君のことをもっと教えて   作:花音ゆず

36 / 47
第14話

 昼休みも終わりが近づき、茶柱先生と坂上先生も生徒会室を去った後。特に喋ることもなく机椅子を所定の位置へと戻す私に、背後の会長から声がかかった。

 

「一応ここで聞いておくが、事件の目撃者は本当にまだ見つかっていないのか? 嬉野ならそろそろ目処をつけているだろうと俺は疑っているんだがな」

「……ヤだな。私、目撃者を特定しておきながら、それを会長に打ち明けないような悪い子に見えます?」

「ああ、いや、もし実際に目処がついていても、それを責めているわけではないぞ。必要ならば俺に偽ることも躊躇わない。そんな強かさを認めたのだからな」

 

 初対面のときのやり取りのことだろう。

 そんな強かさを持った生徒なんて私の他にも全然いると思うけど、評価されるのは悪い気分じゃない。

 

「それで、実際のところどうなんだ?」

「……目撃者の目処はついています。ただ、私が見つけたんじゃないんです。頼れる友達が教えてくれたんですよ。あの生徒が怪しいんじゃないかなって」

「ほう? 頼れる友達か」

「はいっ、本当に頼りになる友達です。ですがまだこれは疑惑の段階。だからこそ、今回の審議でその存在を話題に挙げることは避けさせていただきました」

 

 綾小路くんが佐倉さんが目撃者である可能性が高いことを私に示唆したのは昨晩のこと。そこから今朝、彼女に接触するのは早急が過ぎると考えてのことだ。

 例の家電量販店に勤めている男性店員のことも含めて、聞いてみるのは機が熟すまで待ったほうがいい。

 

「なるほどな。俺に隠してたのは何か理由が?」

「……強いて言えば、私に一任して欲しいっていう気持ちの表れです。でしゃばりすぎ、でしょうか」

「気にすることはない。だができるのか? わざわざ匿名で生徒会に相談したほどだ。あまりコミュニケーションが得意なタイプでないことは想像に難くない」

「そこは私の得意分野ですから、ご安心ください」

 

 私は自信を露わに、胸を張ってそう言った。

 先ほど、生徒会の意向は茶柱先生と坂上先生に伝えた。先生はそれを職員会議の議題として持ち込み、早ければ今日の放課後、遅くとも明日には結論が出る。

 それ次第では少し焦りもするかもだけど、私にとって、この事件を解決するための鍵は目撃者にない。

 

「了解した。嬉野なら要らぬ心配だったかもしれないな。どのようにして解決するのか期待しているぞ」

「はいっ! 期待していてください!」

 

 それから一拍おいて、私はまた口を開く。

 

「……ところで、全然違う話になるんですけど、少し気になったことを聞いても大丈夫ですか? 会長にとってはあまり知られたくないことかもですが……」

「答えられるかは分からないが、聞くだけ聞こう」

「ありがとうございます。……その、もしかすると、堀北さんって、会長の妹さんだったりしますか?」

 

 私がそう聞くと、会長の視線が鋭さを帯びる。

 けれど私はもう一歩踏み込むことを決める。

 

「どうしてそう思ったんだ?」

「……さっきまでここにいた堀北さんのことですが、様子が少し、おかしかったものですから」

 

 苗字の被りだけだったら聞いていない。

 堀北、という名前は頻繁に聞くことはないけど、でも珍しいかと聞かれたらそうでもない。たまたま被ったと言われたら、それを疑問に思わないだろう。

 

 ただ、今日の堀北さんはひどく緊張しているように見えた。それは単に人前で発言するからでも、クラスの命運がかかっているから、とも思えなくて―――。

 

 極めてつけに最後、堀北さんが私と堀北会長に向けた目線。そこには少しの羨望と、嫉妬と、それから強い劣等感が垣間見えて、苦しんでいるように見えた。

 堀北先輩はこの実力主義の学校で生徒会長を務めるだけあって、Aクラスのリーダーとして走り抜けただけあって凄い人だ。もし堀北さんが会長の妹だったならと思うと、彼女が向けた感情には幾らか納得がいく。

 

「……ご不快な気持ちにさせてしまったなら、ごめんなさい。でも聞かないといけないと思いました。苦しんでるのを見ていながら無視することはできません」

 

 私が真っ直ぐな視線を向けると、会長は眼鏡のずれを直すように中指で押さえ、大きくため息を吐いた。

 

「多くはお前の想像通りだろう。だが事はそう単純ではない。今、俺から言えることはそれだけだ」

「……そうですよね。すみません」

「それとお前には悪いが、余計な手出しは不要だ。これは鈴音が自力で解決すべき問題。苦労をかけるが、クラスの迷惑にならない限りは放置して欲しい」

 

