君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

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第12話

 翌日。昼休みが近付いてくるにつれて、私は落ち着かない気持ちを抑えきれずにいた。

 黒板の上をチョークが走る音に合わせて、目線は自然と、先生の板書を追ってしまう。だけどその内容が頭に入ってくることはなく、先生の声もまた右から左へと通り過ぎる。ノートは白紙のままだった。

 

 みるみる時間が過ぎていき、ついに4時間目の授業が終わる。誰かと喋る余裕もなく私は席を立った。

 ……最悪、須藤くんは退学になるかもしれない。

 中間テストのときは櫛田さんに拭ってもらったその恐怖がまた、私の心を乱す。周りに聞こえているんじゃないかと思うほど、心臓の拍動がうるさく感じた。

 

 そこへふと、背後から声が届く。

 

「……大丈夫かよ、ひまり」

 

 案ずるような声音に、私はハッと振り向いた。視線の先では須藤くんが眉根を下げて私を見ていた。

 

「あはは……、ごめん。緊張しちゃって。本当に怖いのは須藤くんなのにね。私、ダメダメだよね」

「……全然、ダメじゃねえだろ。元はと言えば俺が悪いんだ。そりゃ、納得してねえ部分も大きいけどよ、俺が喧嘩を買わなきゃそれで済んだ話なのにな」

 

 その声には強い自己嫌悪が滲んでいた。

 きっと、怒りを抑えられなかったことが過去に幾度もあったのだと思う。入学初日に、私たちに反発したことだってその1つかもしれない。その全てを後悔して、反省して、今回もまた抑えられなかった。

 

 その累積した苦悩がありありと見て取れて、私はかえって冷静になる。これまでの経験が私を動かす。

 

「これは自分の問題だと言うかもしれないけど、だとしても1人で克服しようとしないでいいんだよ。衝動を抑えられないときは私も協力できること覚えといて」

「…………おう。サンキューな」

 

 須藤くんは照れくさそうに鼻の下をかいた。

 いつのまにか、あれだけ激しかった心拍は収まっている。私は一度、胸に手を当てて深呼吸をした。

 

「―――じゃあ、先に行ってくるね。ありがとう須藤くん。おかげで落ち着いた気持ちになれたよ」

 

 須藤くんたちが生徒会室に向かうのは私が行ってからおよそ15分後。その間に、これまで集めてきた情報を再度、堀北会長と共有して整理する必要がある。

 だから須藤くんはしばらくこの場に留まってないといけない。今は大丈夫そうだけど、やがて緊張に襲われることになるだろう。でも心配はしていなかった。

 

 3日も経てば私が最初に撒いた言葉の魔法も切れてしまって、須藤くんへの不信感がまた募り始めている子もいる。だけどそれでも須藤くんの味方はまだ多い。

 それに、生徒会に向かうのは須藤くん1人ではなく、弁護人として櫛田さんと堀北さんも付き添う。直接擁護できなくても視線で安心させることだってできる。

 

 だから私は、安心して、教室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に入ると、堀北会長は書類の束を眺めながら教卓の位置に着いて私を待っていた。

 今日の生徒会室はそれ専用に場が整えられている。

 前方にある教卓を中心として、窓側と廊下側にそれぞれ4つ並べられた机。その対称的な位置関係は裁判を彷彿とさせ、より引き締まった印象を私に与える。

 

 だけどもう、それは私にとって足枷にならない。私は迷うことなく部屋に足を踏み入れて挨拶を交わす。

 

「すみません。お待たせしました堀北会長」

「いいや、問題ない。俺も来たばかりだからな。早速だが再度、これまで集めた情報を擦り合わせしよう」

 

 私は頷き、一之瀬さんから得た情報を伝える。

 相手が堀北会長ということもあって情報源を隠すことはしなかった。それは情報の信憑性にも関わる部分だし、私の堀北会長に対する信頼の表れでもある。

 

「改めて、これが事実なら問題だな。今回の件は学年全体を巻き込んでポイントの支給を遅らせている。偽りの被害報告は許容されるべきではないだろう」

「……ですが、今のところ証拠がありません」

「そうだな。だから今回は扱うことができない。それにこれが立証されたとしても、須藤が殴ったという事実まで消えるわけではないのは分かるな? 嬉野」

「はい。それはその通りです。ところで―――」

 

 私が口を開きかけたところ、背後にあるドアが開く。やって来たのは茶柱先生と1人の男性教員だった。挨拶をするため体の向きを変え、私は頭を下げる。

 

