君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第10話

 放課後。佐倉さんの付き添いを櫛田さんに任せた私は、人目を避けながらすぐに特別棟に向かった。

 綾小路くんとはもう行った場所だけど、事件について話すなら事件現場がちょうどいい。一之瀬さん視点で新たな発見ができるかもしれないし、何よりあの場所は人気がない。協力関係はこっそり築くものだ。

 

 現場に到着すると、相変わらず手掛かりの見つからない階段上の廊下を私はうろつく。

 一之瀬さんはまだ来ていないらしい。

 

 ……それにしても、今日も特別棟は蒸している。着いたばかりなのに額にはじんわりと汗がにじんだ。

 

「あっつい……暑くて干からびそうだよ……」

 

 動いていると根こそぎ体力を持っていかれそうになる。私は襟元をあおぎながら壁に体重を預け、なんだかぼんやりと虚空を見つめながら彼女を待った。

 

 それから3分もすると、階段を駆け上がってくる音が聞こえて私は身体を起こす。一之瀬さんはストロベリーブロンドの長髪をなびかせ、急いだ様子でいた。

 

「ごめーん! 待たせちゃったかな……?!」

「ううん、私も今来たばっかりだから気にしないで一之瀬さん。とりあえず息を整えてから話そっか」

 

 私が使い古された言葉を口にすると、一之瀬さんは安心した表情をして頬を緩めた。やがて荒々しかった呼吸が整ったのを見てとった私は、再度、口を開く。

 

「―――さて、今日は時間を作って来てくれてありがとう一之瀬さん。一応、初めましてだよね? 私はDクラスの嬉野ひまり。これからよろしくね」

「同じ1年生だから見かけることは何度もあったけど、話すのはこれが初めてだね。こちらこそよろしくね! 前から嬉野さんとは話してみたいと思ってたんだ」

 

 その意外な声に、私は目を丸くする。

 

「そうなの? 私って目立つタイプじゃないけど」

「そんなことはないと思うよ? 下世話な話だけど、嬉野さんのこと狙ってる男子とか結構いるし。話しかけようにも放課後は捕まらないって言ってたけどね」

「あ、あははは……放課後は忙しくって……」

 

 私は苦笑いをして誤魔化しながら、それでも疑問は解消しない。そういう目立ち方は、同性の一之瀬さんが私に興味を抱く理由にはならないはずだけど……。

 

「ただ、私が話したかったのは別の理由からかな。南雲先輩って分かる? 生徒会の副会長なんだけど、その先輩が嬉野さんのことを話してたんだよ」

「なるほど。私が生徒会に入ったから?」

「うん! だけどそれだけじゃないよ。あの堀北会長が認めた人だとも言っていたかな。それも少し悔しそうにね。それって、ものすごいことじゃない?」

 

 一之瀬さんは興奮した様子でそう言った。

 嫌味な口調ではない。

 手放しの賞賛の声に鼻の下がむずむずする。

 

「うん、私も会長から生徒会に誘っていただいたことは嬉しいよ。ただ……。実はその理由は、私もよく分かってないんだよね」

「堀北会長は選んだ理由を明かさなかったの?」

「特には、ね。だから実感があまり湧かなくて」

 

 順当に考えれば、あの生徒会室での一幕を通じて、私の実力を認めてくれた結果なのだと思うけど……。

 ホワイトルーム生と接し続けた結果、頭脳も、身体能力も、私より優れた子どもが大勢いることを私は知っている。それだからあまり納得はしていなかった。

 

「まあこれは考えても仕方ないことだから、一旦横に置いといて。早速だけど本題に入りたいな」

「それなんだけど、まず私から質問していいかな?」

 

 私が続きを促すと、一之瀬さんは佇まいを正す。

 

「ありがとう。じゃあ嬉野さんに聞きたいことだけど、この件って単純な喧嘩だと思う?」

「確証はないけどただの喧嘩で済む話じゃないと思ってるよ。Cクラスの3人が考えたのか、それとも裏で3人に指示した生徒がいるかは分からないけど、Dクラスを陥れるための計画的な犯行だと考えてるかな」

 

