私とホワイトルームを罰する方法   作:花音ゆず

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第16話

 昼休みの聞き込みは空振り、私たちは焦りを抱えたまま放課後を迎えた。とは言え無策ということはなく、私たちには昼のうちに固めた役割分担がある。

 櫛田さんと平田くんは交友関係の広さを活かして、友人や部活動の先輩を中心に聞き込み。堀北さんは事件現場である特別棟に続く導線を張り込みをする。

 

 そして私は、生徒会役員の立場を利用して、Cクラスの実行役3人に直接話を聞きに行く手筈だ。

 

 それは本来なら真っ先にすべきことだったけど、一昨日までの私は役員としての実績も信用もなく、接触したとしても警戒されて終わるのが目に見えていた。

 昨日の働きで多少なりとも公平性を示せた今だからこそ、彼らと向き合える。猶予は4日しかないのだから、印象が薄れないうちに行動を起こす必要がある。

 

 そんな思いで、ホームルームが終わると同時に私は席を立った。―――その時。

 

「悪い櫛田。ちょっといいか?」

 

 聞き慣れた平坦な声が、私の背中を引き止めた。

 ただ呼びかけただけ。

 そう見えるのに、胸の奥がざわりと揺れる。思わず足を止め、綾小路くんに意識を向ける。

 

「ん? どうしたの? 綾小路くんっ」

「放課後なんだが、櫛田はもう一度友人に協力を仰ぐんだよな? オレも着いて行っていいか?」

「えっ? もちろん、それはいいけど……」

 

 突然の申し出に、櫛田さんが戸惑いを見せる。

 そこに割って入るように、山内くんが声を上げた。

 

「おい待てよ綾小路! まさかお前だけ抜け駆けする気じゃないよな? 違うと言ってくれ!」

「違う。ただ櫛田に相談したいことがあるんだ」

「嘘つけ! 顔がニヤついてるぞ! 抜け駆けは許さねぇからな! つーわけで、桔梗ちゃん、綾小路と2人っきりは良くないと思うし俺も着いていくぜ」

「えっ、と……それは綾小路くん次第だよっ?」

 

 困ったような上目遣い。

 それを受けても綾小路くんは鼻の下を伸ばすこともなく、むしろ無表情のまま彼女を見下ろす。

 

「櫛田が不安なら山内も同席で構わない。が、オレとしては2人きりのほうが遠慮なく相談できるな」

 

 普通なら告白なんじゃないかと勘繰りたくなるけど、彼の表情を前に、そんな考えは一瞬で霧散する。

 放課後特有の騒々しさに紛れて、綾小路くんの言動は目立っていない。だけど彼らしくない大胆なやり方に疑念が深まって―――、私ははっと我に返った。

 

 雑念を振り払うように、頭を左右に振る。

 

(……今は1分1秒でも時間が欲しい。綾小路くんの思惑を探るのは、役目を全うしてからでも遅くない)

 

 意識的に体を動かし、引き戸を閉める。

 そうして向かった先は隣のCクラス。こちらも既にホームルームは終わっていて少しずつ人がはけているけど、幸い、目当ての3人はまだ教室に残っていた。

 

「失礼します」

 

 その一言で、教室中の視線が集まる。

 特に石崎くんと小宮くん、近藤くんの3人は、私が近付いてきたのを見るや否や、顔を少し引き攣らせた。

 

「突然ごめんなさい。昨日もお会いしたと思いますが生徒会書記の嬉野ひまりです。今回の事件について捜査が難航しているのを鑑み、再度、事情をお聞きしたいのですがこれからお時間いただけませんか?」

「な、なんで今なんだよ……これから遊びに行くつもりなんだぜ俺ら。勘弁してくれよ、まったく……」

 

 舌をもつれさせ、狼狽する3人。

 あまりこの場に長居したくなさそうだ。私からの視線を避けるように彼らは顔を見合わせ、そして目線を下げた矢先、私はふと背後に人の気配を感じる。

 

「ハッ、生徒会役員サマが自分から出向くなんてご苦労なこった。だがテメェ、嬉野ひまり、つったか? Dクラスの不良品がよくこの場に顔を出せたもんだぜ」

 

 振り向くと、威圧のこもった視線が私を射抜く。

 直接対峙するのは今回が初めてだね。

 私はその威圧感を正面から受け止め、言葉を返す。

 

「それは、ケジメをつけろということでしょうか?」

「そうだな。生徒会役員だろうが須藤のクラスメイトである以上、真っ先にすべきは誠意のこもった土下座だろ? そうすれば生徒会の仕事に協力してやるぜ」

 

