君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第8話

 昼休みが終わるまであと5分ほど。

 南雲副会長と別れ、Dクラスへと続く廊下を進んでいた私は、内心、須藤くんを助けるのに必要なポジティブな材料が出てこないことに焦りを抱いていた。

 

 人力での聞き込みはやっぱり非効率だ。

 いくら昼休みになってすぐに目撃者探しを開始したところで、漏れが出てしまうのはどうしようもない。

 

 その結果として未だ目撃者は不明だ。

 審議の時間は明日に迫っている。だけど放課後には今日もまた仕事がある。その両立は簡単なことではなくて、私は自身の不甲斐なさに苛立ちを覚える。

 

 握りしめた拳にも思わず力が入った。

 食い込んだ爪が手のひらの薄皮を突き破るとともに、ちくっと、鋭く小さな痛みが頭を冷やす。

 

 その直後のことだった。

 背後から慌ただしい足音が私に迫り、横を通りすぎる。ふと桜色のおさげにした髪が眼前で揺れた。

 私はその姿を認めてすぐに口を開く。

 

「佐倉さん、廊下は走っちゃ―――」

「きゃっ?!」

 

 小さな悲鳴が廊下に響いた。

 

(……言わんこっちゃない)

 

 教室からちょうど出てきた男子生徒とぶつかり、よろめく佐倉さん。

 手に持っていたデジカメが床に転がり落ちる。

 

「あー悪い悪い」

 

 出てきた男子生徒は軽く謝り、授業開始まで時間もないため、急いだ様子でお手洗いへと向かう。

 その間、佐倉さんは呆然としていた。

 だけどすぐに我に返って落ちたカメラを拾い、何度も何度も、鬼気迫る様子で電源ボタンを押す。

 

 私はその様子が心配で小走りで駆け寄った。

 

「……大丈夫? 佐倉さん」

 

 そっと声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げる。その表情は泣きそうなほどに歪められていた。手の中に収められたカメラの画面は暗いままで、さっきの衝撃で壊れてしまったようだ。

 

「あの、確かケヤキモールの中に家電量販店があったよね。たぶんそこで修理できると思うよ」

 

 私がそう提案してみると、佐倉さんは口を開きかけ、なにかを呑み込むようにまた閉じた。

 そして私から顔を隠して、小さく呟く。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 それは消え入りそうな声だった。

 思わずお節介をしたくなるけど、佐倉さんはあまり人と接するのが得意じゃない。私は、カメラの修理に一緒に行ってあげるという言葉を一旦引っ込める。

 

「じゃあ席に戻ろっか。そろそろ先生が来ちゃうよ」

 

 代わりに口をついて出た差し障りのない言葉に、佐倉さんは力なく頷いた。

 手にはカメラがぎゅっと握られたままだった。

 

 

 

 

 

 

 5時間目の授業が終わるとすぐに佐倉さんに話しかけようとした私だけど、その前に話すことがあった。

 

「どうだった? 2年生に目撃者はいたかな?」

 

 期待の込められた櫛田さんと平田くんの視線を前に、私は首を横に振る。

 だけど不思議と、2人は落胆を見せない。

 

 その理由はすぐに明らかになる。

 

「こっちは少し進展があったんだ。嬉野さんが2年生のほうに行ってる間にね、Bクラスの一之瀬さんが来てくれて、事件解決に協力してくれるみたいだよ」

「一之瀬さんが? それは確かに朗報だね」

 

 昼休みにでてきたばかりの名前に驚きながらも、喜ばしい情報に私は微笑む。私は関わったことがないけど一之瀬さんと言えば割と有名人だ。櫛田さんみたく交友関係が広いから、協力してくれるのは心強い。

 

「でしょっ? それでね、嬉野さんが今目撃者を聞いてくれてるんだってこと一之瀬さんに伝えたら、放課後に会えないかなって言われたんだけどどう?」

「う〜ん、今日の放課後ね……」

「やっぱりだめかな? 詳しいことは知らないけど、嬉野さんいつも放課後は忙しそうにしてるよね」

「ちょっとね。色々あって時間がなくて―――」

 

 理由を説明するわけにはいかず、不誠実なのは分かっていつつも私は言い淀む。

 そんな私の前に堀北さんが進み出た。

 

「時間がない? 須藤くんを助けるんでしょう? それより大事な用事が毎日あるのかしら?」

「えっと、それより大事なわけじゃないけど……」

「なら一之瀬さんに会いに行くべきよ。時間がないは言い訳。時間はつくるものじゃないかしら」

「……そうだね。堀北さんが正しいと私も思うよ」

 

 友達からそんな風に強く言われてしまえば、仕事は後回しにする他ない。少なくともお父さんは喜んでそれを受け入れてくれるだろう。私は苦虫を噛み潰したような気持ちになりながら、観念して頷き返す。