 その根拠として挙げられるのが、この場所。

 数多くの監視カメラが張り巡らされているこの学校だけど、この事件現場にはそれがない。さらに特別棟には人気がなく喧嘩を売るにはおあつらえ向きだ。

 また、Cクラスの3人は須藤くん本人への煽りが効果なかったのを見ると、標的を私に変えた。そこからも須藤くんに喧嘩を買わせることへの執着心が窺える。

 

「ご名答。ただ1つだけ付け加えると、Cクラスは学校のルールの抜け穴を探っているんだと思う」

「ルールの抜け穴?」

 

 私はその言葉の指し示す意味がすぐには理解できずに、一之瀬さんの発言をそのまま繰り返す。

 

「そう。私たちがAクラスに上がるためには、学校が用意した試験で高い評価を得る必要があるのは嬉野さんも知っての通りだと思う。その中で、Cクラスは試験外でクラスポイントを詰める方法を探してるんだよ」

「私たちは場外戦略に嵌められたってことだね」

「……そうなるね。それ自体は悪い考えじゃないと思うけど、でも私は、今回みたいなやり方は好きじゃない。平田くんと櫛田さんから事件の詳細を聞いて思ったよ。人を貶して喧嘩を売る行為は見過ごせない」

 

 私もその考えに共鳴する。

 もしこれがCクラスの戦略だとして、それを考えた人は目的のためならどんな犠牲も厭わないのだと思う。

 そういうのは、私は大嫌いだ。だってその思考を突き詰めていった先にあるものを、ホワイトルームによる悲劇を、私は嫌というほどこの目で見てきたから。

 

「だから私は事件解決に向けて協力したいんだ」

「教えてくれてありがとう。一之瀬さんの考えはすごく分かるし、協力してくれるなんて頼もしい限りだよ。むしろ本来なら私から頭を下げて頼み込むほどのことだと思う。ただ、1つ教えて欲しいんだけど」

 

 私はひと呼吸おいてから、言葉を続ける。

 

「Cクラスの目的。場外戦略の可能性を探ってるっていうのは、憶測にしてはかなり具体的だな〜って思ったんだけど、なにかそう思った理由はあるかな?」

「詳しいことは伝えられないけど、この件より前に私たちBクラスもCクラスからちょっかいを入れられてたんだよ。幸いにも今回と違って大事にはならなかったけど、それで体感した、って言うのが正しいかな」

 

(……なるほど、経験談だったんだね)

 

 一之瀬さんの感性を信じていいものか。私は判断に困るけど、先ほど伝えられたCクラスの目的自体に不自然な点は見当たらない。それに一之瀬さんが善意から協力を申し出てくれていることに変わりはない。

 

「ありがとう、よく分かったよ」

「理解してもらえたみたいでなによりだよ。ちなみに今回の事件だけど、Cクラスの3人は実行犯であって計画を企てた人は別にいるんだ。龍園翔くんって分かるかな? Cクラスのリーダーをしてるんだけど」

 

 龍園翔くん。私はその名前を心の中で反芻する。

 

「いや、その名前は聞いたことないかな。顔を見たら分かるかもしれないけど」

「顔を見たらきっと分かるよ! 龍園くんは孤高なタイプみたいだし、私も喋ったことはないんだけど、ガタイがいいからすれ違うとき思わず見ちゃうもん」

 

 そう言って、一之瀬さんはくすりと笑った。

 体格のいい生徒なら私にも何人か心当たりがある。

 

「そうなんだね。ちなみにその龍園くんの情報は、一之瀬さんの友達から?」

「うん、Cクラスの友達から聞いたんだよ。半ば愚痴みたいな感じだったけどね。実際に話してみないことには分からないから話半分に聞いて欲しいけど、好戦的で、横暴で、クラスに圧政を敷いてるみたい」

「……なるほど。それは愚痴りたくもなるよ」

 

 今回の卑劣なやり口もCクラスが置かれた状況を裏付けてる気がして、私はいたたまれなく思う。

 誰も彼も逆らえないのだろう。リーダーである龍園くんに。どうやってこの時期にクラスを掌握したのかはまだ分からないけど、圧政というのは諸刃の剣。

 

 尻に敷かれ続けた不満は必ずどこかで爆発する。

 私はそこに、事件解決の糸口を見た気がした。

 

「―――一之瀬さん、1つお願いがあるんだけど」

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