 頼む、と言って会長は頭を下げた。

 

「……い、いやいやいやいや! あ、頭を上げてください会長! そこまでしなくても会長のことは信頼してますし、考えがあるなら言う通りにしますから」

「そうか。それなら重ねてもう1つお願いだが」

「このことは口外しないように、ですね?」

「ああ。関係性を秘密にしておきたいわけじゃないが、変に騒ぐ奴も出てくるだろう。南雲のようにな」

 

 そういえば、私が初めて南雲副会長に絡まれたとき、彼は特に配慮もなく妹の話題を出してたね。

 ああいうのは御免だ、ということなのだろう。

 

「……間違いないですね。その辺は心得てます」

「感謝する。鈴音を気にかけてくれたことを含めてな」

「友達ですから、当然ですよ!」

「友達か。鈴音なら勢いで否定しそうだな」

「あはは、確かに。入学当初から喋りかけないでアピールみたいなのはありました。でも隣の席の子とは時々喋ってたり、勉強会にも協力してくれました」

 

 私が説得したのだ、とは伏せてそう伝える。

 

「そうか。時間があれば、その辺りの話をもう少し聞きたいものだが……もうじき昼休みも終わるな」

「あっという間ですね。では、そろそろ私はお暇させていただこうかと思います。いくら生徒会の仕事があったとしても授業に遅れるわけにはいきませんから」

 

 そう言うと、堀北会長も頷いて立ち上がる。

 

「そうだな。生徒会室の鍵は俺が締めておく。嬉野は気にせず、教室に戻ってもらって構わない」

「分かりました。では私はこれで、失礼します」

 

 

 

 

 

 

 早くこの事件を解決しておきたい気持ちは当然あるけど、そうもいかない。放課後には仕事があるから、私が自由に使える時間は昼休みに限られている。

 だから今日はすぐに帰って、明日のお昼にアクションを起こそう―――。そう考えて席を立った放課後、私が教室を出る前に、井の頭さんが近付いてくる。

 

「あ、あの! ……私も一緒に帰っていいかな?」

「井の頭さん? 私は全然歓迎だけど、今日はみーちゃんとか東さんたちと出かけにいかないの?」

「みんなは今日新作のフラッペ飲みにいくって言ってたけど、私はそんな気分じゃなくって。せ、せっかくだし嬉野さんと一緒に帰りたいなって思ったんだ」

 

 ……やっぱり、気を遣わせてるかな。

 放課後、私と遊びに行くことはできない。でも寮に着くまでは並んで歩くことができる。そう思ったが故の行動な気がして、少し切ない気持ちにさせられる。

 

「そっか。じゃあ、一緒に帰ろっか」

「……! うん!」

 

 この学校の敷地は広いとは言え、寮に着くまでは徒歩で10分ほど。私にとってはたったそれだけの時間だけど、井の頭さんは花が咲くみたいに顔を輝かせる。

 私も恋したら気持ちが分かるようになるのだろうか。共感性は人より何倍も何十倍も強い自覚があるけど、こればかりは、私にも理解が難しいことだった。

 

 

 

 

 

 

「そういえば櫛田さんから聞いたよ。生徒会のお仕事で、嬉野さん大活躍だったんだってね」

 

 帰り道、井の頭さんはふとそう言った。

 続けてかっこいいな〜と柔らかい声が耳に入ってきて、私はこそばゆい気持ちになりながら顔を向ける。

 

「そうかな? 私としては初めての大仕事にいっぱいいっぱいだったよ。進行も含めてほとんど任せられて、会長は基本的に、横で聞いてるだけでさ」

 

 必要以上に事務的になりすぎてしまったかもしれないと、私は密かに、心の中で反省している。

 須藤くんに冷たいと思われただろうか。

 結果として効果はバツグンで、怒りが沸点に達した須藤くんを止めれたのは良かったと思うけど……。

 

「いっぱいいっぱいでも、成し遂げられただけで凄いと思う! それに会長は横で聞いてるだけだったっていうことは、完璧な仕事だったってことだよ!」

「確かに。そう言われてみるとやっぱり嬉しいね」

 

 私が笑顔を見せると井の頭さんもまた笑う。

 それから話題は、みんなが今頃飲んでるだろう新作のフラッペの話に移り、最近買ったコスメやTakTokでバズってるダンスみたいな、ゆるりとした話が続く。

 

 だけど次第に寮が近付くにつれて井の頭さんから話題を振ることは減り、もっぱら私が話しかけていた。

 

「それにしてもやっぱり、SNSが使えないのって不便だよね。学校内の情報を外部に漏らさないための規則なのは分かるけど、私たちも踊ってみたいのにね」

「……うん。そ、そうだよね」

 

 一応、学校内のみで使えるアプリがあるにはあるけどそこまで使われてるわけじゃないらしく、あまりリアクションが見込めないのがいただけないところだ。

 その後も私から話題を振り続けるけど、井の頭さんの口数は減っていく一方。だけど何かを悩んでる表情じゃない。緊張のせいで話をするのに意識を割けない―――そんな印象を、彼女の仕草から私は感じ取る。

 

(……さすがに、ここで告白じゃないよね?)