 下卑た笑みから、鈍く光る犬歯が覗く。

 彼―――龍園くんが謀ったという事情を勘定に入れなければ、確かに正論だろう。謝罪をせずに済むとは端から考えてない。でも膝を折る相手は彼じゃない。

 

「……分かりました」

 

 私は龍園くんに背を向け、石崎たちの前で跪いた。冷たい床が掌に食い込み、指先がわずかに震える。

 彼らは慌てたように息を呑み、歯を食いしばって私から視線を逸らす。俺たちはそんなの望んでいないと、辞めてくれと、3人の表情が物語っていた。

 

「……ごめんなさい。須藤くんのクラスメイトとして、石崎くんと小宮くん、近藤くんに怪我を負わせたこと。この通りお詫びします。本当にごめんなさい」

「―――い、いえっ、あ、頭をあげて……」

「あ? 何言ってやがる小宮。須藤に痛い目遭わされたんだろ? なら床を舐めさせるぐらいしてやらねえとな。そうでもしねえと清々しないだろ、なあ?」

「……っ、そ、それは…………俺は…………」

 

 小宮くんの声色に、良心と恐怖の板挟みが滲む。

 私は迷わず顔を上げ、龍園くんを見据えた。

 

「そこまでにしてください」

「あ? 何勝手に俺を見上げてやがる」

「あなたの許可など必要ありません。私はすでに謝罪しました。今度はあなたが誠意を見せる番です」

「ハッ、何を偉そうに言ってやがる。見ての通りこいつらはお前の謝罪に納得してないぜ? それに、須藤のせいで迷惑を被ったのはこいつらだけじゃねえ」

 

 気に入らない―――。

 そんな感情を込めて、龍園くんは私を睨む。

 

「ですがあなたは、誰に対して土下座をしろとは言わなかった。すでに言質は取れていますよ。必要でしたらこの場で録音した内容をお聞かせしましょうか?」

 

 私は隠していた録音機をチラつかせる。

 目を細める龍園くん。

 あくまで私は彼の言動を問題提起したのみだけど、見たところ、彼はそれなりに頭が回る。先ほどの会話の中に不都合なものがあると勘付いたようだ。

 

「……随分と用意周到じゃねえか。いいぜ。この場ではお前の要求を呑んでやる。だが俺もこいつらも、お前の謝罪に納得してねえことは覚えておくんだな」

「分かりました。ただここからは、私は生徒会役員として話をさせていただきます。と言ってもここは目立ちすぎますし、よろしければ場所を変えませんか?」

「構わねえよ。だが場所は俺に選ばせてもらうぜ」

 

 私が承諾の意を伝えると、龍園くんは携帯を耳に押し当て、通話内容が私に聞こえぬよう離れていく。

 クラスメイトに指示を出しているのだろう。

 その内容を推測するのは難しいけど、私はより一層気を引き締めながら、ふと横目で、3人の様子を窺う。

 

 石崎大地くん、小宮叶吾くん、近藤玲音くん。

 最初から思っていたことだけど、やっぱり悪い子には見えなかった。器用に人を陥れられる子じゃない。

 その証拠に、彼らは思っていることが表情にはっきりと現れる。今は龍園くんへの恐怖と、それから彼を跳ね除けた私への驚き、意外感が半々といった様子。

 

 つまり―――悪いのは、龍園くんただ1人。

 

「待たせたな。早速だが移動してもらうぜ」

 

 考えを巡らせていた私の前に、気付けば龍園くんが近付いている。

 クラスメイトへの指示は済んだらしい。

 その企みを隠そうともせず、まるで獲物を前にした猛獣のように、白い歯を見せて彼は嗤っていた。

 

 

 

 

「なるほど、カラオケですか」

 

 私は連れていかれたお店を見て、そう呟いた。

 放課後は仕事があるからこれまで行ったことはなかったけど、さすがに私も知識としては知っている。

 一方で龍園くんは慣れた様子。すごい強面で、体格もいかついし、態度も横柄だけど、実は歌うのが好きなのかもしれない。そう思うと可愛く見えてきた。

 

「……何ニヤニヤしてやがる。気持ちわりいな」

「ごめんなさい。出来心で、つい、あなたがアイドルソングを熱唱しているところを想像してしまって」

「あ? テメェ馬鹿にしてんのか?」

「そんなことはありません。安心してください。私は人の趣味を否定するほど狭量じゃないですから」

「まず俺が歌う前提にしてんじゃねえよ」

「良いツッコミですね。仲良くなれそうです」

 