 自分だけでどちらを優先するかの判断をするのは難しい。とは言え、ここでこう答えないと、クラスの和を乱すことに繋がりかねないとは理解していた。

 

「分かったならそれでいいわ」

 

 私が反論する様子がないのを見るや否や、堀北さんはこの場に留まることなく、自身の席に戻る。

 

「私は一之瀬さんの連絡先を持ってないから代わりに伝えといて欲しいな。帰りのホームルームが終わったら、事件があった特別棟に集合ってことで」

「分かったよ。ごめんね、生徒会の仕事との兼ね合いもあるだろうに、嬉野さんにばかり頼ってしまって」

「気にしないで〜。これは私が選んだことだもん」

 

 入学前に私が思い描いていた生活からはもう大幅にずれているけど、くよくよ悩んでも仕方がない。

 事前に特殊な学校であることを教えてくれなかったお父さんには不満を覚えつつも、その気持ちを控えめな笑顔の下に押し隠しながら、私は首を縦に振る。

 

「ちなみに平田くんと櫛田さんは須藤くんの喧嘩相手と喋ったんだよね? メッセージ見たから訴えを取り下げてはくれなかったのは知ってるけど、どんな様子だった? 何かを隠してる様子とかなかった?」

 

 私たちのクラスを陥れようとしているのなら、平田くんや櫛田さんに引け目を感じてもおかしくない。

 

「いや、そういった様子はなかったかな」

「……そっか、分かった。とりあえずまた何か分かったら私に教えて欲しいな。今日明日に解決する問題じゃないと思うから、私は生徒会役員として、判決までの期間を伸ばすように学校側にお願いするつもり」

 

 生徒会役員は中立の立場でないといけない制約があるけど、そうした取り計らいは、生徒会に属しているからこそ直接に学校側に打診できるというもの。

 どこまで期間を引き伸ばせるかは私の弁舌にかかってるけど、この立場を利用しない手はないだろう。

 

「あと櫛田さん、ちょっといい? 須藤くんのとは別件なんだけど1つ任せたいことがあるんだ」

「もちろんだよっ。でも任せたいことって?」

 

 私は手招きして、櫛田さんの耳に口を近づける。

 

「櫛田さんは周りをよく見てるから気付いたと思うんだけど、5時間目の授業が始まる前、佐倉さんが教室入るときに男子とぶつかってカメラ壊れちゃったっぽくって。家電量販店に付き添ってあげて欲しいの」

「それはいいけど、1人で行くんじゃない?」

「……私もそう思ってたんだけど。なんか、ちょっと違和感あったんだよね。あまり行きたくなさそうに見えたっていうか、行くのを躊躇してる感じ?」

 

 私は席にじっと座ったままの佐倉さんを見遣る。その背中はいつもより丸くなっていて、顔は伏せられ、その落ち込みようは手に取るように分かるほどだ。

 

「うーん? よく分からないけど、とりあえず誘ってみるねっ。綾小路くんとかも誘っていいかな?」

「そこら辺は櫛田さんに任せるよ。よろしくね」

 

 私の頼みに、櫛田さんは花のように笑う。

 佐倉さんは人付き合いが得意なタイプではないけど、櫛田さんなら安心して任せられそうだ。

 

 

 

 

 

 

 付き合いのある友人がいるオレだが、入学からそれなりに時間が経過した今、毎日のように遊びに出かけるということはない。そのため今日、帰りのホームルームが終わると、オレはすぐに席を立った。

 それと時を同じくして堀北も足先を廊下に向ける。

 

「もう帰るのか?」

「なに? 帰ってはいけないのかしら?」

 

 質問をすると無愛想な言葉を返される。

 そういうところだぞ堀北。

 最近は入学当初より多少丸くなっているが、日常生活でつっけんどんなところは相変わらずだ。

 

「そんなことはない。だが嬉野にあそこまで言ったんだ。もう少し協力してあげてもいいんじゃないか」

「協力する気がないわけではないけれど、できることは限られているわ。放課後になれば教室から人がはけるだろうし、目撃者探しするには非効率。違う?」

「なるほど。確かにそうかもしれないな」

 

 堀北なりに身の振り方は考えているらしい。

 放課後に目撃者探しをすることが全く無意味ではないが、オレや堀北のようにすぐ帰宅する生徒もいれば、部活動に行く者、それからケヤキモールに足を運ぶ者もいる時間帯に見つけ出すのは困難だろう。

 

「分かってくれたようで何よりだわ。私は忙しいの。これ以上付き纏わないでもらえる?」

「残念ながらオレも帰り道は一緒だ」

「あら、あなたこそ薄情なのね。明日は須藤くんに判決が下される日よ? お友達なら、こういう時こそ一緒にいて励ましてあげるべきじゃないのかしら」

 

