経験したことがない。だから少人数で集まれたのは個人的には幸運だった。
ちなみに今日一緒に行動するのは、井の頭心さんと王美雨さん、園田千代さん、石倉賀代子さん、そして東咲菜さん。比較的、大人しい性格の子たちだ。
「……あの、さ、さっきはありがとう嬉野さん!」
「大したことはしてないよ。それに、心の準備できてないのに指名されちゃったら、私でも緊張するもん。だからあんまり気にしないでいいからね」
コクコクと井の頭さんは小さく頷く。その小動物じみた可愛らしさに、私はくすっと笑った。
「それじゃ、せっかく自由時間なんだから、早速どこか行こうか。やっぱりケヤキモールがいいかな? それとも、部活動の紹介とか先に見てみる?」
少人数のグループのため、小回りが効く。
私としてはどちらでも良い。買い物も生活必需品以外は手を出さないつもりだし、部活動も興味はあるけど入るつもりはない。最低限仲良くなれるならなんでもいい、というのが正直なところだった。
「……じゃあ、一旦部活動の紹介とか見て、みんなあんまり惹かれなかったらケヤキモール行かない?」
そう言ったのは王美雨さん。
中国からの留学生で、日本語も堪能。物腰は控えめだけど明るく愛らしい女の子だ。
「私はいいよ。他のみんなもそれでおっけー?」
「そうだね、やっぱり部活してないと暇になっちゃうかもだし。気楽に参加できるといいな」
確かに、普通は部活動には入るものなんだろうと思う。学生の間だけしか経験できないことだし、部活がないと、放課後の時間の使い方に困りそうだ。
そんなわけで早くに方針が決まった私たちは、教室をあとにして、体育館へと向かうことになった。
*
長くも短くもあった入学初日。
私たちは結局、部活動紹介を最初から最後まで見て、ケヤキモールを回り、夕飯を食べて帰路についた。
寮に着いてみんなと別れたのは7時過ぎだった。
私はフロントで貰ったカードキーを使い、部屋に入る。朝のホームルームで説明された通りだけど、部屋にはアメニティの類いは最低限揃っている。
そのことを自分の目でも確認し、私はひとまずお風呂のお湯を入れ、それから備え付けの勉強机に通学鞄を下ろした。椅子に座ってすぐ、仕事用のパソコンを鞄から取り出して、コンセントに繋げて起動する。起動すると、まずはメールのアプリをクリック。最新の欄に届いたファイル―――電子カルテに目を通したのち、今度はビデオ通話用のアプリを開く。情報漏洩を恐れて、どちらも汎用のものではなく私のために作ってくれた専用ソフトだった。
今日はカウンセリングが1件入っている。
私はイヤホンをつけて音声のチェックをしてから、名簿一覧の中から1人の名前を選択し、呼び出す。
―――相手はすぐに通話を受け取った。
私の鼓膜を破りかねない大声と一緒に。
「遅おおおおおい! 10分の遅刻だよ先生!」
「……耳がキーンってする」
「私を放ったらかしにして学生してた先生にお仕置きだよ! 私なら遅刻していいと思ってない?!」
「雪に対する信頼の証だよ」
雪、それがこの子の名前だった。
ちなみに私と同い年だ。
「言葉って便利だね! 私騙されないからね!」
「……満更でもなさそうに言われてもね。いやごめん、遅刻しちゃったのはほんとにごめん」
「まあ別に良いよそんなことは」
良いんかい。柄じゃないけど、思わず心の中で突っ込んだ。相変わらず感情ジェットコースターだ。
「そんなことより! それ、高校の制服だよね? 良いな良いなあ! 先生すごい似合ってるよ!」
「そう? ありがとう。個人的には、ちょっと違和感が拭えないんだけどね。小学校は低学年の途中から辞めて、そこからずっと仕事一本の人生だったから」
「……違和感なんて全然ないよ。あるはずない。私たちにとって、先生は先生だけど、でも年齢的にはまだ高校1年生の女の子なんだもん。可愛いよ先生」
「あはは、そんなに言われると照れちゃうな」
私は思わず頬を緩めた。
この子のカウンセリングを始めた当初は、この子は口さえもなかなか効いてくれなかった。だけど次第に心を開いてくれて、今ではこんなにも、生来の喜怒哀楽っぷりを私に見せてくれる。
(……先生冥利に尽きるよ、ほんとに)
「ねえ、先生。私もやっぱり学校通いたいな。先生と一緒の学校に通いたい。それなら不安はないし」
「……それは、嬉しいけど」
随分と唐突な話だった。
「やっぱだめか」雪は苦笑いをする。
「……そうだね、学校に通いたいっていうのは私も嬉しい。通える学校のピックアップもできる。でもこの学校に私と一緒に、は雪のためにならないから」
私と雪は友達と言ってもいいけど、先生と来談者の関係でもある。いずれは雪は私なしで生きていかないといけない。私に依存していて欲しくない。
その気持ちを正直に伝えたのは、雪はほかの子たちと比べても、そんなに私に依存しているわけではないし、もの分かりが良いのを把握してるからだ。
「先生らしいね」
「ごめんね。それでも、学校は行ってみたい?」
「……うん、私ももう15歳だから。家族とも相談して、せめて妹と一緒の学校に行けたら嬉しいな」
「そっか、分かった。私は雪の意向を尊重する。ただこれは私だけで決めれることじゃないから。上の人にも判断を仰いで、それからになるけど」
「……もし、だめって上の人が言ったら?」
不安そうな瞳が私に向けられる。
「―――その時は、私は上の命令に背くよ。私は雪の先生だから。雪のために私は動くよ」
そう言うと、雪は驚いたように目を見張った。それから数秒も経たない内に、彼女の無邪気な笑い声が聞こえてくる。それは私の胸をいっぱいにした。
「うん、やっぱり、先生ならそうするよね」
「雪のことが大切だからね」
「……はいはい。……私、すごい愛されてるなあ。ありがとね先生。どん底にいた私を助けてくれて」
その言葉が、私の心にゆっくりと染み渡る。
まるで、冬の終わりに訪れる、温かな春の陽だまりみまいに。
……まずい。ちょっと泣きそうだ、私。
「……さて、しんみりする話はこれで終わり! 今日は学校であったこと、色々教えて欲しいな」
「分かった。ちなみに面白い話がいくつかあるんだけど、どれが良い? 1つ目は
申し訳ないけど話のネタにさせてもらうよ、須藤くん。それから
「う〜ん、1つ目からかな! 1番気になる」
「ふふ、雪は好きなの先に食べたいタイプだもんね」
私が微笑ましく思って笑うと、雪はなぜだか、自慢げに胸を張った。まったく、愛くるしい子だ。
それから、学校での話は1時間強も続いた―――。