 手を差し出してみたけど、握手は成功しなかった。

 とは言え普段と違うキャラを演じた甲斐はある。

 シリアスな空気は少し和んだし、何より、龍園くんが相手でも物怖じしない印象を3人に与えられた。というのを通り越して「正気か?」と視線を向けられる。

 

 ……それはともかくとして。

 私たちが通されたカラオケルームは、お店の通路を進んでいった一番奧にあって、ひときわ広かった。

 

「―――さて、では早速、事情聴取を始めますね」

「今さっきからの切り替え早すぎるだろ。……まあそう焦るな。物事には順序というものがある。こちらの用意が整うまで、お前にはこのまま待ってもらうぜ」

 

 そう言うと、龍園くんはメニューを眺める。

 どうやらカラオケは歌うためだけの場所じゃなくて、飲み物も食べ物もかなり充実しているらしい。

 中身が気になった私は彼の隣に座って覗き込む。

 

「……何をしてやがる」

「興味があっただけなのでお気になさらず。あ、でもお腹空いてきましたね。ポテト頼みますか?」

「頼まねえよ。おい、石崎。ウーロン茶だ」

「は、はいっ! 分かりました龍園さん!」

「人のも頼んであげるなんて優しいね、石崎くん。操作し終わったら私にもタブレット貸して欲しいな」

 

 そう言ってすぐ、私は手渡されたタブレットを眺める。使うのは初めてだけど操作に苦労はしなかった。頼みたいものを頼み、満足して充電スタンドに戻す。

 その動きを見た龍園くんは、怪訝そうに私を見た。

 

「……一応聞いておくが、何を頼んだんだ?」

「え? 唐揚げとポテトとウーロン茶です。せっかくカラオケに来たのですから楽しみませんか?」

「理解した。テメェは特大の馬鹿だな」

 

 その侮辱を、私はどこ吹く風と聞き流す。

 石崎くんたちの顔色は多少良くなっている反面、龍園くんは、馴れ馴れしさが気に入らないようだ。

 私は一度立ち上がり、彼からは距離を置く。

 そのまましばらくすると店員さんが注文の品を運んできて、揚げ物のいい匂いが鼻腔をくすぐった。

 

 それを石崎くんたちと共有しながら、私は人が揃うのを待つ。龍園くんは何をしようとしてるのか言葉をぼかしたけど、ここでできることは限られている。

 そんな私の予想を裏付けるように、10分ほどして、2人の生徒が入室する。1人は龍園くんをも超える巨大の男子生徒、もう1人は、ボーイッシュな女子生徒だ。

 

「随分と大所帯になりましたね」

「ハッ、やっと不安になってきたか?」

「それが狙いだったんですか? だとしたら残念、悪いけど私はこのくらいで不安にはなりませんよ」

「そうかよ。だがそのすました面でいられるのは今のうちだぜ。伊吹、とりあえずボディーチェックをしろ。生徒会役員なら潔白を証明してもらわねえとな」

 

 名前を呼ばれたのは先ほどやってきた女子生徒。

 私は反抗する必要もなく両手を挙げる。

 

「潔白? 録音機ならスカートのポケットに2つ入っていますよ。1つは私用、1つはあなたたち用です。どちらか一方が録音を編集しないよう抑止力になります」

 

 発言を聞いた伊吹さんの手が、私のポケットの中を探る。

 そして出てきたのは私が言った通りのもの。

 その後も身体中をくまなく調べられたけど、当然、それ以上のものは出てこない。警戒をされないよう、鞄も持たずに軽装で来たのが功を奏したみたいだ。

 

「ふん、嘘は言ってねえようだな。私情を交えねえのは素直に感心するぜ」

「これで潔白の証明になりましたか?」

「ある程度は、な。とりあえずお前から話を始めても構わねえぜ。大した成果は出ないだろうがな」

 

 言質を取らせまいと、彼の眼光が鋭さを帯びる。

 口を滑らせがちな3人には喋らせず、もっともらしい理由を付けて、彼自身がほとんどを代弁するつもりなのだろう。そうなってくると言質をとるのは難しい。

 

 でも彼は、1つだけ思い違いをしている。

 それは私が―――実際には、龍園くんと同様に、この場での事情聴取自体に意味がないと考えてること。

 私の目的はすでに達成されているということだ。

 

 

 

 

 

 

 

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