 まだ教室に残っている須藤に目を向けると、池や山内と談笑しているようだ。だがそれが空元気であることは明白。隣席の嬉野も度々あいつを励ましていたが、前日にもなると、不安は再度襲ってくるもの。

 

 オレはその表情を見て、通学鞄を机の上に置き直す。寮に帰ったとて何か予定があるわけでもないからな。友人として一緒にいてあげるのが普通だろう。

 オレの心境の変化を感じとったのか、そもそもここに留まる気がないのか、堀北はすぐに身を翻す。

 

 だがこいつも運が悪い。

 見ると、明らかにオレと堀北の元へ櫛田が近付いてきていた。その朗らかな笑顔にオレはどきりとする。

 

「堀北さんっ! ちょっと今いいかな?」

「今日は厄日ね。私は帰ろうとしていたところよ」

「ごめんね、でもちょっとお願いしたいことがあるの。今日これから佐倉さんとケヤキモールに行くんだけど、良かったら2人とも一緒に来れない?」

「……話が呑めないわね。なぜ私を誘うの?」

 

 確かに、櫛田ならオレたち以外を誘うことは容易だろう。むしろ喜んで引き受けそうなものだが。

 

「えっと、事情は話せば長くなるんだけど―――」

「要点だけ。私のメリットだけ話してもらえる?」

「……私が堀北さんと仲良くしたいから、じゃダメかな?」

 

 櫛田は寂しげに引き攣った笑みを浮かべる。

 

「堀北さんだけまだ連絡先交換できてないの」

「そういうことなら興味ないわ。もういいかしら? 私は忙しいのよ。手を煩わせないで」

 

 取り付く島もない様子で教室を去る堀北。

 櫛田はとっさに手を伸ばしかけ、すぐにその手を引っ込めた。難儀なものだな。入学初日の自己紹介でみんなと友人になりたいと言っていた櫛田だが、相手にその気がなければ実現することはないだろう。

 

「……気に病むことはないぞ。堀北は誰に対してもあんな感じだからな。櫛田は全く悪くない」

 

 そうは言ったものの、櫛田に対する堀北に態度はオレに対するものよりキツい気がする。

 だがいずれにせよ櫛田に非があることではない。

 

「最近は須藤くんのことでも協力してくれるし、もう少し仲良くなれるかなって思ってたんだけどな」

「それはあいつにとって必要なことだからやっているだけだろ。Aクラスに上がることが目標のようだしな。いきなり仲間意識が芽生えたということはない」

「……そうかもね。でも綾小路くんとはよく喋っているような気がするな。何かコツってあるかな?」

 

 そう言われても、オレは堀北の友人とは言い難い。あくまで隣人。オレが授業間の中休みに少し話しかける程度で、あいつから話を振ってきたことはない。

 だが……、そうだな。強いてアドバイスするなら

 

「ぐいぐい話しかけないことだな。とりとめのない会話。社交辞令。そんな雰囲気で時々話しかける感じであれば、あいつも刺々しい言葉を返すことはない」

 

 オレなりに堀北を分析した結果だが、あいつは別に人付き合い自体を嫌っているわけではない。

 無駄な行為だと認識しているだけだろう。

 だが一概に無駄とは言っても、それに対応する労力が少ないものなら応えてくれる。世間話にはある程度返事をするというのはそういうことだ。しかし放課後に時間を割いて出かけるというのは労力が多い。

 

「なるほど、そういうところから始めたらいいんだねっ。一気に距離を詰めすぎちゃったかな」

「そうかもしれないな。だが焦って距離を縮める必要はないと思うぞ。というのを、友達が少ないオレが櫛田に言うのも変な話だからとりあえず忘れてくれ」

 

 釈迦に説法とはこのことだな。

 恥ずかしくなったオレが発言を撤回しようとすると、櫛田はその様子がおかしかったのか笑った。

 

「あはは、綾小路くんって面白いこと言うよね。でもそんな自虐的に振る舞う必要ないと思うよ? もう少し積極的になったらたくさん友達できると思う!」

「そうか? それは朗報だな。……ところで、さっきから佐倉を待たせているようだがいいのか?」

 

 視線の先では、普段は堀北のようにすぐに教室を出ていく佐倉が、俯いたまま自身の席に座っている。

 オレと堀北が喋っている間に櫛田は佐倉と一緒に行く約束をしたのだろう。それからあまり時間が経っているわけではないが、行くなら早いほうがいい。

 

「あっ! そ、そうだねっ。早くしないとっ」

「ああ。元々は帰るつもりだったからな、オレのほうは準備万端だ。すぐにでも出れるぞ」

「ありがとう! ちょっと待っててね!」

 

 そう言い残して櫛田は佐倉の元へ近づく。

 さて、オレは池たちに挨拶だけして同行するとしよう。須藤の励ましも大事だが気になることがある。

 

 嬉野には見えなくて、オレには見えるもの。

 その中身を確認しないといけないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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