 

 私にも緊張が伝播して、心拍数があがる。

 まだ彼女の気持ちに向かい合う心構えはできてない。ここでもし井の頭さんが想いを伝えてきたら……、それにしっかり応えられる自信はなかった。

 

 ドキドキしながら入り口の自動ドアを通る。

 その直後のことだった。

 

「……あ、あのっ!」

 

 やっとのことで、井の頭さんが口を開ける。

 それと同時に私の鼓動はもっと加速した。

 彼女の緊張した面持ちを目の当たりにして、私は思わず左胸の上に拳をあてながら続く言葉を待つ。

 

「あ、あの、あのね? ……う、嬉野さん! 大したことじゃない。大したことじゃないんだけど……」

「うん。なあに? 井の頭さん」

「……お、お願いがあるの!」

 

 お願い。その言葉を頭の中で繰り返す。

 告白だったなら、そんなことはきっと言わないはずだ。だから私は予想が外れたことに小さく安堵した。

 

「え、えっとね、……そろそろ呼び方変えたいなって。こ、これまでずっと苗字で呼んでたから!」

 

 井の頭さんは顔を紅潮させて叫んだ。

 通りすがりの何人かが何事かと振り向くけど、それを気にする余裕もなさそうだった。

 

「呼び方? あ〜、確かに。ずっと苗字で呼び合うっていうのも、なんだかよそよそしいもんね」

「う、うん。だから良いかな……?」

「当然だよ! じゃあ私は、心ちゃん―――ううん、せっかくだから、ここちゃんって呼んでもいい?」

「こ、ここここここちゃん?!」

「うん、ここちゃん。センスないかな?」

「ううん! 全然、全然そんなことないよ! じゃ、じゃあ私は……私は……、ひ、ひまちゃん?」

 

 自分で言って、ショートしたみたいに固まるここちゃん。私はその可愛さに思わずくすりと笑った。

 

「うん、私はひまちゃんだよ」

 

 歓迎するように手を広げながら、私も恥ずかしくなる。あだ名で呼び合うのは私の人生の中で初めてのことだから。自分で言ったのに照れを隠せない。

 そんな私を見て井の頭さんも我に返ったのか、私にギリギリ聞こえる声量で何度もあだ名を口にする。

 

「それじゃあまた明日ねここちゃん! ちゃんと、みんなの前でも、私のことあだ名で呼ぶんだよ?」

「……も、もう! からかわないでよひまちゃん!」

 

 そう言って、井の頭さんはまた顔を赤くした。

 

 

 

 

 

 

 井の頭さんと別れ、自分の部屋に入ったところで、私はふうと息を吐いて締めたドアに背中を預ける。

 ちくちくとした痛みが心臓を突き刺していた。

 

 さっき咄嗟にあだ名で呼んでみたこと。

 今になって、それは、変に彼女の期待を膨らませてしまう行動だったんじゃないかと私は悔やむ。

 

「……私が、普通の高校生だったら」

 

 思わずそんな言葉が口からこぼれ出る。

 もし私がなんの変哲もない高校生だったら、こんな苦しむことなかったのにと。彼女の気持ちに応えることだってできたかもしれないのにと私は考える。

 

「でも……、でも仕方ないじゃない……」

 

 どんなに悔いても生まれは変えられない。

 私はホワイトルームの被害に遭った子どもたちの力にならないといけなくて、その苦しみに気付くことができなかったお姉ちゃんに償わないといけない。

 誰かに強制されたことではないけど、私にしかできないことだから。それが私なりの生き方だから。

 その過程で苦しむことさえも、償いだから。

 

 だけどそのせいで……、私のエゴで、彼女の気持ちに応えないで、彼女を苦しい気持ちにさせるのは。

 それは正しい道じゃないと私は思う。

 その度に、仕方ないという言葉が漏れ出す。

 

 生まれは、境遇は、変わらない。

 じゃあ彼女を苦しめていいと私は言うの?

 

 堂々巡りの自問自答が、私の首を締め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今後ともよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。