「こんにちは、私は生徒会書記の嬉野ひまりです。本日はご足労いただきありがとうございます」

「初めまして。Cクラスの担任の坂上数馬と申します。いえいえ、礼には及びませんよ。私の大事な生徒が殴られたとあっては出席しないわけには参りません」

 

 言いながら、先生は私に険しい視線を向ける。

 

「そういえば嬉野さんはDクラスの生徒でしたね? 須藤くんのお友達として、私とこれからやって来る被害者の3人に言うことがあるのではないですか?」

「私はDクラスの生徒でなく、生徒会役員としてこの場にいます。それをご理解いただきたく思います」

 

 そう言って、私は身を翻して堀北会長に向かう。

 坂上先生は呆気にとられた様子だった。

 少し順序が前後したけど、ちょうどいい。須藤くんたちがやって来る前に本題に入らせてもらおう。

 

「ごめんなさい。先ほどの話の続きですが―――、私からの提案を1つ聞いていただけますか?」

 

 真剣な眼差しを、堀北会長は正面から受け止める。

 私は背筋を伸ばして改めて口を開く。

 

「まだ審議は始まっていませんが、私は、須藤くんへの罰則を決めるのは早急だと考えています」

「……何を言うのかと黙ってみれば、判決を引き延ばす? 生徒会役員としてこの場にいると私に啖呵を切った割に、クラスメイトへの肩入れはするのですね」

 

 案の定、見下すような視線を向ける坂上先生。

 その表情を見て私は内心ほくそ笑む。茶柱先生とは違い、この先生はかなり生徒に入れ込んでいる。私が須藤くんに有利なことを言えば反対するのは当然だ。

 私は再度、坂上先生に身体を向ける。堀北会長は何か口を挟むことなく、続く言葉を静かに待っていた。

 

「所属クラスを優遇しろと言っているのではありません。生徒会が設置している相談箱には、この事件について、確かに目撃者からの証言が寄せられている。その生徒から事情聴取をしてみないことには、事件の全貌を正確に捉えることは難しいと思います」

「しかし目撃者は見つからなかったのでしょう? これ以上は無意味ですよ無意味。経緯はどうあれ、君のクラスの生徒が暴力を振るったことは変わらない」

 

 やれやれと、坂上先生は肩を竦めた。

  

「ですが罰則を決めるためには、実際にあの場所で何があったのか。情状酌量の余地はないのか考えなければなりません。その証拠を集める期間として、果たして3日間は十分なものだったでしょうか?」

「すぐに結論を出せることではない。だが嬉野の発言には正当性がある。3日間という猶予は、学年全体に与える影響に憂慮した学校側が決めたこと。生徒会としてそれで公平な判断を下せるか懐疑的です」

 

 私の意見を聞いた会長がそう言うと、坂上先生もさすがにたじろいだ様子。私にはなくて会長にはあるもの。それは今まで積み重ねてきた実績と信頼だ。

 

「とは言え現時点で言えることは、あくまで懐疑的だというだけに留まります。ですから坂上先生。我々生徒会役員は、中立の立場から、今回の審議を通じて判決を引き延ばすかどうか決めたいと考えています」

「……確かに筋は通っていますね。認めましょう。ただし、恣意的な判断には断固として反対しますよ」

 

 そう言うと、坂上先生は私たちの前を通り過ぎ、窓側の席に座った。一方で茶柱先生は廊下側の席に座り、そのまましばらくの間は部屋に沈黙が降りる。

 掛け時計の秒針の進む音だけが室内に響く中で、その静けさを破ったのはCクラスの3人。コンコンコンと控えめなノックが響き、私は初めて彼らと対面する。

 

「Cクラスの石崎大地くん、小宮叶吾くん、近藤玲音くんですね。Dクラスの生徒もじきに集まると思います。まずはこちらの窓側の席に座ってお待ちください」

 

 そう言いながらにこやかな笑顔を見せると、私の顔を見た3人は気まずそうに視線を逸らした。それから私に表情を見られまいと顔を伏せ、前を通り過ぎる。

 それから時間を置かずにやって来た須藤くん。その表情は明るいわけがないけど、暗くもなかった。覚悟の決まった表情を目の当たりにした私は安堵する。

 

 とりあえず、これで全員がこの場に集った。

 私は堀北会長に任せられた通りに審議を進行するため、教卓の前に進み出る。須藤くんの、ひいてはDクラスの命運を決める戦いが今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 




感想いただいたので筆がノリノリです♪
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